違和感の正体
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ババアは一人、座り込んでいた。
誰も気にかけるものはいない。
火はいつのまにか完全に消え、
焦げた匂いだけが残っている。
彼らの拠点は、
防衛としての役割をしっかりと果たした。
ただ、居住区にしてはあまりにも被害が大きかった。
泣き叫ぶエルフ。鎧の前で立ち尽くす騎士。
家の中から聞こえる子供の泣き声。
270年続いた彼らの平穏が、
一夜にしてあっという間に崩れ去った。
蒼晶が、うっすらと青く照らす。
私にはそれが少し、不気味にも思えた。
私の目線の先に、馬が二頭。
ゆっくりとこちらへ向かってきた。
...ヴァリエスや。
私は立ち上がり、ヴァリエスの元へと歩み寄った。
エイヴァルは私に気づくと、目線を逸らした。
「サチコ、身体の様子はどうだ。」
ヴァリエスが馬を降りながら、私に声をかける。
「”ピンピン“してるわ。まだ痛いけどな。」
ヴァリエスが手綱をエイヴァルに渡した。
「ハルディルに、広間に来るよう伝えてくれ。」
エイヴァルは頷くと、そのまま馬を引いて去った。
「エルナさんは?」
私はヴァリエスに聞いた。
「亡くなったよ。」
彼は静かに、低く告げた。
「彼女は元々、“マナとの適合性”が低かった。
“器”は壊れ、彼女を死に追いやった。」
彼の言葉に、頭が真っ白になった。
私がこの世界に来て、
彼女らは初めて受け入れてくれた。
なんの関わりも持たない、
よそ者に食事を出してくれた。
命を張って、私を守ってくれた。
「......エルナさんはさ。
内壁が破られて敵が来てんのに、
ずっと怖気付いてる私の前に立って、
必死に守ってくれた。」
彼は黙って静かに聞いた。
「彼女も怖いはずやのに。私に、逃げろ。って。」
「だが彼女は、君を殺そうとした。」
彼が言い切る。
私は彼を見つめた。
「親はそうやねん。
大切な息子が殺されて、冷静になれるほうがおかしい。
息子の命を奪った連中は、全員殺す。」
「君は無関係だ。」
「そんなんちゃうねん。
彼女からすれば、私も“人間”や...。」
彼が静かに息を吐く。
「それでは差別も、戦争も無くならんだろうな。」
「わかってるよ。あんたが正しい...。
でも、間違ったことやとわかってても、
冷静にはなられへんのや。」
頭がふわっとする。
私は地面を眺めた。
「あんたの魔法が無かったら、今ごろ私はおらん。
ヴァリエス、ほんまありがとうな。」
私は彼の顔を見上げた。
「治癒の話か?」
「それもそうやけど、
エルナさんの魔法が飛んできたとき...。
あんたが守ってくれんかったら、あそこで死んでたから。」
彼は無言で私の腕を掴み、
手のひらを開かせた。
「サチコ。」
彼の目が細まる。
「君は何者だ。」
「えっ?」
「君が今生きているのもおかしい。
普通は腹に穴が開いた時点で--即死だ。
私は戸惑った。
彼は腕を離すと、
ゆっくりと私を見つめた。
「君は私に、守った。と言ったな。」
私は頷く。
「不可能だ。
あの魔法は、それほど便利な代物ではない。」
「...え、でも。」
あの時、私の前に光の壁が現れた。
エルナの魔法は弾かれ、急死に一生を得た。
彼は静かに言葉を発した。
「あの魔法は、君が放った。」
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「回収は進んでいるか?」
広間の椅子に座り、ヴァリエスが問う。
ハルディルは首を横に振った。
「外区の鎧は、これから回収に入ります。」
「全滅か?」
「...おそらく。」
ハルディルはゆっくりと頷いた。
「騎士長。ご報告が。」
エイヴァルが口を開いた。
「魔獣を掃討するため、外区を一周しました。」
その目がわずかに細まる。
「外門はおろか...外壁も、
一切破られていませんでした。」
ハルディルがエイヴァルに顔を向ける。
「どういうことだ!それは事実か?」
エイヴァルが頷く。
「騎士長。やはり...。」
ハルディルの眉間が寄る。
「ああ。確実だ。」
ヴァリエスは重く断定した。
エイヴァルが続ける。
「内門城壁の騎士の証言では、奴らは突然現れたと。
...蒼晶も、反応すら無かったようです。」
ハルディルの顔色が変わる。
「投石機が運び込まれていたのだぞ?そんな事あり得るのか?」
