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カラー×マジッカー〜色彩の魔法使い〜  作者: ライム


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カラー×マジッカー〜色彩の魔法使い〜 前編

 世界の色が、消えていく。

 空も、山も、海も、花も、湖も、動物さえも。

 一人の少女は、その様子を立ちつくしたまま眺めることしかできなかった。

 

 広い宇宙の片隅に、小さな星があった。

 名は「カラフィリア」。宇宙に存在する惑星の中で最も色彩豊かな美しい星である。

 星が生まれてから数百年ほどしか経っておらず、戦争も貧困もない平和な星だ。

 その星の中心にある王国、「パラディナ」。人口はさほど多くなく、中心部の街以外は自然を多く残した土地になっており、四季をめぐるごとに様々な花が表情を輝かす。

 

「おーいこら、午後の授業だからって寝るなよー‼」

 六年一組の担任・ブラウニ先生は天然パーマが特徴の栗毛の男性だ。

 先端に茶色いプラスチックのクマがついている差し棒で左の列から二番目の席に座っている男子をたたいた。

「うぅ……ん……」

 授業は五時間目。五月の中旬、十四時頃と、ひだまりがポカポカ気持ちいい。うたた寝する

 には最高だ。教室の生徒の半分が机に伏せているかこっくりうなずいているかのどちらかだった。

「えぇーと何だっけ。そうそう、七百七十年、PWS結託がありました。これはバケット・ギアの国民たちをティックウィックから解放するために――」

 五時間目は社会だ。よりによってこんな、ひだまりが「もういいから眠ったら?」と誘惑してくる時間にそんな教科を組み込まなくても良かろうに、とエンナは思った。ていうかもう、過去の歴史なんてエンナは興味がない。小学生は今を生きることに必死なのだ。友達関係、好きな人のこと、宿題、毎日着る服、今流行りのアイドル――。

 金髪のツインテール、正面から見て右の結び目に赤いスカーフをリボンのように巻いた、エンナ・シャロラハートは十二歳だ。少しつり上がった目はやや細く奥二重。鼻は筋が通っていて普通の高さ。赤いインナーに肩紐付きの半袖の黄色いプリントシャツを重ね着し、青いデニムのショートパンツを穿き、膝下に黒いニーハイを着用している。席は教室のちょうど真ん中で、座っている様子からは分かりにくいが、身長はおよそ百五十センチほどだ。

「八百三年にもPWS結託があるけど、これはさっき言ったのとは違うからな。ティックウィックの独裁政権を破ったのが七百七十年で――」

 エンナは授業は真面目に聞く方だったが、社会、特に歴史だけはどうしても入ってこなかった。ナントカ条約が何年だとか、略すのにアルファベット使ったり、めんどくさいったらありゃしない。つか、誰だよティックウィックって。長ったらしいし、変な名前――。

 ああ、もうだめだ。倒れてしまった生徒の半分に仲間入りしなければならない――。

 エンナはとうとう、机と言う顔用のベッドにうつぶせてしまった。

 五時間目終了のチャイムと共に目が覚め、エンナはハッと顔を上げ涎をこすった。

 

 

「このキャミソールかわい――っ」

 帰りのホームルームが終わった午後四時過ぎ。教室の廊下側で、女の子達が机を寄せて雑誌を広げながら楽しそうに話していた。

 その群れを遠ざけるようにしてエンナは教室から出た。

 エンナには女子の友達がいない。趣味も違うため、いまいち女子の中に入りきれない。幼い頃は男子と遊ぶことが多かったせいもあるが、女子特有の恋バナや噂話が苦手だった。

 くだらない……と心の中で言いかけた時、二、三メートル離れた廊下の奥から二人の男の子の声が聞こえた。

「なんだ、エンナ、また一人か?」

 最初に声をかけたのはルーブ。エンナより少し背の低い男子だ。髪は暗い青色で、目はきれいな二重で鼻も高く整っている。全体的に端正な顔立ちをしていた。黒いシャツに青いデニムの上着をはおり、濃い緑色のズボンを穿いていた。足元は黒いスニーカーだ。

「暇んだろ?いつもんとこで、遊ぼーぜ」

 もう一人の方はサン。髪をツンツンに立てた、ルーブより少し背の低い少年だった。髪の色は黄色で、目はいきいきとしたブラウンだ。中心がぐるぐる巻きになっている落書きのような太陽のプリントが入った黄色い半袖のシャツを着ており、下は茶色い半ズボンだ。白とオレンジのボーダーの短いソックスをはき、白いスニーカーを履いていた。手にはボールを抱えている。

「ルーブ、サン……」

 エンナは答えるように話し出そうとしたが、先ほど出てきた教室を気にすると二人を目線で促すようにして校舎の外へ出た。

 

「なんだよ、興味があるなら話に入ればいいのに」

 ルーブはエンナの背中に向かって後ろから話しかけた。

「別に……あたし、ファッションなんてキョーミないもん」

「素直じゃないなー」

 ルーブは口元を歪ませ苦笑した。

「だいたいあたしは、あーゆー女の子たち苦手なの!ショッピングとかカラオケとか行くよりは外で遊ぶ方が好きだし……人付き合いだって……あんたらとの方が……」

「そんなこと言ってるから……」

「まあまあルーブ、その辺にしとけよ」

 余計なことを言いそうになるルーブを制したのはサンだ。

「せっかく晴れてんだ、いつもんとこ早く行こうぜ」

 

 エンナ、ルーブ、サンは学校から少し離れた草原まで歩いて行った。草原には青々と茂った一本の大きな木が立っており、近くには湖がある。吹き抜ける風が三人の頬をひんやりと撫でた。

「ボール持ってきたからバレーしようぜ」

 サンは両腕に抱えたボールを頭上にあげエンナの方へ投げた。エンナは両手を組みボールをレシーブする。

「じゃあ邪魔する役は俺だな」

 ルーブは二人の間に入り、ボールを止めようと球の飛ぶ方向に跳び始めた。

「なあエンナ」

 ルーブは邪魔する役をしながらエンナに話しかけた。

「なに」

「今、エンナと俺らは違うクラスだろ?中学になったって同じクラスになれるとは限らないんだしさ、今のうちからもっと他の友達作っておいた方が……」

 エンナはボールに視線を集中させたまま何も言わない。黙っているエンナにルーブは笑いながら顔を曇らせる。

「ほら、特に女の子――」

「うるさい‼」

 丁度返ってきたボールをエンナは思い切り弾き飛ばした。ボールは物凄い速さで宙を描き、ルーブの頭を飛び越え向かいのサンの顔面に直撃した。

 ドゴッ‼

「おうっ⁉」

「エンナ……」

 サンは奇声を発し、ルーブは呆れた顔でサンを見た。

 

「ごめん……」

 サンは大木の陰で濡らしたタオルを顔に当て、木にもたれかかって座っていた。

「まったくエンナも、怒りにまかせて打つなよな……」

「悪いのはルーブだから」

「あのさあ……」

 そっぽを向くエンナに、ルーブは困り頭を掻く。

「しょうがないじゃん」

 エンナの滅多に出さない寂しげな声に、ルーブとサンは顔を向ける。

「昔からずっとあんたらと遊んできたあたしが、女の子たちの中に入るなんて難しいんだって。体育のバレーだって、勝利にこだわるあたしとみんなで楽しくやりたい女子たちとじゃ違う。趣味だって、外で遊ぶのが好きなあたしとリリアニーやビーズアクセサリー作りが好きな女子たちとじゃ違う」

 エンナは人差し指で地面に着いたボールをクルクルといじった。

 強い風が大木の葉を揺らす。風に吹かれて木の葉が舞う。

「……ま、エンナはエンナだもんな」

 サンは腫れがひきはじめた鼻にタオルをあてながら言った。

「……おい」

 ルーブは瞳孔を開き、顔を上に反らし、ある一点を凝視していた。

「なんだよ?」

 サンは怪訝そうにルーブの顔を見た。

「空が……灰色に……」

『え⁉』

 サンとエンナは二人同時に、ルーブの見ている空へと視線を動かした。

 今日は朝から快晴だった。自然の美しいパラディナは空も美しく、靄も霞もかからない澄み渡った青色をしている。その空が――まるで生気を失っていくように、灰色へと徐々に変化していくのを、二人は目にした。

「な……何、これ……」

 変貌していたのは空だけではなかった。草木、花、山、湖、鳥――すべての自然、虫、動物たちの色が徐々に消え、白黒に変わっていった。

「どうなってんだ⁉草木が全部、白黒に……‼」

「花も、山も、湖も、動物まで……‼」

 突然の異変は見える景色全てを白黒に変え、更に広がり続け、止まるところを知らなかった。

「とにかく学校に戻ろう、先生は何か知ってるかもしれない」

 エンナ、ルーブ、サンは学校から草原までの道を引き返した。

「すげえ……何もかも、白黒じゃねーか」

 サンは道端に咲いている花を眺めながら言った。

「気付いたけど、あたしたち……人間の色はそのままね」

 エンナはルーブやサン、自分の体を見て言った。着ている服は白黒になってしまったが、肌や目、髪は色が失われていない。

 三人が学校に着き、校舎へ入ろうとすると、玄関から栗毛の男性が出てきた。

「ブラウニ先生!」

「あっ、お前ら……まだ校内にいたのか。女王様が緊急集合の令を出したんだ。急いで王宮に行け。みんなもう集まってる」

「わかりました」

 エンナは返事をし、ルーブとサンを促して学校をあとにした。

 

