愛は呪いとなりて
「うっ...!」
凄まじい衝撃が腹を撃ち、地面に叩きつけられた。
...なんや、何が起こった。
思うように呼吸ができない。
腹の奥が、焼けるように痛む。
エルナはゆっくりと立ち上がり、
私に腕を伸ばした。
その手のひらには、うっすら帯びる光--。
...やばい!
放れた二度目の魔法。
地面を転がりながら、間一髪で避けた。
石畳が割れ、土煙が舞う。
「エルナさん、待ってや!!!」
私は必死に立ち上がった。
...おかしい。
違和感がある。
痛むお腹に、触れたはずの感覚がない。
そのままゆっくりと視線を下に落とした。
出血は無い。
焦げた匂いが鼻を刺す。
...うっ。
あまりの残酷さに私は嗚咽した。
私のお腹は、魔法を貫通していた。
---
「今のは...?」
ヴァリエスが顔を上げた。
蒼晶が、淡く光る。
「騎士長!まさか!」
ハルディルが目を見開き、ヴァリエスを見る。
「ハルディル。おそらく“奴”だ!」
ヴァリエスは急いで馬に跨ると、
その場にいた騎士たちへ指示を出した。
「お前たちはここで待機しろ!」
ハルディルも馬に跨り、
ヴァリエスへ声をかける。
「騎士長!エイヴァルは既に外区へ!」
「いや、好都合だ。奴を挟む!」
ヴァリエスはハルディルに指示を出した。
「お前はエイヴァルと合流し、奴を討て!
私は内門から迎え撃つ!」
ヴァリエスが言い終えるとほぼ同時に、
ハルディルは急いで城壁の穴から、外区へと走った。
---
三発目の魔法が飛ぶ。
私はそれを避けたものの、
その勢いで足を挫いた。
「エルナさん!何してんの!」
私はお腹の痛みをこらえ、必死に叫んだ。
「おい!貴様何を!!!」
騎士がエルナに駆け寄った。
エルナはその騎士には目もくれず、
腕を伸ばし、即座に魔法を放った。
吹き飛ばされる騎士--。
鎧は砕け、皮膚へと光が突き刺さる。
貫通こそしないが、そのまま倒れ込んだ。
エルナの背後から、別の騎士が斬りかかる。
「やめや!!!」
ババアは咄嗟に叫んだ。
エルナは魔法で剣を防ぎ、
振り向き様に魔法を放った。
騎士は盾で防いだものの、
金属がへこみ、後ろに倒れ込む。
「このバケモノめ...。」
「バケモノ?」
エルナが笑う。
「あなたたちは、味方と敵がわからないの?」
腕を伸ばし、騎士へと向けた。
「邪魔をするなら、あなたも敵よ。」
一瞬、私に背を向けた。
今しかない。
その隙を逃さぬよう、私は全力でエルナへと向かう。
お腹が痛い、力が入らない。
足が痛い、思うように進まない。
エルナは騎士の目線が動いたことに気づくと、
振り返らずに手を伸ばし、魔法を放った。
「あぶっ!」
私へと向かう鋭い光。
私は思わず、尻もちをついた。
エルナがこちらに振り返った。
即座に騎士が立ち上がり、
エルナにもう一度剣を振り抜く。
「スキョルダル!」
騎士の剣がまたも魔法に当たり、弾かれた。
エルナはそのまま攻撃へ転じ、即座に騎士へと魔法を放つ。
騎士は咄嗟に魔法を詠唱し、間一髪でそれを防いだ。
「剣を捨てなさい。
そんなの、私たちからすればただのおもちゃよ。」
--「何をしている!!!」
聞き覚えのある声が飛ぶ。
--ヴァリエスだ。
馬を走らせ、こちらに駆け寄る。
エルナはヴァリエスに一瞬目を向けると、
急いで私へ振り向き、腕を伸ばした。
足が思うように動かない。
両手を広げ、魔法が真っ直ぐに放たれた。
避けきれない。
私は怖くなり、咄嗟に光の方向へ両手を広げた。
蒼晶から聞こえる微な“異音”。
その瞬間、魔法が弾けた。
ババアの目の前には、
うっすらと光る壁のようなものが立っていた。
--ヴァリエスや。私に魔法を。
彼は馬を飛び降りると、
エルナに向かって魔法を放った。
「ヴァルスキョルダル!!!」
詠唱の後、エルナの周囲を光の壁が包んだ。
「大丈夫か!!!」
彼は私に駆け寄り、視線を下げる。
私の腹部に空いた穴を見て、息を呑んだ。
「...ちょっとやばいかもしれん。」
「待て、治癒する。」
ヴァリエスは私の腹に魔法を当て、傷口を癒す。
「ああああああああ!!!!!!」
エルナの叫び声が響き渡る。
「ヴァリエス!!!ふざけるな!!!」
防壁を何度も叩く。
エルナからの声に意を介さず、彼は必死に治癒を続けた。
「すまない、サチコ。私のせいだ。」
彼が私に謝った。
「なんであんたのせいになんねん。」
「私が、ノルストの動きを読みきれなかった。」
「あの敵、ノルストって連中なんや。」
ヴァリエスの必死の治癒で、腹部の穴が閉じられた。
焦げた匂いは消え、跡さえも完璧に無くなった。
「サチコ。
外傷は治癒できるが...。この意味がわかるな?」
「...私は、死ぬんやろ?」
ヴァリエスが頷いた。
「人間は内臓を再生できないからな。」
「...なんやそれ。
あんたらそんなんもできるんかいな、羨ましいわ。」
私はゆっくりと身体を起こした。
「サチコ、エルナがひどく興奮している。」
「わかってるよ、私は邪魔やろ...。ゆっくり戻っとくわ。」
ヴァリエスはババアの背を見つめると、
エルナに振り返った。
「エルナ。サチコは、じきに亡くなる。」
彼は口を歪ませながら、彼女を見つめた。
「そう。良かったじゃ無いの。」
「何をしたかわかっているのか!」
ヴァリエスが拳を握りしめ、声を荒げた。
「人間を1匹殺した。ただそれだけよ。」
エルナは膝を震わせながら、座り込んだ。
「...エルナ。
君の兄は人間を愛していた。知っているだろう?」
「ええ。それが私への、“呪い”でもあった。」
「どういう意味だ?」
ヴァリエスが聞き返す。
「居住区には、歴史を知るものはそれほど多くない。
彼らのほとんどは、蒼晶が浮かんでから産まれたでしょ。」
エルナはお守りを見つめ、ゆっくりと握った。
「私はエリセルに、人間を恨むなと教えた。
あなたが望む通りにね。」
「そうだ。それは君の兄の意思でもある。」
エルナはヴァリエスを睨んだ。
「直接聞いたの?
