大陸の裂け目
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「警戒を続けろ!」
エイヴァルが剣を握ったまま、歩兵隊に指示を出した。
剣先には黒い体液が付着している。
足元には、動かなくなった二体のスコーチャー。
「副騎士長!」
歩兵隊長のアルネスが、
斜面を降り、エイヴァルに駆け寄る。
「なぜスコーチャーが、三体も...?」
「知らねえよ。大体、一体でもおかしいんだ。」
エイヴァルは地面に倒れたスコーチャーを見つめた。
傷が異常に多い...。
外殻はところどころ剥がれ落ち、
身体には刃物のような傷が走っている。
”何か“から逃げた?
それとも、別の理由が......?
「魔晶石が足りなくなったやつは、すぐに申し出ろ。」
エイヴァルが振り返り、言い放つ。
「周囲の警戒を怠るんじゃねえぞ。」
歩兵隊は鉱脈へ向け、ゆっくりと歩みを進めた。
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「待て。」
私に剣を向ける男の背後から、別の男が近寄ってきた。
30代ほどの、無精髭を生やした黒髪の男。
「ご老人に刃物を向けるな。」
「”ヘンリー“か......。」
ババアに剣を向けながら、男が振り返った。
「だが、なぜこの老人はこの場所を知ってる?」
その問いにヘンリーは答えず、
前へ出て男の剣に手をかけた。
そして、その刃をぐっと押し下げる。
「落ち着けって。」
男は眉をひそめたが、やがて剣を下ろした。
「どうしてこの場所を?」
ヘンリーが振り返り、ババアに問う。
「道に迷ってもうて。」
「ここは峡谷だぞ?どこから来た。」
「......南の、ハリスヴェンドから。」
ヘンリーの眉間が寄る。
あれ、私もしかしてしくじった......?
やがてヘンリーが、ゆっくりと口を開いた。
「......可哀想に。」
ヘンリーの口から出たのは、思いもよらない言葉だった。
「逃げてきたのか?」
その問いに対し、私は大げさに頷く。
「難民か。連れて行こう。」
ヘンリーはそう言うと、私をじっと見つめた。
「いくつか質問させてくれないか?」
私は頷いた。
「この場所はどうやって見つけた?」
「でかいサソリに追いかけられて、
たまたま穴見つけたから飛び込んだ。」
「おい、怪しいぞ。」
後ろの男が声を上げた。
「スコーチャーは夜行性だ。こんな昼間に出るはずがない!」
「ほんまやって!ほら、これ見てくれ!」
私は体液で汚れた袖口を見せつけた。
ヘンリーと男は体液を見るなり、ゆっくりと息を呑んだ。
「......すまないが、身体検査をさせてくれ。」
ヘンリーは私の腕や腰回りを手早く確かめた。
手が止まったのは、腰元だった。
ヘンリーはナイフを抜き取る。
「これは?」
「護身用や。魔獣がおるからな。」
「これでは到底、太刀打ちできないぞ。」
ヘンリーは私にナイフを返した。
「よくここまでたどり着いたな。ほとんど奇跡だ。」
「おい、どうする?」
男がヘンリーに問う。
「一度、俺の村へ連れてく。
“ノルストン”へ行くのは明日でいいだろ。」
ヘンリーはそう言うと、私を手招いた。
ここは坑道なのだろう。
入り組んだ狭い通路は、等間隔に蝋燭が灯されていて、吹き抜ける空気が少し冷たい。
途中、何人もの兵士とすれ違った。
「ここ、何の場所なん?」
私が尋ねると、ヘンリーは前を向いたまま返す。
「ここはドワーフの敷地だ。」
ドワーフ......!
「なあ、ちょっと会いたいんやけど良いかな?」
彼はこちらへ振り返った。
「どうしてだ?あんな“偏屈な連中“と?」
偏屈......?