 三人は王宮の前に赴いた。

 たくさんの国民がざわざわと話していた。ほとんどの者が、不安と混乱に顔を曇らせていた。

「どうなってんだ、色が全部消えて……」

「何かの奇怪現象か⁉」

「ねえママ―、なんで色が消えちゃったの?もとに戻るの?」

 周りを見渡したエンナは、クラスメイトもちらほらいることに気が付いた。

「皆さん」

 柔らかく繊細な、それでいて芯のあるはっきりした女性の声が王宮のバルコニーから聞こえ、民衆はそちらに目を向けた。

「女王様だ」

「女王さま!」

 パラディナの女王、ミルフィーネが姿を現した。白いロングドレスを身にまとい、ウェーブがかった軽い金色の髪を肩までおろしている。肌はきめが細かく色白だ。瞳は青く輝き唇は紅色に光っていた。

「王宮の前にお集まり頂いた国民の皆様、今から私が話すことを心して聞いてください」

 女王の透き通った声が広場に響き、民衆から発せられる話し声や雑音が小さくなった。

「既に皆様がご存じの通り、このパラディナの色彩は全て消えてしまいました。しかし、被害はこのパラディナだけではないのです。北国のスノーストリーム、東のウィンドラ―、南のフラウ・バルノまで……このカラフィリアの、ほぼ全ての色彩が消えてしまったのです」

「なんだって⁉」

 民衆は驚きの声を上げた。

「この国だけじゃないのか……」

「そして、色彩の消えていない国が一つだけあります」

 女王の言葉に、民衆はざわついた。

「それは、隣国の小国、ダークネス王国」

 カラフィリアは海を隔てた八つの国に分かれており、パラディナの北西に位置する島国がダークネスという国なのだ。

「どうやら原因は、その国の一部にあるみたいなのです。そこで、城から離れられない私の代わりに、原因を突き止めるべく何人かの方々でダークネスに調査に行ってきてもらえないでしょうか」

 民衆はしーん、と静まり返った。

「もちろん、旅に出るためのお金など、援助は惜しみません。食糧、装備、武器など、揃えられるものは全て用意します」

「武器って……」

「た、戦いに行くってことか?」

 パラディナは戦争とは無縁に近い国だ。国民も穏やかな者が多く、喧嘩や博打はほとんどしない。戦い慣れしていないのだ。

「子どもでも、大人でも構いません。どうか、パラディナの民たちよ、自分こそはという方、今ここで名乗りを上げてほしい」

「おい、どうする?」

「調査って言われてもなぁ……」

 中年ぐらいの大人の男性二人は何やらボソボソと話していた。先ほど周りを見渡した時に見かけた、クラスメイトの女子たちも数人で話をしていた。

「ちょっと……これって世界の色彩がこの中の誰かにかかってるっていうこと?」

「でも、いくらなんでも荷が重すぎるっていうか」

「私たちの手に負える問題じゃないよね……」

 遠くの方で、また聞き覚えのある声がした。同じ学校の、隣のクラスの男子だ。

「どうする?お前、行くか?」

「無理むり。俺、そんなすごいやつじゃねーよ」

 年齢的に「子ども」だが大人と同じような考えを持てる十二歳前後の者たちは、それぞれ友人や知り合いなどと話していた。だが、「自分には無理」「大人の方が適任」などと言い遠慮し、誰も一向に名乗りをあげようとしない。

 大人の方も似たようなもので、「体力がないから」「自分より適した者がいる」と言い、自分以外の誰かを待っているようだった。

「だいたい、何で原因がダークネスだって女王様はわかるんだ?」

「そうだ、パラディナ以外の色彩も消えているって、それもどうして分かるんだ」

「仮にダークネスが原因だとしても、装備して武器持ったところでなにをどうしろっていうんだよ」

 一部の大人たちは女王様の言うことに納得せず、反論しだした。

「事情は後で詳しく説明します。どなたでも構いません……‼誰か、どうかお願いします……‼」

 ――なにこれ。

 女王さまが必死に人を求めてるのに、誰も動こうとしない。

 大人たちは文句まで言い出した。

 結局みんな、無責任なんだ。

「はい」

 エンナは右手を、高々と空へ向かって突き出した。

 周りにいた民衆はざわめき、エンナから微妙に距離を取った。

「エンナ⁉」

「お前、まさか……⁉」

 隣にいたルーブとサンも、エンナの予想だにしない行動に驚いた。

「あなたは……?」

 女王は瞳を潤ませながら訊ねた。

「エンナ・シャロラハート。十二歳です」

 エンナは背筋を伸ばしたまま右手を真っ直ぐ上げ、はっきりとした声で答えた。

「十二歳の女の子が⁉危ない、やめなさい」

 近くにいた、ひげを生やした四十代ぐらいの男性が後ろからエンナの肩をつかんだ。

「じゃああなたが行くの?」

 振り向くエンナの鋭い目に男性は目線を下にそらし、黙り込んだ。

「じゃあオレも行く」

 エンナの横に立ち、スッと手をあげたのはサンだ。エンナと同じように瞳を真っ直ぐ女王様へ向けている。

「サン⁉」

「エンナが何考えてんのか知らねーけど、お前一人にまかせられないだろ」

 サンは自信に満ちた笑みをエンナに向けた。

「じゃあ俺も」

 続いて、ルーブが何の躊躇いもないかのように手をあげた。エンナを見て、口元をニッと吊り上げている。

「ルーブ……」

「お前らが二人だけでダークネスに行くなんて、考えただけでため息が百リットルぐらい出そうだからな。だから、俺も行く」

 ミルフィーネは大きな拍手をし、王宮のバルコニーの上から身を乗り出した。

「勇気ある三人の子どもたちよ‼私はこのような者を国民に持てたことを大変誇りに思います。どうか皆様方、三人に拍手を‼」

 国民は困惑と混沌と敬意がまじった、何とも言い難い拍手をエンナたちに送った。

 

 

 

 エンナはダークネスに行くことを母に報告するため家に帰った。

 エンナの家は小さな一軒家で、本来なら屋根の色は深い赤、壁は清涼感のあるクリーム色だ。全体的に小じんまりとしており、庭にはガーデニングが趣味でもある母が手入れをしている花が並んでいた。

「ただいま……」

 エンナは玄関のドアを開けた。

「おっかえりー‼」

 台所から底抜けに明るい声が聞こえ、癖のある髪を後ろでポニーテールに束ねた、くりっとした二重の女の人が玄関まで出てきた。手には濃い灰色の液体(色彩が消えているため何色なのか分からないが、多分トマトとオレンジとピーマンを混ぜた野菜ジュースだろう)が入ったビーカーを持っていた。流れからもう分かるように、彼女がエンナの母親である。名前はアカネ。色彩が消えているというのにテンションはいつもと変わらない様子だ。

「まあまあ、どうしたのそんなに深刻そうな顔して⁉ああ、やっぱり突然色がなくなっちゃったから⁉」

「そうなんだけど……そのことで話があるの……」

 エンナは女王の支援で色彩を取り戻すためダークネスに出かけなければいけないことを話した。母はエンナが話し終わるまで質問を挟まず、黙って話を聞いていた。

 

「――ってわけで、すぐにでも出発しなくちゃいけないんだけど……」

 母は話を聞き終わった後、いつものおちゃらけた表情を完全に消し、真っ直ぐにエンナを見つめた。

「……どれくらいかかるの?」

 アカネは心配そうに尋ねた。

「……分かんない」

 アカネは考え込むように黙ると、しばらくしてから口を開いた。

「エンナは、何で自分が行こうと思ったの?」

「……女王さまが困ってたから……誰かが行かなきゃいけないのに、誰も手をあげないんだもん……」

 アカネは口の両はじを上げ、エンナを見つめながら目を細めた。

「サンくんとルーブくんも一緒なのね」

「うん」

「絶対、無事に帰ってくるのよ」

 アカネはエンナをぎゅうっと抱き締めた。温かみがあり強い、愛のある抱擁だった。

 

 日が沈む頃。一回家に帰って報告した後、王宮の前に残っておいてほしいと女王様に言われたエンナ、ルーブ、サンは広場の中央にある噴水に腰掛けていた。

「――ってわけでさあ、母さんにすごい反対されたよ」

 サンが話しながら首の後ろを掻いた。

「俺は弟と妹に説明するのが大変だった」

 ルーブは脱力したように苦笑した。

「エンナは?」

 サンが聞く。

「私はお母さんだけに報告したわ」

「エンナは一人っ子だもんな」

 ルーブが言った。

「君たちかい⁉」

「⁉」

 一人の青年が息を切らしながら三人の方へ走ってくるのが見えた。深い赤色の短髪に茶色い目をした、落ち着いた雰囲気のある青年だった。なかなかにハンサムだ。

「あなたは?」

「俺はアルバート。女王の側近だ。迎えが遅くなってすまない」

「いえ」

「今から女王様のところへ案内する。ついてきてくれ」

 

