場違いな来訪者
古い町に来たようだ。
この歳になって初めて踏み込む場所だった。
華やかさはない。
どの建物も、必要だからそこにある。
そんな佇まいだ。
家々は木造で、屋根は急だ。
壁は歪み、
継ぎ接ぎの板がそのまま打ち付けられている。
窓は小さく、布を被せている家もあった。
道は真っ直ぐではない。
家や地形を避けるようにあちこちで折れ、
緩く曲がりながら続いている。
足元には草が少なく、
踏み固められたせいか、土が露呈している。
この町が、
長い年月をかけて生き延びてきた場所だということが、足の裏から伝わってくる。
遠くのほうに、うっすらと“城”のようなものが見える。
だが、私にとって、
今さらそれはなんの驚きにもならなかった。
人は多い。多すぎるほどだ。
狭い通りに、座り込むもの、荷を運ぶ者、
作業の手を止めてこちらを見る者もいる。
彼らの服装は、まちまちだ。
色は褪せ、ほつれた部分を縫い合わせている。
破れた袖や襟がそのままの者も多い
ほとんど誰もが同じ服を長く着ているのが、
一目でわかる。
町は城壁の上から見張られているが、
人々は気にも留めない。
彼らにとってはこれが日常なのだろう。
生き延びるために押し込められた場所。
そういう空気が染み付いていた。
奇異の目を向けられたのは、私に対してだった。
視線は鋭いが騒ぎ立てる様子はない。
よそ者を見る目だ。
町の人々はやはり見た目が日本人とは違った。
彼らはおそらく、西洋人だろう。
しかし、“彼”と“彼ら”の明らかな違いは耳だ。
”彼ら“は私と同じ耳の形をしている。
だが住民は、
“彼”には慣れた様子だった。
「こっちだ。」
彼に言われるまま、通りを外れた。
どれくらい歩いただろうか。
人の流れは一気に減り、
金属がぶつかるような音が聞こえてきた。
外壁には剣が数本、無造作に立てかけられていた。
長さも刃の幅もばらばらだ。
磨かれてはいるが、美しいというより、
壊れにくそうな感じだ。
柄に巻かれた革は黒ずみ、指の跡が染みついている。
盾も乱雑に置かれている。
木製だが、縁は鉄で締められ、
中央の丸い金属は歪んでいた。
削り直された刃の跡。
深く抉られた盾の縁。
新品でもなく、飾りでもない。
ここでは、戦いが日常なのだと嫌でもわかった。
その時、こちらに気づいたのか、
奥にいた男が鎚を置いて慌てて出てきた。
「騎士長殿!お連れのご老人は?」
男は私を少し見た後、不思議そうな顔で彼に尋ねた。
「客人だ。一度我々の拠点に連れていく。」
「先ほどの光は...」
「気にしなくていい。仕事に戻れ。」
彼は歩みを止めることなく、言葉を返す。
男は軽く頭を下げると
炉の前に戻り、作業を再開した。
鎚がふたたび振り下ろされ、元の音を取り戻す。
その男もまた、“私と同じ耳”をしている。
しばらく進むと、徐々に人の声が聞こえ始めた。
地面は草が一本も生えていない。
硬い土と、岩肌がむき出しになっている。
あまり舗装されておらず、緩やかな勾配があり、
少し歩きにくい。
ただ、入り口周辺とは違い、
建物は全て堅牢な造りをしている。
石造りの建物。
壁は頑丈で、
土台の石は地面に深く食い込んでいる。
窓は少なく、狭い。
外を見るための穴であって、
光を入れるためのものではないのだろう。
屋根はやはり急だが、
同じような建物が規則正しく並び、整頓されている。
門付近で見た
雑然とした家々とはまるで違う。
崩れないことを前提に造られているのではない。
攻められることを前提に造られている。
そこに住まう人々は全員、
“彼と同じ耳”を持っている。
--おそらく、ここは彼らの区画だ。
先ほどとは違う、
強烈な敵意の目が私に向けられていた。
なんか、えらいよそ者に厳しいな...。
その中心に、ひときわ大きな建物があった。
横に長い石造りの館。
低く構えた屋根の下、壁が重く沈んでいる。
地面には大きな石が均等に敷き詰められ、
しっかりと固められている。
扉は分厚い木でできており、
表面には黒ずんだ鉄帯が何本も打ち付けられている。
無数の鋲が光を弾き、
簡単には破れないことを物語っていた。
中からは、男たちの笑い声が聞こえる。
その扉の前で談笑していた男たちの背筋が、
一斉に伸びた。
「き、騎士長!」
「もうお戻りで!先ほどの光は、一体...。」
彼らには目もくれず、私に振り返った。
「ここだ、入ってくれ。」
彼がためらいなく扉を開けると、
大勢の男たちが食事をしながら騒いでいた。
だが彼に気づいた瞬間、
口を閉ざし、まばらに立ち上がる。
二人の足音だけが広い空間に響いた。
やがて彼らの視線が、次第に私へ集まる。
「規律だ。...我々が”異獣“調査をしている時に、
お前達は何をしていた?」
皆の視線が一斉に下に落ちた。
彼が低い声で静かに尋ねる。
「お前たちはなんだ?」
「......騎士です。」
一人の男が口を開いた。
「なら、外に出ている仲間に顔向けできるか?」
「いいえ、できません...。」
「そうだな。」
彼はそのまま、ゆっくりと建物の奥へと歩いた。
突き当たり、中央に大きな椅子が据えられている。
誰のための椅子か考える必要もなかった。
椅子の前で立ち止まり、立ったまま周囲を見渡す。
「後で話がある。」
誰一人、目線を合わせることができない。
逆らえないのだとはっきりわかる。
「客人だ。全員出ていけ。」
男たちは一斉に立ち上がった。
拳に胸を当てながら軽く頭を下げ、
静かに建物を後にした。
さっきまで人で溢れていた空間が
嘘のように静まり返り、二人きりになった。
「申し訳ない、見苦しい姿を見せた。」
彼は私にわざわざ頭を下げた。
「ここは我々の居住区ではあるが、
それ以上に重要な騎士の拠点なんだ。
国民のためにも、我々は、常に騎士であるべきだ。」
彼の気持ちもわかるが、彼らの気持ちもわかる。
ここでは、休むこともままならないのだろうか。
「すまない、話が逸れたな。どうか、座ってくれ。」
彼が指し示したロングテーブルには、
いくつも椅子があった。
私はちょうど、目の前の椅子に腰掛けた。
彼はあえて中央の椅子には座らず、
対角まで歩いて腰を下ろした。
「あなたに聞きたいことがある。」
--いや、それは私の台詞や!
と、思わず口に出そうになった時、
彼は私の顔をまっすぐ見つめ、こう切り出した。
「あなたは、この大陸の人間ではない。」
良かった。
話がすぐに進みそうだ。
「私は--。」
そう切り出そうとした瞬間。
彼の目が、先ほどまでの冷静な瞳では無くなっていることに気づいた。
ここに来るまでに散々向けられた視線とは、
明らかにモノが違う。
強烈なまでに敵意に満ちていた。
「その剣を...誰から奪った?」