兄の死に際に立ち会ってなかったんでしょう?」
エルナはお守りを捨て、
震えながらゆっくりと立ち上がった。
「もし兄が復讐を望んでいたとしたら?」
「君の気持ちはわかる。だが違う。」
「決めつけるな!!!」
エルナが防壁を叩き、吠える。
「内門を開け!」
騎士たちの号令とともに、
重い門が軋みながら開かれた。
騎兵と共に、二人が姿を現す。
「騎士長、外区に“奴”の姿はありませんでした。」
ハルディルがそう告げた。
「ああ、わかっている。」
「外区の魔獣は全て掃討しました。
騎士長、大事な--。」
エイヴァルが彼に話しながら、防壁に気づいた。
「......エルナ?何が起こってる。」
「彼女とは二人で話す。全員戻れ。」
ヴァリエスがエルナに視線を向けたまま、
騎士たちに指示を出した。
「だめ!全員に聞いてほしいの!」
エルナが叫んだ。
「あんたたちは、憎くないの!なぜ守るの?
私たちを奴隷にした種族よ!
私たちが犠牲になってどうするの!」
騎士たちは何も言葉を返せなかった。
命令を忘れ、手綱を握ったままその場に止まる。
「エイヴァル!」
エルナがエイヴァルに視線を向ける。
「あんたもサルヴィオの奴隷だったでしょ!
何とか言いなさいよ!」
「エルナ、やめろ...。」
エイヴァルは目を伏せた。
ヴァリエスが口を開く。
「過ちを繰り返すな。それだけだ。」
少しの沈黙の後、続けた。
「エリセルは、復讐を望んでいない。」
エルナの瞳が強く揺れる。
「エリセルに聞いたの?」
「少なくとも、
君が命を危険に晒すことは望んでいないはずだ。」
エルナはヴァリエスを睨んだ。
「...エリセルに聞いたの?」
空気が張り詰める。
ヴァリエスはただ、エルナを見つめていた。
エルナは膝の力が抜け、地面に倒れ込んだ。
「...エルナ!」
エイヴァルがエルナに駆け寄る。
「どんだけマナを使った...。」
「エイヴァル。」
エルナが、エイヴァルを見つめる。
「私はあなたに、期待しすぎた。」
その言葉に、エイヴァルは歯を食いしばった。
エルナはエイヴァルから目線を逸らし、
地面に落ちたお守りを見つめた。
「みんな私を置いていった...。
親も、兄も、夫も、息子も。」
エルナの目からは涙が溢れた。
「私の愛した人たちは、みんな.........。」
「何をしている!全員戻れ!!!」
ヴァリエスが大声で叫び、
騎士たちは一斉に拠点へと駆け出した。
「エイヴァル。聞こえなかったか?」
「...騎士長。そばにいさせてくれねえか。」
ヴァリエスはエルナに目線を向け直すと、
防壁を解除した。
「...騎士長さん。」
エルナがヴァリエスに顔を上げる。
「兄は、本当に人間を?」
---
雑区を二頭の馬が、ゆっくりと歩く。
「騎士長、申し訳ありませんでした。」
エイヴァルが手綱を握りながら、
ヴァリエスに頭を下げた。
「いいんだ。」
エイヴァルを横目で見つめる。
馬の蹄音が、静かな雑区に広がる。
「なぜ彼女に“嘘”を?」
ヴァリエスの問いに、
エイヴァルは戸惑い、目線を逸らした。
「いや、不躾だったな。」
エイヴァルの剣帯に結び付けられたお守りが、
馬の歩みに合わせ、ゆっくりと揺れた。
「わざわざお前がエリセルに頼み事をしたとは。
正直驚いた。」
「あいつには、騎士長からの命令だと伝えました。」
「私はてっきり、
サチコはお前が連れてきたのだと思っていたよ。」
ヴァリエスは少し笑った。
「...騎士長。私は未亡人であると知りながら、
彼女を愛してしまった。」
「何がいけないのだ?」
ヴァリエスが尋ねる。
「”彼“は、私の尊敬する上官でしたから。」
「愛してしまったものは仕方あるまい。
感情は、残酷なまでに正直だ。」
エイヴァルが唇を噛む。
「...叶わぬ恋であろうと、せめてもっと早く、
彼女に伝えていれば良かったのかもしれません。」
エイヴァルの頬には、
乾き切らない涙の跡が残っていた。
「...そのお守りはどうする?」
「土に埋めます。“彼ら”の、家の前に。」
「お前が妻をめとらなかった理由が、
ようやくわかったよ。」
エイヴァルがはっとして、顔を上げる。
「すみません。こんな話を、騎士長に。」
ヴァリエスはわずかに口元を緩めた。
「エイヴァル。お前は立派な男だよ。」