職人気質とは聞いていたが、
そんなに気難しいのだろうか。
「聞きたいことあってな。」
「ダメだ。今は時期が悪い。」
彼はそういうと、前を向いた。
どっかのタイミングで上手く抜け出さんと...。
そうこうしてるうちに、
あっという間に坑道の出口へとたどり着いた。
中は兵士が多く、
とてもじゃないが抜け出せる状況じゃなかった。
ヘンリーと私は、テントの方へと歩いた。
仮設のテントなのだろうが、その数は余りに多い。
乱雑に並べられた数多くのテントは、
秩序を感じさせなかった。
テントの合間を縫うように歩みを進めると、
やがて複数の馬が繋がれているのが見えた。
「悪いな、この辺りは足元が悪いだろう。
しばらく歩くが、堪忍してくれよ。」
彼はそう言うと、
そのうちの一頭の手綱を掴んだ。
「ヘンリー!」
テントから出てきたノルスト兵が、彼に声をかける。
ヘンリーは私を指差した。
「難民だ!遭難したらしい!」
「勝手に離れていいのか?班長には?」
ヘンリーは少し気まずそうに笑うと、
そのまま急いで馬に乗り上げた。
「すまん!代わりに伝えてくれ!」
そう言うと、私に手で合図した。
私はヘンリーの後ろに乗ると、馬はゆっくりと歩みを始めた。
岩が剥き出しの道で、歩くたびに大きく揺れた。
彼は慎重に手綱を引きながら、道を進む。
やがて岩だらけの荒野に出るとようやく、馬を走らせた。
「すまんな、ご老人。」
彼が私に声をかける。
「あまり乗り慣れてなくてな。少し揺れるぞ。」
たしかにそう思うと、
騎士団に比べて手綱さばきがぎこちない。
「あんまり、馬乗らんの?」
「俺たちはかき集めの兵だからな。」
「徴兵ってこと?」
「そうだ。わざわざ兵士になりたい奴なんていない。」
彼は続けた。
「それに、ドワーフの連中は苦手でな。
抜け出せて良かったよ。」
「なんでなん?」
「あいつら偏屈なんだよ。さっきも言ったろ?」
私の問いに、彼は即答した。
「それに、
この間のハリスヴェンドの出兵をまずったからな。
兵団もピリついてる。」
「なあーー。」
私は咄嗟に、文句を言いそうになった。
だがここは敵地だ。なんとか言葉を飲み込む。
彼はこちらに振り返り、もう一度前を見た。
「どうした?」
「いや、なんもないよ。」
そう言ったものの、胸の奥がざわつく。
「......でも、ハリスヴェンドに攻撃したんはなんでなん?」
結局聞いてもうた。
「なんで?って?」
彼が私に問う。
私が答えるよりも先に、彼がそのまま続ける。
「あんた、たぶんカルディアから来たんだろ?
俺たちと見た目が違う。」
「あ......そう。カルディアから来た。」
「どこの国だ?」
彼の問いに、少し考えて答えた。
「サルヴィオってとこ。」
「サルヴィオ?ならなぜその見た目なんだ?」
彼はもう一度こちらに振り返った。
まずい、しくじった。
「......流民やねん!
先祖代々、大陸を放浪してる。」
「なるほどな、“ルミア“か。」
ルミアという言葉に全く聞き馴染みは無かったが、
私は何度も頷いた。
「だからか。やっと納得がいったよ。」
「どういうこと?」
私の質問に、彼は少し笑った。
「だって、馬に乗れたろ?なんの不自由もなく。」
「それが、どうしたん......?」
「あんたらにはわからんだろうがな。
この大陸では馬は貴重なんだ。
俺だって徴兵されるまで乗ったことは無かった。」
私は思わず息を呑んだ。
そういえば、
ハリスヴェンドでも馬に乗っていたのは騎士団だけだった。
「敵の協力者かと。
危うく、あんたのことを殺すとこだったよ。」
そう言うと彼は、前を向いた。
思わず冷や汗が出た。
「そんな物騒なこと、言わんといてや。」
私の返しに、彼はまたも笑った。
「大丈夫だって。
まあでも、難民申請は大変だぞ。」
「私は、どこ行くん?」
「とりあえず、今日は俺の家に来い。
そんなに手厚く対応はできないが。」
「ヘンリー、やったよな?
