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カラー×マジッカー〜色彩の魔法使い〜  作者: ライム


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カラー×マジッカー〜色彩の魔法使い〜 中編


「う……」

 エンナは目を覚ました。顔のすぐ近くに砂がある。目を開けようとしたが、視界がぼやけた。

「ケホッ、ケホッ」

 エンナは体を起こした。軽くせき込み、辺りを見回す。

「ここは……」

 白い砂浜と海、ヤシの木が見えた。どうやらどこかの海岸に打ち上げられたらしい。パラディナと違い、砂、木、草等海以外の景色に色が付いている。着ている服も色が戻っていた。

 少し離れた場所、エンナの左側にルーブ、右側にサンが倒れていた。

「ルーブ、サン!」

 エンナは立ち上がり二人を呼ぶ。

「う……」

 サンがうめく。

「ここは……?」

 ルーブは体を起こす。

 エンナは辺りを見回し、船を捜した。ルーブの向こうにひっくり返ったまま転がっていた。

「海岸に打ちつけられたみたいね」

 エンナが言う。

「無事……ダークネスに辿り着いたのか……?」

 サンが誰に対してでもなく問いかけた。

「あのまま流されたなら、方向としては辿り着いていておかしくないと思うんだが……」

 ルーブが答える。

 エンナはひっくり返った船の方に近づき、様子を見た。

「あーあ……これは、また乗れるかどうか微妙ね……」

 エンナはうつぶせになっていた船を起こし、正常な向きに戻した。中は砂だらけだ。

「ルーブ、地図は?」

 エンナが聞く。

 ルーブはズボンのポケットからぐしゃぐしゃになった地図を取り出した。

「ボロボロだけど、読めないことはないよ。かろうじてわかる程度」

 ルーブは地図を広げ、自分たちのいる位置と照らし合わせながら見た。

 サンは咳をしながらシャツやズボンについた砂をはらった。

「……とりあえず、進んでみるか。ダークネスに着いたのは間違いなさそうだし」

 ルーブが提案し、三人は海から続く道へ出た。

 

 三人はルーブの見る地図を頼りに、ブラックのアジトがあるであろう山の方に向かっていた。

「しっかし、今まで白黒だったせいで、色が付いてるのを見ると嫌だけど新鮮だな」

 サンが歩きながらぼやいた。嫌だけど、というのはここがダークネスだからだろう。

 しばらく歩くと、三本の分かれ道に差し掛かった。三人は立ち止まる。

「道はどれだ?」

 サンがルーブに問う。ルーブはじっと地図を確かめるが、しばらく黙ったままで、数秒後に口を開いた。

「……乗ってない」

 ルーブが呟いた。

「え?どういうこと?」

 エンナが訊ねる。

「地図には分かれ道がないんだ」

 エンナはルーブの地図を取り上げ、確かめる。

「……ほんとね……」

 エンナは呟く。

「何か看板があるな」

 左右の分かれ道の真ん中に、立札が立っていた。ルーブは近づき、文字を読み上げる。

「ええと……『世界から言葉をとったが、一つだけ文字が残った。その文字の意味する方向へ進め』」

「……え?」

 エンナは訳が分からず顔をしかめた。

「世界から言葉を取る?」

 サンも首を捻る。

「世界から言葉を取ったのに、一文字だけ文字が残ったのか?」

「これ、ブラックが考えた問題よね。ブラックが考えそうな答えって……」

 エンナが言う。

「自分、とか?」

 サンが答える。

「でもそれじゃ意味が分からないぞ。一文字でもないし」

 ルーブが口を挟む。

「なあ、ブラックは確か英語が好きなんだろ」

 サンがふと思い出したように口にする。エンナとルーブは目を見開きサンを見つめた。

「そうか、それだ!」

 ルーブが言った。

「自分は英語で……I、じゃない?」

 エンナが確信したような表情で言う。

「でも、『その文字の意味する方向へ進め』だろ?Iってどっちだよ。右か左か真ん中しかないのに」

 サンがエンナの答えを否定する。

「右……左、真ん中……」

 ルーブは一人でぶつぶつと呟いていた。

「じゃあ愛は?世界から言葉を取ったら、愛が残る。だからIよ!」

「ブラックがそんな答えにするかよ!それにその答えじゃ意味が分からないって言ってんだろ!」

 エンナとサンが言い争っている傍ら、ルーブが木の棒を持ち地面に何か書き出した。

「わかった」

 ルーブが呟いた。

『え?』

 エンナとサンは同時にルーブを見た。

 ルーブは地面に「WORLD」という文字を書いた。

「世界は英語でWORLDワールド。言葉は英語でWORDワード。世界から言葉をとる、すなわちWORLDからWORDをとったら何が残る?」

「『L』ね!」

「そうか……そういうことか!」

 エンナは答えを言い、サンは納得した。

「で?Lって何を意味するんだ?」

 サンの問いかけにルーブが答える。

「右は英語でRIGHTライト、真ん中はCENTERセンター、左はLEHTレフト。レフトの頭文字はL。つまりLは『左』を意味する」

「おおーすげー‼」

「ルーブ、天才!」

 サンとエンナは歓喜した。

「英語は得意だしな。つーか二人とも、これぐらいできねーと中学で困るぜ」

 ルーブはさりげなく鼻の下を人差し指でこすり、得意げに言った。

「よっし!じゃあ左だな!」

 サンは意気揚々に進む。

「……答えの通りに道がアジトへ通じてるならな」

 ルーブがサンの鼻を折るように言った。

「え――?」

 サンががっくりと体を落としながらルーブを振り返った。

「……ここで立ち止まって考えてもしょうがないし、とりあえず進みましょ」

 エンナはサンを追い越し、左の道を進む。

「そうだな」

 ルーブも続く。

「なんだよ……」

 サンはやや不満そうな顔でエンナとルーブの後を追った。

 

 道を進んでいくと、段々と道が傾斜し、上り坂になってきた。ブラックのアジトは山の上なので、少し近づいてきた証拠だろう。

「でもさ、色彩魔法ってすげーよな。この力があればどんな奴が現れても何とかなるんじゃね?」

 サンは自信ありげに言う。

「過信はよくないぞ……油断しない方がいい」

 ルーブはサンを横目で見ると抑揚のある声で言った。

「でもこの魔法があれば船に乗る前に会った奴とかなら一網打尽だろ」

 サンが自信に満ちた表情でルーブに言った、その時。

「なぁ~にが一網打尽、だってぇ⁉」

 ドシン、と片足を地面にめり込ませた音が聞こえた。

「うわっ!」

「な、何⁉」

 サンとエンナは驚き、揺れた体を支えながら声を漏らした。ルーブは何も言わず、声のした方を見据えている。

 茶色い芝生のような頭の、からし色の作業着を着た、太った男が立っていた。顔は目が細く鼻がつぶれていて、一言でいえば不細工だ。腕には黒いアームカバーのような防具らしきものをつけている。

「おいダーズ……声がでかい、耳に響く」

 数秒後、その男の後ろから、背の高い緑髪の痩せた男が出てきた。白いシャツに緑のネクタイをして深緑色のジャケットを着ている。ズボンもジャケットに合わせた同じ色だ。前から見て左側の目には丸い片眼鏡をつけていた。微妙に伸びたショートヘアの女子のような髪型をしており、不必要にサラサラなのが気持ち悪い。不細工ではないが、なんとなく陰湿そうだ。

「な、何よあんたたち」

 エンナは持ち前の気の強さで啖呵を切るが、若干引き気味になっていた。

「ほぉ~ほぉ~……お前らが例の救世主サマってやつか⁉こりゃ笑える、子どもじゃねえか‼」

 ダーズと呼ばれた男は額に片手をあて上を仰ぎ、豪快かつ下品に笑った。

「ダーズ、子どもだからって見くびるなよ」

 痩せた片眼鏡男はダーズを横目で見ながら言った。

「そうだそうだ‼子どもだからってなめてんじゃねえよ‼」

 サンは勇敢にダーズにつっかかる。

「敵に賛同するなよ……」

 ルーブが冷静に呟く。

「お前ら、色の力を授かったのが自分たちだけだと思ってるだろ」

 ダーズはニヤァッと大小そろってないガタガタの歯をむき出しにして笑った。歯には食べカスだろうか、ネギの切れ端らしきものが詰まっていた。

「まさか……!」

 ルーブは身構えた。

「ハッハァ‼」

 ダーズはいきなり叫ぶと、両の手から――いや、空中から何かを出した。

「こいつもマジッカーなの⁉」

 エンナは汗を垂らしながら言った。

 空中から茶色いものが二つ出現し、エンナたちの方へ飛んでくる。

「うわっ‼」

 エンナは真正面に飛んできた物体をよけた。もう一方のかたまりをサンはよけきれず、左手でそれを防いだ。

「くっせ‼」

 サンは左腕についたそれを思わずはらった。人間なら誰もが知っている異臭が漂う。

「まさかこれって、う○こ⁉」

 エンナは叫んだ。思わず一字を伏字にしたくなるソレと飛んできたものはよく似ていた。

「絶対う○こだ‼服につくとか最悪じゃん‼」

 サンはたまらず逃げ出した。

「ちょっと‼どこ行くの⁉アジトは反対よ⁉」

 目的地まではほぼ一本道で、尚且つ行く先にダーズたちがいたため、逃げると必然的に山を下ることになってしまう。エンナはサンを追おうとした。

「ハッハァ!逃がすかよ!」

 ダーズは右手をサンとエンナの間の地面へ向けた。大きな裂け目がエンナ・ルーブとサンを引き離した。

「きゃっ⁉」

 エンナは急ブレーキをかけ止まる。あと一歩踏み出していたら裂け目へ落ちていただろう。

「おいマトーラ‼そっちの黄色頭はお前が相手しろ‼」

「……命令するな、脳筋男が」

 マトーラと呼ばれた片眼鏡男は地面から植物を出し、自身の体を巻き付け宙に浮かせ、逃げるサンの前に裂け目を超えて降り立った。

「うっ‼」

 サンは行く手を阻まれ、両手を体の前に出して身構えた。

 

