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ババアと謎の剣




まぶしい--。



目を開けた瞬間、空の青が突き刺さる。



...どこやねん、ここ。



至って普通の景色。


草原。どこか見覚えのある風景だ。


不可解な部分を挙げるとするならば、

空に浮かぶ“何か”だ。青い。氷...?


残念ながらすぐに、

そんな疑問はどうでもよくなる。


な、なんや、あれ...。


トカゲに似ているが、まるで違う。


二足で立ち、尻を引きずり、

そう遠くない場所から、こちらに目線を向けている。


...大きい。


私の背丈など、ゆうに超えている。

よく知った恐竜の姿とも違う。

まるで怪物だ。


そもそもあれは現実の生き物なんか?


博物館でしか見たことのないような牙が、

白く光っていた。


悪い夢かと思った次の瞬間、身体が震えた。


地面が揺れたような錯覚を覚えるぐらいには、

充分なほどの咆哮だった。


地面を蹴るようにして、こちらに向かってくる。


恐怖は遅れてやってくるのだろう。

心臓が肋骨の内側を何度も叩いた。


ようやく動いた身体で、

振り切って逃げるにはあまりにも分が悪かった。


足がもつれ、地面に勢いよく叩きつけられる。


うっ...逃げへんと--。


その時、右手から落とした剣の柄が、

こちらを向いていた。


まるで、自分を使えといわんばかりに。



その後は身体が勝手に動いた。




---




「買い物行ってくるわな!」


その言葉が、毎日の合図だった。

昨日も、たぶん明日も同じように口にする。

ババアはいつも通り家を出た。



御歳81歳--。


戦後間もない頃に大阪の片田舎で生まれ、

高度経済成長の荒波に揉まれながら

必死に生きてきた世代だ。


定年まで懸命に働き抜き、

今なお、杖を使わずに自分の足でしっかりと歩いている。


いつもと変わらぬ見慣れた風景。

なのに、今日だけは不可解な“異物“があった。


何や、これ。


地面に突き刺さっている。

もちろん私物ではない。


...剣?

私道の真ん中に堂々と。

道は狭く、左右は田んぼ。いわゆる、あぜ道だ。


「...全く!なんやねんこれ!邪魔やなあ。」


小言を吐きながら、

思いっきり引き抜いた。


--その瞬間、目の前の景色が光に包まれた。




ーーー




目を疑った。

気づいた時には、目の前に広大な草原が広がっていた。


ほんの少しだけ木々が点在し、

葉先が風に揺れている。


...見慣れた風景が一瞬にして消えた。


こんな草原が日本にあるのだろうか?

ついさっきまで、私はいつもの道を歩いていたはずだ。


「あっ!」

運が良かった!...良かったんか?


スモックのポケットには、

孫に教わったスマートフォンが入っていた。


だが急いで画面を確認するも、


“圏外”と無常に表示されている。


どうやら私は、

気づかぬうちに別の場所に一瞬にして移動したらしい。


...到底納得できないが、そうとしか思えない。

夢にしてはあまりにも現実味がある。


どこやねん、ここ。


空を見上げると、少し離れた場所にはっきりと、


”何か”が浮かんでいる。


太陽の眩しさに目を細める。

あれは雲じゃない。それだけは分かる。


その何かを見上げていた直後。

背骨を舐めるように登ってくるような嫌な予感がした。


振り返ると、鋭い牙を光らせながら

“それ“がこちらをゆっくりと凝視している。


その大きな口から放れたものは、

まるで振動のようだった。




ーーー




「やるしかないみたいやな!」


ババアは急いで剣を拾い上げ、構えた。


ついさっき初めて握ったはずなのに、

手の中で驚くほど馴染む。


来る--。


距離がじりじりと縮まっていく。

たった数秒のはずなのに、やけに長い。


逃げ場はない。

なら...やるしかない。



ババアは眉間に深い(シワ)を刻んだ。



次の瞬間、

刃が皮膚を裂いた感触。


一瞬遅れて赤い飛沫が、草の上に散る。


“それ”が甲高く吠えた。

さっきの唸り声ではない。怒りの叫びだ。


「よし!」

思うままに剣を構え直し、“それ”に身体を向ける。


“それ”は距離を取り、こちらを睨みつけた。

牙を剥き、足で地面を蹴る。


さっきより速い。


あの分厚い牙が刺されば、

人間の皮膚などひとたまりもないだろう。

だが、あくまで、


--刺さればの話だ。


それよりも一歩速かったのは、ババアだった。


「うぅっ、!」


刃と牙がひしめき合い、競り合っている。


“それ”は目を見開きながら、

刀身を全力で噛み締める。


なにが起こってんねん...。


考える余裕のないまま、

鋭く長い爪がババアの面前に迫る。


「ひっ!」


避けるために身体を捻ったその拍子に、


今まさに拮抗(きっこう)していた剣が思いのほか容易く動いた。


“それ”が悲鳴を上げ、血飛沫(ちしぶき)が舞う。

剣にはたしかな手応えが残っていた。


口元から垂れ落ちる鮮血。

先ほどまで立派に生え揃っていた牙の一部が、

無残に折れている。


大丈夫だ。大したことない。


...思ったより弱いやん。


“それ“は必死な表情で一矢報いようとする。


だが、振り回される爪を全てかわしながら、

一太刀、もう一太刀と斬り込んでいく。


次第に、

”それ“の両腕は速度を落としていきながら、

徐々に後退していった。


いける。確実に。

--次で決める。


渾身(こんしん)の一撃を放とうと、

両手で剣を振りかぶったその瞬間。


耳を突き刺すような大きな異音と共に、


辺りが闇に包まれた。




--返せ。



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