 三人はアルバートに連れられ、王宮の中へ入った。入るとすぐ、三人は外と中の違いに気付いた。

 エンナたちはアルバートに案内され、大広間にやってきた。部屋はものすごく広く、床には赤色をベースに獣のような柄が描かれた絨毯が敷き詰められていた。壁は白くプラチナのように輝き、天井は突き抜けるように高く、高価そうなシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。

「あの、何で王宮の中は色があるんですか?」

 ルーブの質問にアルバートが答える。

「女王様が言ってなかった?王宮には特別な水晶玉があってね、百年ほど前から世界に影響が出ない程度に色彩を吸い取って溜めてたんだよ。こういう非常事態に備えてね。その水晶玉の力で、王宮の中だけは色彩が保たれているわけ」

「それを解き放てばまた色が戻るんですか?」

 ルーブは続けざまに質問する。

「んー……、そうしたとしても半分ぐらい色がつく程度だろうね。元の美しい色には戻らないだろう」

「じゃあ、何のために溜めているんですか?」

「それは、あとでわかるよ」

 エンナたちが大広間の中央あたりに着くと、真正面の扉がバンと音を立てて開き、中からミルフィーネが姿を現した。

「まあ、勇敢な子どもたち‼ようこそいらっしゃいました、会えて嬉しいわ」

 女王はいきなり三人にまとめて抱きついた。女王の豊満なバストが三人の顔に当たる。

「ちょ、女王さま⁉」

 エンナは慌てて顔を女王から離した。大胆な人だな、とエンナは思った。

「勇敢な男の子たち、まだ名前を聞いていなかったわね。教えて?」

「ルーブ・スカイクロー。エンナと同じ、十二歳です」

 ルーブはさり気なく女王の胸から顔を離すと何事も無かったように答えた。

「サン・エノワール……同じく、十二歳……」

 サンだけが女王の胸に顔をうずめたままフゴフゴと答えた。

「こら、サン‼」

 エンナはサンの背中のシャツを引っ張ると、女王から引き離した。

「ウフフ、いいのよ、子どもなんだし。母性を感じたいのよね?」

 女王はニコニコと微笑みながら、右手を頬に当てた。

「子どもって、十二歳ですよ⁉赤ちゃんじゃないんですから!」

 エンナはサンを横目で見た。微妙に顔を赤くしてにやけている。エンナはサンにしか聞こえないぐらいの小さい声で「スケベ」と呟いた。

「そろそろ本題に入りましょうか」

 女王は両手にしている真っ白い手袋を引っ張り整え、綺麗なブルーの瞳でエンナたちを見た。

「えっと……調査って、主にどんなことをすればいいんですか?」

「俺たち子どもだけで、大丈夫ですかね?」

「装備して武器持って……戦いに出るってことですよね……」

 サン、ルーブ、エンナの順に、不安や疑問をそれぞれ口にする。

「装備も武器もいらないわ。いるのは、あなたたち自身だけ」

『えっ⁉』

「まずは、話をしなきゃね」

 女王は、今まで起きた出来事と三人に伝えるべき内容を、順を追って説明し始めた。

 色が消えたのはダークネスの国王、ブラックの仕業だということ。

 水晶玉はカラフィリアに三つあり、ブラックは王宮にあるものと同じ水晶玉を持っているということ。

 水晶玉は色彩を吸収できる力を持っていること。

 水晶玉をのぞくと、別の水晶玉が映したものが見えること。

「なるほど……だからブラックが色を吸い取ったことが分かったんですね」

 ルーブが納得する。

「そして、これ」

 女王は大広間の左奥にあるテーブルの方に歩いて行った。テーブルには大きな白い布がかかっていた。女王は品のある手つきで白い布を取った。

 そこには赤、青、黄の直径三センチほどの三つの綺麗な珠が置かれていた。

「これは……」

 不思議な魅力を醸し出す珠に見とれ、エンナは声を漏らした。

「色彩を吸い取った水晶玉から、色だけ抽出したものよ。これがあれば、色彩魔法が使えるわ」

「色彩魔法?」

「そう」

 三人は怪訝そうな顔つきをした。エンナたちには魔法という概念は聞き慣れず、授業でも世界は科学の力などで発展してきたと教えられている。なので、三人にとって「魔法」は、空想や物語の世界のもの、というイメージが強いのだ。

「受け継いだ色の物を操ったり、創造したりできる。それが色彩魔法。あなたたちがこれから受け継ぐ力よ。あなたたちがこの力を得て、ブラックのいるアジトまで行き、色彩を封じ込めた水晶玉を破壊してきてほしいの」

「ブラック……」

 サンが不安げに呟いた。

「本当は私が行ければいいんだけどね。王宮の水晶玉を守らなきゃならないから、城から離れられないのよ。だから、代わりにアルバートを護衛につけるわ」

「よろしく」

 アルバートは三人に軽く頭を下げた。

「じゃあ、三人とも、覚悟はいい?」

 ミルフィーネはエンナ、ルーブ、サンをしっかりと見つめた。

「ブラックは狡猾で自己中心な男よ。城に来るのが子どもだからって容赦はしないわ」

 三人は唾を飲み込んだ。

「だから、しっかり色彩魔法を覚えて。あなたたち三人の力があれば、勝てないはずはないから」

「はい」

「わかりました」

「やります!」

 エンナ、ルーブ、サンの順に答える。

「いい返事ね。じゃあさっそく、一人ずつ色の力を譲渡するわ。まずは三人とも、こっちへ来て」

 女王は、右からエンナ、ルーブ、サンの順に横一列に並ばせ整列させた。

「エンナ、心に燃えるような情熱を秘めたあなたには赤を」

 女王は赤い珠をとり、エンナの心臓のあたりにあてた。珠はエンナの胸に吸い込まれるようにして消え、エンナの体の中心が赤く光った。

「ルーブ、冷静さを求めるあなたには青を」

 女王は先ほどエンナにしたようにルーブの胸に青い珠をあてた。

「サン、人の心を明るくさせる力があるあなたには黄色を」

 最後にサンの体に黄色い珠を当てると、女王は三人の体にそれぞれの色が馴染むのを見届けた。

「気分はどう?」

 女王様は額の汗を手で拭きながら訊ねた。疲れたのか、若干息を切らしている。

「なんか……体の芯が、熱い感じがします」

「俺もです」

「オレも。なんか、中でドクドクいって……」

 サンが言い終わらないうちに、女王の全身がエンナたちの目の前で空を切った。そして、大きな音を立て大広間の床に倒れた。

「女王さま⁉」

 顔を横に向け、うつぶせに倒れた女王の顔色を見ようと、エンナは女王の髪をそっとかきあげた。顔は青白く、さっきよりも大分呼吸が荒い。

「ど、どうしよう⁉」

 エンナが慌てふためいていると、すばやく現れたアルバートが女王の体を抱きかかえ、女王が入ってきた扉の方に向かっていった。

「サン、ルーブ、扉を開けてくれ!」

 呆然と立っていたサンとルーブはハッとし、急いで大広間の扉を開けた。

 アルバートはそのまま廊下を左折し、どこかの部屋へ入っていった。エンナがあとを追い確かめると、どうやら医務室へ女王を運んだようだ。

『……』

 サンとルーブは突然の出来事に上手く対応できず、再び呆然と突っ立っていた。

「だ、大丈夫かな……」

 エンナはどうすればいいかわからず、大広間に戻った後、アルバートが戻ってくるのをソワソワしながら待っていた。

 ふと、さっきの光景が頭をよぎる。

(あんな重そうなドレスを着た女王さまの体を一瞬でヒョイッと……)

 自分がされたわけではないのに、エンナはなぜか顔が赤くなる。なんだかすごく絵になっていたな、と感じるエンナ。

(まさかあの二人って……)

 ある想像が思い浮かんだが、エンナはぶんぶんと頭を振る。

(いや、女王さまは結婚してるんだって!王様が夫なんだし!側近と……なんてダメでしょ!)