「俺はブラック様から色の力を一つもらった……色彩能力者だ‼」

 ダーズは両手を斜め横に広げ、バンザイのようなポーズをとった。威嚇しているつもりらしい。

「その色が、茶色ってわけ?」

 エンナは呆れたような半目をダーズに向けた。

「それから連想する色がアレって……下品極まりないな」

 ルーブは呆れるのを通り越して軽蔑していた。

「うるせえんだよガキがっ‼」

 ダーズは疣のあるごつい右手を広げ地面に叩きつけた。

 地面が柔らかくなり、エンナとルーブの足が土にめり込む。

「何⁉」

 エンナは叫んだ。

 ルーブは右手を前に突き出し、尖らせたサファイアをダーズに向かって飛ばした。

 ダーズは両腕についたアームカバーでそれを弾き返す。どうやら鉄製のようだ。

「効っかねーよ‼しかし咄嗟に攻撃しやがるとは生意気なガキだなぁ‼」

 ダーズは指揮をするように右手を大きく振った。

 エンナたちの立っていた地面がますます柔らかくなり、水を多く含んだ粘土のようになった。

 二人の体は土にめり込み、土が波のように覆い被さろうとしていた。

「そのまんま土に埋めてやる‼」

 ダーズは地面を操っている手に力を込め、不敵な笑みを浮かべた。

「エンナ、スカーフを使え!俺たちを包み込むんだ!」

 エンナは頭のリボンをほどき、ルーブと自身を包み込んだ。

「ここは俺様のフィールド‼地面全部が茶色で出来ているこの場所は俺の支配下だァ‼」

 覆い被さってきた土が上から圧力をかけてきた。

「エンナ、スカーフを固くするイメージをするんだ!四角いフィルターのように!」

「ええ⁉ちょっと待って、そんな急に無理よ‼」

 スカーフが空気を含んだ球体のまま、エンナとルーブは中に閉じ込められた。緩くなった土が二人を下へ下へ沈める。

 

 一方サンは、気の抜けた表情でマトーラと対峙していた。サンの体は緑に光っている。

「……な、なんか……体がだるい……」

 サンは数秒前に、マトーラの「緑色の効果」を当てられていた。

「緑の持つイメージは『平和』や『疲労感』。……当てられた君は闘争心を失う。穏便に行こうよ、穏便に」

 マトーラは地面から長い蔓を生やした。それを手に取り三メートルほどの長さでちぎり、サンに近づいた。蔓をロープ代わりにして捕らえるつもりらしい。

「ふんっ‼」

 サンは自分の体の心臓のあたりをバシッと叩いた。体全体が黄色く光り、緑の光を弾き飛ばした。

「黄色は『焦り』の意味を持つ……ぐずぐずしてらんねーんだよ‼」

 緑の効能が消えたサンはロープを持ったマトーラから離れた。

「うおおっ‼」

 サンは両手を前に突き出し雷を出した。無数の電撃派がマトーラを襲う。マトーラは地中から自身の体が隠れるぐらいの大木を出した。雷が大木に当たり、マトーラを守る。

「非電導体だから効かないよ」

「ははっ、ありきたりなセリフ……‼」

 

 エンナとルーブは膨らんだ風船のようなスカーフの中にへばりつくように入っていた。土が覆い被さっているため空間の中は真っ暗だ。

 結び目が繋がれていないスカーフの隙間からドロドロと土が侵入してくる。

「このままじゃ生き埋めだぞ……!」

 ルーブはこけたような体勢でエンナに言った。

「……そうだ、この土……」

 エンナは何か思い出したように呟いた。

 

 二人が泥の海に沈むのを地上から見ていたダーズはニヤァッと不気味に笑った。

「よし、仕上げに地面をもっと固くして出られなくしてやろう」

 ダーズはエンナとルーブが沈んだ場所の地面に手をかざした。

「そこまでよ」

 ダーズの後ろから声がした。咄嗟に後ろを振り向いたが、丁度斜め下から土でできた三角柱の槍の先のようなものが三つ出現し、それは見事に全部ダーズの背中に命中した。

「ぐがっ⁉」

 エンナとルーブはダーズの二メートルほど後ろの地面から飛び出し、泥だらけのまま着地した。

「おっ、お前ら……何で出てこられた⁉」

 とっさにルーブは巨大な水の球をつくり、ダーズの全身をそこへ閉じ込めた。

「ごぼがっ……」

 ダーズは水の中でもがく。

「この土ね……よく見ると少し赤いのよ」

 エンナはかがみ、地面の土を手に取ってダーズに見せた。土は赤茶色だった。

「赤と認識したものは何だって操れる……これはみんなが歩く地面‼あんただけのものじゃないのよっ‼」

「エンナ、溺れてて聞こえてないぞ」

 ダーズは半目で口から気泡を吐いていた。

「そろそろ解くか」

 ルーブは腕の力を抜いた。水の球が割れ、ダーズは解放された。倒れた場所に水たまりができる。ダーズは気を失ったまま地面に寝転がった。

 

 サンはあちこちに動き、マトーラに電撃を当てようと必死になった。しかしマトーラの動きの方が早く、電撃は樹で防御される。

「くそっ‼」

 サンは悪態をつく。

 マトーラは素早く屈み、地面に手を当てた。サンの近くから太い緑色のツタが伸び、サンの体に巻きつき、そのまま空中に持ち上げる。

「んぐっ!」

 サンは全身に力を込め拘束を解こうとするが、締め付けるツタの力は強く、身動きができない。

「さて、どうするか……気絶させるのが無難かな」

 マトーラが右手を空気の球を握り締めるような仕草をすると、サンを締め付けるツタの力が一層強くなった。

「んぎぎぎぎぎ……‼」

 サンは全身に力を入れ、締め付けるツタに耐えた。体の左側を傾けている。

「なかなかしぶといね、君」

 サンは締め付けるツタからやっとこさ右手を引っ張り出した。そのまま手を太陽のある方向へ向ける。

「照らせ――っ‼太・陽・光・線‼」

 サンが叫んだ瞬間、日照りの力が強まり、辺り一面黄色に眩しく光った。

「……っ⁉」

 マトーラは両腕で目を覆い隠し、フラッシュから目を守った。

 サンをきつく拘束していたツタの力が弱まり、緩くなったツタからサンは脱出し、地面へ着地した。

 

 サンが脱出したのが遠くから見えたルーブは、何かを思いついたらしく目を見開いた。

「エンナ!土が赤いならあの裂け目、直せるだろ?サンがこっちに来れるようにしてくれ、頼む!」

「わ、わかった」

 エンナはサンを引き離した大きな裂け目のある場所に行き、屈んで地面に手を当て地割れが元に戻るように念じた。

「んんんんんんん……‼」

 エンナよりダーズの方が腕力があるため、ダーズが割った裂け目を元に戻すのには必要以上に力が要った様だ。目をつぶり、汗だくになりながらエンナは唸った。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 ゆっくりと裂け目が元に戻り、子どもが軽く飛び越えられるぐらいの幅になった。

