蒼晶の真実
ドラゴンは地脈からマナを直接吸い上げ、
自身の生命エネルギーとしていた。
それは同時に、
大陸に滞留したマナを循環させる行為でもあった。
だが--。
3000年前、最後の一頭が滅びた。
それ以降、地脈のマナ循環は滞り、
行き場を失ったマナは滞留。
やがて結晶化し、魔晶石となった。
循環を失った土地は枯れ、荒廃した。
--ドラゴンは、この世界の”自然“そのものだった。
「自然が消え、世界はゆっくりと枯れ始めている。」
広間の灯りが揺れる。
「人工生体魔晶核計画とは、
その自然を人の手で再現しようとした愚行だ。」
「完全な魔晶核を作り出して、
地脈のマナ循環を元に戻す。ってことか。」
ヴァリエスは頷いた。
「それに、計画が成功すれば魔晶石に頼らずとも、
魔法を扱えるようになる。」
その言葉の意味を、私はすぐに理解した。
「人間は、エルフの管理が出来ひんくなる...。」
彼は頷いた。
「だがそのために赤子を利用するなんて、あってはならない。」
彼は拳を強く握った。
「...あんたって、昔からそうなん?」
「どういう意味だ?」
彼は私を横目で見た。
「言いたいことはわかんねん。
そりゃそうや。そんなん絶対あかん。」
私は言葉を探しながら続けた。
「でも、苦しめられてたら、弱い心も生まれる。
...たとえ間違ったことやとしても、
助かりさえすれば良いってやつがほとんどや。」
彼は何も言わず、私を見つめる。
「あんたみたいなんばっかやったら、
争いなんか産まれへんねやろな。」
「私は、自分が助かるために誰かを犠牲にしたいとは思わない。」
揺らぎのない声だった。
やがて彼は視線を落とし、息を吐いた。
「すまない。続けていいか?」
「ごめん、話の腰折っちゃったな。」
彼は続けた。
「ネスレスが彼女を攫って間もなく、その赤子が誕生した。」
人工生体魔晶核を宿した赤子が産まれ、
その計画は成功したかのように思えた。
しかし。
彼らの予想だにしなかった出来事が起こった。
産まれてきた赤子は、
大陸の地脈から自身の身体にマナを吸い上げ始めた。
「だがその赤子は、
自らの器の限界を超えてなお、吸収を続けた。」
「え?ちょっと待って。」
私は思わず口を挟んだ。
「あんたの説明やと、魔晶核は器官なんやろ。
容量を超えたら壊れて、死ぬんちゃうん?」
彼は首を横に振る。
「そもそも、普通は超えることができないんだ。」
「じゃあどういうことなん?」
ババアは首をかしげる。
「魔晶核には2つの性質がある。」
彼の話はこうだ。
元々エルフに備わっている器官、魔晶核。
魔晶核には2つの性質があり、
1つは容量。
一度にどれだけマナを蓄えられるか。
もう1つは適合性。
マナとどれだけ”共鳴“できるかだ。
容量が大きくとも、
適合性が低ければマナは暴走する。
徐々に器は耐えきれず、破壊される。
適合性が高くとも、
基本的に容量以上のマナを吸い上げることはできない。
「つまり、容量を超えること自体が、
本来は不可能なんやな。」
「ああ。」
彼は頷いた。
「私やエイヴァルは、
容量も適合性も高い部類に入る。」
やからか。
他の魔法と、”モノ“が違った。
「魔晶核が破壊される原因の大半は、
基本的に適合性そのものだ。」
「でも、その赤ちゃんは違ったんやな。」
「そうだ。」
彼は、はっきりと答えた。
「その赤子の魔晶核には、限界が存在しなかった。」
私は黙って聞くことにした。
「ドワーフの読みが外れた。ドラゴンの魔晶核は、
エルフの魔晶核とは性質が違ったんだ。」
彼は間を置き、続けた。
