04-16-0141
Side:ジャネス
領境の町に泊まったあたし達は、次の日の朝早くに出発した。
騎士達の馬車にも、あたし達の馬車にも何も載っていない。
なので馬車を盗む者以外には盗られる事も無いので、あたし達は馬車の中に誰かを残すという事もしなかった。
これが荷物の載っている商人の馬車なら、誰かが安全の為に馬車に残る必要がある。
大抵は新入りとか見習い。
後はそれぞれが交替で見張りを行うぐらいかね。
ハンターにも野宿は無いけど、代わりに馬車で寝るという事はある。
これは仕方ない。
理由は同じで、何かを運ぶ仕事や統率者などを運んでいる際は、誰かが残って見張るしかない。
高く売れる物だと、何としても売り飛ばしてやろうという者が出るんだ。
なので絶対に見張っておく必要がある。
今のあたし達だと、お金になる物は皆アッシュが持ってるから安全だと言えるだろう。
それにあの鞄に入れたら最後、アッシュしか取り出すのは不可能だ、それこそ持つ事すら難しい。
あの灰色は危険すぎる。
多少触れたり悪意が無ければ大丈夫みたいで、実際に触れてしまった者や子供には影響は無かった。
でも奪おうという感情で触った者は、子供でも倒れた。
ある程度の時間で起き上がって来たけど、あたし達を見るなり悲鳴を上げて逃げて行ったんだ。
おそらく倒れている間に何かの悪夢でも見たんだろうけど、やはり何かあったんだと改めて理解する結果となった。
たとえ子供でも悪徳を持って触る者は許さないんだろうね。
実に神様らしい判定だと思う。
あたし達は現在、トッカネイル地方の隣である、ルルムス地方に入った。
とはいえ長閑な風景の中を馬車が移動しているだけだ。
領都に着くのは早ければ今日の夕方。余裕を持てば明日の朝になる予定だ。
朝食の時に副騎士団長が言っていた。
あたし達は急いでいる訳じゃないので、別に明日でいいとは言ったんだけどね。
副騎士団長は出来るだけ急ぎたいらしい。
何があるか分からない為、日数の余裕を持ってデルナル地方に入りたいみたいだ。
確かに目的地のデルナル地方は不穏な感じがするし、余裕を持っておきたいという気持ちは分からなくもない。
実際に何が起こるか分からないっていう危機感は間違っているわけじゃないはずだ。
伯爵が毒ワインで死んでるし、家族も使用人も行方不明。
明らかに怪し過ぎる。
こんな事は普通あり得ない。何かあったとしか思えない状況だ。
詳しい話は聞いてみないと分からないけど、なるべく情報を仕入れたいもんだね。
そこがあたし達の明暗を分けるかもしれない。
…
……
………
ルルムス地方に入って2日目の夕方。ギリギリで領都ヘデルに到着。
ここを治めているのはポルドン・ヘイデルス子爵。
あの、一人ぐらいこんな者が居てもいいじゃないか。そう言われているという家だ。
今日は副騎士団長が短い挨拶に出向き、明日改めて話を聞きに行くという形になる。
この時間に押しかけても迷惑にしかならないし、領主の館に何度も泊まるってのは遠慮したい。
気を使う分だけ疲れるしね。
私達は宿で副騎士団長を待つ事に。
最悪は子爵家に行く事になるので、食事をするのは後に回す事になったんだ。
いきなり来いと言われても、食事をとった後だと微妙な話になるしね。
だから一応副騎士団長待ちさ。
「それにしても面倒臭いわね。
宿で待つこと自体が既に気を使う形になってるじゃないの。
こんな事するぐらいなら、副騎士団長も明日行けばいいのにって思うわ。
無理なのは分かってるけど」
「今日来ておいて到着の報告が明日なのは、流石に印象が悪いです。
副騎士団長という立場では無理でしょう。
どうせ町の者に聞いたらバレるんですし、到着したらすぐに挨拶に行くのは自然な事ですよ」
「そうなんだけどねえ。
とはいえ夕食を待たされてる時点で、既に面倒臭いのよ。
おそらくは子爵邸で夕食という事にはならないはずだし。