 エンナが自分で想像したものを自分で否定していると、大広間のドアからアルバートが現れた。

「待たせたかな」

「女王さまは、大丈夫なんですか?」

 ルーブがいち早くアルバートに尋ねる。

「今は医務室で安静にしているよ。……これはあんまり喋っちゃいけないことなんだけど、実は水晶玉から色だけを抽出するのも、色彩の力を人に譲渡するのもかなりの体力がいるんだ。抽出したのが昨日で、色彩を譲渡したのが今日、しかも三人続けてだから相当消耗してるだろう」

 アルバートは深刻そうな顔つきで話した。顔に影が落ちている。

「そうだったんですか……」

 エンナは心配そうに言った。

「でも心配しないで。二、三日休ませればもとの元気な女王様に戻るよ」

 アルバートは表情を和らげ、優しく微笑んだ。

「VIPルームを用意してるから、三人とも今日はそこに泊まって。女王さまは僕が看病するから。ジーバ!」

 アルバートは扉の向こうに向かって声を張り上げた。

 すると六十代ぐらいの、背が低く少し痩せた体型の、髭を生やした品の良さそうな男性が出てきた。

「この人はジーバ。王宮の執事だ」

「よろしくお願いします」

 ジーバは丁寧に頭を下げる。

「もう七時だ。三人に食事を用意してやってくれ。そのあとでいいから、部屋も案内してくれ」

「かしこまりました。どうぞ、こちらです」

 三人はジーバに案内されて食堂に行き、食事をとった。見た目も味付けもすごく良く、とても美味しかった。

 その後、再びジーバに案内され二階にあるVIPルームの前へ来た。

 エンナはVIPルームのドアノブを回した。五十平方メートルぐらいある部屋が三人の目に飛び込んできた。

「広っ‼」

 サンは声を上げた。

 西南にきれいにクリーニングされたベッドが三つ並んである。南側に大きな窓、東には大きな鏡のついた机があり、イスが三脚あった。まるでホテルのようだ。窓の外には王宮の外を遠くまで見渡せる大きなテラスがついていた。

 サンとエンナはベッドに腰掛け、ルーブはイスに座った。

「女王さま、大丈夫かな」

 エンナは心配そうに呟いた。

「アルバートさんがついてるから大丈夫だろ」

 サンが答えた。

「それにしても、王宮の食事ってすごく美味しいのね」

「うん、やばいな」

 サンが顔を輝かせながら言った。

「メイドさんたちも可愛いし、あんないい暮らしができるなら、俺王女と結婚して王宮に住もうかな」

 ルーブはイスの背にもたれかかりながらまどろむような目で言った。

「はあ⁉何言ってんの⁉女王さまが寝てるっていうのに!不謹慎!」

「心配しなくていいってアルバートさんが言ってたろ。余計な心配は体によくない」

「余計だとは思わないけど」

 エンナは横目でルーブを見る。

「でもオレ、王女が王宮にいるの見たことないんだよな。ここに住んでるのか?」

「いや……知らないな」

 サンがルーブに聞くが、ルーブは首を振る。

「そういえば王女って何て名前だっけ?」

 サンが尋ねた。

「シャーロット。名前の響きだけでもう王女っぽいよな」

 ルーブが頬を少し赤く染めた。

「噂では、すっげー可愛いらしいぜ。髪がかるい金髪で、目が青くて……」

「ふーん」

 サンは興味がないのか、軽く流した。

 その後三人は男女別に王宮の大浴場に入り、あがった順に寝まきに着替え部屋に戻った。

 最後にあがったのはルーブで、先に部屋に入っていた二人に伝言を話した。

「アルバートさんが言ってたんだけど、明日は六時に起こすってさ。それからちょっと色彩魔法の練習をするって」

「ん」

「わかった」

 サンとエンナは返事をした。

 午後九時頃、エンナは入り口近くの電気のスイッチをオフにした。部屋を煌々と照らしていた明かりが消え、室内は段々と青がかった暗闇に身を包まれた。

「おやすみ」

 エンナは寝息をたて、サンも眠りに落ち、ルーブも目を閉じた。

 

 翌朝の午前六時。

 メイドが三人を起こしに部屋へ入ってきた。

「ん……もう朝?」

 エンナは目をこすりながら、ゆっくりと起き上がった。金色の長い髪は少し乱れていた。

「おはよう、サン」

 サンは起き上がりながらゆっくり伸びをした。

「おはよう、ルーブ」

 ルーブはむっくりと起き上がると目をパチパチさせながらしばらく黙っていた。低血圧なのだろう。

 

 

「おはよう、三人とも」

 エンナたちが朝食をとるため食堂に行くと、アルバートがテーブルのイスに腰掛けて待っていた。

「昨日はよく眠れたかい?」

「……まあまあです」

 エンナは完全に目覚めていないのか、眠そうな声で答えた。

 三人は食事をとった。スープ、ロールパン、サラダ、目玉焼き、果物とオーソドックスなメニューだったが、やはりとても美味しかった。

 四人が朝食に一段落がついた頃、アルバートが口を開いた。

「朝食が終わったら、三人ともまずは図書室へ来て」

「図書室?」

 サンが不思議そうに訊ねた。

 三人はアルバートに連れられ王宮の図書室へ来た。あまり使われてなさそうな部屋だったが、埃一つなさそうに掃除されており本棚には様々な種類の本がきれいに整頓されていた。

「まずここで『色彩』についてよく勉強するんだ。色彩魔法は色についての知識や理解が深いほどより良い効果を発揮できる」

 そしてアルバートは三人に同じ本を一冊ずつ渡した。本は同じだが、付箋が本の間に挟まれておりそれは三人とも場所が違った。

「最初の十ページと、付箋が張られてるところを読んで。僕は外で待ってるから、読み終わったら外に来て」

「はい」

「わかりました」

(オレ、本読むと眠くなるんだよな……)

 エンナ、ルーブ、サンは図書室の机につき、三人並んで本を読み始めた。

 

 三十分後。 

 三人は本を読み終わり、王宮の庭に出ていた。

 王宮の外までは水晶玉の力が及ばないらしく、庭は敷地内であるが色彩が無く、例によって白黒だ。

「う、風が冷たい」

 今は五月だが、王宮は街より高い場所にあるためか少し肌寒かった。エンナは両腕をさする。

「じゃあ、いよいよ色彩魔法の訓練を始めるか」

「はい」

「よろしくお願いします」

「お願いしますっ‼」

 エンナ、ルーブ、サンの順に、元気よく返事をする。

「色の力を受け継いだ君たちをこれから『マジッカー』と呼ぶ」

「マジッカー?」

 サンの頭の上に油性ペンが浮かぶ。

「正式名称は『カラー・マジッカー』。色彩の魔法使い、って意味だ。女王さまが命名したんだ」

「色彩の魔法使い……」

 エンナが反復する。

「じゃあまずは、第一段階。『色の認識』からだ」

 アルバートはどこからか三本のバラを取り出すと、エンナたちの前にスッと見せた。若干濃さが違うが、三本とも灰色だ。

「色彩の力を受け継いだ者は、世界が白黒の状態である場合、たとえば赤を受け継いだ者であれば、本来赤だったものに触れれば色が元に戻る。これが一つ目の力だ」

「なるほど……」

 エンナは頷く。

「僕が今持ってる三本のバラは、本来赤・青・黄だったものだ。今から君たちがこれに触って、一つずつ元に戻してみて。まずは、エンナ」

 エンナは考えに考えたあと、一番右のバラに触った。

「あっ!」

 エンナの触れたところから徐々に、赤い色が戻っていった。

「正解」

 アルバートは口角を上げ微笑んだ。

「次はルーブとサン、二人同時に触ってみな」

 二人は少し考えると、全く同時に違うバラに触った。

 見事、真ん中が青いバラ、左が黄色いバラへと色を取り戻した。

「おお!」

「色が戻った」

 サン、ルーブは歓喜の声を上げた。

「こっちも正解。君たち、勘がいいね。色の濃さが違うからなんとなく分かったかな?」

 アルバートはそれぞれの色のバラをエンナたちにプレゼントした。

「さあ、こっからが本番だ。エンナ、ルーブ、サン、今からこの庭園にあるバラをそれぞれ自分の受け継いだ色に全部戻してみて」

「えっ⁉」

「全部⁉」

 庭園は広く、バラは見渡す限り植えられている。全部で数百はありそうな数だ。

「僕は意外にスパルタだからね。今回は時間もないし、スピーディにいくよ」

 アルバートは笑顔で言った。

「はっ、はい」

 三人はバラの庭園に走り出した。

「頭で考えないで、心で感じて触ること!これは直感を鍛える訓練でもあるからね!」

 アルバートは三人に聞こえるように声を張り上げながら言った。

「赤いバラって結構多いのね……」

 エンナは庭園で最も多いであろうと思われる色のバラに触っていった。

「花言葉が奇跡ってだけに、俺の色のバラが一番少ないだろ……探すの大変」

 ぶつぶつ文句を言いながら、ルーブは青いバラを探した。

「黄色、黄色……なんかこの色いいよな。元気が出てくるっていうか、オレこの色好きだ」

 サンはマイペースに、楽しみながら黄色いバラを見つけていった。

 三人が色を戻し始めて十分程立った頃。

「終了―‼」

 アルバートは三回手を叩き、エンナたちを庭園の中央へ呼んだ。

「どうかな?自分の色がだんだん把握できるようになったかい?」

 三人は少し疲れたらしく息を切らしていた。

「うんうん、三色だけでもやっぱり色が戻ると嬉しいね」

 アルバートは満足そうにうなずいた。

「少し補足すると、例えばちょっとピンクっぽい赤だとか、水色に近い青だとか、茶色っぽい黄色だとか、そういうあいまいな色も、“自分の色”だと認識すれば元に戻すことができる。覚えておいてくれ」

