薄れゆく蒼光
3ヶ月後--。
複数の馬が隊列を組み、野を駆ける。
「総員!散開!」
ヴァリエスの合図と共に、隊列は左右に割れた。
攻撃目標は大型の異獣--“ゴーレム”。
岩で包まれたその巨躯は、槍など物ともしない。
「サークル!」
騎兵隊長の指示に従い、
ゴーレムを囲むように円陣を形成した。
中心に取り残されたゴーレムが、重々しく腕を振り上げる。
「放て!」
合図と共に、魔法が中心へ次々に叩き込まれる。
岩の装甲が砕け、破片が飛び散る。
覆っていた外殻は、徐々に剥がれ落ちていった。
騎兵たちはすぐに円陣を解き、ゴーレムから退く。
「いけるか?」
「ああ、任しとき!!!」
ババアはヴァリエスの馬から飛び降り、地を蹴った。
ゴーレムの膝元へ滑り込み、
露呈した皮膚を裂くように、剣を振り抜く。
地鳴りのような音を立てながらその巨躯は膝を折り、
地面に倒れ込んだ。
ババアは間髪入れず、その背中に飛び乗った。
「あかん!刺しきれん!」
振り下ろした剣先は途中で止まり、奥まで届かない。
「魔法だ!放て!!!」
ヴァリエスの声が飛ぶ。
ババアは剣を引き抜き、うなじへと手を向けた。
「--スティンガル!」
放たれた光が、露出した核を貫く。
ゴーレムの身体が大きく震え、やがて力を失った。
「大丈夫か?」
ヴァリエスが馬を降り、私に歩み寄る。
「なんとかな。ちょっとうるさいけど。」
ババアは耳を軽く抑えながら、彼に振り返った。
「それにしても、なぜ君にだけ異音が。」
「ええねん、あんま気にせんようにしてる。」
魔法を放つ時に限って、異音が聞こえる。
当初は蒼晶が鳴っているのかと思ったが、違う。
もっと近い。まるで耳の内側から鳴っている。
そもそも、
エルフでもない私が魔法を使えている時点で、普通じゃない。
私は手のひらを耳から離した。
考えても仕方ない。
理由を探したところで、答えが出るとは思えなかった。
あれから私は--騎士となった。
病気がちだった前王が病に倒れ、
セルヴィンが新たな王として即位した。
エルフのみで構成された騎士団の在り方を、
彼は快く思っていなかったのだろう。
騎士団を開放し、人間の入団を認めよ。
それが、新王として最初に下した決定の一つだった。
人間として最初に騎士団へ入団したのが、私だった。
だがそれ以降、人間の入団者は一人もいない。
「...キリがないな。」
ヴァリエスが呟いた。
「まあでも、確実に異獣は減ってるやろ。
そろそろグレイリフトに向かってもええんちゃう?」
「そうだな。少なくとも以前よりは安全なはずだ。
グレイリフトへ隊を出そう。」
ここ最近、異獣の出現が後を絶たない。
本来であればグレイリフト峡谷へ向け、
鉄の採掘と周辺の制圧を同時に行う遠征隊を、
大勢の騎士で編成する予定だった。
だがそれは叶わない。
3ヶ月前のノルストの襲撃で、数十名の騎士を失った。
それにいつ再び攻撃を受けてもおかしくない状況にある。
そのため、
大規模な遠征隊を編成する余力は残されていなかった。
---
拠点へと戻った。
崩れた内壁は、まだ修復されずに残されている。
今はその破口が、外区への出入口として使われていた。
ヴァリエスがあえて残しているのか、
それとも修復する余裕がないのか。理由はわからない。
ただ一つ確かなのは、
防衛の要が内壁から外壁へと移されたことだ。
騎士たちは、破壊された内壁を通り、
滞りなく外区へ出入りしている。
皮肉なことに、
ヴァリエスの建設計画は半ば形を変えて実現していた。
鉄が手に入り次第、
新たな内門をこの場所に設ける予定だと聞いている。
だがあの夜、
城壁そのものを砕いた投石機の威力をこの目で見た。
門を作ったところで、本当に意味があるのだろうか。
そんな疑問が、胸の奥に静かに残り続けていた。
そして、敵を外区に招き入れた“内通者”--。
そいつは今も、内側にいる。
「サチコ、着替えてくれ。外で待つ。」
ヴァリエスがババアに声をかけた。
「え?もう今から行くん?」
「早いほうがいいだろう。君が“帰る”ためにも。」
私は部屋に戻り、鎧を脱いだ。
今はエルナの家で暮らしている。
彼ら亡き後、この家は空き家となった。
家具も、服も、ベッドも。
すべて、あの日のまま残されている。
遺骨すら残らないエルフには、祈る場所さえない。
だから私は毎日、この家で手を合わせる。
彼らが、安らかであるように。
「遅かったな。」
ヴァリエスは馬に跨り、扉の前に立っていた。
