揺らぐ戦線
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扉が控えめに叩かれた。
寝台に横たわる王は、
ジョセフに顔を向け、ゆっくりと頷いた。
「入ってよい!」
ジョセフが応じる。
扉が開き、エルフの騎士が一礼した。
その後ろには、
セルヴィン殿下と、見慣れぬ鎧の男。
「失礼します。殿下をお連れしました。」
騎士はそう告げると身を引き、静かに扉を閉めた。
「...その者は?」
ジョセフがセルヴィンに問う。
「口の聞き方がなってないようだな。」
セルヴィンは少し声を荒げた。
ジョセフがすぐさま王に問う。
「国王陛下...。」
王はセルヴィンのほうを向くと、ゆっくりと質問した。
「セルヴィン、その者は誰だ?」
「...陛下。同盟国、サルヴィオの傭兵です。」
「やはりヴァリエス公の話は事実か。」
ジョセフが顔色を変える。
「もうそこまで話が回っているのか。」
セルヴィンは大きくため息をついた。
「殿下!今は有事ですぞ!」
「だからなんだ?同盟国とは名ばかりか?」
ジョセフの指摘に対して、
セルヴィンが即座に反論する。
「あの“縛耳ども”よりも、幾分信用に値する。」
「セルヴィン--。」
王が低い声で放つ。
「私たち二人で、親子だけで過ごさないか?」
ジョセフはすぐに理解した。
「そちらのお方、私と共に別の部屋へ。」
すぐにサルヴィオの傭兵の元へ歩みを進める。
「...陛下。ご意向に従います。」
セルヴィンはそう言うと、静かに頭を下げた。
やがて扉が閉まり、
二人だけが部屋に残された。
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やがて投石の音が止んだ。
内壁の奥から、複数の敵兵が一気に押し寄せる。
...くそ、まだまだおるやんけ。
ババアは足元に転がる敵に突き刺した剣を抜き、
次の攻撃に備えた。
それとほぼ同じくして、敵兵へ大量の魔法が放たれた。
「歩兵隊だ!」
誰かが叫んだ。
雑区の方角から、
大勢の騎士たちがこちらへ向かってくる。
「住民は避難せよ!我々が受け持つ!」
ババアの横を、騎士が一斉に抜けていった。
次の瞬間、
歩兵隊の騎士が敵兵と真正面からぶつかり、
雪崩のように絡み合う。
魔法が横薙ぎに走り、盾に弾かれ、火花が散る。
「サチコさん!」
エルナが私に声をかけた。
「ここは彼らに任せましょう。」
私は周囲を見渡した。
「エリセルは?エリセルはどこや!」
エリセルが居ない。
「彼らは歩兵隊よ!
エリセルは守備隊だから、内門に配置されてるはず!」
エルナが私の手を強く引いた。
「下がりましょう、戦務長もいる!ここは彼らに!」
内壁の付近を見ると、
騎士たちが敵兵を押し返していた。
...よかった。勝てる。
ババアは安堵し、剣を握る手を緩めた。
その瞬間とほぼ同じくして、
かすかに聞こえる、誰かの悲鳴。
内壁の奥から、大きな影が迫る。
次の瞬間--。
内壁付近で戦っていた騎士と敵兵が、
まとめて宙へ弾き飛ばされた。
「まさか......。」
エルナがその影を見つめながら、言葉を溢した。
「...戦務長!」
前線の騎士が振り返り、声を上げた。
「下がれ!叩き潰されるぞ!!!」
戦務長の言葉とは裏腹に、
その騎士の鎧は一瞬にして砕け散った。
「退避!退避だ!!!」
戦務長が声を大きく荒げ、彼らは一斉に後退した。
敵兵たちは、散り散りになって内壁から離れる。
...なんや、あのバケモン。
ババアがエルナに振り返る。
エルナは蒼白だった。
視線は一点に縫い付けられている。
「...なぜ?生きてる...?」
その言葉は、ほとんど吐息だった。
内壁の残骸が崩れ落ち、地面がわずかに揺れる。
誰も言葉を発さなかった。
さきほどまで響いていた怒号が、
嘘のように消えている。
炎が燃えさかり、焼け焦げる音だけが響き渡る。
蒼晶の淡い光と炎に照らされ、ついに。
“それ”の輪郭が完全に浮かび上がった。
--“人の形”。
だがその大きさは内壁の半ばまで届き、
騎士たちがまるで赤子のように見える。
樽のように膨れ上がった腹。
大きな腕と、垂れ下がる皮膚。
裂けた口から覗く、異様に鋭い牙。
「私の、夫を殺した....。」
「異獣--。やな。」
ババアはもう一度剣を握りしめた。