「でも、世界が白黒じゃ色が分からないですよ?」

 サンが訊ねる。

「まあ、そこは直感を鍛えてなんとかしてくれ」

「……」

 サンは何とも言えない表情で黙った。

「よし、そろそろ出発するぞ」

「えっ?もうですか?」

 エンナはアルバートの方に顔を向けながら言った。

「もちろん能力はこれだけじゃないさ。あとの力は、行きながら試そう」

 

 料理長が用意したという弁当や、水、衣服、携帯テント等をそれぞれがリュックに詰め、四人は出発の準備を整えた。

 王宮の玄関の前にはメイド全員とジーバが並び、四人を見送るために待機していた。

「じゃあ、行ってくる。僕がいない間、城の留守は任せたよ」

「かしこまりました、アルバート様」

「色々とありがとうございました」

 エンナはジーバにお礼を言う。

「お待ちください、エンナ様」

「え?」

 するとジーバは、ポケットから真珠のはまった白い指輪を取り出した。

「これは女王様から、あなたに渡してほしいと頼まれたものです。肌身離さず身につけておいてください。きっと、冒険の助けになりますから」

 ジーバはエンナの左手の中指に指輪をはめた。中粒の真珠がエンナの指に光る。

 アルバートはジーバとメイドたちに手を挙げた。エンナ、ルーブ、サンも礼をし、アルバートと並んで歩き出した。

「う~、いよいよ出発か……」

 サンは胸の前で両手の拳を握りしめながら言った。

「緊張してんな」

 ルーブはサンをチラッと見た。

「気を引きしめて行かなきゃ」

 エンナも心臓部分に手を当て息を吸ったり吐いたりしている。

「そう固くならなくても大丈夫だよ。僕だって戦えるんだし」

「えっ?」

 エンナはアルバートの顔を振り返った。

「言わなかったけど、僕もマジッカーなんだよ。それもエンナと同じ、赤のね」

「そうなんですか⁉」

 エンナは驚き、声を上げた。

「女王様と二人で旅をしてた頃があったんだ。その時に一通りの色彩魔法はつかったよ。でも使える色彩は一人一色って決まってるからね。それで最終的に赤に落ち着いたわけ」

「へえ……」

 サンが呟く。

「なんで赤に?」

 エンナが訊ねる。

「一番使いやすかったからかな。それに僕、髪がえんじ色だし」

 アルバートは笑う。

「さ、そろそろ次の能力を訓練しようか。まずはエンナ……そのリボンの色を戻して外してごらん」

 エンナは髪の結び目についているスカーフを外した。エンナが触ると同時に、鮮やかな赤い色が戻った。

「これでいいですか?」

「それを、どこまでも伸びるようにイメージして」

 エンナはスカーフの両端を持ち広げると、目をつぶった。

 途端に、スカーフが見る見る伸び、エンナの持っていない方の両端が地面についた。

「うわっ⁉」

 エンナは目を開け、驚き、声を上げた。

「の、伸びた⁉」

 サンも驚き、声を上げ、ルーブも目を丸くした。

「そうか、これが」

「そう。二段階目の能力、『物体変化』だ。受け継いだ色のものを操れる。形を変えたり、質量を変えたり、材質を変えたり」

「すげ……」

 サンは感心した。

「君たちもやってみて」

 アルバートは自分のリュックからビニール製の小さなボールと堅そうな石を取り出し、サンにボール、ルーブに石をそれぞれ渡した。

「ボールが黄色、石が青だよ。色を戻して操ってみな」

 サンとルーブが意識すると、それぞれの色が元に戻った。

「ちなみに、浮かしたり壊したりすることも可能だよ」

 アルバートが説明する。

「うん……こんな感じ?」

 サンはボールを両手でつかみ、自分の肩幅ぐらいまでぐにーっと伸ばした。

 ルーブは目を閉じると、青い石を持った右手に意識を集中させた。

 すると微かに石が宙に浮き、ルーブの手から離れた。

「おっ」

 それを見たアルバートは反応を示す。

「ルーブ、君素質があるね。初めての訓練で浮かせられる人は少ないよ」

「……ありがとうございます」

 ルーブは「気」を元に戻し、浮かせていた石をキャッチした。

「じゃあみんな、それぞれの持ってる物で、形を変える・材質を変える・浮かすのをやってみようか」

「あの、このスカーフ……最後は元に戻せますか?何というか、大切なものなんです」

 エンナは心配そうにアルバートに訊ねた。

「ああ、大丈夫だよ。訓練が終わったら僕が元に戻しといてあげるよ。僕も赤のマジッカーだし」

 アルバートはエンナにウィンクをした。エンナは安心し、気を取り直して魔法の練習に戻った。

 全員が言われたことを一通りやり終えた頃、アルバートは歩を進めながら言った。

「よし、次は三段階目の能力、『創造』に移るよ。この能力は、自分が想像したものを生み出せる」

「ええっ⁉なんすかそれ⁉最強じゃないっすか‼」

 サンは興奮して体を震わせている。

「一つの色に限るけどね。ここからはもっと集中力が必要だ。エンナ、ルーブ、サン、それぞれ『自分が受け継いだ色の物』を何でもいいからイメージしてみな」

「はい!」

「……」

「んー……とぉ……‼」

 エンナ、ルーブ、サンはそれぞれ目をつぶる。サンはまだ興奮しているのか、微妙に落ち着きがない。

「細部まで細かく、強く、鮮明に。そこに存在するかのように」

 しばらくしてエンナの手にはリンゴが、ルーブの手には青く輝く石が現れた。

「わっ⁉」

「まさか……」

 サンはしばらく唸っていたが、ようやく手の上にバナナが現れた。

「うおっ⁉すげえ‼」

「これが色彩魔法の本領発揮さ」

 アルバートは得意げに笑った。

「サファイアを創造したんですが……これって本物なんですか?僕あんまり実物見たことないんですけど」

 ルーブは青く輝く石をアルバートに見せた。

「うん、この力は想像力が重要だからね。サファイアだとイメージすればそうはなるけど、例えば宝石鑑定士のようによく見てる人が出した方がより本物に近くなるね」

「なるほど……」

「ちなみに持続時間は人によって違う。長い人なら三日ぐらい持つかな。だからって宝石を売って金儲けしちゃだめだよ」

「そんなことしませんよ……」

 ルーブは目を細めながらアルバートを見た。

「じゃあ皆、次はそれぞれ出せるものを目標十個創造してみろ。制限時間は十分!よーい、スタート!」

「ええ⁉」

「なっ……」

「ちょ、ちょっと待って……‼」

 いきなり難題を出され、三人は慌てる。

「ええと、トマト、いちご、りんご……」

 エンナは慌てながら思いつくものを指折り数えていった。

 ルーブは何やらブツブツ言いながら創造をしていた。地面には先ほど出したサファイアと、それとは違う青く透明に光る結晶のようなものがあった。

「ええと……あとなんかあったっけ⁉意外に思いつかねーぞ⁉」

 サンはバナナとレモンを出したところで止まっている。

 アルバートは口に手を当てながら三人を観察していた。三人とも性格が違うので見ていて面白いのだろう。

 

 十分経過。

「はい、終了!」

 アルバートは手を叩き、エンナたちの創造をストップさせた。

「ん~と、まずエンナは……五個か」

 エンナの周りには、トマト、いちご、りんご、ルビー、唐辛子が転がっていた。

「つ……疲れた……」

 エンナは地面に手をつきへたり込んで座っていた。

「『創造』は集中力がいるからね。体力と精神力も削られるよ」

「言ってくださいよ……それ」

「お次はルーブ…おっ、六個!この青い結晶は、何だい?」

 アルバートは、地面に落ちてある透き通った青い物体を指して訊ねた。

「硫酸銅です。触ると危険です」

「へえ……どこでこれを?」

「理科の教科書で見て、記憶に残ってたから」

「なるほどね……」

 アルバートは手で顎を触り二回ほど頷いた。

 地面には、サファイア、硫酸銅、ぶどう、ラベンダー、青いバラ、ナスがあった。

 アルバートは感心すると、続いてサンに目をやった……が、その瞬間アルバートが気まずそうな笑顔になった。

「サン……君は……」

 サンは芝生の上で体操座りをしていた。顔を伏せている。

 近くにはバナナとレモンとタンポポがあった。

 サンは顔を上げ、目を潤ませ歯を食いしばりながらアルバートを見た。

「だって、全然思いつかねーんだもん‼仕方ないんだよ、オレ頭悪いんだ!」

 アルバートは後ろ頭を掻き、苦笑した。

「色々あるじゃないか。イチョウ、ひまわり、とうもろこし、パプリカ……あと金とか」

「あ―――っ⁉」

 サンは頭を両手で抱え苦悶の表情で叫んだ。

「まあ、今知ったから問題ないさ。黄色ってのは使い方を思いつけばなかなかに強い色だよ」

「うぅ……」

 サンはまだ立ち直れずに落ち込んでいる。ルーブがサンの肩をポンポンと叩いた。

「ところでサン」

「……はい?」

「さっきは『物』にとらわれていたから出せなかったようだけど、黄色は属性としては一番強力なんだよ」

「……属性?」

「雨雲とともに現れる、黄色い光はなんだい?」

「あっ!雷⁉」

「そう」

 アルバートは笑う。

「そうか……」

「君は、そういう力も使えるんだよ」

 サンの表情が一気に明るくなった。

「じゃあ、私は……炎!」

 エンナの頬が紅潮した。

「俺は……水ですか?でも水って、透明ですよね」

「ここで第四段階目。『イメージ』の能力だ。色がイメージするものを生み出せる。つまり君が水は青、というイメージを持てれば使える。ただ本当に青色じゃないから生み出したり操るには慣れが必要だ。まあ、君なら素質があるから充分使えるよ」