「よし!」

 ルーブは割れ目を飛び越え、サンのいる場所へ駆けていった。

「ルーブ!」

 雷と植物の攻防を続けていたサンとマトーラは駆けつけてきたルーブの方を見た。サンはルーブが来てくれたことに安堵した。

「あいつ……やられやがったのか⁉クッソ役にたたねーな」

 マトーラは遠くで寝そべっているダーズを見、舌打ちした。

「クソだけに……ブフッ」

 サンは言ったあと自分で吹いた。

 ルーブは呆れながら横目でサンを見た。

「おい、気ぃ引き締めろ」

 ルーブはサンに注意し、前にいるマトーラに視線を切り替えた。

「例のタッグいくぞ!」

「おう!」

 ルーブの掛け声にサンが答える。

 ルーブは両手から水を生み出すと、消防隊の消火のようにマトーラに水をぶっかけた。

「……‼」

 マトーラは大量の水をかけられ怯む。

「よし、今だ!」

 ルーブの掛け声でサンはマトーラに電撃を放出する。

 マトーラは大樹の陰に隠れるが、びしょ濡れなせいで感電した。

「よし」

「やった!」

 二人は喜んだ――が、それも束の間、大きなツタが二本地中から出現し、二人を捕らえる。

「うっ⁉」

 ルーブは予期していなかった出来事に焦る。

「な、何で……」

 サンは手を出そうと両腕を動かすが、先ほどより締め付ける力が強く引っ張り上げることができない。

「は……あれで勝ったつもりでいるとは、さすがお子様……」

 マトーラは両手を前に出し、動かしている。右手でサン、左手でルーブを捕らえているツタを操っているらしい。

「俺の着ている服は普通に見えるが特殊でね。防水、防火、防電だ」

 マトーラは両手を前に出したまま淡々と言った。

「さあ、さっきの倍返しといこうか」

 マトーラは両手を握り締めた。ツタが二人を強く締め付ける。

『ぐああああ……‼』

 二人は同時に叫ぶ。

 瞬間、矢のような形をした炎がルーブとサンの後ろから飛んでき、地面から生えていたツタの根元を二本とも焼き切った。

 二人を拘束していたツタが倒れ、ルーブとサンは地面に転がった。

「エンナ……‼」

 エンナが両手を突き出し構えたポーズで現れた。

「私の存在を忘れんじゃないわよ」

 ルーブとサンは巻きついていたツタを体から外し、体制を整えた。

「反撃開始よ」

 エンナはルーブとサンの間に立った。

「二人とも……俺の作戦に乗ってくれないか」

 ルーブはエンナとサンの耳に口を当て、声を潜め何かを話した。

「何の小細工だ……」

 マトーラは微妙に苛つきながらエンナたちに近づいた。

 三人は走り出し、先ほどエンナが狭めた裂け目を飛び越えダーズの倒れている方へ逃げた。

「逃げても無駄だ」

 マトーラは地面から先を尖らせたツタを生やし三人の方へ攻撃する。三人はそれをよけながら、ダーズ、マトーラの二人が見える位置まで下がった。

「場所を変えたところでどうにもならんぞ」

 エンナたちを追ったため、マトーラとダーズとの距離が一、二メートルほどになった。

「今だ!」

 ルーブが再びダーズとマトーラに大量の水をぶっかけた。そしてサンがためらわず電撃を二人に浴びせた。

 バリバリバリ‼

「……っ‼」

 さすがに二回目はやや効いたらしく、マトーラは胸のあたりを押さえる。

「うおおおーっ‼」

 ダーズが目を覚ました。どうやら電撃のショックで意識が戻ったらしい。ゆっくりと立ち上がり、エンナたちを睨みつける。

「げっ⁉」

 サンが顔をしかめながら言った。

「あいつ起きちゃったわよ⁉」

 エンナはルーブの顔を見る。ルーブは想定内だ、という表情で頷く。

「はっ、やっと起きたのか……間抜けめ」

 マトーラが呟く。

「うるせぇんだよメガネぇ‼さっさとこいつらをぶっとばすぞ‼」

「……それには同意する」

 ダーズがマトーラに近づいた。

「エンナ、今だ‼」

 エンナが特大の火の玉を二人にぶっ放した。三人は一メートルほど後ろに下がった。

 ドッゴオオオン‼

 ダーズとマトーラがいた所で大きな爆発が起こり、白い煙が舞い上がった。二人は吹っ飛ばされ、山の下に落ちた。

「ぎゃあああああ‼」

「何……⁉」

 ダーズとマトーラは叫んだ。叫び声がだんだん小さくなっていった。

「……実験成功」

 ルーブが額の汗を手の甲で拭きながら言った。

「……ええと、何だっけ?詳しく教えてくれる?」

「そうそう。オレら、このタイミングでああしろとかしか言われてないし」

 エンナとサンがルーブに訊ねた。

「水素爆発だよ。水を電気分解すれば水素になる。それに火をつければ爆発する、そういう科学反応を応用したわけ」

 ルーブがやや得意げに説明する。

「へえ……」

 サンが感心した。

「やっぱルーブは頭いいわね……あたしには考えつかないわ」

 エンナはため息をついた。

「よし、アジトまでまだまだ先だ。行くぞ」

 ルーブは歩き出した。

 

 辺りは薄暗くなり、日が沈んできた。時刻は午後五時か六時ぐらいだろう。

 しばらく歩き、午後七時ぐらいになった時、エンナが言った。

「ねえ……暗くなってきたし、先歩くのは明日の朝からにしない?こんな暗い中で敵に会ったら嫌だし」

「オレも賛成。さすがに疲れたし」

 サンもエンナに賛同する。

「そうだな」

 ルーブは頷いた。

 

 三人は山道から少し外れた林の中に行き、直径二メートルぐらいの場所をエンナの火で焼き、空間を作り、そこにテントを張った。

「うへ、こんな森の中、虫が出なきゃいいけどな」

 サンはテントを張りながら生い茂った雑草や木に目をやった。サンは昔から虫が苦手で、男の子が好むカブトムシなんかも見るのを嫌がる。

「ほんと意外よね、虫取り少年みたいな顔してるくせに」

 エンナはテントの周りにビニールシートをひきながら言った。

「どんな顔だよ」

 サンがエンナにツッコんでいる傍ら、ルーブは小枝を集めていた。焚き木に使うつもりらしい。

 

 小枝に火をつけ、焚き木ができると三人はビニールシートに座り二つ目の弁当を食べた。

「寝るときは三時間おきに一人ずつ交代で見張りをする。ここは敵地だ、何があるかわからないからな。いいな?」

「なんで三時間おきなの?」

 エンナが問う。

「それが脳がスッキリする睡眠時間なんだよ。本で読んだ」

「ふうん」

 午後八時頃になり、サンは爆睡し、ルーブも眠りに入った。エンナは視線を焚き木の火へやり、揺らめく炎を見つめていた。

 

 三人が交代で見張りを続け、それが三回ほど繰り返されたあと、三人は全員起床した。

「今……何時……?」

 サンが寝ぼけ眼で呟いた。

「五時だ」

 ルーブが鮮明な声で言った。

「早いのね……」

 エンナが目をこすりながら言った。

「一人六時間は寝てるはずだから充分だろ。早いうちに出発した方がいい。睡眠はとれたか?」

 ルーブは二人に訊ねる。

「うん……思いのほか」

「意外にスッキリした目覚めだ」

 エンナは伸びをし、サンは首を鳴らした。

「じゃあ、朝食食った後出発するぞ」

 三人はそれぞれ創造できる食べ物を出し、それを食べた後テントを片付け、出発の準備を整えた。

 

 五時から二時間歩き、七時に差し掛かった頃。

「ちょっと休憩しない?」

 エンナがルーブに言う。

 三人は近くの岩に腰掛け、水を飲んで喉を癒した。

「大分アジトに近づいたな」

 ルーブはボロボロの地図を広げながら言った。

 三人はしばらくボーっとしながら座り、疲労を回復した。

 

「……ねえ、何か聞こえない?」

 休憩を始めて十分ほど経った頃、エンナが言った。

「え?何が?」

 サンが尋ねた。

「なんか……変な……歌みたいなのが……」

 エンナは耳を澄まし、「歌」の聞こえてくるらしい方向へ耳を傾けた。

「……血の気の多い~この俺は~……」

 ルーブとサンも耳を澄ます。確かに、何か声がうっすら聞こえてきた。三人は岩から離れ、立って周囲を見回した。

「ブラックさまの~言うとおり~」

 声が段々近づいてくる。

「こしゃくなガキを~ぶっ倒す~」

 声がはっきりしてきた途端、何者かが森の木々を飛びつたい猿のように移動してきた。

「灼熱の炎・ラディ・今参上‼」

 赤髪の男が飛びつたってきた木から離れ、突然上から降ってきた。男は三人から二メートル程離れた真正面に着地し、それと同時に最後の歌のフレーズを言った。着地の瞬間、腰を落とし両腕を前に曲げ恰好をつけたポーズをとった。その姿はさながら、三流の歌舞伎役者のようだった。

 エンナ、ルーブ、サンは呆気にとられた顔で赤髪の男を見た。

「ちょっと馬鹿、変な歌うたわないでよ」

 続けてまた木をつたい男の左隣に女が着地した。金髪の長い髪は腰まで届き、目は白金プラチナ色で切れ長だ。白い革製の丈の短いワンピースのような衣装に、白いロングブーツを履いており、腕にはめた長く白い手袋は肩だけを見せていた。片手にはメガホンを持っている。

 男は姿勢を正し、左側の前髪を掻き上げた。赤髪の短髪は刺々しく、正面から見て左側の目に微妙にかかる程度に前髪があるが、右側の前髪は上げられ目立たないピンのようなもので止められていた。恰好をつけて閉じた目が開かれ、その色は金色だった。赤いTシャツに黒いランニングシャツを重ね着しており、丈が短いためへそが出ていた。茶色い短パンを穿き高さが膝ほどの黒いブーツを履いており、腕には布製の黒いアームカバーをつけていた。

 エンナはふと空中に何かを目にした。上を見上げる。

「あ、あれ、何?」

 エンナが指差した方向にルーブとサンも顔を向ける。

「おい、グレイン!そんなとこ浮いてねーでさっさと降りて来い‼」

 赤髪の男・ラディは上に向かって怒鳴った。

 グレインと呼ばれた男は空中に浮いていた。青髪のミディアムウルフだが正面から見て右の目を髪で隠している。片方しか見えていない目は水色だ。青いおまるにまたがっていた。

「何でおまるに乗ってんだ……」

 サンは呆れた表情で青髪の男・グレインを見た。

「おまる?違う、これは特製空中浮遊移動型乗用車、ブルー・スワン号だ」

「いや、ますます意味わかんねーから!」

 サンがツッコむ。

「……昨日海で襲ってきた奴だな」

 ルーブが下からグレインを睨む。

「何⁉」

 サンがルーブの方を振り向く。

「へえ、ご名答。よく分かったな」

 グレインはブルー・スワン号にまたがったままゆっくり降りて来、ラディの右隣に二、三センチ浮きながら止まった。

「俺はラディ」

「俺はグレイン」

「あたしはキャシー」

 金髪の女が言った。

「三人揃ってヴェガンサ軍団‼」

 ラディはまた下手な歌舞伎役者のようなポーズをとった。グレインやキャシーもどことなく格好をつけている。

『……』

 エンナ、ルーブ、サンはポカーンと口を半開きにしたまま三人組を見た。

「つか何よ、ヴェガンサ軍団って。ダサ」

 キャシーと名乗った女がラディに言う。

「あぁん⁉我らがボス、ブラック様のファーストネームじゃねーか!ブラック様リスペクトしてんだよ!」

「はぁ⁉何でもかんでも軍団つければいいってもんじゃないわよ!ブラック様のかっこいい名前が台無しなのよ‼馬鹿じゃない⁉さすが赤ね‼」

「赤だから馬鹿っつーのか⁉シャレになってねーんだよ!バーカ!バーカ!」

「……変人同士の喧嘩は見るに堪えないな」

 グレインがボソッとつぶやく。

『お前に言われたくないわ‼』

 ラディとキャシーが同時に言う。

「なぁ……こいつらって」

 サンがエンナに耳打ちする。

「うん……」

 エンナは頷く。

「バカだな」

 ルーブが言う。

「バカね」

 エンナも同意する。

 ラディは右手を前に突き出し構えると、赤い鉱石をエンナたちのいる方へいきなり飛ばした。

「ふせろ‼」

 ルーブはエンナとサンの頭を両手で掴むと、地面に押し付け伏せた。鉱石は三人の頭上をかすめ、後ろへ飛んで行った。

「いきなり何しやがる」

 ルーブはさりげなくエンナを自身の後ろに隠すように立ち、ラディを睨んだ。

「はぁ……何って」

 ラディはくいくいと右手の中指を動かした。後ろに飛んで行った赤い鉱石が急激に折り返し、三つに分裂するとエンナ、ルーブ、サンの方にそれぞれ向かっていった。

「後ろだ‼よけろ‼」

 三人は後ろを振り向き、飛んできた鉱石をよけようとした。ルーブは咄嗟に飛んできた反対方向に動きよけたが、他の二人は完全によけきれず、サンは右肩、エンナは左腕にかすった。