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内門への攻撃が徐々に止んでいく。
「動ける者は拠点へ移動!歩兵隊に合流せよ!」
守備隊の隊長が大きな声で指示を出した。
「戦務長の指示通り、雑区を抜けて進め!」
騎士たちが動き出す。
エリセルも急いで内壁の階段へと駆け寄った。
だが、その身体を隊長の腕が押し止めた。
「待て、何名かは残れ!持ち場を空けるな!」
「ですが...!」
「命令だ!」
隊長の目は揺るがない。
「敵はまだ終わっていない。
ここを抜かれれば、内区が落ちる!」
蒼晶の下からは、煙が立ち上っている。
......母さん。
エリセルは歯を食いしばり、必死にこらえる。
その瞬間だった。
突然の閃光--。
内壁の上に、雷が落ちる。
一つではない。連続する轟音。
撃ち抜かれた騎士たちが、声もなく倒れていく。
焦げた匂いが鼻を刺す。
「なっ!魔法...!?」
隊長は立ち上がると、内壁の外を覗いた。
「...誰だ、あいつは。」
その言葉とほぼ同時に、
青い閃光が一直線に走り、貫いた。
焼け焦げる音。
エリセルの目の前で、隊長が崩れ落ちた。
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「怯むな!放て!!!」
戦務長が大きな声を上げた。
「ロガル!」
騎士たちは次々と“それ”に魔法を放つ。
すると突然、鼓膜が裂けるような轟音が戦場を覆う。
怒り狂った、咆哮--。
“それ”の近くにいた騎士が、その衝撃で思わず倒れ込む。
「身を守れ!魔法を!」
戦務長が叫ぶ。
だが遅かった。
“それ”の腕が勢いよく振り下ろされた。
骨が折れる音が重なり、鎧が潰れ、血が飛ぶ。
ババアは息を呑んだ。
これは...簡単に押し返せる相手やない。
“それ”は歩みを止めない。
その巨躯が、居住区へとなだれこむ。
「ヴィンドラ!!!」
エルナが立ち上がり、両手を振りかざす。
空気が裂け、“それ”へと斬撃の魔法が走った。
彼女の顔は憎悪に包まれていた。
あの時見た、母親としての表情ではない。
愛するものを失った、復讐に燃える表情だ。
「生きては帰さんぞ!“トロール”!!!」
彼女は大声を上げ、何度も魔法を叩き込む。
“それ”は少しよろめき、こちらに反応した。
その巨躯からは、血が吹き出している。
効いてる...!
火より、斬撃や!
ババアは地を蹴り、全力で走り出した。
足の痛みが、いつの間にか無くなっていた。
トロールの傍らにいた騎士が、
その巨大な足に剣を突き刺した。
トロールは足元を見ると、
剣が刺さったまま、一気に蹴り上げた。
跳ね飛ばされる鎧。騎士が宙を舞った。
「退却!退却!!!」
敵兵の1人が叫び、大勢が内壁の外へと駆け出した。
「戦務長!」
「追うな!今はトロールに集中しろ!」
そう言い放つと戦務長は、左腕を空に掲げた。
「スルムガル!」
雷鳴と共に青い光が空を裂き、
逃げ惑う敵兵をまとめて撃ち抜いた。
戦務長の横をババアが追い抜き、
勢いよくトロールの足に剣を振り抜いた。
足元に連続の斬撃。
何度も容赦なく叩き込む。
トロールが唸り、たまらず足を引き上げた。
「なっ!あの老人、何者だ...!」
戦務長が驚く。
ババアは、
振り下ろされる足を避けるように逆足へと移動。
間髪いれず、そのまま連続で刃を叩き込んだ。
巨躯がぐらりと傾いた。
トロールは大きな音を立てながら倒れ込む。
「よし!いける!次は頭や!」
ババアが回り込むよりも早く、
トロールは起き上がり、
地面を払うように両腕を振り回した。
「まずい、退避!!!」
騎士たちが大勢、弾き飛ばされる。
ババアは間一髪でかわした後、体勢を整え直した。
まずいな、リザードマンより全然厄介や...。
「総員に次ぐ!」
戦務長が大きな声を上げた。
「作成変更!魔法での攻撃に注力せよ!
全員で奴に叩き込め!!!」
「その必要はねえ!!!!!」
馬に乗った男が、
少し離れた場所から大きな声で叫んだ。
「エイヴァル!」
ほんまや、エイヴァルや。
「全員避けろ!そいつから離れろ!!!」
エイヴァルは馬で近づきながら大声を上げた。
そのまま手綱を手放し、両手を伸ばす。
「まずい!総員!退避!!!」
「ヴィンドヴァル。」