「そうですか……」

「属性魔法は戦闘で最も役に立つ力だからね。今からこの人形を僕が右手に持つから、君たち三人は魔法でこれを僕の手から落としてみせて」

 アルバートはそう言いながらリュックから小さなマスコットのようなものを取り出した。髪の色が赤い青年(多分アルバートだろう)をモデルにして作られた、手縫いの人形だ。デフォルメがきいていてなんとも可愛らしい。

「なんですか、それ?」

 ルーブが人形を指差す。

「女王様に作ってもらったんだ。お手製だよ」

「かわいい……」

 エンナは羨ましそうな眼差しで人形を見ていた。

「女王様は裁縫が趣味でね。城に何個もあるから、焦げたり汚れたりしても構わないよ。これは訓練用」

 アルバートは右手にズボッと人形をはめた。パペットのようにもなるらしい。

 三人はアルバートと向かい合うように並び、それぞれ構えた。

「そうだ、もしこれを落とすことができたら、最初の一人だけ何でも一つ願いを聞いてあげるよ」

『えっ⁉』

「王宮でできることに限るけどね」

「お城の料理食べ放題とか⁉」

 サンが目を輝かせる。

「お城の泡風呂入り放題とか⁉」

 エンナも目を輝かせる。

「王女様にキスされ放題とか……」

 エンナがルーブの後ろ頭をぶっ叩いた。

「はは、王女様に聞いとくよ」

 アルバートは困ったように笑いながら言った。

「よっしゃ!やる気出てきた!」

 サンが両こぶしを握る。

「絶対あたしが!(ルーブにとらせるわけにはいかない)」

 エンナも右腕を曲げ、前に突き出す。

「ふぅ……(何回してくれるかな……)」

 ルーブは息を吐いた。

「じゃあ、どうぞ」

 アルバートはスマートに言った。

「んっ……!」

 エンナは右手から小さな火の玉を出した。ゆらゆらと不安定に動き回る。エンナが操ろうとすると、サンのいる方向に揺れ動いた。

「うわ、こっちにあてんなよ」

 サンは揺らめく火の玉をはらうように右手で顔の前を仰いだ。

「コントロールが難し……」

 ルーブはポン、と音を立てると左手で水の球を作った。すい、と手を動かし水でエンナの火の玉を消す。火と水が相殺し、両方が消えた。

「あっ⁉何すんのよ⁉」

「危なっかしいんだよ、エンナは」

 ルーブはやや勝ち気な含み笑いをエンナに向け、水の球を人形に向けて放った。

 アルバートは右手をひょいっと動かし水をよけた。水の球はアルバートを通り過ぎ地面に落ち、パシャッとはねた。

「まだまだ弱いねー。コントロールはいいんだけど」

 ルーブは眉間にシワを寄せた。

「じゃあ今度は俺!」

 サンが一歩前に出、右の拳を左手で叩くと、ルーブは顔をひきつらせてサンから二、三メートルほど離れた。それを見たエンナも何か勘が働いたのかのか二、三メートル下がった。

「んん~……」

 サンは右手を前に突き出し、左手でそれを支えると体全体に力を入れた。しばらくして、サンの右手から黄色い玉が出現した。そして少しずつ電気を帯びてから、バチバチッと黄色い雷を発生させた。

「お!でき……」

 サンが雷を発生させられたことに喜ぼうとすると、集中力が分散したのかそれに伴い電撃も分散し、四方八方に飛び散った。

 バリバリバリバリ‼

「うわあっ‼」

「言わんこっちゃない!」

 エンナとルーブは頭を抱え、地面に伏せた。

 アルバートはすばやく近くの木にジャンプして登っていた。

「……」

 サンは目を見開きそのままの体勢でフリーズしていた。かすったのか、前髪が若干焦げていた。

「ははっ、これじゃ誰一人無理だねー」

 アルバートはそう言うと、木から飛び降り、そのまま林の中へ走り出した。

「あっ、アルバートさん⁉」

「どこへ行くんですか‼」

 エンナとルーブは叫ぶ。

「走ってる僕の手から人形を落としてみな!」

 エンナとルーブはアルバートを追いかけるため走り出した。

 

「ちょっと!並んで走らないでよ!また邪魔する気⁉」

 エンナとルーブは道を外れ、林の中でアルバートを追っていた。

「標的が一つなんだからしょうがないだろ。エンナこそ邪魔するなよ」

「ぜったいとらせないんだから!」

「はは、嫉妬してるのか?」

「何に嫉妬するっていうのよ!バカじゃないの⁉」

「エンナが俺に勝てるかな」

 ルーブは走るスピードを上げた。短距離走、長距離走共にルーブの方が記録は上だ。

「とらせない、なんてセリフはコントロールができるようになってから言えよな!」

 ルーブはエンナを引き離し、アルバートとの距離をつめた。

「……っ‼」

 エンナは歯を食いしばり、ルーブを睨みつけた。

 ルーブは走りながら先ほどより二、三センチ大きい水の球を作った。よく狙いを定め、アルバートの右手へ飛ばした。

 アルバートはチラッと後ろを振り返ると走りながら右へ飛び、水の球を再びよけた。

「くっそ……!」

 ルーブは歯を噛みしめた。

「ならこれならどうだ」

 ルーブは手の平からサファイアを生み出し、人形に向かって放った。

「おっ」

 アルバートは左右に飛びながらサファイアをよけた。

「これなら水の球みたいに消える心配はないからな!」

 ルーブは物体を操るのに慣れてきたのか、表情に硬さがなくなってきていた。

「ふう……ちょっと分が悪いな」

 アルバートは走りながら呟いた。

 その時、ルーブの後ろでパチパチっという何かが燃えるような音が聞こえた。

「ん?何だ?」

 ルーブが後ろを振り返ると、赤い炎が草を焦がしながらルーブを追いかけるように迫ってきていた。その後ろにはエンナがいる。

「げっ⁉」

 エンナはアルバートとルーブの間に割って入らせるように火の玉を猛スピードで放り投げた。ここは林の中――たちまち辺りの植物に火が移り、燃え広がった。

 ルーブは植物の少ない所に移動したが、間もなく周りを炎で囲まれてしまった。

「こ、殺す気かよ!」

 ルーブは冷や汗を流しながら叫んだ。

「安心して。ルーブの周りだけを火で囲ったから。あたしの方には火が来ないようにコントロールしてあるわ」

「そんなこと聞いてねーよ……」

 炎が激しく音を立てて燃える。さっきは冷や汗だけだったが、熱によりルーブの体から汗が出てきた。

「ぜったい許さないんだから……‼」

 ルーブを取り囲む炎のせいで表情は見えないが、炎の外にいるエンナからは、憤りのオーラを感じた。

 ルーブは汗を流しながら水を創造し火を消そうとしたが、ホースで水を出したような勢いの水しか出ず、炎の壁を消すことはできなかった。

「う……」

「ぜったいとらせない……‼」

 エンナはルーブを取り囲む火だけが消えないように意識を集中させていた。

「も……もう勘弁してくれよ、エンナ……」

 ルーブは汗だくだくになりながら地面にへたり込んだ。

「さっきの言葉、取り消す⁉」

「さ…さっきの言葉って……何だよ……」

 エンナは頬を赤らめ、大声で怒鳴った。

「あんたが言ったくだらない願い事のことよ――っ‼」

「わ……わかった……取り消す……だから火を消してくれ……」

 ルーブは座り込みながらエンナに懇願した。

 エンナはルーブを囲んでいた火を消した。周辺の草の丈は三分の二ほどが焦げている。

 ルーブが姿を見せた。地面にうつぶせになって寝ている。

「み……水……」

「自分で出せばいいじゃない」

 エンナはハッと顔を上げた。何か忘れていたことに気が付いた。

「あれ、アルバートさんは?」

 

「追ってこないなぁ……」

 アルバートは走る速度を緩めながら呟いた。元の道に出るように計算して走っていたのだが、エンナとルーブが追いかけてこないせいで、大分早く元の道に出てしまった。

「あっ」

 アルバートが道に出ると、サンと鉢合わせた。サンは声を上げ、右手を銃の形にし、人差し指を突き出した。サンの指先から電撃の糸が放出され、アルバートのいる方向へ進む。

「くっ」

 アルバートは電撃をよけるため走る方向を右へ変えるが、電気の糸は標的の動く方へ向きを変え、アルバートの体に当たった。

 バチィッ!