「あっ……!」

「いでっ……!」

 エンナとサンは呻く。

「攻撃だよ。俺らが通りすがりの人物に見えんのか?」

 ラディは返ってきた鉱石を再び一つにまとめ右手で掴んだ。

「へ……それもそうだな……」

 ルーブは体勢を整え、怒り笑いをしながらラディを見た。

「ブラック様に『捕らえて連れて来い』って言われてるからな」

 グレインはそう言うとブルー・スワン号のエンジンを発進させ、ルーブの襟首をつかむと道を下って行った。

「なっ⁉」

 ルーブは叫ぶ。体がグレインに引きずられ、足だけが地面についた状態で運ばれた。

『ルーブ‼』

 二人はルーブを追おうとした。

「あら」

 キャシーがサンの前に立ちはだかり、左腕でサンの顔を腕と胸で挟む。

「ぐっ⁉」

 サンの顔がキャシーの巨乳におしつけられる。

「あなたは、お姉さんと遊びましょ?」

 キャシーは右手で少量の雷を出すと、サンの背中に触った。

「がっ……」

 サンは気を失った。

 キャシーはサンを抱えたまま上り坂を歩いて行った。

「サン!」

 エンナは二人を追おうと走り出した。

「おおっとぉ‼」

 エンナの前にラディが素早く手を広げ現れ、行く道を防いだ。

「行かせないぜ~……」

「ど、どきなさいよ‼」

 エンナは大声を張り上げる。

「威勢のいい小娘だな。威勢だけじゃねーことを祈ってるぜ?」

「くっ……」

 エンナはたじろぐ。

「赤、青、黄同士の対決だ。おまえら側とブラック様側、どっちが勝つか、こりゃ勝敗が楽しみだな?」

「この……」

 エンナはこめかみに汗を垂らす。

「さあ、戦闘開始だ」

 

 ルーブはグレインに引きずられ、しばらく道を下ると道端に投げられた。

 ドサッ‼

「ぐ!」

 木に背中が打ちつけられ、ルーブは呻いた。

「この野郎……」

 ルーブは立ち上がり、服についた砂埃をはらった。

 グレインはブルー・スワン号から降り、それを空中の遥か上まで上げた。戦いの邪魔にならないようにしたいのだろう。

「それも『創造』したものか……?」

 ルーブが問う。

「あれは違う。ブラック様から特別に貰ったものだ。さすがにあんな複雑なものまで創造できるとはお前も思ってはいないだろう?」

「……」

 ルーブは黙ったままグレインを見つめる。

「まあいいさ……それより、俺は命令を果たさなければいけなくてね。大人しく……は無理だろうから、少々手荒な真似をやってでも『来て』もらうぞ」

「大いに断る」

 ルーブは手から尖らせたサファイアを創造し、自分の周囲に浮かせた。

「そうか……」

 グレインは仏頂面のまま呟いた。

 

 エンナとラディは、赤い石同士の攻防を続けていた。エンナはルビー、ラディは赤い鉱石を創造し、お互いにぶつけ合っている。

 ラディの赤い鉱石がエンナに向かって迫り、それをエンナがルビーで弾き返す。ルビーや鉱石は数個に分かれたり一つに戻ったりしながら、自在に操られていた。ぶつかり合う音が激しく辺りに響く。

「なかなかやるじゃねぇか」

 ラディは不敵に笑う。

「どきなさいよ‼……サンが‼」

 エンナはルビーを打ちつけながら怒った。

「あー、さっきのガキか?心配すんな、キャシーなら手荒な真似はしねえって」

 エンナはルビーに炎を纏わせ、ラディの鉱石に思いっきりぶつけた。炎がラディの眼前に散る。

 ラディは不意打ちを食らい一瞬目を閉じたが、少し下がりエンナを見据えた。

「……本気みたいだな」

 エンナは自身の周りに炎を浮かべた。火影がエンナの顔に当たり、揺らめく。

 

「はっ‼」

 木を失っていたサンは目を覚まし、大声を上げ、目の前の状況を確かめた。エンナやルーブとはだいぶ離れた上り道にいるようだ。サンは木にもたれかかり、一メートル程離れた目の前にはキャシーが立っていた。

「お目覚めかしら、ぼうや?」

 キャシーはメガホンを口に当て、耳がキンキンするような声で喋った。声が黄色い光となってサンの方へ飛ぶ。サンは思わず両耳に手を当て、立ち上がりキャシーから一、二メートル程後ずさりしながら離れる。

「電撃を弱めてたから、目覚めるの早かったわね」

 キャシーはメガホンを口元に当てたまま喋った。

「な、何のつもりだ⁉つか、その喋り方やめろ‼」

 サンは耳を塞いだまま、汗を流しながらキャシーを見る。

「ウフフ……面白い子」

 キャシーはメガホンを口から外して喋った。腰に手を当てる。

「『黄色い声』ってわけか……」

 サンは苦笑しながらキャシーを下から仰ぎ見る。

「簡単に捕まえちゃったらつまんないでしょ?」

 キャシーは妖艶に笑う。

「……その油断、後で後悔することになるぜ」

 サンは右腕を左手で掴み、雷を発生させた。

「あら、可愛くない子」

 キャシーは左手からサンと同じく雷を発生させた。

 サンとキャシーは互いに電撃をぶつけ合う。二つの塊が衝突し、弾け、黄色い帯が辺りに激しく散る。雷の帯はサンやキャシーの方へ飛び、二人はそれに触れないように互いに二メートル程離れた。

「太陽光線‼」

 サンは右手を真上に突き出し、手の平を大きく広げた。雲の割れ目から太陽が顔を出し、キャシーの顔を眩しく照らしつける。

「っ⁉」

 キャシーは目を両手で覆った。

「今だっ……‼」

 サンは両手で雷のボールを創り、キャシーに向かって打ち出した。雷はキャシーの胸に直撃した。

「きゃあああああっ‼」

 キャシーは胸を抑え、その場に崩れた。

「うっ……ぐ……うくぅっ……」

 キャシーは悶えながら呻いた。

「勝負あったな」

 サンがとどめをあて気を失わせようとキャシーに近づいた、その時。

「キャッハァァァァ‼」

 キャシーがすばやくメガホンを持ち大声で叫んだ。声は黄色い光となってサンの耳を直撃した。

「うああああ⁉」

 サンは耳を塞ぎ、地面を転げまわった。

「ざ~んねんでした♪この美しい衣装は電気対策してありま~す。ちなみに肌の部分も電気を通さないストッキングで覆われてるのよ」

 キャシーはメガホンを口から外して言った。

「さっ……さっきのマトーラとかいう奴と同じじゃねえか……独創性ねえ……パクリ……」

 サンは耳に手を当て体を震わせながら立ち上がった。

「はあ?あたしをあんな陰気な男と一緒にしないでもらえる?マジむっかつく~」

 キャシーは左手から雷を出し、サンに近づく。

「う……!」

 サンは後ずさる。

 

 ルーブとグレインは周囲にサファイアを浮かべ、互いに睨み合っていた。若干ルーブの方が軽傷が多い。

「まだこれからだぜ!」

 ルーブはグレインの周囲に青い炎を浮かべる。

「青い炎ね」

 グレインは左手から水を激しく発射させ、ルーブの浮かべた炎を跡形もなく消す。

「俺の能力の前に炎を出すとはなんたる愚行」

「ぐ……!」

「策はそれだけか?」

 グレインはルーブの顔の方に人間の頭が一人分入るぐらいの水の球を続けて三つ飛ばした。ルーブはそれをよけながら、尖らせた青い結晶をグレインの方へ飛ばす。グレインは顔を動かし結晶をかわした。青い結晶はグレインの後ろに生えていた木に刺さる。

「なんだこれは……?」

 グレインは木に刺さった結晶を見た。青い結晶の刺さった部分からわずかに白い煙が出ており、木の表面を溶かしていた。

「ははぁ……」

 グレインは呟く。

 ルーブは息を切らしながら、左手で、小さな硫酸銅を五つほど、グレインめがけて飛ばし続ける。

 グレインは両手を上げると、それを自分に当たる前に全て空中で『止め』た。

「なっ⁉」

 ルーブは左手を空中で震わせた。

 グレインは両手で硫酸銅を見つめ何かを念じると、両手を上に掲げた。

 硫酸銅が宙に上げられ、形が崩れ、液状の球になった。

「何⁉」

 グレインは不気味に笑った。液状になった硫酸銅が雨のようにルーブに降り注ぐ。

「うっぐああああ‼」

 ルーブは顔を両腕で覆い、襲い掛かる液体から顔だけでもと守った。

「お前、意外に頭良くないんだな」

 グレインはルーブを見下ろした。

「『青』いものなら何でも操れる……それは相手の創造したものでもしかり、だぜ?」

「うっ……あああ……」

 ルーブの着ていた服がところどころ溶け、破れる。顔は守っていたおかげで何ともなかったが、手が硫酸銅に触れたせいでただれていた。

「それに、同じ色の力を持っているってことは、相手が使った技の真似や応用ができるってことだ。だから、出したもん負けなんだよ」

 ルーブは両手から水を創造し自身に浴びせ、硫酸銅を洗い流した。

「うう……くそっ」

 ルーブはただれた右の手の甲を左の手の平で抑えた。

「お前さっき、顔守ってたけど……モデル志願か何かか?」

 ルーブは黙ったままグレインを睨んでいた。

「ハッ……かっこつけたガキだな」

「そんなかっこつけた髪型の奴に言われたくない……」

 グレインは覆い被さった前髪から覗かせた正面から見て左側の目を細くしかめた。

「口の減らない奴だな……」

 グレインは右手から先ほどルーブが出した青い結晶を創造した。

 

「はあっ、はあっ……‼」

 エンナの額、こめかみ、首筋に汗が流れ、息はあがっていた。

「どうした?もうスタミナ切れか?」

 ラディは炎を纏わせた赤い鉱石を右手で浮かせ、余裕の表情で笑いながら立っていた。

「俺としてはもうちょっと遊びてーんだが」

(ダメ……このままじゃ、勝てない……!)