それで、私は明日はどうすんの?」
こんな場所で時間を使っている場合じゃない。
遠征の期限は1週間ーー。
それを超えると、騎士団は私を置いて戻ってしまう。
それだけはなんとしても避けたい。
「明日は......そうだな。
とりあえずノルストンへ向かって、
そこからは難民申請に移る。」
「どれぐらいかかるんか、わかる?」
「なんだ?急ぎの用でもあるのか?」
「ちゃうよ、そういうわけやないけど、
ドワーフに色々聞きたいことあるからさ。」
「何を聞くのかわからんが、
都市へ行けば嫌でも連中に会えるさ。」
その言葉に、私はほっと息を吐いた。
「ノルストンってのが、都市?」
「ああ。村からはすぐだ。」
「申請はどれくらいかかるんやろ?」
「んー、まあ少なくとも1ヶ月だろうな。」
私はまたも焦った。
思わず言葉が口をつきそうになる。
だが、これ以上聞けば、変に勘繰られる。
「内通者がいるんだよ。」
「え?」
ヘンリーの台詞に、思わず声が出た。
どういうことだ?ノルストにも?
「この間、ハリスヴェンドに攻撃した時、
俺たちの協力者が門を開けてくれたんだが。」
彼が続けた。
「誰かがまた門を開けやがってな。
魔獣が雪崩れ込んできた。
そのせいで、俺たちは失敗したんだ。」
「......つまり、
ハリスヴェンドに協力してるやつがおる。ってこと?」
彼は少し振り向き、頷いた。
ヴァリエスが言っていた、
”ノルストに協力する内通者“。
そして今、初めて知った、
“ハリスヴェンドに協力する内通者”。
この二人は別人だろう。
少なくとも、同一人物ではないはずだ。
でもヴァリエスから、
ノルストに協力者を潜り込ませているなんて話は、
一度も聞いたことがない。
「ただ、兵団が縛耳を一匹捉えた。」
「え?」
思わず声が漏れた。
彼は続ける。
「そいつから尋問して、聞き出すつもりらしい。」
私は思わず身を乗り出した。
「どういうこと?エルフを捕まえてんの?」
「ああ。そうらしい。」
彼は続けた。
「ただあいつらは年齢がわからんからな。
わざわざ捕えるってことは、重要な奴なんだろうが。」
私は言葉が出なかった。
“私の仲間”が、敵に捕まっている。
なんとしても助け出さなければ。
馬の蹄音が、広い荒野でやけに大きく感じた。
ーーー
「これで全員です!」
守備隊の騎士が、
馬車を操りながらハルディルに叫んだ。
いくつもの馬車が、レンドフェルへと運び込まれていく。
「よし!大丈夫そうだな!」
ハルディルが設営中のテントの合間から答えた。
彼もまた、居住区から馬車で戻ったばかりだった。
大勢のエルフが、レンドフェルに集められた。
もちろん、騎士団だけではない。
女たちや、まだ幼い子どもたちも含まれる。
「ハルディル。」
ヴァリエスがハルディルに歩み寄り、声をかけた。
「騎士長!......申し訳ありませんでした。」
ハルディルが、ヴァリエスに頭を下げた。
「なぜ勝手な指揮を?」
ヴァリエスの問いに、ハルディルは顔を上げる。
「エルフの民を、放っておくわけにはいきませんでした。」
ヴァリエスの片眉が、少し上がる。
「ノルストがいつ襲撃してくるかわかりません。
蒼晶は失われても、彼らの命を失うことだけは避けたかった。」
「そうか。」
ヴァリエスは静かに言った。
「私を信用していないんだな。」
ハルディルは慌てて首を横に振る。
「違います!」
「ハルディル。」
ヴァリエスはハルディルの肩に手を置いた。
「今この場を持って、戦務長の座を剥奪する。」




