日本という大陸
恐ろしいほどまでの気迫だった。
この人生、
ただ平穏に生きてきたわけではない。
理不尽な競争社会の中、必死にもがいて生きてきた。
それでも、どんなことがあろうと、
ここまで恐怖を感じることはなかった。
きっと何か誤解している。
そう思っても...。
拾っただけ--。
という言葉が喉の奥に詰まり、出てこない。
圧に押しつぶされそうになる。
こんな感覚は初めてだった。
彼が分厚い剣の柄に手を落としながら、
ゆっくりと立ち上がった。
「ま、待ちいや!!!」
ようやく声が出た頃には、背中に汗をかいていた。
「私の敷地に刺さっててん!
私は、私はただ、スーパーに買いもん行こうとしてただけや!!!」
「......スーパー?」
彼は柄を握ったまま、ババアに聞き返す。
「スーパー!知らんの?買い物!
ショッピングや!ゴーショッピング!!!」
知る限りの英語を総動員して叫ぶ。
今までの会話が何不自由なく伝わって来たことなど、
ババアは忘れている。
「それと何が関係ある?」
「いや、だから!
私は買いもん行こう思って出かけただけ!
こんな場所知らんねん!あんた外人さんやろ?大阪から来てん!
大阪!日本!ジャパン!!!」
彼は全く理解できていない様子だった。
「待て、一旦聞こう。冷静に話してくれ。」
剣の柄に置かれた手はそのままだが、力は抜けている。
彼の目からは、一応話を聞いておこう。
そんな空気が滲んでいた。
ーーー
「なるほど、大阪という国があって、日本という大陸があるのか。」
完全には伝わっていないが、一旦は大丈夫そうだ。
彼は座り直し、改めてこちらを見た。
「あなたの年齢は?」
......面接か。と思わず突っ込みたくなった。
それに、初対面の女性に対して年齢を聞くなんて、
あまりにも無遠慮すぎる。
「ちょうど今日で、81。」
--そう、誕生日当日だった。
今日は久しぶりに息子が、
孫を連れて会いにくる予定だった。
こんな場所でのんびり過ごしている暇はない。
ぶっきらぼうに答えた。
「なぜそこまで動ける?リザードマンは、どうやって倒した?」
ついさっき話したところだ。
見た目より強くなかったし、
剣が光ってからはあっという間だった。
...でも確かに、なぜ動ける?
最近痛んでいた腰も、思えば全く痛みがない。
そもそも、あれもなんや?
空に浮かんでる塊が光ったと思ったら、気づいたら剣も光ってた。
ババアは、光を失った右手の剣を静かに見つめた。
剣は一応、手放さずに持ってきた。
そりゃみんな、変な目で見てくるわな...。
見た目もちゃうし、手に剣持ってるし、明らかに不審者やわ。
「リザードマンの死体には、
とてつもない魔法が放たれた形跡があった。
尋常ではない量の”マナ“だ。」
彼が発した、聞き慣れない単語に耳を疑った。
......魔法?それはよく知っている。だがそれは、映画や本だけの言葉だ。
「マナ...?」
「そうだ。マナだ。日本には、エルフはいないのか?」
エルフ?そんなもの知らない--。
と言いかけたところで、ふと孫の話を思い出した。
私は孫と映画を観る時間が好きだった。
孫が好きだった映画は、ファンタジーもの。
中世を舞台にした作品も色々観た。
少なからず、同世代よりは多少知識がある。
たしか、映画や本に出てくる存在で、
魔法を使い、--耳が尖っている。
「......もしかしてあんた、エルフ?」
「そうだ。」
驚いた。外国にはエルフが実在するらしい。
となるとまさか、魔法も実在するのだろうか。
「その顔、本当に私がエルフだと知らなかったのか?」
「知らんもなにも、初めて会ったし、
エルフは詳しくないよ。実在してたんやなあ。」
彼が驚いた表情でこちらを見た。
誰もが海外旅行をしているなんて、
そんな贅沢なこと思われても困る。
「ところでやけど、いっぱい疑問があんねん。
ここは日本ちゃうんやろ?よくわからんけど、
外国やし、みんな昔の格好してるし...」
--私は、事の経緯を詳しく話した。
大阪の片田舎から、突然ここに移動したこと。
魔法も、怪物もエルフも存在しないこと。
話してるうちに彼が立ち上がり、
奥の部屋から大きな紙を持って戻って来た。
机に広げると、
地図のような図面が描かれていた。
「これは世界地図だ。日本は、どこだ?」
......本当に世界地図か?
見覚えのない形の大陸が、
3つ描かれている。
島の配置も、一度も見たことがない。
私が知る世界地図とは何もかもが違う。
「...他の地図は?」
彼は首を横に振った。
「存在しない。」
しばらく、地図から目を離せなかった。
「どういうこと?私、帰られへんの?」
「わからない。ただ、話が本当なら、
あなたの国はこの国より発展していて、
この地図より先、海の向こう側にある...。
そう考えるのが自然だろう。」
私もさすがに、世界地図はわかる。
だがこんな大陸、私の記憶には存在しない。
「この地図ってさ、ほんまに正しいん?」
「ああ、そうだ。」
彼は、机上に広げた地図を見つめながら首を縦に振った。
「他にも大陸があるなど、
私は聞いたことがなかった...。」
私には、彼が動揺しているように見えた。
「今夜はここに泊まってくれ。部屋を用意する。
少し話を続けさせてもらいたい。」
彼は突然立ち上がり、扉を開け、
立っていた2人の男たちに指示を出した。
突然変わった景色、恐ろしい怪物、
古い町、見たことのない人間。
空に浮かぶ、青い塊--。
彼が結論を出すよりも先に、
私の中で全てが、一本の糸のように繋がった。
私は、この世界の人間じゃない--。
彼は目の前の椅子に座り直し、
ただ静かに、私を見つめた。