 エンナ、ルーブ、サンの三人よりラディたちの方が年上だ。その分体力や腕力があるのだろう。エンナはそれがなんとなく分かってきた。

「……グロッキーみてぇだな」

 ラディがエンナに近づく。

(どうしよう、どうしたらいいの⁉)

 エンナが焦り、こめかみに汗を垂らした時、左手の中指にはめた白い指輪が熱く光った。

(手をつなぎなさい‼)

 女王の声がエンナの頭の中に、はっきりと聞こえた。

「……え?」

 エンナは呟く。

「あ?なんだ?」

 ラディは顔をしかめる。

(手をつなぎなさいって……)

 エンナは瞳孔を開いた。再び女王の声が聞こえた。

「ルーブー‼サン‼こっちへ来て‼」

 エンナは首を上に傾かせ、空に向かって大声を張り上げた。

「三人で力を合わせるのよ‼」

「……なんだ?」

 ラディは怪訝そうな顔をした。

「何を企んでやがる」

 ラディは右手から炎を出しエンナに放った。エンナは腕で頭を覆い炎から身を守った。

「もってよ……!」

 エンナは右手から唐辛子を一つ創造すると口の中に放り込んだ。そして大量の赤い液を両手から出し、ラディの目元に命中させた。

「ぐあっ⁉」

 ラディは目を両手で覆い、地面に屈む。

「いってえええ‼なんだこりゃ……ヒリヒリしやがる‼」

(まずは……サン‼)

 エンナはサンのいる上り坂へ駆け出した。

 

「……っはぁ……はぁ……」

 サンは息を切らし、キャシーの攻撃から逃げていた。

「サン――!」

 エンナが下り坂から駆け上がってきた。右の手の平を前に突き出している。

「エンナ!」

 サンは振り向く。

「なんなの、小娘!邪魔しないでちょうだい!」

 サンはレモンを創造し、それを強く握り締め、エンナの方に近づくキャシーの目元に汁を飛ばした。

「あっ⁉」

 キャシーは目を押さえる。その隙にエンナがサンとの距離を詰め、手を握った。

 

 ルーブはエンナのところへ行こうと走り出した。前にグレインが立ち塞がる。

「どけ‼」

 ルーブは怒涛の表情でグレインにサファイアを飛ばした。グレインは一瞬怯み、サファイアをよける。その隙にルーブはグレインをかいくぐり、坂を下る。

「あっ……あのガキ!」

 グレインは悪態をつく。

「ルーブ‼」

 向かいからエンナとサンが手をつなぎながら活発に坂をくだってきた。

 短距離走でクラスでも上位に入るルーブの速力で坂を駆け上がり、ルーブはエンナと距離を詰め、エンナの空いた左手をルーブの右手が掴んだ。場所はちょうど、エンナとラディが交戦していた所だ。

「サン、いくよ」

「おう」

 エンナとサンは同時に「同じ色」をイメージした。二人の体が橙色に光り、ルーブの体に伝わる。

「……これは⁉」

 ルーブの顔から「疲れ」が消えた。

「オレンジは『ビタミン』や『エネルギー』の色。疲労回復にはバッチリよ」

 エンナはルーブに顔を向けて片目を閉じた。

「……まさか⁉」

 ルーブは冒険の途中で新たな宝箱を発見したような目でエンナを見た。

「そう、手をつなぐと色と色を足した色の力が使えるのよ」

 エンナはルーブを見返しながら口の両端を吊り上げた。

「やっぱりそうか!」

 

 グレインが上り坂から走りながら駆け下りてきた。水の球をラディの顔面に飛ばす。

 バシャッ!

「うくっ」

 赤い唐辛子の汁が洗い流され、ラディの服が少し濡れた。

「滑稽だな」

 グレインがラディの隣まで近づき、鼻で笑う。

「うるせえ!テメーだってガキに手こずってたろーが!」

 ラディは腕に装着しているアームカバーで両目をこすり、グレインを睨んだ。

「……どうやらこいつら、何か新しい力を発見したようだぞ」

 グレインが目を鈍く光らせ二人を見る。エンナはギクッと肩を強張らせた。

「……ねえ、ルーブ」

 エンナが声を潜めながらルーブに話しかける。

「なんだ」

「せっかく新しい力を発見したっていうのに……こいつらに勝つ方法が全然頭に思い浮かんでこないんだけど……」

 

「もおおぉ!あんたらねぇ‼」

 キャシーが目をこすりながら坂を下ってきた。

「少しは人の心配しなさいよ‼何悠々と突っ立ってんのよ!」

「やっと来たのか」

 グレインが仏頂面で言った。

「水!あたしの顔に!早くしなさいよ!」

 キャシーは怒りながらグレインに向かって自分の顔を指差した。キャシーの目元はレモン汁でベトベトになっていた。

 グレインは黙ったままハンドボール程の大きさの水の球をキャシーの顔に当てた。

 

 南側を左にしてキャシー、ラディ、グレインの順に並んでいる。その向かいに左からルーブ、エンナ、サンの順に手をつないだまま立ち三人同士が向かい合っていた。

「おい……やばいぞ、この新しい力、こいつらにバレたらまずいんじゃないのか?」

 サンが小さい声で言う。

 ルーブは一瞬何かを考えるように黙り込んだあと、口を開いた。

「赤と青を足したら……」

 

「はぁーっスッキリした!で、何?今どういう状況?」

 キャシーが腕で顔を拭き辺りを見回す。

「どうやら」

 グレインが不気味に笑う。

「こいつらが手をつないでるのと何か深い関係がありそうだが?」

「おい!やばいよ!やばいって!」

 サンが声を小さくするのも忘れて焦りながら言う。

「エンナ、紫だ!」

「え?」

 ルーブは瞑想をするように目を閉じた。エンナも少々戸惑いながら目を閉じる。ルーブの体から紫色の光が発し、エンナの体に伝わる。

「成程」

 グレインが確信を持ったように言った。

「手をつなぐことによって色と色を足した力が使える……そういうことだな?」

「おいぃ~、バレてるよぉー‼」

 サンは滑稽な表情で青ざめながら言った。

「……そっか」

 エンナは呟いた。

「……あれだな」

 ルーブはエンナを見て頷いた。

「何以心伝心してんだよ‼オレにはさっぱり訳わかんねーっつうの!」

 エンナとルーブは同時に目を閉じ、サンにも紫色の光を送った。

 

「手をつなぐだぁ?」

 ラディはグレインを横目で見た。

「わからんのか?青と赤を足したら、何になる」

 グレインが軽蔑したような目つきでラディを見た。

「あ?……紫か」

 ラディが眉をしかめながら言った。グレインは顔に右手を当て、ため息を漏らした。

「はぁ……嫌だけど、しょうがないわね」

 キャシーは泥でも触る前のようにラディに左手の甲を差し出した。

「こっちのセリフなんだよ‼お前と手をつなぐぐらいだったらブラック様の手を握りたいわ!」

 ラディはキャシーに突っかかりながら仕方なく手を掴んだ。

「……ちっ、何でこんな奴と……」

 グレインは汚物でも触る前のように顔を背けたままラディに右手の甲を突き出した。

「ムッカツク……っ」

 ラディはこめかみの血管がブチ切れる寸前の表情で笑い、グレインの右手を掴むか掴まないかのところで左手を震わせた。

 

 エンナたち三人の体は紫色に光っていた。ルーブが口を開く。

「いくぞ!」

 ルーブはつながれていない左手を前に突き出す。サンも右手を突き出し、二人は手をラディ、グレイン、キャシーの方へ向ける。

 

「早くしなさいよ!」

 キャシーがヒステリックな声を出す。

「……ちくしょう!今回だけだからな!」

 ラディが乱暴にグレインの右手を引っ掴む。

「……で?このあとどうすりゃいいんだ」

「知らん」

 ラディの問いにグレインが素っ気なく返す。

 三人がぎこちなく手をつないだまま立っていると、ルーブとサンの手から濃い灰色の光が発射され、ラディたちの体全体に直撃した。

「やった」

 エンナは手をつないだまま呟いた。

「紫はスピリチュアルな色。感性を豊かにし、インスピレーションを鍛える」

 ルーブが再度認識するように伝えた。

「そんで」

 サンが口元を吊り上げながらルーブの顔を見た。

「赤と青と黄色を混ぜ合わせれば濃い灰色になる」

 ルーブがドヤ顔で言った。

「アルバートさんが読ませてくれた本のおかげだな」

 サンは図書館でのことを思い出した。

「そして」

 ルーブは視線をラディたちの方へ向ける。

 

 三人は体勢を崩し、その場に座り込んだ。

「うっ……ああ」

 ラディはやる気が微塵も感じられない表情で頭を落とした。グレインも座ったままボーっと宙を見つめている。

「……帰りたい」

 グレインが呟く。

「……なんか人生灰色ってカンジ」

 キャシーは憂鬱そうな顔でうなだれていた。

 

「灰色の負のイメージは『無気力』や『憂鬱』」

 ルーブが一応説明する。

「そうそう!紫の色を当てられたらなんか急にそれ本に書いてたこと思い出してさ」

 サンが顔を明るくさせながらルーブに言った。

「赤と青と黄色を混ぜたら何色になるかわからなかったけど、なんか直感で『濃い灰色じゃない?』ってピンときて」

 エンナも少し嬉しそうに言った。

「でもなんかさ……効果抜群、って感じじゃねえ?」

 サンがラディたちの異常なまでに憂鬱でやる気なさげなオーラを見て若干引き気味に言った。

「うん……なんか効きすぎって感じ」

 エンナも同意する。

「ああ、まるでいつも当ててる効果魔法の三倍ぐらい効いてるような……」

 ルーブがそう言ってから顔の表情を変えた。

「三倍?」

 ルーブは顎に手を当てた。

「……手をつないだ人数分だけ、効果が倍になるとか?」

「そうかもね……でも、それがほんとならすごくない?」

 エンナは顔を輝かせながらルーブを見た。

「協力した分だけ強くなるってことか!」

 サンは納得した。

「で、こいつら、どうする?」

 ルーブがうなだれたまま座っている三人を見て言った。

「もう戦う気力ないみたいだし、ほっとけば?」

 エンナが言う。

「一応もう一回やっとくか」

 ルーブの提案で、エンナたちはもう一度灰色の色彩効果をラディたちにあてた。そのあとリュックの中に入れていたロープを使いラディたちの後ろ手を縛った。更に気力を失い憂鬱になったラディたち三人を遠目に、エンナたちは出発した。

