変わり耳の騎士団
なんや、これ...。
断片的な映像の中に、
はっきりと鮮明に聞こえた、哀しげな声--。
あかん、今の音で耳鳴りがする...。
青みがかった暗闇の中で。うっすらと、
大きな牙が--。
「......はっ。!」
間一髪、咄嗟に身を捻る。
暗くなったわけではなかった。
光が眩しすぎて、影が出来ていた。
一瞬気を取られた。
ほんの少し反応が遅れていたら終わりだった...。
集中せんと。
剣を握り、構え直す。
眩しさに目をやられそうになった。
私の握る剣の刃先に、
まばゆい光が静かに纏わりついている。
何が起こったのかはわからない。
だが、おそらくチャンスだ。
「これでどうや!!!!!!」
全身の力を使って振り抜く。
刃が“それ”に触れた瞬間、
青白い光が“それ”の身体を駆け抜ける--。
次の瞬間、大きな音と共に縦に裂けた。
“それ”は
自分が斬られたことに気づく間もなく、
一瞬にして崩れ落ちた。
血が噴き出すよりも前に、
断面が黒く焦げ、煙が立ち上る。
この瞬間を境に
“それ”が立ち上がることは二度となかった。
---
...何が起こったのか。
正直、さっぱりわからなかった。
頭がおかしくなりそうだ。
今まさに、目の前の巨大な怪物を
81歳の老人が倒したのだ。いとも簡単に。
“たった一本の剣”で。
目線を剣に向ける。
よく見ると、刃先が不自然な形をしている。
刃に纏った光が少しずつ輝きを失い、
やがて消えた。
...さっき見えたあれはなんやったんや。
聞こえてきたんは、女性の声やった。
あかん、顔が思い出されへん。
だが、なぜあの大きな異音の中、
はっきりと声だけは聞こえてきたのだろう。
--しばらく動けずにいた。
息をするのを思い出したのはどれくらい後だったろう。
そう離れていない場所から、
複数の馬の蹄音が揃って近づいてきて、歩みを緩めた。
「今の光...。一体、何が?」
振り返ると、
全身を鎧に身を包んだ男達が馬上にいた。
本や映画で見た“騎士”そのものだ。
硬い金属の板が隙間なく重なり、
頭から足先まで覆っている。
肩も、腕も、膝も。
曲がる部分だけがわずかに分かれ、
まるで一枚の殻のようだった。
後ろに並ぶ者たちは、
長い槍を抱えるように構えている。
盾は持っていない。
両手で槍を扱うためだろう。
それ以前に、
あれだけの金属に包まれていれば、
盾など不要なのかもしれない。
馬までもが金属で守られている。
戦うための塊だ。
その先頭で兜のない男が一人。
驚いた表情でこちらを見ている。
--声の主は彼だ。
腰には、
私の身長ほどもありそうな長く分厚い剣。
黒い革の鞘は無駄な飾りがなく、
金属の縁は磨かれ、鈍く光っていた。
鎧は硬い金属で覆われているが、
全身を固めた後ろの者たちとは違う。
動くための鎧だ。
見た目はかなり若いが、
肩から羽織ったマントがやけに馴染んでいた。
引き締まった体格、
無造作に結ばれたブロンドの長髪。
白い肌に高い鼻。
特筆すべきは、
--“耳”だ。
人よりも長く、先端が尖っている。......外国人?
「ありえない、これは...。」
彼は“それ”をしばらく見つめ、
一通り周囲を警戒し終えた後、
私にゆっくりと口を開いた。
「...まさか、リザードマンを、あなたが?」
...驚いた。言葉が理解できた。
発音は聞き取れないのに、意味だけは頭に入ってくる。
この怪物はリザードマンと呼ぶらしい。
「わからん、身体が勝手に動いてん。」
「......そうか、いや、そんなまさか。」
彼は言葉を切り、固唾を呑んだ。
通じた...。
今、私が話したのは日本語だったはずだ。
だが耳に届いた音はまるで違う言語だった。
言葉と音が噛み合わない--。そんな感覚。
だが、そんな違和感は今の私にとって、
ほんの些細な問題だった。
何せ聞きたいことは他に山ほどある。
「ここ、どこなん?あんたら何者?」
「とにかく、ここは危険だ。
今すぐ移動したほうがいい。」
彼は周囲を警戒しながら、少し慌てた表情で話す。
促されるまま彼の背に乗ると、
隊列を整えた騎馬は一斉に走り出した。
考えようとしたが、すぐにやめた。
今さら頭を使ってもどうにかなる話じゃない。
襲ってきた怪物は倒れ、
彼らは私を殺すつもりではないらしい...。
そう自分に言い聞かせながら、
背にしがみついた。
しばらく草原を走った後、
大きな石の壁が見えてきた。
おそらく目的地はそこなのだろう。
空には、先程の”青い塊“が浮かんでいる。
近づいて見ると、
思っていたよりずっと大きい。
「門を開けろ!」
彼が壁の上に向かって叫んだ。
そこに立つ数人も、鎧を身に付けている。
合図に応えるように、
馬たちは次第に速度を落としていく。
蹄の音が、駆け足から歩みに変わった。
分厚い木の門が、
内側から数人がかりで押し開かれる。
湿った木と鉄の匂いが流れ出た。
中は薄暗く、
石の壁に挟まれた狭い通りになっていた。
壁や天井には、細い穴がいくつもある。
その奥で、金属の擦れる音が響いた。
鉄の落とし格子が、
少しずつ持ち上がっていく。
鎖が擦れる鈍い音が、石の壁全体に広がる。
...迎えるための門ではない。
ここを通れば、もう戻れない。
そんな予感がした。
門の内側は、
予想していたよりもずっと大きかった。
大きな壁が、
円を描いて囲うように建っている。
壁の上には、等間隔に見張り台が設置されていて、
鎧を着た人間が巡回している。
壁内には、
複数のテントと、木造の建物が点在。
建物の合間には大きな農地が組み込まれていた。
「もうすぐだ。もう一つ城壁を越える。」
ブロンドの髪をなびかせながら、口を開いた。
彼の視線の先を見ると、
またしても大きな壁があった。
「馬はここまでだ。ご婦人。」
彼らの馬は歩みを止め、静止した。
「開けてくれ。」
彼は門の見張り番に向かって声をかけた。
慣れた様子で先に馬を降り、
私に向かって手を差し伸べた。
馬に乗るのは初めてだ。
なんとか降りようとしたが、
結局、抱き抱えられる形になった。
その背後で、鎧を着た男が手綱を受け取り、
馬を連れて離れていった。
ほどなくして、城門が動いた。
扉の振動が地響きのように伝わってくる。
「行こう。一緒に来てくれ。」
彼が振り返る。
私はしばらく動けなかった。
門の奥に広がる光の先には、
81年の長い人生と
全く噛み合わない景色があった。
私は、帰れるんだろうか...。
この問いに。今はまだ、答えが出なかった。




