燃え尽きぬ戦火
詠唱の後、
突如地面が一直線に割れた。
その躊躇のない斬撃はトロールの肉を断ち、勢いのまま、背後の内壁までもを切断した。
空気が、遅れて震える。
トロールの巨躯が、
ゆっくりと左右にずれていく。
裂け目から、血が噴き上がる。
やがて、二つに分かれた肉塊が
重々しく地面へ崩れ落ちた。
あっという間だった。
彼らを苦しめていた巨大な異獣が、
一人の騎士によって即座に倒された。
...なんや今の。
「エイヴァル!」
戦務長がエイヴァルに駆け寄る。
「--ハルディル。すまねえ、遅れちまった。」
「いや、いいんだ。お前の魔法がなければ勝てなかった。」
直線上に割れた地面を見ながら、ハルディルは話す。
エイヴァルは思わず、左腕を抑えた。
「一体何があった?」
「それより、騎士長は内門へ向かった。」
エイヴァルは問いを逸らした。
「まさか、こっちまで戦地になってるとはな。」
エイヴァルは馬を降り、
焼け焦げた地面や、崩れた家々を眺めた。
「騎士長が向かわれるなら、もう安心だ。」
ハルディルが小さく息を吐いた。
「それよりもエイヴァル。あの老人を知ってるか?」
ハルディルが指し示す方向には、
血に染まった剣を持ち、座り込むババアの姿があった。
「サチコさん!」
エルナがババアへ駆け寄る。
「エルナさん!良かった。怪我とかしてません?」
彼女は首を横に振った。
「私は大丈夫。それよりも、サチコさんは?」
「私も、なんとか。」
突然、エルナが目の前で倒れた。
「エルナさん!」
ババアはエルナの身体を咄嗟に受け止める。
「ごめんね...。」
「何があったんですか?」
「魔法は、身体に負担がかかるのよ...。
私も、ほとんど300年ぶりに使ったから。」
--魔法を放つには、マナという魔力が不可欠だ。
だが同時に、そのマナを吸収する器にも、
魔法のエネルギーに対して相応の負担がかかる。
彼女は私の握っていた剣に視線を向ける。
「サチコさんって、人間?」
不意の問いだった。
あまりに不思議な問いに、
どう答えたら良いかわからなくなった。
「えっ、どう見ても人間。私って人間ですやん。」
言葉があやふやになった。
彼女は不思議そうな顔で、じっと私を見つめる。
「...でも、なんかわからんけど。」
私は剣を置き、右手を見つめた。
「戦わなあかん。ってなったら、
不思議と勝手に身体が動くんです。」
自分でも説明できない。
私は、人間なのだろうか--。
「おおきに。サチコさん。」
彼女が静かに伝えた。
その表情からは、憎しみが完全に消えている。
「やっと。夫の復讐を果たせたわ。」
彼女の目には、喜びの中に、少しの涙が滲んでいた。
「私のおかげやないですよ。
一人じゃ絶対にあいつを倒せんかった...。」
ババアは、エルナと共にゆっくりと立ち上がった。
「エルナさんが最初にあいつと戦った。
誰も逃げんかった。ここにおるみんなで倒した。
だから、胸張ってください。」
彼女の目からは、涙が溢れ落ちた。
「......ありがとう。」
「ご老人。」
エイヴァルが私に話しかけてきた。
「何やらご活躍されたとか。内門では、失礼を。」
「あのさあ、別にヴァリエスの客人やからって、
そんな丁寧に話さんでもええで...。」
エイヴァルが私を軽く睨んだ。
「あんた、敬語苦手やろ?
最初に城の前で会った時に思っとったわ。」
「じゃあ俺の言葉で話させてもらうよ。
...ありがとうな。ハルディルから聞いたぜ。
皆の代わりに礼を言う。」
驚いた。
エイヴァルが私に。
「なんか痒いんやけど...。
それに倒したんあんたやん。」
私はまさかの”言葉の違和感“に、思わず鳥肌がたった。
「だが、悪いが俺は人間が嫌いだ。
要件が済んだら、ここから出て行ってくれ。」
「はあ?私だってあんたのことは嫌いやわ。
はよ全部解決してくれって思ってるよ。」
「魔獣だ!」
突然一人の騎士が大声で叫んだ。
内壁の砕けた穴から、
次々と魔獣が雪崩れ込んでくる。
爪。牙。獲物を狙う瞳--。
「......くっそ!」
ババアは地面に落ちた剣を掴み、握り直した。
キリないやろ。こんなん......!
---
「セルヴィン。なぜエルフを憎む?」
王は寝台に横たわったまま、静かに問う。
「奴らは人間ではありません。」
セルヴィンは即答した。
「王国に忠誠を誓わず、自らを“蒼晶騎士団”と名乗る。我々ではなく、蒼晶に仕える集団です。」
王は何も言わず、ただセルヴィンを見つめた。
「騎士とは--。
王の御前であっても剣を帯びることを許された者。
その特権を、奴らは勝手に名乗っている。」
セルヴィンの声が低くなる。
「全員が、貴族たる騎士だと?......誰がそんな妄言を認めた。
王家は一人として叙任していない。違いますか。」
王はゆっくりと口を開いた。
「そうだ。建国以来、叙任したのはヴァリエス公のみだ。
彼は王家に仕える。」
「ならば、なおさらです。
なぜ他のものまで騎士を名乗るのです?」
「違うな、セルヴィン。
お前が恐れているのは、別のものだろう。」
セルヴィンの眉がわずかに動いた。
「...では問います。
なぜ彼らにだけ武力を持たせるのですか?」
「270年間、エルフは民を守ってきた。
我々の王国は、蒼晶と共にある。」
「だからこそ危ういのだ!」
セルヴィンは声を荒げた。
「この国には人間の騎士はおろか、兵すらいない。
剣は全て、奴らの手にある!」
王の目が細まる。
「人間が政治を司り、エルフが防衛する。
それがこの王国の形だ。」
「均衡は、いつか崩れます。」
セルヴィンは王の目を真っ直ぐ見た。
「その時、我らはどう国を守るのですか。」
王は深く息を吐いた後、
セルヴィンから目線を逸らした。
「恐れで歴史を捨てるな。」
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トカゲのような魔獣が、次々と内壁内へ侵入した。
......リザードマンや。
私が倒した個体より小さい。
でも数が異常や。
「なぜこんなに...。どういうことだ」
ハルディルが息を呑む。
「わからねえ。リザードマンは群れねえはずだ。
何かに誘発されたか?」
エイヴァルは剣を握りしめた。
「総員!戦闘用意!!!」
ハルディルが大声を上げる。
その直後、
エイヴァルはハルディルの肩を叩き、声をかけた。
「必要なさそうだぜ。」
雑区から土煙を上げ、
複数の騎士が馬で押し寄せた。
その先頭には、
蒼晶騎士団騎士長--ヴァリエス。
エルナはババアの肩に手を置いた。
「魔獣に近寄らないで。彼が来た。」
ヴァリエスは走る馬から飛び降りると、
両手を地面に向けた。
「離れろ!!!」
ハルディルの声に、
周囲の騎士達が一斉に魔獣から後退した。
「ログヴァルガル。」