「産まれてきた赤子は地脈からマナを吸い上げ続け、
器に収まりきらなかったマナが体外へと排出された。」
彼の話に、私は一応頷いた。
「溢れ出したマナは、霧のように大気へと拡散。
やがて濃縮し、“空で結晶化”した。」
思わず息を呑んだ。
彼ははっきりと言った。
「--それこそが、“蒼晶”だ。」
空に浮かぶ、青い結晶。
あれを、たった一人の赤ちゃんが...。
「ごめん、聞きたいねんけど。」
私はまたしても、彼に疑問を投げかけた。
「ドラゴンの魔晶核は、そもそもどういう性質なん?」
彼は少し悩んだ後、答えた。
「...わからないんだ。
ドラゴンは既に滅んでいるからな。」
「まあそっか...。」
当然の答えだが、私は納得できないモヤモヤ感が募った。
「そもそも地脈からマナを吸い上げられる時点で、
エルフとは根本的に性質が異なることは確かだろう。」
彼ははっきりと断定した。
「赤ちゃんは、その後どうなったん?」
「消えた。」
「え???」
「忽然と、姿を消した。」
「.........どういうことなん?」
「蒼晶を生み出した直後、赤子は姿を消した。
痕跡も、何も残らなかった。」
「それ自体がネスレスの嘘とかじゃないん?」
彼は少し考え、頷いた。
「もちろんその可能性もある。
エルフと同じく死後消滅したか、誰かに攫われたか、
あるいは--。」
彼は私の顔をじっと見た。
「君がその赤子なのかもしれない。」
「.........え?」
彼は真剣な表情で、そう告げる。
私は困惑した。
「まってや、270年も前の話やろ?
私、81やし、人間やで??」
「ならなぜ魔法を使える?」
彼の問いに、言葉が詰まった。
確かにそうだ。
あの時、魔法が放たれた時に蒼晶から微かな異音が聞こえた。
だが--。
エルナや他のエルフが魔法を放った時には、
一切何も聞こえなかった。
リザードマンを倒した時とほとんど同じだ。
本当に私が魔法を放ったのかもしれない。
彼はしばらく私を見つめた後、目線を外した。
「すまない、忘れてくれ。
あまりにも辻褄が合わないな。」
「あ、ならええけど...。」
「赤子の両親を知っている。
それに、君はエルフの血を継いでいるようにも見えない。」
彼が私を横目で見る。
「...うん。100%人間や。
見た目もがっつりあんたらと違うし、
耳も尖ってないやろ?」
「そうだな。それに、老化が顕著に現れている。」
なんやねんこいつクソ失礼やんけ。
「悪かったなババアで。」
こう見えても、若いって言われるんやぞ.........!
---
「エイヴァル、どう思う?」
外壁を歩きながら、ハルディルが声をかけた。
「...なにがだ。」
エイヴァルは、
所有者を失った剣を拾い集めながら、聞き返す。
「なぜ”奴“は、内門を破らなかった?」
「何が言いてえ?」
「そのままの意味だ。内壁上の騎士は全滅。
内門を破壊するのは容易だったはずだ。」
「蒼晶を壊すってのが目的だったんだろ。」
エイヴァルは低く、ぶっきらぼうに返した。
「それなら、”奴“が直接狙えば容易だったはずだ。」
「俺は今イラついてんだよ!」
エイヴァルは声を荒げて振り返り、ハルディルを睨んだ。
その目は赤く、涙が滲んでいる。
「...すまない。」
ハルディルはそれ以上言わず、視線を外す。
歩を進めながら、外壁の上を見渡した。
積み上げられた鎧。
並べられた剣。
ふとその数に、妙な違和感を感じた。
...少ない。
王都に騎士が出払っていたとはいえ、
明らかに守備隊の人数が少ない。
違和感が、胸の奥に沈む。
...配置を変更していたのか?