だって、いきなり10人分ぐらい料理を増やすなんて無理だもの。
だから明日でしょうね」
「明日は明日で朝食を食べてから行けば済むから、そこまで面倒でもないね。
わざわざお腹を空かせて来いとは言わないだろうし、それは意味不明過ぎるからさ。
そんな事は言わないと思う」
「でしょうね。
「朝食を御馳走するからお腹を空かせて来い」と言われても………って感じです。
流石に訳が分かりませんし、それをする意味が貴族としてもありません」
「むしろ茶葉の産地なんだから、お茶を御馳走する方が自然でしょうしね。
それならお茶菓子が出て来るはずだから、私は頂くわ」
「甘い物か………久しぶりにはいいね。
お菓子なんて滅多に食べられない……っていうか、わざわざ自分でお金を払って食べようとは思わないよ。
値段が高いし」
「砂糖を使っているから仕方ありませんよ。
砂糖を使っていないお菓子は安いですけど、お菓子とは思えないぐらいに味気ないですからね。
果物の方がよっぽどマシです」
「焼しめたパンっていうかビスケットでしょ。
ガチガチなうえに美味しくないじゃない。
マシというより、長く保存できる食べ物って印象の方が強いわよ」
「ビスケットでも乳を使ってるのはまだマシなんだけどね、昔ながらの焼しめただけなのは本当にガチガチなんだよ。
あれだけガチガチなら、そりゃ長く保存できるって思う。
硬すぎて食べ物なのか疑問に思うぐらいさ」
コンコン
ドアがノックされたので出ると、外に居たのは騎士だった。
どうやら副騎士団長が戻って来たけど、無事に挨拶は終わったそうだ。
向こうからも誘いは無かったので、これでようやく食事に行けるよ。
いちいち待たされたねえ。本当に鬱陶しい。
あたし達はさっさと酒場へと繰り出すと、酒と食事を注文して待つ。
周りを見ても普通の酒場であり、今は女性が歌っているだけだ。
その女性に対して客の男が一晩相手をしろなんて野次を飛ばす。
ま、よくある酒場だ。
下品だけど、そもそも酒場ってのはこういうトコだしね。
「止めろ! せっかくの歌が台無しじゃないか!!」
なんだか急に大声を出したヤツが居たが、どうやら酒場がどういう場所か理解していないヤツが居たらしい。
食事時に良い歌が聞きたいなら、貴族用の宿にでも行けばいい。
そういう所なら店の中に食堂があり、そこでお上品に食えるんだからね。
こういう所は野次なんて当たり前で、女性の歌い手だってそれ込みで居るんだよ。
とはいえ決める権利は女性側にあるし、だからこそ男達は野次を言いながらも金を投げてる。女に気に入られようとね。
ここはそういう所だ。
「歌を聞かないなら、さっさと出て行け!!」
あーあー、あいつ何も分かってないね。
まだ若いガキみたいだけど、一気に場がシラけてきた。
これじゃ歌い手の女にだってこれ以上のお金は入らないだろうし、誰にとっても損しかない。
いったい何を考えているんだか。
「チッ、下らねえ。シラけたんで帰るか。
つまらねえガキが居ると、楽しく酒も飲めないぜ。
まさか酒場の事を何も知らねえとはな」
「全くだ、呆れて物も言いたくなくなるぜ。
気持ちの悪いガキが一端の口利いてんじゃねえよ」
そう言いつつ野次ってた男達は、酒を一気に流し込むとさっさと出て行った。
思ってた通り最悪の展開だね。
たまにあるけど、調子に乗った若いヤツは始末に負えない。
「ふんっ! 歌い手が歌っているのに、まともに歌も聞かないヤツが何を偉そうに言ってるんだか」
「まったくだな。
いい歌なのに連中の所為で聞こえなかった。いちいち邪魔ばかりする奴らが偉そうにするなっていうんだ」
「本当にな」
「その通りだ」
男4人組はそう言ってるけど、歌い手の女が睨んでいるという事にも気づいていないらしい。
どれだけ頭が悪いんだと思ってたら、歌い手の女は目の前の箱を持ち上げるとステージから去って行った。
ま、当然だね。




