表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/29

変わり耳の騎士団




なんや、これ...。


断片的な映像の中に、

はっきりと鮮明に聞こえた、哀しげな声--。


あかん、今の音で耳鳴りがする...。


青みがかった暗闇の中で。うっすらと、

大きな牙が--。



「......はっ。!」


間一髪、咄嗟(とっさ)に身を捻る。


暗くなったわけではなかった。


光が眩しすぎて、影が出来ていた。


一瞬気を取られた。

ほんの少し反応が遅れていたら終わりだった...。


集中せんと。


剣を握り、構え直す。


眩しさに目をやられそうになった。


私の握る剣の刃先に、

まばゆい光が静かに(まと)わりついている。


何が起こったのかはわからない。

だが、おそらくチャンスだ。


「これでどうや!!!!!!」


全身の力を使って振り抜く。


刃が“それ”に触れた瞬間、


青白い光が“それ”の身体を駆け抜ける--。


次の瞬間、大きな音と共に縦に裂けた。


“それ”は

自分が斬られたことに気づく間もなく、

一瞬にして崩れ落ちた。


血が噴き出すよりも前に、

断面が黒く焦げ、煙が立ち上る。


この瞬間を境に


“それ”が立ち上がることは二度となかった。



---



...何が起こったのか。


正直、さっぱりわからなかった。


頭がおかしくなりそうだ。

今まさに、目の前の巨大な怪物を

81歳の老人が倒したのだ。いとも簡単に。


“たった一本の剣”で。


目線を剣に向ける。

よく見ると、刃先が不自然な形をしている。


刃に纏った光が少しずつ輝きを失い、

やがて消えた。


...さっき見えたあれはなんやったんや。

聞こえてきたんは、女性の声やった。


あかん、顔が思い出されへん。


だが、なぜあの大きな異音の中、

はっきりと声だけは聞こえてきたのだろう。




--しばらく動けずにいた。

息をするのを思い出したのはどれくらい後だったろう。


そう離れていない場所から、

複数の馬の蹄音が揃って近づいてきて、歩みを緩めた。


「今の光...。一体、何が?」


振り返ると、

全身を鎧に身を包んだ男達が馬上にいた。


本や映画で見た“騎士”そのものだ。


硬い金属の板が隙間なく重なり、

頭から足先まで覆っている。


肩も、腕も、膝も。

曲がる部分だけがわずかに分かれ、

まるで一枚の殻のようだった。


後ろに並ぶ者たちは、

長い槍を抱えるように構えている。


盾は持っていない。

両手で槍を扱うためだろう。


それ以前に、


あれだけの金属に包まれていれば、

盾など不要なのかもしれない。


馬までもが金属で守られている。

戦うための塊だ。


その先頭で兜のない男が一人。

驚いた表情でこちらを見ている。



--声の主は彼だ。


腰には、

私の身長ほどもありそうな長く分厚い剣。


黒い革の(さや)は無駄な飾りがなく、

金属の縁は磨かれ、鈍く光っていた。


鎧は硬い金属で覆われているが、

全身を固めた後ろの者たちとは違う。


動くための鎧だ。


見た目はかなり若いが、

肩から羽織ったマントがやけに馴染んでいた。


引き締まった体格、

無造作に結ばれたブロンドの長髪。

白い肌に高い鼻。

特筆すべきは、



--“耳”だ。

人よりも長く、先端が尖っている。......外国人?



「ありえない、これは...。」


彼は“それ”をしばらく見つめ、

一通り周囲を警戒し終えた後、


私にゆっくりと口を開いた。


「...まさか、リザードマンを、あなたが?」



...驚いた。言葉が理解できた。


発音は聞き取れないのに、意味だけは頭に入ってくる。


この怪物はリザードマンと呼ぶらしい。


「わからん、身体が勝手に動いてん。」


「......そうか、いや、そんなまさか。」

彼は言葉を切り、固唾(かたず)を呑んだ。


通じた...。


今、私が話したのは日本語だったはずだ。

だが耳に届いた音はまるで違う言語だった。


言葉と音が噛み合わない--。そんな感覚。


だが、そんな違和感は今の私にとって、

ほんの些細な問題だった。

何せ聞きたいことは他に山ほどある。


「ここ、どこなん?あんたら何者?」


「とにかく、ここは危険だ。

今すぐ移動したほうがいい。」


彼は周囲を警戒しながら、少し慌てた表情で話す。


促されるまま彼の背に乗ると、

隊列を整えた騎馬は一斉に走り出した。


考えようとしたが、すぐにやめた。

今さら頭を使ってもどうにかなる話じゃない。


襲ってきた怪物は倒れ、

彼らは私を殺すつもりではないらしい...。


そう自分に言い聞かせながら、

背にしがみついた。


しばらく草原を走った後、

大きな石の壁が見えてきた。

おそらく目的地はそこなのだろう。


空には、先程の”青い(なにか)“が浮かんでいる。

近づいて見ると、

思っていたよりずっと大きい。


「門を開けろ!」

彼が壁の上に向かって叫んだ。

そこに立つ数人も、鎧を身に付けている。


合図に応えるように、

馬たちは次第に速度を落としていく。

蹄の音が、駆け足から歩みに変わった。


分厚い木の門が、

内側から数人がかりで押し開かれる。

湿った木と鉄の匂いが流れ出た。


中は薄暗く、

石の壁に挟まれた狭い通りになっていた。

壁や天井には、細い穴がいくつもある。


その奥で、金属の擦れる音が響いた。

鉄の落とし格子が、

少しずつ持ち上がっていく。

鎖が擦れる鈍い音が、石の壁全体に広がる。

...迎えるための門ではない。


ここを通れば、もう戻れない。

そんな予感がした。




門の内側は、

予想していたよりもずっと大きかった。


大きな壁が、

円を描いて囲うように建っている。


壁の上には、等間隔に見張り台が設置されていて、

鎧を着た人間が巡回している。


壁内には、

複数のテントと、木造の建物が点在。

建物の合間には大きな農地が組み込まれていた。


「もうすぐだ。もう一つ城壁を越える。」

ブロンドの髪をなびかせながら、口を開いた。


彼の視線の先を見ると、

またしても大きな壁があった。


「馬はここまでだ。ご婦人。」


彼らの馬は歩みを止め、静止した。


「開けてくれ。」

彼は門の見張り番に向かって声をかけた。


慣れた様子で先に馬を降り、

私に向かって手を差し伸べた。


馬に乗るのは初めてだ。

なんとか降りようとしたが、

結局、抱き抱えられる形になった。


その背後で、鎧を着た男が手綱を受け取り、

馬を連れて離れていった。


ほどなくして、城門が動いた。

扉の振動が地響きのように伝わってくる。


「行こう。一緒に来てくれ。」

彼が振り返る。


私はしばらく動けなかった。


門の奥に広がる光の先には、

81年の長い人生と

全く噛み合わない景色があった。


私は、帰れるんだろうか...。


この問いに。今はまだ、答えが出なかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