 

 三人は迫ってきたであろうブラックのアジトまでの道を歩く。ルーブは替えの服に着替えていた。

「まだ服あったんだ」

 エンナがルーブの服を見ながら言う。

「これぐらい男子のたしなみだろ」

「……いや、あたし朝着替えたから服もうないし……まさか三着も持ってきたの?」

「そうだよ。道中は何があるかわからないからな」

 当然のような顔で言うルーブにエンナは感心するのと呆れるのとが半々ぐらいの顔をした。

 

 歩いて一時間程、ルーブの左手につけている腕時計の針が午前十時半を示した頃。

「霧が出てきたな」

 サンが辺りを見回す。うっすらと霧が三人を覆っていた。周りの草木もわずかに霞んでいる。

「はぐれるなよ」

 ルーブがエンナとサンを見失わないように近くに寄らせながら歩いた。

「はぐれるな、ってお母さんじゃあるまいし」

 サンが言う。

「ここは敵地なんだ。何が起こるかわからないってさっきも言ったろ?」

 ルーブはサンの方を見た。いつの間にか霧が濃くなっており、本来サンが歩いているべき場所にサンの姿が見えない。

「サン⁉」

 ルーブは頭を反時計回りに捻り、左斜め後ろにいると思われるエンナを見ようとした。が、エンナの姿もない。

「エンナ‼」

 ルーブは立ち止まり、辺りを警戒する。

「ルーブ、エンナ⁉どこだよ!」

 サンは姿が見えないまま大声を上げる。

「ルーブ、サン、どこ⁉なにこの霧……‼」

 エンナも二人を見失い、困惑する。

 

 一瞬。

 ルーブの額に何者かの指が触れた。

 

「こういう時は……炎で……でもルーブやサンに当たったらまずいし……」

 エンナは炎を出して霧を晴らそうかと考えたが、実行するかどうかを迷った。

 突然、前から突風が三人を吹き付けた。

「きゃっ⁉」

「うわ……」

 エンナとサンは声を上げる。

 風で霧が吹き飛ばされ、エンナの視界が晴れた。エンナは辺りの状況がわかるようになった。

「……え⁉」

 サンの周囲が上下、左右と六枚の半透明なガラスのような板で囲われ、サンは長方形の箱の中に閉じ込められた。

「サン⁉」

 エンナは叫び、サンの方へ駆け寄ろうとした。

 その次の瞬間、ルーブが大量の水をエンナに放ち、エンナは歩いてきた道の方向に吹っ飛ばされた。エンナは立っていた場所から六、七メートル程後ろの地面に尻もちをついた。

「ゲホッ、ゲホッ……!」

 エンナは気管支に入った水を出そうと咳込んだ。

「ルー……ブ?」

 ルーブは左手を前に出し、黙ったままエンナの方へ近づく。エンナはルーブの目を見た。ルーブの目は虚ろで、綺麗なラピスラズリのような色はあせて薄くなり水色になっていた。

「エンナ――‼ルーブ‼」

 サンは四角形の檻の中から遠くなったエンナとルーブを目で追いながら叫んだ。

「くっそ……何だこの檻⁉」

 サンは両手の拳で板張りを叩きつける。板はびくともしない。

 

 ルーブは何も言わず左手を突き出したまま容赦なくエンナの方に歩く。エンナとルーブとの距離が三、四メートル程になる。

「ルーブ……」

 エンナは瞳に恐怖を宿し、わずかに震えながら立ち上がる。

「どうしちゃったのよ……ルーブ……」

 エンナは両手を前に突き出す。

 エンナとルーブの距離が一、二メートル程になった。

「来ないで‼」

 エンナはルーブに向かって炎を発射させた。炎の中に人影が揺らめく。

「あっ……!」

 エンナはしまった、という顔で炎を創造するのを止めた。

 その次の瞬間、ルーブの周囲から水が生まれ、包み込んでいた炎を消した。ルーブは空虚な目でエンナを睨む。

「く……っ」

 エンナはたじろぎながら呟き、左足を半歩引いた。草の生い茂っていない平地では炎は水に不利だ。

 ルーブは左手からサファイアを二つ創造し、エンナに向かって飛ばした。エンナは上手く避けることができず、右腕と左の腰のあたりにかすった。

「痛……っ!」

 エンナは微かに涙目で、やや憤りながらルーブに強い視線を向けた。

「ルーブ‼目を覚まして‼」

 エンナはルーブに向かって走り出した。ルーブは三つ目のサファイアをエンナに対して飛ばす。エンナは左に体を傾けサファイアをよけようとしたが、右肩にかすり、そこから血が噴き出る。

「……っ‼」

 エンナは痛さをこらえながら両手を前に出し、ルーブを抱き締めた。ルーブは一瞬目を大きく見開いたが、すぐに顔をしかめた。

 ルーブを包み込んだエンナの体の中心が赤く光る。赤い光は二人を覆い、二人の体は熱を帯びた。

「……ぁっ……ぐあ……‼」

 ルーブは声にならない声を上げ、エンナは歯を食いしばりながら自身の発する高熱に耐えた。

 二人の体を包んだ赤い光りが周囲に円状に広がると、収縮し、消えた。

 ルーブの目から虚ろさが消え、一瞬ラピスラズリのようなブルーの瞳の色を取り戻した後、瞼を閉じてその場に崩れ落ちた。

「元に……戻って……」

 エンナは汗を流しルーブを抱いたまま一緒に崩れ落ち、疲れた表情で優しく呟いた。

 

「エンナ……?」

 サンは遠くてよく見えない二人の姿を板に張り付いて見ていた。ガラスのような壁は半透明なせいもあり、サンの目にはぼやけた風景しか映らない。

 途端に張り付いていた壁が六枚とも消えた。サンは体勢を崩し、こけそうになる。

「うあぁ⁉」

 なんとかこける前に片足を踏み出し、バランスを取った。

「一体なんなんだ⁉誰のしわざだ‼」

 サンは辺りを見回す。だが誰も見当たらない。

 

「ん……」

 ルーブが目を覚ました。視界がぼやけ、徐々にエンナの顔がルーブの目に映る。

 エンナはルーブの澄んだ青い瞳を見て安堵のため息をついた。

「良かった……元に戻ったみたいね」

 エンナは痛々しく笑う。

 ルーブはエンナの体を見た。右肩、左腕、左腰から血が出ている。

「……なんで怪我してるんだ」

 ルーブは自分の体を見る。どこも負傷していない。ルーブはエンナの肩を掴む。

「さっきの赤い奴との戦いじゃそんなんなってなかったのに……誰にやられたんだ‼」

 エンナは笑いながら首を振る。

「なんともないよ」

「なんともないって……!俺はなんで意識がなかったんだ⁉その間に何があった⁉」

「エンナ、ルーブ!」

 サンが二人の近くまで駆け寄ってきた。

「何がどうなってたんだ⁉オレ、いきなりガラスみたいな壁に閉じ込められて……」

「ガラスみたいな壁?なんだそれは?」

 ルーブが眉をしかめる。

「……それがわかんないってことならやっぱり、お前」

 サンがルーブを見る。

「……操られてた」

 エンナが言う。

「何だって?」

 ルーブがエンナを見る。

「……誰かに、操られてた、ルーブ……」

 エンナは目を伏せたまま呟くように言った。

「お前はエンナに大量の水を放って、数メートル吹き飛ばした」

 サンが見ていた状況を話す。

「何だって⁉」

 ルーブは驚いた。

「……それから、あたしにサファイアを飛ばして攻撃してきたのよ」

 エンナはルーブから目をそらしながら言いづらそうに言った。

 ルーブは、信じられない、という表情で目を見開いた。

「……そういえば」

 ルーブは目を見開いたあと、瞼を元に戻し、顎に右手を当てていつもの仕草をした。

「記憶が飛ぶ前、誰かに額を触られたような……」

「えっ⁉」

 エンナが反応する。

「そうだ、それよりエンナの怪我を治してやらないと……サン、能力を貸してくれ。『緑』で治癒するぞ」

 ルーブはサンと手をつなぎ、二人は片手から丸い緑の光を出しエンナの右肩、左腕、左腰に当てた。傷は修復され、肌が元に戻った。

「服は直らないけど……」

 ルーブが気を遣うように言った。

「大丈夫よ。ちょっとだし。ありがと、ルーブ」

 エンナは朗らかに言った。

「とにかく、俺の檻にしろ、誰かの仕業だってことは間違いなさそうだぜ」

 サンが立ったまま前の道を睨む。

「立てるか、エンナ?」

 ルーブがエンナの左側に立ち、左手を差し出す。

「うん」

 エンナは右手でルーブの左手を持ち、立ち上がった。

「おい、どこにいる‼隠れてるなら出て来やがれ‼」

 サンは勇敢に前の道に向かって叫んだ。ルーブとサンも前を見据える。

 数十秒間、三人は何かが起こるのを待ったが、物音も気配もなかった。

「……出てこないな」

 サンが言う。

「進みましょ」

 エンナが言い、三人は前に向かって歩き出した。

 三人が霧によってはぐれた地点まで歩を進めると、辺りに風が吹き始め、今度はエンナたちの行く道を隠すように再び濃い霧が目の前に充満した。

「また霧だ‼」

「気をつけろ!」

 サンとルーブが大声を出す。

 突然視界が晴れ、霧が一瞬にして消えた。

 さっきまで霧が満ちていた場所に、人間が一人立っていた。

 

