04-05-0130
Side:アッシュ
私達はアドマグス・デッフォルン伯爵の領地であるトッカネイル地方に入った。
ここまで来れば狙われる事は無いだろうが、そもそも何故狙って来たのかは分かっていない。
まさか毒を呷って死ぬとは思わなかったからな。あれには参った。
ああやって死んでしまうと、マーヤでも回復するのは無理だ。
死ぬ前なら回復できるのだが、あれは即死に近い猛毒だったらしく既に間に合うものではなかった。
余程に情報を漏らしたくなかったのだろうが、毒を呷った者達もよく躊躇しなかったものだと思う。
家族が人質にとられているのか、それとも何かしらの組織にある者達だったのか。
それこそラブが言うように他国の工作員であったので、知られる事は避けたかったとか?
もしくは裏の組織の者達だった?
………いかんな、私が決めつけてはいけないと言ったのだ。大人しく決めつけず、今は考えるのを止めよう。
考えたところで答えに辿り着く事は無いだろう。そもそも分からない事だらけなのだからな。
これでは考えても意味は無い。
大人しく練習を続けよう。
…
……
………
トッカネイル地方に入ってから2日、ようやく私達は領都に辿り着いた。
意外と言ったらなんだが、思っているよりも広いという印象を受ける。
そこまで一つ一つの領地は広くないと思っていたのだが………伯爵家の領地は広いのか?
「おそらくですが、あまり豊かな領地ではないのではないでしょうか?
もちろん伯爵家の領地ですから、それに見合った領地でしょうが、広いのはそれだけ儲からない土地だったのかもしれません。
だから建国時に多めに配分された。という可能性があります」
「なるほど。
確かに儲からない土地であれば、領地を多めに配分されたりするか。
たとえば水が少なくて荒れた土地などだな?」
「ええ。
そういう土地では畑が作りにくいので、そもそも豊かな土地とは言えません。
なので広い土地を与えるという事はあり得ます。
それに、何らかの功績で別の領地を吸収したのかもしれませんし」
「どこの国もだけど、年代を経ると貴族の数は減ると言われてるわね。
重罪で土地を取り上げられたり、それを功績のあった別の貴族に与えて統合させたりとか。
結果的に貴族家が半分以下になった国もあるらしいし」
「そうなると、代わりに一家に多く入るので豊かになっているという事か?」
「そうなりますけど、そうなったらそうなったでお金が掛かるのが貴族家です。
どこまでも見栄を張ったりしなければいけませんしね。
とはいえ、それで儲かっている者達も居るので何とも言えませんが」
「作家もその一つよね。
貴族がパトロンになって書かせているから、そういう事をしている領主の所は本が充実しているもの。
そういうのも一種の見栄だからねえ、その御蔭で本が沢山作られたりしてるし」
「印刷技術も地味に向上していたりするので、なかなかに凄いんですよね。
活版印刷で十分に読める本が出来上がりますし、ぼくは読めれば何でもいいので、沢山の本が出回るのはありがたいですよ」
やたらに興奮しながら話しているが、その<かっぱんいんさつ>というものの御蔭で本が増えているのだろう。
私も本を読むぐらいは出来るが、それでも本は高い物だからな。
ラブのようにポンポンと本にお金を出すのは難しい。
特にラブは最悪でも血を武器にして戦えるし、服を血で作り出す事も出来るからな。
安心して本にお金を出している気がする。
私は様々に使わなければいけないし、ランタンもそうだが必要な道具も買い揃えねばならん。
なので趣味にお金を使うという事は無理だ。
流石にラブと同じ事は出来ないし、する気も無い。
「ここは何事もなく過ぎたいわね。
というか、面倒な事が起きるくらいなら、わたし達だけで行かない?」
「それもいいんじゃないかい? って言いたいところだけど、貴族の面目を軽んじると碌な事にならないよ。
ああいう豪快な感じに見えても、お貴族様だからねえ」
「そうなのよねえ、それが面倒で仕方ないわ。
それにしても………襲撃の時に寝てたわね?」
「それは悪かったよ。
でも、あたしを忘れて誰も起こさなかったのはどうなんだい?
起こしてくれればよかったろうに」
「いやぁ、あそこまでグッスリと寝ていると起こしにくいですよ。
この振動の中で堂々と寝ているのも凄いですけど」
「あたしは余程に酷くない限りは、どこででも寝られるよ。
いや、そういう風な経験をしてきたからって言うべきだね。
寝られる時に寝ておかないといけなかった事もあるし、そういう経験を繰り返すと気にしないもんさ。
ただしそれが仇となる場合もあるんだけど」
今回の失敗は私もなのでなんとも言えない。
ついついマーヤとラブにだけ指示を出して、ジャネスの事をすっかり忘れていたからな。
それに馬車の端で大人しく寝ていたので、あまり気にならなかったのもある。
「まあ、次からはしっかり起こして戦ってもらうわよ。
それに馬車に残ってたのも良かったと言えるし」
「他に盗賊の仲間が居たかもしれませんしね。
その場合はジャネスさんが馬車に残ってくれた方がありがたいです。
アッシュさんには暴れてもらわないと困りますから」
「アッシュはねえ……暴れるのが一番いいのよね。
そうすると敵も相当に焦るでしょうし、アッシュが暴れるのが一番上手くいくもの」
「それを言われても困るが、敵にプレッシャーを与えるという意味では分からなくもないな。
実際に私が3名ほど倒すと、途端に形勢が逆転していたぐらいだ。
それまでは一進一退という感じだったのだがな」
「主力は前の方だったみたいですし、その前の方には伯爵が居たみたいですしね。
3名ぐらいで何とかなる数だったのでしょう、後ろは」
確かにそうだな。あの盗賊の全貌を私は知らない。
前の方にどれだけ居たかは知らないが、護衛の主力も前に居たぐらいだ。
後ろは結構マズかったのかもしれないな。
私達が居なかったら、後ろから挟まれていた可能性もあったわけか。
「その可能性は十分にあったんじゃない?
それでも前から来ている盗賊は倒せてるんだし、そこまで護衛が弱い訳でもない。
少なくとも伯爵を襲う手勢としては少ない……?
あの伯爵もなかなかの強さだと知られてるはず」
「………だからこそ騎士団長なんてのをぶつけたんじゃないのかい? にも関わらず負けたみたいだけどさ。
でも伯爵様も強かったって言ってたから、敵さんの想定が甘かっただけだとも言えるね」
「ああ、強いって言っても所詮は貴族だろうって思って舐めてた可能性はありますね。
だから騎士団長をぶつければ勝てると思っていた。
しかし予想を超えて伯爵が強かったと」
「そうであれば、新たに何かを嗾けてくる?
それとも目的の領地までは手を出さない?」
「どっちかは分からないけど、少なくともそれを決められる相手の方が有利なのは間違いないわ。
こっちは敵がいつ攻めて来るか分からないまま、でも警戒は続けなきゃいけない。
非常に面倒臭い状況ね」
「守る側ってのは大変なもんさ。
特に焦れる事なく冷静に警戒しながら敵を待つっていうのはね、神経をすり減らす事でもある。
来たら来た時だと考えるくらいで丁度いいよ。でないと護衛側が先に参っちまう。
そしたら守れないからね」
確かにそうだな。護衛側が警戒のし過ぎで駄目になるなど話にもならない。
あまり張りつめ過ぎず、それでいて警戒の手を緩めない。
なかなかに大変だが、そういう事をせねばならないのだろう。
今までは闘技場で敵を倒せば良かったのだが、それとは勝手が違うからな。
上手く出来るかは分からないが、やるしかない。




