風向きの変わる夜
ヴァリエスが、真剣な表情でそう告げた。
「......なんでそう思うん?」
私は彼に質問した。
「人工生体魔晶核実験を知るものは、ほとんど殺した。
だからこれは、ただの憶測にすぎない。」
彼は一度言葉を切った。
「ただ、この件に関しては”団議“で満場一致だった。
蒼晶を撃ち落したい理由、
ノルストと手を組む理由、全てが繋がる。」
ヴァリエスは紅茶を口にし、カップを置いた。
「でもそれなら、
蒼晶を魔法で狙わんかったんがおかしい。
ってならんかった?」
「狙えないんだ。」
彼は即答した。
「蒼晶は、魔法では撃ち落とせない。」
襲撃後、騎士団は検証を行った。
魔晶石に魔法を撃ち込む実験。
結果は明白だった。
石は砕け散り、残ったのは純粋なマナの結晶だけ。
「結晶はマナを吸収する。」
つまり、
純粋なマナで構成された蒼晶も、同じだ。
ノルストが使う、青みがかった金属の盾。
あれは、エルフの魔法を吸収していた。
弾かれたように見えたのは、魔法そのものではない。
魔法に伴う衝撃だけだ。
「そういうことか。だから狙わんかったんや。
というよりも、狙えんかった。」
彼は頷いた。
私は続ける。
「でも思ったより蒼晶は耐えたし、
居住区のエルフがあそこまで反撃してくるのは
想定外やったってことか。」
「そうだ。ノルストのミスだ。
”奴“が即座に戦線に現れていたのなら、
我々が敗れていた可能性もある。」
私は眉をひそめた。
「内通者と会ってたんやろな。」
「ああ。その可能性が高いだろう。」
彼は淡々と続けた。
「ここまでの推論は全て、
ハルディルが導き出した答えだ。」
「戦務長の...。
あの人、ほんまにめちゃくちゃ頭キレるよな。」
「戦術に関しても、私より遥かに上だろう。
彼は騎士団に欠かせない。」
一瞬だけ、彼の視線が遠くなった。
「私が亡き後の騎士団は、彼に任せるつもりだ。」
「縁起でもないて...。
でもエイヴァルも強いし、
あんたら三人が揃ってたらまず負けることはないやろな。」
ヴァリエスはわずかに口元を緩めた。
「内通者は、それを十分に理解しているだろうな。」
陛下の謁見が準備できたのだろう。
私室の扉が控えめに叩かれた。
私はヴァリエスと共に、大広間へと向かった。
「くれぐれも、粗相の無いように。」
彼が私に忠告する。
「わかってる、大丈夫やで。」
大広間の扉の前には、
サルヴィオの傭兵と、ジョセフ。
「ジョセフ。」
彼が声をかけると、
ジョセフは頭を下げた。
「ヴァリエス公。
先ほど、サルヴィオの使節がお帰りになられました。」
「そうか。後で少し話そう。」
ジョセフは頷くと、静かに扉を開いた。
「失礼致します。
陛下、ヴァリエス公がお見えになられました。」
扉が開かれると同時に、
ヴァリエスは頭を下げた。
私もそれに倣い、深く頭を下げる。
「--“サー”ヴァリエス。」
セルヴィンの声が飛んだ。
「.........セルヴィン陛下。」
広間には机はなく、あるのは玉座だけ。
セルヴィンの隣には、例の鎧の男。
剣を帯び、微動だにせず立っている。
私とヴァリエスはゆっくりと歩を進めた。
足音が、やけに大きく響く。
「止まれ。」
玉座までは、あと数歩。
鎧の男が低く言い、私たちを制した。
ジョセフは王の隣へと歩み、静かに立った。
「ヴァリエス。壁外調査の件だな?」
セルヴィンが玉座から問いかけた。
「はい。異獣は依然として“ハルケニア地方”に頻出しております。」
ハルケニア地方とは、
ハリスヴェンド王国が位置する地方だ。
レンドフェル山脈より南を示す。
「そうか。グレイリフトへは?」
「はい。明日にでも隊を出そうかと。」
ヴァリエスは一拍置き、続ける。
「ただ、人員が少ないため、
王都城壁の防衛隊も編成する予定です。」
「構わん。早急にやり遂げよ。」
セルヴィンは迷いなく言った。
「ですが、ノルストの襲撃からわずか3ヶ月。
奴らの動向も未だ掴めていません。
大規模な遠征隊は控えるべきだと判断しました。」
「つまり?」
セルヴィンの声がわずかに低くなる。
「最小限の人員で、最小限の鉄を採掘。
それを数ヶ月ごとに繰り返します。」
「それでは遅い。」
セルヴィンは即座に切り捨てた。
「我らには、いち早く大量の鉄が必要だ。」
広間の空気が張りつめる。
ヴァリエスはわずかに視線を上げた。
「恐れながら陛下。
採掘した鉄をサルヴィオへ優先的に流すのは、危険な判断かと。」
「どういう意味だ?」
「我々が渡すのは、戦争にも防衛にも用いられる資源。
もし、万が一にも同盟が解消されれば...。」
ヴァリエスは続けた。
「それに、傭兵たちを信用できますか?