 背は百七十センチメートルぐらいで、水色のシャツの上に白いランニングシャツを重ね着し、薄水色のズボンを穿いている。靴は真っ白だ。

 髪は白っぽく、正面から見て右側の目を前髪で隠している。サイドの髪は無造作にはね、後ろ髪は長く背中まで垂らしていた。髪に隠れず見えている右目は透き通った水色だ。中性的な顔立ちで目鼻が整っている。体型はやや痩せており、胸の筋肉のつきが良いのを見ると男性のようだ。推定十七、八歳だと思われる。

「どうも」

 青年は笑った。その笑みはどこか空虚で、内側に何か得体の知れないものを秘めているような、そんな表情だった。

「……誰だ」

 サンが顔をこわばらせ口を開く。ルーブとエンナも体全身に力を入れた。

「そう緊張しないでよ。少しリラックスしないと、疲れちゃうよ?」

 青年は困ったように眉を下げながら言った。

「僕はシャッフル。ブラックの側近さ」

 男は長い前髪から左目をのぞかせ、両目でエンナたちを見た。

「ブラックの……側近……‼」

 エンナは顔にうっすらと恐れを宿しながら言った。

「……とすると」

「こいつも何かのマジッカーだな」

 サンとルーブはそう言いながら、エンナを背にして守るように手を広げた。

「……それはどうかな」

 シャッフルは目を光らせた。ルーブとサンは一瞬戸惑いを目に表したが、すぐに気持ちを切り替えた。

「いくぞ‼」

 ルーブが合図し、エンナは炎、ルーブは水、サンは雷を創造しシャッフルに向かっていった。

 シャッフルは左手から激しい突風を三人に吹き放った。

「きゃっ‼」

「うおっ‼」

「くっ」

 三人は声を上げ、走る速度が急激に落ちる。エンナの右手に創造した炎が風で後ろに流れる。

 シャッフルは耳に何かを入れ、右のポケットから水晶のような石を取り出した。石に左手の人差し指の爪を立て、ゆっくりと引っ掻いた。

 キキ……キィ――‼

 黒板を爪で引っ掻いたような音の大きさを十倍ぐらいにしたような音が三人を襲った。

『ぎゃあああ‼』

 三人は耳を強く塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。三人の創造した属性魔法は自然に消えていた。

「うっ……あああ……」

 エンナは耳に手を当てたまま唸った。地面に膝をつき、震えている。

「なんなんだ……その力は……⁉」

 サンは耳を手で塞いだまま、立ち上がりながらシャッフルを見た。

「青髪の君……頭の良さそうな君ならわからないかい?」

 シャッフルに言われたルーブは立ち上がる。

「石をひっかいただけで普通はそんな音は出ない……操ったのは『音』か」

 ルーブは冷静に分析する。

「霧に風、サンが言ってたガラスの壁に見えない『音』……ときたら」

 ルーブはシャッフルを睨む。

「お前が操る色は『透明』だな。それしか考えられない」

 シャッフルは陰のある表情でゆらりと笑った。

「正解だよ」

 シャッフルはそう言うと左手を前にかざし、冷気を発してエンナ達三人の足元を凍らせた。氷は膝まで覆われ、地面に張り付く。

「あっ⁉」

「何……」

「冷たっ!」

 エンナ、ルーブ、サンは声を上げる。

「ちなみに、黄色頭の……君を覆ったのはガラスじゃなくて水晶だよ」

 シャッフルはサンを見て言った。

 エンナは炎、ルーブは熱湯を創造し足元の氷を溶かした。サンは手を氷に近づけ雷を発生させ、足が痺れない程度に強めると氷を破壊した。

「へえ……」

 シャッフルは口の端を上げた。

「じゃあ、これはどうかな?」

 シャッフルは指をパチンと鳴らした。

「……?」

 周囲には何の変化もないように見えた。が、しばらくすると途端に三人の顔色が変わり始めた。エンナは口と胸を押さえ、体を前に屈ませた。

「く、苦し……」

「うっ」

「なんだ、これ……」

 三人は地面にしゃがみ込んだ。

 数分後、シャッフルは指を鳴らし、力を解いた。

『ゲホッ、ゲホッ‼』

 三人は咳込み、空気を吸い込めるだけ吸った。まだ息を切らしている。

「空気……か」

 ルーブが顔色を元に戻しながら言った。

「俺たちの周りだけ空気を無くしたのか」

 シャッフルは目を伏せながら首を振った。

「うーん、ちょっと違うねぇ。無くしたのは『酸素』だけだよ」

 こいつはやばい、とルーブは再び青ざめた。

「サン、ルーブ、例のアレいくわよ‼」

 ルーブとサンはエンナの両側に立ち、手をつないだ。ラディたちにしたように、サンとルーブが片手を突き出す。

 シャッフルは素早く飛び上がり、ルーブとサンの額に触れ、エンナたちを飛び越えて二、三メートル先に着地した。それは光線が出るよりも早かった。

「あ……」

「うっ」

 サンとルーブはそれぞれ呟いた。まもなくサンとルーブの目から光が消え、二人から意識が飛んだ。

 二人は力が抜けるようにエンナから手を放した。エンナは顔色を変え、シャッフルが着地した反対方向へ動き、ルーブとサンから逃げるように離れた。

「くくくっ……く……」

 シャッフルは声を押し殺しながら笑った。その様子はどこか不気味だ。

 エンナは身構え、ルーブとサンに注意しながらシャッフルを見た。

「大ピンチだねぇ」

 シャッフルはエンナに言った。

「まさか……さっきルーブを操ったのは、あんた⁉」

「考えればわかるだろ。僕の操る力は透明。心だって透明だろ」

 エンナは身震いした。

 ルーブとサンは片手を突き出し、虚ろな目のままエンナに向けた。

 エンナは両手から炎を創造し、焦りと怒りの混じった表情で向かいの三人を睨んだ。

「こっちはあんたも倒さなきゃならないのよ‼二人の目が覚めるなら……少々手荒な真似だってさせてもらうわ‼」

 シャッフルは声を押し殺して一度だけ笑うと、両手を上にあげ、『降参』のポーズをとった。

「まいったよ」

 エンナは目を大きく開き、わけがわからない、という顔でシャッフルを凝視した。

「は……?」

 エンナは呟く。

「君にはかなわないよ」

 シャッフルはエンナを背にし、歩き出す。

「ちょっと……‼どこ行くのよ……⁉」

 シャッフルは足を止めない。

「この勝負の続きは、また今度にしよう」

 

 エンナは手から炎を出したまま、どうすればいいか迷っていたが、結局一歩も動けなかった。

 シャッフルの姿が完全に見えなくなってから、エンナはやっと火を消した。それと同時にサンとルーブが目を覚ました。

「あれ……?」

 サンは何をされたのかわからないという表情でその場に立っていた。ルーブは目が覚めると同時にすぐ後ろを振り向き、辺りを見回した。

「エンナ、あいつは⁉」

「もういないの……あたしに『また今度にしよう』って言って、どこかに消えたわ」

「なんだって⁉……ふざけた奴だな……」

 ルーブは眉間にしわを寄せ、感情を抑えながら怒った。

「なあ、何がどうなったんだ?オレ、いきなり意識が飛んで……」

 サンは戸惑いながらルーブに訊ねた。

「あいつは触れた者の心を操れる……多分だがな。それで俺とお前は操られてたんだ」

 ルーブが説明する。

「そうなのか⁉」

 サンは驚いた。

「でも、今まで会ったマジッカーの中で間違いなくあいつは最強よ。三人がかりでも倒せなかったし、あいつが降参しなかったら多分あたしは負けてた」

 エンナが複雑な表情で言った。

「……とりあえず、ポジティブに考えてあいつが去ったことを良しとしようぜ」

 サンがなだめるように言った。ルーブはまだ納得がいかないのか顎に指を当てうつむいていたが、一息おくと顔を上げた。

「……わかった。とりあえず今は進もう」

 三人は黙々と歩き出した。城が近づいたことで緊張が増してきたのか、口数が少なくなる。

 雑草や木々が生い茂っていた山道だったが、頂上付近は荒れ果てており、草木が少なく閑散としていた。

「……ょっ……!」

「?」

 何か声が聞こえ、エンナは振り向いた。

「どうした、エンナ?」

 ルーブが尋ねる。

「なんか聞こえたよな、今」

 サンも後ろを振り向き足を止める。

「まさか、またナントカ軍団じゃないだろうな……」

 サンが目を細めながら声が聞こえてきた遠くの方を見る。

「ちょっとー‼」

 後ろから女の子がエンナたちを追ってきた。緑色の髪はくせっ毛で、肩につくかつかないかぐらいのミディアムヘアだ。目は濃い緑色だった。まつ毛が少し長く、女の子らしい顔つきをしている。袖に黒いフリルの付いた半袖型の黒いタートルネックを着ており、その上にVネック型の上品な灰色の半袖の服を重ね着していた。胸の中心に周りを金で縁取られた赤い楕円形のブローチをつけており、薄い黄緑柄のチェック柄のスカートをはき、その下に膝下ぐらいまでの黒いスパッツをはいていた。パンプスは濃いピンク色だ。

