表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

不穏な刃




ーーー




荒野の先に、小さな村が見えてきた。


低い石壁と木組みで作られた家々が、

寄り添うように並んでいる。


道は舗装されておらず、踏み固められた土だ。


屋根はハリスヴェンドと同じく、急な三角形をしていた。


ただ、雰囲気は雑区に近いーー。


黒ずんだ木板が幾重にも重ねられ、

ところどころ別の板で継ぎ当てられている。


長い風雨に晒されてきたのだろう。

板の色はまだらにくすみ、古びていた。


窓は小さく、壁の奥に引っ込んでいる。


村の周囲には、痩せた畑が広がっていた。


土は薄く、岩があちこちに顔を出している。


村の中央には、古びた井戸と、

踏み固められただけの空き地がある。


井戸の周りでは、女たちが水を()みながら噂話をしていた。


よそ者を見る視線だけが、こちらを追ってくる。



「よし、到着だ。」


ヘンリーが馬を止めた。


私は彼に手を差し伸べてもらい、なんとか馬を降りた。


「おいおい、本当にルミアかよ?」


彼の発する言葉、一つ一つが心臓に悪い。


たぶん疑ってるわけではなく、からかっているだけだ。


「歳とるってのはこわいわ。」


私はあえて膝を触りながら、言葉を返した。


彼は軽く笑い、そのまま馬を柵に繋いだ。


「ここ、あんたの家なん?」


「ああ、そうだ。

大した家じゃないが、雨風はしのげる。」


そう言うと、扉を押し開けた。


暖かい空気と、煮込みの匂いが外へ流れ出た。


石の暖炉が一つあり、

その上では黒い鍋が静かに煮えている。


粗末な木の机と椅子。

壁には農具や縄が掛けられていた。


「帰ったぞ!」


ヘンリーがそう声をかける。


奥の部屋から、女が顔を出した。


20代後半くらいだろうか。

簡素な麻の服を着た、痩せた女だ。


その後ろから、小さな女の子が顔を覗かせた。


「......パパ!」


「エマ!ただいま!」


そう言うとヘンリーは腰を落とし、両手を広げた。


女の子はそのまま駆け出し、

ヘンリーの胸元へと飛び込んだ。


「おかえり。」


女はそう言いながら、私の方を見た。


一瞬、表情が固まる。


当然だろう。

見知らぬ老人が一緒に立っているのだから。


「ハリスヴェンドから逃げてきたそうなんだ。

今日は泊めてやってくれ。」


ヘンリーがそう言うと、

女は少しだけ困った顔をして、小さく頷いた。


「......食事、少ししかないけど。」


「俺の分をやってくれ。困ってる人は助けないとな。」


「パパ、このおばあちゃんは?」


エマがじっとこちらを見つめる。


珍しいのだろう。


それに、日本人である私の顔立ちは、

大陸では明らかに異質だ。


「パパが助けたんだよ。」


そう言うと、

ヘンリーはエマの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「レンドフェルへ戻る。今夜は帰れそうにない。」