だが守備隊の隊長は死亡。
確認する術もない。
呼吸がわずかに止まる。
それに、誰が外門を開けた...。
ハルディルはゆっくりと息を呑んだ。
内通者は、--誰だ。
---
「あんたさ、今の王国は昔の王国とは違う。
って言ったやんな?」
「ああ。」
彼は短く答えた。
「蒼晶が浮かび上がったあの日、
エルフは徒党を組み、当時の王国へ進軍した。」
「あんたも参戦したん?」
「...もちろんだ。」
彼はわずかに視線を逸らした。
「だが、侵略するつもりはなかった。
あくまで、抗議。のはずだった。」
言葉の最後が、少しだけ重く沈んだ。
「まあ、奴隷にされてたわけやからな。」
「戦いは数ヶ月ほど続き、やがて決着がついた。」
「エルフが勝ったんやな?」
彼が頷く。
「だが侵略戦争ではない。あくまで解放戦争だ。
我々は三つの条件を要求した。」
エルフ達による王国への要求はこれだった。
王国の武装解除。
奴隷制の完全撤廃。
王の退任。
「この条件を飲み、当時の国王は退任。
しかし王国側は、我々の要求を受け入れる代わりに、
新たな条件を提示してきた。」
「条件飲むから、こっちの条件も聞けってことか。」
「そうだ。」
彼の声は淡々としていた。
「王家の存続。そして、
私を王国の騎士として叙任すること。」
「...あんただけ?」
思わず聞き返した。
「ああ、叙任されたのは私一人だ。」
「ごめん...叙任ってなんなん?」
「王家に仕える騎士として、位を授かることだ。」
彼はわずかに間を置いた。
「つまり私は、“新たな王国の守護者”となった。」
「なんであんたやったん?」
「私が交渉の代表だったからだ。」
彼は短く答えた。
「王国は、エルフ全体を信用することはできなかった。
だから、“責任を負う者”を一人求めた。」
私は、ゆっくりと理解した。
「あんたは、“人質”みたいなもんってことか。」
彼は否定も肯定もしなかった。
「でも、守護って。勝った側やのに?」
「ああ。」
彼は迷いなく答えた。
「叙任とはあくまで形式であって、
そこになんの意味があるのかはわからない。」
私も、そこに関しては否定も肯定もできない。
「だが、王家は約束を守った。
奴隷制は終わり、エルフは解放された。」
彼は静かに言う。
「だから、私も約束を守る。」
「...約束やから、か。」
「ああ。これは敗者に強いた誓約ではない。
私自身が、王家と交わした約束だ。」
私は言葉を返せなかった。
「我々が勝者であり続けるための義務でもある。」
その言葉には、感情ではなく、覚悟があった。
「なんであんたが、交渉の代表に選ばれたんや?」
彼はすぐには答えなかった。
やがて、わずかに息を吐く
「長くなる。いずれ話そう。」
---
私はヴァリエスと共に部屋を後にした。
いつのまにか夜の闇は消え失せ、
昇り始めた朝日が、静かに地面を照らす。
多くの命が失われた夜が、終わった。
「そうやヴァリエス。」
私は彼の背中を見ながら言った。
「その後は、どうなったん?」
「ネスレスを含め、計画に賛同したエルフやドワーフは、ほとんど全て殺した。」
「そうなんか。」
「彼らの行いは全て、
我々同胞のためだったんだろうが...。」
彼は前を向いたまま続ける。
「苦しめられていたエルフを、解放するための。」
私は少し考えてから言った。
「でも、そのために誰かが、
ましてや何も知らん赤ちゃんが犠牲なったらあかんよな。」
彼は何も答えなかった。
「正しいよ。あんたのその正義心は。」
「正義...。」
彼は小さく呟いた。
「そういうものも、あるのかもしれない。」
彼は私に振り向いた。
「だが結局は建前。ただの綺麗事だ。」
その声は低かった。
「私がしたことは、ただの私的な殺しだ。」
私は首を横に振った。
「綺麗事でもええんやないの?
私はあんたに頭が上がらん。」
「私はただ、復讐したかった。」
その言葉は、静かに落ちた。
「共に時間を過ごした、
友の命を奪われたことに対する、復讐だ。」
「...友って?」
「赤子の父親--。」
彼はわずかに視線を落とし、ゆっくりと答えた。
「“アリセル”--。エルナの兄だ。」
第一章はこれにて終幕となります。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
第二章以降は、より良い形でお届けするために、
水、土(21:00)の更新に変更します。
物語はここから、大きく動き始めます。
引き続き、よろしくお願いします。