「つっ!」

 アルバートはよろめいた。走るスピードが一気に落ち、サンから四、五メートル距離を取りつつ向かい合う体制になるように体を動かし止まった。だいぶ息が上がっている。

「ここに戻ってくるって……分かってたのか……?」

 アルバートは息を荒げながらサンに訊ねた。

「いや?たまたまここにいたらアルバートさんが走ってきただけですよ」

 サンは口元を上に歪ませながら答えた。

「オレ、エンナやルーブより魔法の扱いが下手くそだから、ここで練習してたんですよ。あの木を使って」

 サンは人差し指を近くにある木に向けた。木の色々な部分が焦げたあとができていたが、真ん中辺りが一番黒く変色していた。

「やっと、狙った場所に当てられるようになってきたところなんです」

 サンは笑った。アルバートは汗を垂らし、苦笑いをした。

 サンは手の平をアルバートに向け、電撃のかたまりを放った。アルバートは体をかがませよけるが、動きが先ほどより鈍くなっており完全にはよけきれず背中にかすった。

 バチバチッ‼

「ぐあっ‼」

 しかし足を踏ん張り、人形を落とさないように堪えた。

「それでもまだ落とさないんですか……」

「僕にだってプライドがあるんだよ」

「次で最後ですよ!」

 サンは広げていた右手を再び人差し指だけ突き出した形にし、銃を向けるように構えた。

「あっ!いた!」

 エンナとルーブが林から現れた。林の中を引き返してきたらしい。

 サンは電撃の「針」をすばやく飛ばし、アルバートの右手に命中させた。

「いでっ!」

 アルバートの手から人形が放れた。人形は輪を描き、宙に舞う。

「あっ……」

 エンナは声を上げる。

「そうはいかないよ!」

 すかさずアルバートは左手で人形をつかむ。つかんだ時に踏み出した左足が、何かを踏んだ。

「うえっ……⁉」

 踏んだ黄色の物体は地面を滑り、アルバートは前向きに転んだ。再び人形が宙を舞い――地面に、落ちた。

「あ……」

「マジかよ」

 エンナとルーブは呆気にとられた。

「よっしゃあああ‼」

 サンはガッツポーズをとった。

「いってててて……」

 アルバートは目をつぶりながら体をさすった。

「すみません、アルバートさん……大丈夫でした?」

 サンが申し訳なさそうに声をかける。

「これは……バナナの皮?」

 アルバートは自分が踏んづけた物体を見て言った。

「まさか君、僕の動きを想定してこれを仕掛けておいたのか?」

「いや……さっき『創造』の訓練でバナナを出したでしょ?おなかがすいてたもんで、つい食べちゃって……そのあと、なんかこれ利用できないかなって思って、誰かが踏みそうなところに置いといただけなんですけど……」

 サンは困ったように笑いながら人差し指で頬をかいた。

「と、いうことで」

 アルバートは立ち上がり服の埃をはらった。

「今回の勝利者はサン、君だ」

「お城の料理食べ放題ですね‼」

 サンは目を輝かす。

「ま、それは無事旅から帰ってきた後だけどね」

「あ、そっか……」

「まあそんなこんなで、君たちも気がつけば魔法がコントロールできるようになってきただろ?」

「あ、ほんとですね」

「言われてみれば」

「夢中でやってたおかげか」

 エンナは自分の手を握ったり開いたりしながら見た。

「じゃあ少し早いけどお昼にするか。魔法の訓練は一時中断」

 四人は道の端の芝生にシートをひき、そこに座って弁当を広げた。

 

「ごちそうさま」

 エンナは両手を合わせると、空になった弁当箱の上に箸を置いた。

 弁当を全員が食べ終わり、エンナは先ほど出したりんごを、ルーブはぶどうを食べていた。

 サンはあぐらをかき、自分が出したレモンを手に取り眺めていた。

「レモンの砂糖漬け食いたいな……」

 サンはレモンと、エンナやルーブが食べている果物を交互にチラチラ見ながら呟いた。

「女王様がいれば砂糖が出せるけどね」

 アルバートが言う。

「えっ?」

 サンはアルバートの顔を見る。

「ああ、言ってなかったっけ。女王様は白のマジッカーだよ」

『ええっ⁉』

 三人は驚いた。

「大体予想はつくだろ」

「そうだったんですか……」

 エンナが言った。

「よし、じゃあそろそろ出発しようか。っとその前に」

 三人がシートから立ち上がりかけたところをアルバートは制した。

「付加魔法の説明だ」

「フカ魔法?なんでサメが出てくるんですか?」

 サンがストレートに聞く。素で分かっていないらしい。

「……」

 ルーブが呆れた目でサンを見る。

「付加ってのは付け加えるって意味だよ」

 アルバートは若干笑いながら説明する。

「この魔法は『物体変化』や『創造』とは違って、比較的簡単にいつでも出せる魔法だ。色彩効果、とでも言うべきかな」

「色彩効果?」

 エンナが聞き返す。

「そう。エンナ、赤と言ったらどんなことをイメージする?」

「えっと……情熱、とか?」

「そんな感じだ。自分がイメージする『色の効果』を自分や相手に与えられるんだ」

「なるほど……」

「他にも、赤は『熱い』ってイメージがあるだろ。炎を出さなくても、そういう『効果』を相手にぶつけることも可能だ」

「へえ……」

 エンナは感心する。

「じゃあ僕は、冷静とか、冷たいとかですね」

 ルーブが言う。

「そうだ。そこでサン!」

 いきなり名指しで呼ばれ、サンは反射的に体を反らした。

「な、なんですか⁉」

「今から二人に色彩効果を当ててみてほしい」

『えっ⁉』

 驚いたのはエンナとルーブだった。

「ちょ、ちょっと待って、いきなり?」

「大丈夫かよ……」

 エンナとルーブは少し焦った。

「さっきの訓練で一番だったのはサンだろ?大丈夫、彼ならできるよ」

 四人はシートを畳み、芝生の上にお互いが向かい合うように立った。

「えっと」

 サンは焦りながらエンナとルーブを見ていた。

「何で僕が君を指名したか、わかるかい?」

「い……いや……」

「黄色がイメージするものを言ってみな」

「えっと……希望とか、元気……?」

「それだよ」

「あっ、そうか!それを当てれば元気になるのか」

「そういうこと。さあ、やってごらん。光を手から出すイメージをするんだ」

 サンは息を吸い込み、右手を前に出す。

「……」

 サンの右手から黄色い光が出た。暗闇の中のホタルの光のようにそれはまばゆく光り、エンナとルーブの体に当たった。

「あ……」

「おっ」

 エンナとルーブの体の、光が当たった部分が黄色くぼうっと光った。

「どうだい?」

 アルバートが訊ねる。

「なんか、心なしか元気が出てきたような気がする」

「ああ……」

 エンナ、ルーブの順に答える。

 サンは安堵のため息をついた。

「サン、自分にもしてみな」

 アルバートに言われ、サンはエンナとルーブにしたように自分に黄色い光を当てた。

「……おっ」

 サンの体の中心が黄色く光り、次第に光が消えて行った。

「エネルギーを感じるだろ?」

「はい、なんとなく」

「魔法を鍛えればもっと強い効果が出るからね。要は慣れだ」

 アルバートは左手につけてある腕時計を見た。

「さあ、もう午後だ、急ぐぞ。今日中にはダークネスに着かないと」

 アルバートは早足で歩き始めた。それにつられて三人も足を速め始める。

 

 晴れていた空は雲に覆われ、濃い灰色の青空は姿を隠していた。雨は降りそうにはないが、太陽も雲に覆われ、光が差し込まず、なんとなくだが薄暗い。

「なんかパッとしない感じだな……」

 サンが早足で歩きながら呟く。

「三人とも、もうすぐダークネス行きの船がある港に着くよ」

 アルバートは先頭を歩き、三人を振り返りながら言った。

「本当ですか」

 