ハルディルの問いに、エイヴァルは視線を落とす。
ヴァリエスが静かに口を開いた。
「“噂”は事実だった。だが“それだけ”ではない。」
わずかな沈黙の後、続ける。
「我々の中に、“内通者”がいる。」
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扉が控えめに叩かれた。
「入ってくれ。」
扉の先に立っていたのは、ババア。
「あれ?二人は?」
「つい今ほど、話を終えたところだ。
彼らはやるべきことがある。」
ヴァリエスはゆっくりとこちらに歩み寄った。
「座ってくれ。」
ババアはすぐ近くの椅子に腰掛けた。
「思えば君がここへ来た日、初めて座ったのがそこだったな。」
彼はそう言い、私のすぐ隣の椅子に腰掛けた。
「あのさヴァリエス...。」
「君に話さなければならないことがある。」
彼は私の言葉を折り、続けた。
「誰にも話さないと、約束してくれ。」
その目は、真剣そのものだった。
私は戸惑いながら頷いた。
「270年前、蒼晶が出来た。
だがこれは、--偶然ではない。」
その昔、エルフ達は人間の奴隷だった。
人間は魔晶石を管理し、彼らを肉体労働に従事させた。
エルフは個体数は少ないが、老いず、寿命も長い。
そのため彼らは、高値で取引された。
だが、それよりも前のことだ。
元々エルフ達は、
ここより北の大陸で暮らしていた。
冬が年々厳しくなり、
作物が育たず、魔獣が飢えで凶暴化。
彼らは生きるため、南へ下った。
「私は幼い頃、この“レンドラル大陸”に移住した。」
ヴァリエスが静かに続ける。
「人間もエルフも、飢えていた。
我々移民は手を組み、連合を組んだ。」
ババアが口を挟む。
「人間もエルフも、一緒に暮らしてたん?」
ヴァリエスは静かに頷く。
「ああ。その頃エルフは、奴隷では無かった。」
ヴァリエスは続けた。
「だが、この大陸は戦乱の最中だった。
国家は乱立し、移民は歓迎されなかった。」
北から来た異質な荒くれ者たち。
強く、長命で、魔法を使う種族。
「我々は、共に戦った。」
それは侵略ではない。
だが、防衛とも言い切れない。
「...生きるためだった。」
ヴァリエスの表情が強張る。
「だが、土地を追われた者にとって、
我々は侵略者にすぎない。」
「それで、恨み買ったん?」
ババアが眉をひそめる。
「そうだ。我々の移住が、
乱立する大陸の国々を一つにまとめた。」
「まとめた?」
「我々移民を、排除するためだ。」
レンドラル諸国は争いをやめ、一人の王を立てた。
“ハルケン・ハリスヴェン”。
その名のもとに誕生したのが、
ハリスヴェンド王国だ。
「我々は破れた。」
彼が静かに言う。
「恐れられ、制御され、利用された。」
「ちょっと待って、
この国って270年前にできたんやないの?」
「そうだ。」
彼の目が細まる。
「だが今の王国は、元の王国ではない。」
270年よりも前。
レンドラルに元々住んでいたドワーフ達は、
奴隷にされたエルフ達を見兼ね、“ある禁術”を持ち込んだ。
地脈と魔晶石の研究に最も長けた彼らだけが知る、
禁忌の技術だった。
それを、”人工生体魔晶核計画“(じんこうせいたいましょうかくけいかく)と呼ぶ。
「私も詳しくは知らない。
だが、私の奴隷主であったアンデル家の娘が、
水面下で動く、計画に利用された。」
「なんでなん?そもそも、何をされたん?」
「わからない。」
彼は首を横に振った。
「”ネスレス“というエルフがその娘を攫い、
計画を実行した。」
「なんで、その娘やったんや?」
「彼女は、エルフの子を身に宿していた。」
私は息を呑んだ。
「“魔晶核”とは、マナを吸収するための器官のことだ。
それが無ければマナを扱えない。」
「人間が魔法を使われへんのは、その器がないから?」
彼は頷いた。
エルフの心臓の奥には、
魔晶核と呼ばれる器官が存在する。
そのため、エルフの血を引く胎児でなければ、
魔晶核は形成されない。
その器の体積は生まれつき決まっており、
容量以上のマナを吸い上げれば、損傷。死に至る。
「ただ、エルフの魔晶核は不完全だ。
地脈から直接マナを吸い上げることはできない。」
私は静かに話を聞いた。
「地脈からマナを直接吸い上げ、利用する。
それが完全型である、“ドラゴン”の魔晶核だ。」
「ドラゴン???」
「そうだ。」
彼は天井を見上げた。
「この世界にはドラゴンが存在していた。」