「あんた、急かしすぎやろ。
そんなんじゃモテへんで。」
私は小言を言いながら、彼の馬に跨る。
「スムーズに乗れるようになったな。」
「そりゃそうや。
この3ヶ月、ほとんど毎日乗っとったからな。」
乗馬には、もう不自由しない。
強いて言えば、
一人で手綱を操れないことくらいだ。
...向き不向きというものは、どうしてもある。
ヴァリエスは手綱を引き、王都へ向けて走り出した。
王都へ行くのも、あれ以来だ。
城門へ近づくにつれ、
視界の端に見慣れない影が入った。
鎧の色が違う。
蒼晶騎士団のものとは異なる、鈍い鉄の光。
「あいつら...。」
ババアの目線の先には、”あの時“の鎧の男たち。
「サルヴィオの傭兵だ。...近頃、王都に常駐している。」
「セルヴィンが連れてきたんやな、鉄と引き換えに。」
「そうだ。」
彼は前を向いたまま答えた。
「騎士長!」
城門の前に立つ騎士が、ヴァリエスに声をかける。
「サルヴィオの奴らが大勢、城内へ。」
「そうか、帯剣したままか?」
騎士は頷いた。
ヴァリエスは少し息を吐くと、唇を固く結ぶ。
「サチコ、剣はここに。」
ヴァリエスに言われるがまま、
私は腰の剣を外し、門番の騎士へ手渡した。
城門をくぐり、王都へ足を踏み入れる。
先ほど見かけた人数より、
さらに多くのサルヴィオの傭兵が配置されていた。
「...なあ、なんで私らは剣持ったらあかんのに、
あいつらは持てるん?」
「陛下の“ご意向”だ。」
ヴァリエスは間を置かずに答えた。
「我々騎士団は、信用できないらしい。
帯剣を許されたのは、叙任されている私だけだ。」
「傭兵は信用できんの?金で動く連中やろ?」
「陛下にとっては、“人間であること“の方が何よりも重要なのだろう。」
城へ続く石段の上にも、傭兵たちが立っていた。
その中に、蒼晶騎士の姿はない。
ヴァリエスは彼らに目を向けることもなく、
足早に階段を上がり、城の扉を開いた。
「掛けてくれ。」
私はそのまま、ヴァリエスの居室に通された。
「何か飲むか?」
「あ、やったらお茶もらうわ。」
彼は手際よく紅茶を淹れ、カップに注いだ。
「ありがとう。こんなゆっくりしてる暇あるん?
あんた結構急いでたやろ?」
「ああ。陛下と謁見の予定だったからな。」
彼はカップを私の前に置き、
向かいの来客用の椅子に腰掛けた。
「だが陛下は、“お忙しい”のだろう。」
紅茶を飲むその仕草は静かだったが、
言葉には明確な“棘”があった。
「壁外調査の報告も兼ね、
グレイリフトへの出兵許可を得るつもりだったのだが。」
「そうやな、私もはよドワーフに会いたい。
帰り方がわかるかもしれんし。」
「ただ少し状況が変わった。充分に気をつけてくれ。」
私は頷いた。
「うん、あくまで素性は隠す。
道に迷ったとでも言っとくわ。」
ノルストの襲撃には、不可解な点がいくつもあった。
魔法を弾いた、青みがかった金属の盾。
城壁そのものを砕いた投石機。
あれほどの技術を持つ種族は、
この大陸でも限られている。
--ドワーフ。
グレイリフト峡谷に住まう民。
彼らの技術と知識は、
他の種族を遥かに凌駕する。
ノルストが単独であれを用意できたとは思えなかった。
つまり、ノルストとドワーフは、
すでに手を結んでいる可能性がある--。
「それから、厄介なのは内通者と、“奴”の存在だな。」
「そうやな、あんたらも気いつけや。
上から狙われたら、太刀打ちできひんで。」
外門を開けた内通者。
そして内門の騎士--エリセル達を殺した”奴“の存在。
あの襲撃の裏で、
エルフが関与している可能性は、否定できなかった。
「ネスレスに同調した者たちの報復か、あるいは...。」
「でもあんた、
計画に賛同したやつらは全員殺したんやろ?
それに、結果的にエルフの念願は叶ってるし。」
「ドワーフの中には、取り逃したものもいる。
だが--なぜ蒼晶を狙う?」
彼は指を組み、静かに続けた。
「仮に我々に恨みをもつエルフにとっても、
蒼晶の存在そのものは失いたくないはずだ。」
「やし、ノルストって前のハリスヴェンド王国から離反した奴らやろ?」
私の問いに、彼は頷いた。
「ほんなら、奴隷制を支持してた側や。
なんで手組もうって思うんか、全くわからん。」
いくら考えても、答えは浮かばなかった。
ヴァリエスはしばらく黙り込み、やがて口を開いた。
「これはあくまで、憶測だが--。」
その声は低く、重かった。
「”奴“の正体こそが、“赤子”なのかもしれない。」