「待て、お前ら」

「止まれ!」

「⁉」

 青い作業服を着た、二十代ぐらいの男性が二人、エンナたちの前に立ちはだかった。二人とも拳銃を持っている。

「お前ら、どこへ行く?」

「色彩が消えて民衆はほとんどが家に閉じこもっているというのに……何を出歩いている?」

 男二人は交互に喋る。

「はあ?」

 エンナは二人を鬱陶しそうに睨みつけた。

「どこへ行こうが、何で出歩こうがあたしたちの勝手でしょ」

 二人はエンナたちを検問するような目つきでじろじろと観察した。

「なあ、こいつら、もしかしてブラックの手先じゃないのか」

 ルーブは小声でエンナに耳打ちした。

 エンナは目で訊ねるようにアルバートを見た。アルバートは頷く。

「お前らもしかして……何か特別な『つかい』を頼まれた者じゃないだろうな?」

「行き先はどこだ?方向からして、ダークネ……」

 二人が喋り終わらないうちに、ルーブは二人に水をぶっかけた。

「サン!」

 ルーブがサンの名を呼び、サンはルーブを見た。ルーブは目で「行け」と言っている。

 サンは右手から電気を発生させ、電撃を二人に浴びせた。

 バリバリッ‼

「ぐあぁ‼」

「ぎゃっ‼」

 男二人は地面に倒れた。地面には水溜りができている。

「これで良かったんですか?アルバートさん」

 サンが訊ねる。

「ああ、明らかにこいつらはブラックの手下だ」

「やっぱり」

 ルーブが倒れた二人を見ながら言った。

「さあ、港はすぐそこだ。急ごう」

 アルバートは早足で歩き始めた。エンナ、ルーブも後に続く。

 林の道を抜け、広い海が見えてきた。漁業をするための船や他の国へ渡るための船が何隻か泊まっている。

「ここでダークネス行きの船に乗るんですね?」

 エンナがアルバートに聞いた。

「いや」

「え?」

 否定したアルバートにエンナは思わず聞き返した。

「ダークネス行きの船は出ていない。普段でさえダークネスに出る船は少ないが、こんな事態だ、停止していてもおかしくない」

「じゃあ、どうやって行くんですか?」

 エンナが問う。

「それは……」

「ちょっと待ってください。サンは?」

 アルバートが話し出そうとしたところにルーブが割り込んだ。

 エンナとアルバートは辺りを見回した。確かに、サンの姿がない。

「おーい!」

 後ろからサンが駆けてきた。三人は振り返る。

「どこ行ってたんだよ」

 ルーブが訊ねる。

「いや、あいつらブラックの手下だろ?ブラックの弱点とかさ、なんか情報聞けないかと思って」

「お、脅したの?」

 エンナが意外そうに聞く。

「ちょっとな。攻撃はしてないよ」

「で、何か分かったのか?」

 ルーブがサンの目を見ながら言った。

「ふっ……聞いて驚くなよ……」

 エンナとルーブは期待しながらサンの言葉を待った。

「ブラックは、英語が好きらしい」

 エンナとルーブは体をがくっと傾かせた。

「なんだそりゃ!」

「どうでもいいわよ、そんなこと‼」

 ルーブは声をあげ、エンナもツッコんだ。

 アルバートは困ったように笑った。

「三人とも、そろそろいいかい?」

 エンナ、ルーブ、サンは気を取り直してアルバートの方に向き直る。

「ダークネスにどうやって行くか。それは」

 アルバートは港に泊まっている一隻の船を指差した。

「あれで行く。王宮が所持している船だ」

 指差した船は、小さくはないが大きいとも言えない中ぐらいのモーターボートだった。三、四人が海に釣りに出るときに使うような感じのものだ。

「……これですか?」

 サンは船の近くに行き、しげしげと見た。

「……なんというか、オーソドックスな感じですね」

 ルーブも船を見て感想を言った。

「はは、豪華客船を想像してたかい?」

 エンナは何とも言えない表情で船を見つめていた。

「この船は操縦が小回りがきくし、スピードも出るんだ。急いでるならこれが一番いい」

 ルーブは納得したのか頷いた。

「わかりました。じゃあ、早く乗りましょう」

 ルーブはアルバートに乗船を促した。

「それなんだけどね。僕は乗れない。君らとはここでお別れだ」

『えっ⁉』

 唐突に別れを切り出すアルバートに三人は驚いた。

「な、何でですか⁉」

 サンがアルバートに問いただす。

「君たち三人なら、きっと乗り越えられると信じてる」

 アルバートは理由を言わず言葉を紡ぐ。

「だから、どうしてですか!」

 エンナが問い詰める。

「ごめん……。女王様をほっといては行けないんだ」

 アルバートは哀しげにうつむきながら言った。

 エンナは目を開き、悟ったようにアルバートを見つめる。

(やっぱりあの二人は……)

「本当にすまない。三人と一緒に行きたいんだけど、実はさっきから気が気じゃなくって……」

 ルーブは冷静な表情になると、アルバートに言った。

「わかりました。僕たち三人で行ってきます。いいよな、サン」

 ルーブはサンの方を振り向いた。

「ああ……そういうことなら仕方ないよな」

 サンも頷く。

 

 エンナ、ルーブ、サンはモーターボートに乗り、岸に立って見送ろうとしているアルバートの方を見た。

「じゃあ、行ってきます!」

 サンは元気に出発のあいさつをする。

「女王様によろしく言っといてください」

 ルーブはアルバートに渡された海図と地図を持ち、操縦席に座ったまま手を振る。

「本当にごめんな。一回城に帰ったら、またすぐ追いつくから」

 アルバートは申し訳なさそうな顔で謝った。

「必ずダークネスに辿り着きます!」

 エンナも明るく言う。

 ルーブはエンジンをかけ、船を発進させる。エンナとサンはアルバートの姿が小さくなるまで手を振った。アルバートはいつまでも居そうな雰囲気で、寂しげに立ったままエンナたちを見送っていた。

「ふう……」

 サンは一息つく。

「ルーブ、操縦は大丈夫?」

 エンナは操縦席に座っているルーブの方に身を乗り出して聞く。

「地図と海図見ればなんとか……スピード上げるぞ」

 ルーブは操縦席で船の速度を上げる。

 天気は晴れており風も穏やかだ。

 

 三十分後。

「このまま真っ直ぐ行けばダークネスに着きそうだ」

 ルーブが海図と舵を確かめながら言う。

「そろそろ岸が見えるかしら」

 エンナが遠くを見ようと身を乗り出した瞬間。

 船が揺れ出し、強い振動が三人の体を伝った。

「何⁉」

「なっ……」

「何だ⁉」

 ゴゴゴゴゴ……

 突然、船の正面の水面からクジラのような生き物が現れた。――いや、正確に言えば全身が海水だけでできた「水の魔物」だ。

「なっ、何これ、クジラ⁉」

 エンナは目を丸く見開き、仰天した。

「いや、クジラじゃない、これは……海水でできた魔物⁉」

 ルーブが冷静に見きわめるために分析しようとする。

「なんだこりゃ‼ありえねーっ‼」

 サンは慌てふためき、大声で叫ぶ。

 水の魔物は船を沈めようと体当たりしてきた。魔物が船にぶつかり、大きく揺れる。

「きゃあっ!」

「ぐっ!」

「うおわ――‼」

 三人は一斉に声を上げる。サンの体がバウンドし、船から落ちそうになる。サンは慌てて船のふちにしがみつく。

「な、なんなんだよ、こいつは⁉」

 サンはパニックになり、顔を青くしていた。

「突っ切るぞ‼船にしがみつけ‼」

 ルーブは船のエンジンを全開にし、フルスピードで海上を突き進む。魔物をよけて進むために取り舵をとった。

「……‼」

「うわだだだだ‼」

 エンナは目をつぶり、必死の形相で船にしがみつく。サンは両手はしっかりと船の後ろの出っ張り部分を掴んでいるが、体のほとんどは船からはみ出ており、手を離せば確実に海へ落ちる状態だ。

 ルーブは操縦中、何か人影が宙に浮いているのを発見した。距離が遠いのと逆光とでよく見えないが、バイクのような跨る乗り物に乗っている。

「なんだ、あいつは……?」

 ルーブの巧みな操縦で魔物を追い抜かしたが、後ろから執拗に追いかけ、追突してくる。その度に船が大きく揺れる。

「きゃ―――っ‼」

「は、吐きそ……」

 エンナは叫ぶ。サンは死にそうな表情で船にしがみついていた。

 魔物が追突するたびに海水が船に大量にかかる。

「このままじゃ沈むのも時間の問題だぞ‼なんとかならねーのかよ‼」

 サンは叫ぶ。

 ルーブは頭を回転させた。

(ここは海……!俺なら海水を操って対抗できるかもしれない……だが操縦してるのは俺だし……なら!)

「サン!後ろの魔物を、雷で破壊できないか⁉」

「この状態でどうやって狙い定めろって言うんだよ!」

 サンは再び叫ぶ。

「クジラは、俺らに追突するときに勢いをつけるために一瞬身を引く。その時船から離れるから、そのタイミングをエンナが見てサンに合図してくれ、そしたらなんとかなる!」

「合図って……しがみつくので精いっぱいよ!」

 エンナは目をつぶりながら言った。

「頼む、頑張ってくれ‼」

 ルーブは懇願した。

「……わかった」

 エンナは意を決し、おそるおそる目を開けて少しずつ後ろを振り向く。

「うわーっ‼」

 またもや魔物が追突してきた。サンが叫ぶ。船が大きく揺れ、海水が三人にかかる。

(引く時……タイミング……‼)

 エンナは打ち上がる水しぶきの中、魔物の動きに全神経を集中させた。

「今よ‼」

 サンは右手を放し、後ろに向かって大きな雷の塊を撃った。

 バリバリィッ‼

 電撃が魔物に命中し、水の塊が爆発した。

 バッシャアアアン‼

「うわ――っ‼」

「キャ――――ッ‼」

「うおおおおおっ‼」

 ルーブ、エンナ、サンの順に悲鳴を上げ、三人は船ごと吹っ飛ばされた。

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