 女の子はエンナたちに追いつくと、ゼイゼイと息を切らした。

「もう……!もうちょっとゆっくり歩きなさいよ!」

「……誰?」

 サンは訝しげな表情で聞いた。

「女王様とアルバートっていう人に頼まれて、あなたたちを追ってきたの。要は助っ人よ」

 少女は息を整えながら説明した。

「君、名前は?」

 ルーブが訊ねる。

「……ブルーム」

 少女は遠慮がちにそう言った。

「で?助っ人ってどういうことよ」

 エンナがブルームを見た。ブルームはエンナをチラッと見ると、微妙に目をひくつかせた。それを見たエンナも若干眉間にしわを寄せる。

「……あの?」

 サンが眉を下げ笑いながら向かい合っている二人の横に立った。

「……あたしは緑のマジッカーで、緑の色彩魔法が使えるの。ブラックとの戦いであたしがいた方がいいって女王様に言われて、それで急いで追ってきたのよ」

「緑のマジッカー?マトーラとかいう奴とかぶってんじゃん」

 エンナが目を細めながら言った。

「はぁ?誰よそれ」

 ブルームが苛ついた顔でエンナを見た。

「ここまでどうやって来たんだ?俺達が戦ってきた色彩能力者とかいただろ」

 ルーブがブルームに訊ねる。

「ダークネスに着くまでは、アルバートさんと一緒に船に乗ってきたの。そこからは、この透明マントをかぶってここまでなんとか来たの」

 ブルームは右手につかんでいた「無いようである布」を目の前に広げた。途端にブルームの姿が見えなくなる。

「うわっ」

 ルーブは消えたブルームの姿を見て驚いた。

「透明……って」

 エンナは眉をひそめる。先ほど苦戦した人物を思い出したからだ。

「え、なに?」

 ブルームはマントを体から除けるとエンナを見た。

「さっき戦った奴が透明の力を使うマジッカーだったんだよ」

 サンが説明する。

「あっ、そうなの?このマントは女王様から預かってるものだから、そいつとは関係ないわよ。王宮の奥に隠されてたアイテムの一つなんですって」

「ふうん……そうなの……?」

 エンナは半信半疑でブルームを見た。

「何よ!疑ってんの⁉」

 ブルームは怒った。

「疑うのも無理ないだろ。いきなり現れた奴が俺らの仲間だなんて。敵の一味かもしれない、って思うのが普通だろ」

 ルーブがエンナをフォローする。

「味方だっていう証拠を見せてくれよ」

 ブルームは左手の中指を三人に見えるように見せた。白を基調としたリングの真ん中に、中粒の真珠が光る。

「あたしと……同じ指輪?」

 エンナはブルームの中指にはまっている指輪をまじまじと見た。ルーブとサンも両側から覗き込む。

「……見た目はそっくりね」

「だから、あんたと同じ物だっての!」

 ブルームはそっぽを向いた。

 三人がどうすればいいかと突っ立っていると、エンナの指輪が熱く光った。

(エンナ、ルーブ、サン)

 指輪から声が聞こえ、三人はそちらに注目した。二日ぶりに聞く、女王様の声だ。

『女王さま!』

 三人は一斉に声を上げる。

(その子はブルーム。私が『緑』の力を与えた、あなたたちの正式な仲間よ。仲良くしてあげて)

「……ほらみなさいよ」

 ブルームは頬を膨らました。

「悪かったね」

 ルーブがキラキラとエフェクトがなりそうな顔をブルームに向ける。

「……えっ」

 ブルームは戸惑い、頬を少し赤く染める。

「正式な仲間なら、僕は可愛い女の子は大歓迎だよ」

 途端にブルームの顔全体が赤くなった。戸惑い、たじろぎ、視線を泳がせる。

「な、な、な……いきなり何言ってんのよ⁉態度変わりすぎだし……‼」

 ルーブとブルームのやり取りを見ていたエンナは、わずかに眉間にしわを寄せた。

「……フン」

 少しだけ機嫌を悪くしたエンナを見て、サンは困ったように笑いながら人差し指で頬を掻いた。

 

「へえ、フラウ・バルノ出身なんだ」

 ルーブとブルームは並んで歩きながら話していた。

 フラウ・バルノとはパラディナより東南に位置する国で、気候が良く果樹園が盛んで、花畑が多い国だ。

「うん。そこからパラディナにあるおばあちゃんちに移ってきたの」

「へえ、じゃあブルームは転校生?」

「そうよ。学校が変わったのはちょうど6年生になる前」

「じゃあ慣れるのに色々苦労したんじゃないか?」

 エンナは前を歩いている二人を不機嫌な顔で見ながら歩いていた。

「転校させる時期を考えてほしいわよね。タイミングが悪いっていうか」

「今はどこの学校に通ってるんだ?」

「盛り上がってるとこ悪いけど」

 エンナがやや低い声で割って入った。

「もうすぐブラックの城に着くんじゃない?おしゃべりしてないでもうちょっと心の準備とかしてたらどうなの?」

 ルーブはうるさそうにエンナを振り返った。

「それは旅を出発した時にしただろ。今はブルームが早く慣れるように話、してあげてんだろ」

「話とかするより戦いの訓練でもした方がいいんじゃないの?その子、ちゃんと戦えるの?」

 ブルームもエンナを振り返った。

「おあいにくさま。ちゃんとアルバートさんと特訓、しましたのよ」

 ブルームは得意気に手を胸に当てて自分を誇示する。

「へえ。じゃあアルバート人形、取れたの?」

 ブルームの視線がエンナから逸れ、ゆっくりと斜め下に向かった。

「と、取れなかったわけじゃ、ないんだけどぉ……」

 エンナは目を細め、ブルームを見下ろしながら息を吐いた。

「ほら、そんなもんじゃない。ここまでだってろくに戦ってないんだし、足手まといになんなきゃいいけど?」

「エンナ‼」

 ルーブが眉をしかめながら声を上げる。エンナは黙り、顎を引いてルーブを見る。

「女王さまに『仲良くしてあげて』って言われただろ。さっきから何をそんなにツンツンしてんだ」

 エンナは黙ったままルーブを見る。唇をゆがませ、顔をしかめたまま目をルーブからそらす。

 ルーブは何かに気づいたらしく、怒り顔を真顔に戻すとエンナの表情をうかがった。

「まあまあまあ」

 サンが三人の中に入ってきた。両手を前に出し三回振る。汗を垂らしながら、険悪な雰囲気を和らげようと笑った。

「もうすぐアジトに向かうってのにケンカなんてしてちゃ勝てるもんも勝てなくなるぜ。俺たちの勝利の鍵はチームワークだろ」

 三人は黙ってお互いを見合った。

 その後、ルーブは何かを考え、口を開いた。

「エンナ、ブルーム、お互いに握手するんだ」

 ブルームはえっ、と心の声が漏れるような表情でルーブを見た。

「なんでよ⁉」

 エンナは反発した。

「こういうのは形から入るんだ。心はあとから伴えばいい」

 エンナは納得いかない表情をしていたが、しぶしぶ片手をブルームに差し出した。

 ブルームは少し意外そうな顔をしたあと、無表情でエンナの手を握った。

「よし、これでOK」

 ルーブは微かに笑った。

「そうだ!緑のマジッカーならメロンとか出せるんだろ?オレ食いたいんだ、出してくれよ」

 サンが空気を変えようとブルームに明るく話しかけた。

「……まあ、出せないことはないけど」

「サン、食べるのはいいけど、一段落ついてからにしろよ」

 ルーブは呆れながらサンにそう言うと、ブルームから離れ、エンナの隣で道を歩きはじめた。サンはブルームに話しかけながら歩いている。

「疲れたか?」

 ルーブがエンナに訊ねる。

「……いや、大丈夫だけど」

「城に入る前にまた橙色の効果を当てとこうか。入るのは万全の状態になってからだな」

 エンナはルーブをチラッと見たあと、気を取り直して前を向いて歩き出した。

 

 四人は黙々と歩いていた。荒れた山道を抜け、大きな家が一つ建つぐらいの面積はある広い空き地に出た。

「……着いた、が……」

 三人は足を止め、ルーブは地図と照らし合わせながら辺りを見回した。目の前には広大な荒地が広がっており、それ以外何もない。山の頂上のため、半袖を着ているエンナとサンとブルームにはかなり寒かった。

「何もないぞ」

 サンが言う。

「本当にここなの?」

 エンナが両腕をさすりながらルーブに言った。

「……ここのはずなんだが……」

「道を間違えたんじゃない?」

 エンナが言った。

「いや、ここまで一本道だし、間違えるはずがない」

「じゃあ、間違えたとしたら、あの三本の分かれ道?」

 ルーブがいつものように顎に指を当てる。

「あの答えが間違ってるとは思えないんだが」

「じゃあ、ブラックが間違った答えの道を正解ルートにしたのかよ?」

「間違った答えの道を進んだら、ここからだいぶそれた場所に辿り着くはずだ。地図はここをアジトだって示してる。距離も方角もここで合ってる」

 ルーブが言った。

「じゃあなんでここに何もないんだよ!くそ、ここまで来てストップかよ‼」

 サンが右足を三回荒野に打ちつけた。と、その直後、地響きがし、地面が大きく揺れた。

 ゴゴゴゴゴゴ……

「な、何だ⁉」

 サンが慌てる。

「下がれ‼」

 ルーブの掛け声で、四人は何もない荒野から離れるため数メートル下がった。

 地面から大きな銀色の三角柱のようなものがいくつも出現し、その下に四角柱が現れた。三角柱は尖がった屋根のように見えた。建物全体が把握できる程度で出現は止まり、それは大きな銀色の城のようだった。全体に氷柱のような銀色の物体が建物を覆っており、独特な雰囲気を醸し出していた。

 エンナは腰が抜けたように座り込み、ルーブが建物を見上げながらエンナを支えた。サンはなんとか立ち踏ん張り、ブルームは足を折り曲げへたり込んでいた。大きな城が太陽を遮り、黒い影がエンナたちに覆い被さる。

「な、な、な……」

 サンが口を開けたまま震わせた。

「何じゃこりゃ‼」

「銀色の……城……‼」

 エンナは目を見張る。

「地面の中に隠れてたっていうのかよ……‼」

 ルーブはこめかみに汗を垂らす。

「……‼」

 ブルームは何も言えず、体を震わせていた。

 

 しばらく城の全体を見ていた四人は、早くなった心臓の鼓動を落ち着かせようと胸のあたりをさすった。

「……ブラックのくせに、城の色は銀色なんだな」

 ルーブが冷や汗を拭きながら城を見た感想を言った。

「……名前がブラックで国がダークネスでその上城の色まで黒だったら、全然意外性ねーだろ」

 サンがツッコみづらそうに言った。

「……銀ってそこまで意外じゃなくね?」

 ルーブが言う。

「どうせなら虹色とかにしてほしいよな」

 サンが言う。

「……ファンシーだな」

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