金次第で、すぐにでも裏切ります。」
「......ヴァリエス。ならばお前の兵はどうだ。」
セルヴィンの視線が鋭くなる。
低く、静かな声。
「お前に尽くす、お前の私兵だろう。」
その言葉が、ゆっくりと落ちる。
「ならば、私に尽くす私兵がいても良いはずだ。」
「金で動く者は、金で裏切ります。」
ヴァリエスは引かない。
「お前の兵は、お前次第で裏切る。」
セルヴィンははっきりと言い切った。
沈黙が広間を覆う。
「私は王家に尽くす、叙任を受けた騎士です。」
ヴァリエスの答えに、
セルヴィンはわずかに口元を緩め、鎧の男に合図した。
男は静かに剣を抜き、
跪き、両手で王へ差し出す。
玉座の上で、刃がわずかに光を反射した。
「アルマン。この剣は誰の者だ?」
セルヴィン王が問うた。
「はっ!陛下の剣であります。」
その返答に、広間の空気が変わる。
ヴァリエスが眉間を寄せた。
「.........まさか、傭兵を?」
「叙任した。」
セルヴィンは剣を手にしたまま、静かに告げる。
「彼らはすでに--私の騎士だ。」
ヴァリエスの拳がゆっくりと握られる。
セルヴィンは剣を掲げた。
「“ハリスヴェンド王国騎士団”。騎士長アルマン。」
その声はよく通った。
「彼は--“王の剣”となる。」
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ヴァリエスの指示の下、
城門の騎士と共に、一足早く居住区へと戻った。
明日へ向け、遠征のための団議を開くと。
彼はそう言い残し、一人で城の私室へと戻った。
団議に参加できるのは、
騎士長他、副騎士長、戦務長、三つの部隊長のみ。
そこに私も、特別に参加させてもらえることになった。
居住区へ着くと、
エイヴァルが“私の家”の脇で、しゃがみ込んでいた。
私に気づいたのだろう。
彼はゆっくり立ち上がり、
足早にその場を離れようとした。
「エイヴァル!」
私が声をかけると、彼は立ち止まった。
「どうしたん?」
「......お前には関係ねえよ。」
それだけ言い残し、彼は去った。
彼がいた場所に、視線を落とす。
その地面の上には、
小さな白い一輪の花が添えられていた。
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ヴァリエスが居住区の広間の扉を開けた。
「集まったか。」
騎士たちは即座に立ち上がり、拳を胸に当てた。
私も同じように続ける。
彼はそのまま中央の椅子へ歩み、
ゆっくりと腰を下ろす。
「君たちに集まってもらったのは他でも無い。
グレイリフト峡谷への遠征についてだ。」
いよいよ遠征だ。空気が張り詰める。
「サチコは、私の後ろに乗る。
レンドフェル山脈に到着次第、別行動となる。」
私は黙って聞いた。
「遠征にあたって、陛下と協議を行なった。」
...あん時のやつか。
ヴァリエスは一瞬、視線を巡らせた。
「“全員”で、グレイリフトへ向かう。」
ヴァリエスの言葉に、私は耳を疑った。
広間にざわめきが広がり、ハルディルが声を上げた。
「守備隊も全て--。という意味でしょうか?」
ハルディルの問いに、ヴァリエスは頷いた。
「そうだ。蒼晶騎士団”全員“で向かう。」
...どういうことや?
胸がざわつく。
さっき王と話していた内容と違う。
小規模遠征を繰り返すはずだった。
ハルディルが再度、ヴァリエスに問う。
「それでは、王都も壁も、この居住区も。
全ての守りを解くことになります。」
「その通りだ。」
ヴァリエスの言葉に、迷いは無かった。
「......仮にノルストがもう一度攻めてきた場合、
我々は無防備に、明け渡すことになります。」
「そうだ、その通りだ。」
ヴァリエスがはっきりと言い切った。
広間が静まり返る。
「“フェルド”。
早急に守備隊全員を居住区へと呼び戻せ。」
フェルドは、前守備隊長の死後、
新たに守備隊長へと昇進した騎士だ。
「承知しました。」
フェルドは一礼する。
「待てフェルド!騎士長、本当にーー。」
「私を信用できないか?」
ヴァリエスの声は低かった。
ハルディルは息を呑む。
「......いえ。」
「ハルディル!騎士長のご判断だ、口を慎め。」
エイヴァルがハルディルを睨みつける。
ハルディルはヴァリエスに頭を下げた。
「明日だ。各自、準備をするように。」
団議が異例なほど、あっけなく終わった。
ヴァリエスの指示の下、
蒼晶騎士は次々と居住区へと戻った。
王都周辺も、壁の上も、門も。
全ての場所から騎士が消えた。
その光景はあまりにも異様だった。
城壁は立っている。
門も閉ざされている。
--だが、守る者はいない。
王国はその夜、自ら鎧を捨てた。