ヘンリーは立ち上がり、女に伝えた。


「そう......。魔晶石よね?」


ヘンリーは頷いた。


「ああ。かなり消費したからな。」


「魔晶石?何に使うん?」


私は思わず口をついて出た。


「戦争だよ。」


ヘンリーは私に振り返った。


「縛耳に対抗するためには、それしかない。」


やっぱり、ヴァリエスの読み通りか...。


「エマ!良い子にしてるんだぞ!」


ヘンリーはそう言うと扉を開け、

部屋を後にした。




ーーー




歩兵隊のアルネスが、山脈の上から合図を出した。


「後発隊!」


ヴァリエスの号令のもと、後発隊の歩兵が集まった。


「これより先発隊と交代する。

各自、気を引き締めるように。」


後発隊の面々は、拳を胸に当てる。


準備の最中、

アルネスが急いで山脈を駆け降りてきた。


「騎士長!」


息を切らしながら、ヴァリエスの前で止まる。


「スコーチャーが三体、出現しました。

魔法の使用は(おこな)っておりません。」


「......スコーチャーだと?」


「はい。副騎士長が対応されました。」


「そうか。わかった。」


ヴァリエスは一瞬顔を伏せた後、後発隊へ振り返った。


「魔法の使用を許可する。各自で判断してくれ。」


その一言に、後発隊の空気が張り詰めた。


ヴァリエスの視線が、山脈の奥を捉える。


「何かが動いている。」


ヴァリエスの合図のもと、

後発隊は一斉に山脈へと足を踏み出した。




ーーー




「ほら、座ってちょうだい。」


女が、椅子を引いた。


私は頭を軽く下げると、椅子へと腰掛けた。


「ありがとう。助かったわ。」


「あなた、ハリスヴェンドから?」


女の問いに、私は頷いた。


「ルミアやねん。」


さっき覚えた言葉で返した。


「ルミアってなに?」


エマが目を丸くする。


しまった。


私は一瞬、言葉に詰まる。


「えっ、えっとまあ......。」


まずい。


説明が思いつかない。


「こら、よしなさい。」


女が静かにエマを制した。


「ごめんなさい。この子、なんでも聞くから。」


「いやいや!そんなん、全然ええよ!」


私は軽く手を振った。


助かった。

もう少しでボロが出るところだった。


「苦労したでしょうね。

無事に辿り着けて良かったわ。」


「ありがとう。

旦那さんに見つけてもらったから、なんとか。」


「うちの旦那、頼りになった?」


女は少しだけ口元を緩めた。


「もちろん、こんな荒野やし。」


「そうね、この辺りはずっとよ。

ハリスヴェンドとは大違いでしょう。」


「たしかに、そうやわ。この辺りは全部なん?」


「ええ。グレイリフトより北は、全て荒野よ。」


女はそう言って、鍋をかき混ぜた。


「作物もろくに取れないし、家畜も育たない。」


かき混ぜたまま続けた。


「縛耳が南を乗っ取ってから、

私たちは何百年も苦労してるの。」


「そうなんか......。」


胸の奥が、少し重くなる。


「おばあちゃん!縛耳に会ったの?」


エマの問いに、私は頷いた。


「うん、いっぱいおったよ。」


「こわかった?」


「......どうやろな。」


私は少し考えてから答えた。


「あんまり、私らと変わらんかったわ。」


「縛耳らしいわね。」


女の声が、低く落ちた。


「油断させるだけさせておいて、

結局は向こうの気分次第なのよ。」


私は口を閉ざした。


「魔法なんて使われたら、こっちは何もできないもの。」


女は淡々と続ける。


「ずっと首元に剣を当てられているようなものよ。」


「ママは見たことあるの?」


エマが女に尋ねた。


「ないわよ。でもーー。」


女は鍋をかき混ぜる手を止めた。


「ここに住んでるってのが答えでしょ。」


そう言いながら、皿に煮込みをよそった。


「ほら、エマ。椅子に座りなさい。」


机に並んだ皿は、あまりに質素だった。


煮込みとは到底言えない。


小さなソーセージが1つと、申し訳程度の豆。


ほとんど、湯に近い。


「あなた、名前は?」


「サチコやで、お母さんは?」


「サチコさんね、私はアンよ。」


アンは微笑んだ。


「アンさんか、ありがとう。」


「ほら、サチコさん。冷めないうちに。」


私は軽く頷き、皿に目を落とした。


小さなソーセージが一つ。


エマの皿にも、同じように。


ふと、アンの皿を見る。


豆だけだった。


私は一瞬、手を止める。


「アンさんは、食べへんの?」


「いいのよ。さっき味見したから。」


アンは何でもないように答え、

スプーンを手に取った。


......嘘やな。

痩せこけてるやんか。


「アンさん、私さっき食べたばっかりやから、

あんまお腹空いてないねん。」


私はそう言いながら、

お皿をアンのもとへと押しやった。


アンの手が、一瞬だけ止まる。


「そう?」


ほんのわずかに、表情が緩む。


「じゃあ......。少しだけいただくわね。」


遠慮がちにそう言って、ソーセージを半分に割る。


「ママ!エマが食べたい!」


エマが身を乗り出した。


「ふふ、そうよね。」


そう言って、手にしていたソーセージをそのまま、

エマの皿へと移す。


「いいの?」


エマが目を輝かせた。


「ええ。いっぱい食べなさい。」


アンは優しく頷いた。


エマは嬉しそうに、口に運ぶ。


アンはその様子を見ながら、静かに微笑んだ。




ーーー




「交代だ!」


エイヴァルが先発隊へ指示を出した。


騎士たちは砕いた鉱石を、

斜面の一角に設けられた仮集積所へと運んだ。


「エイヴァル。」


低く落ち着いた声が、背後から響く。


「騎士長。」


エイヴァルは速やかに剣を鞘におさめ、

振り返って拳を胸に当てた。


「アルネスから聞いた。ご苦労だった。」


「いえ、めっそうもありません!」


ヴァリエスは、

倒れたスコーチャーの死骸に目を走らせた。


「三体目はどこだ?」


「サチコを追い、姿を消しました。」


「......魔法は使わなかったのか?」


「はい。当初の作戦通りです。」


ヴァリエスはわずかに目を細めると、

視線を下に向けた。


「そうか......。」


「騎士長、それよりもーー。」


「ああ。この傷だろ。」


スコーチャーの外殻に手を置く。


「はい。ノルスト兵の剣によるものか、

もしくはーー。」


「違う。」


短く断じた。


「これは人の仕業ではない。」


ヴァリエスは指先で、外殻の裂け目をなぞった。


「エイヴァル、よく見ろ。」


外殻には、鋭利な刃物でえぐられたような痕。


「これは剣の刺し傷か?」


エイヴァルは少し悩んだ後、首を横に振った。


「いえ、もっと大きい......。」


「その通りだ。深さも角度もおかしい。」


「では......。」



「ーー“リーパー(刈り取る者)”だ。」


エイヴァルの目が、一瞬丸く開いた。


「リーパー?」


その問いに、ヴァリエスは頷く。


「......ですが、あれは。」


「そうだ、小さい。

スコーチャーが逃げる理由にはならない。」


ヴァリエスは、ゆっくりと顔を上げる。


「だが、三体も同時に、しかも昼に出た。」


エイヴァルは息を呑んだ。


「......異獣、ですか。」


かすれた声で、絞り出すように問う。


ヴァリエスは、すぐには答えなかった。


ただ、外殻をじっと見つめる。


「ああ......間違いないだろう。」


ヴァリエスは峡谷の先へと、目線を向けた。


「奴は音もなく現れる。」


そのまま後発隊へ振り返った。


「気を引き締めろ。」


峡谷の空気が一変した。



「ーー狩られるぞ。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