魔獣襲来
私が扉に手をかけるより早く、
内側から勢いよく開いた。
エリセルだ。
蒼晶を一目見て、顔色が変わる。
そのまま彼は咄嗟に部屋に戻った。
私も遅れて部屋に入った。
「エリセル!」
「わかってます!サチコさんは母と家に!」
彼は慣れた手つきで鎧を身につけ、
腰に剣を差す。
「エリセル、これを。」
彼の母が、小さな包みを渡した。
彼は一瞬だけ目を合わせ、受け取る。
「ありがとう母さん。行ってくる。」
彼はそう言い残すと、
急いで外に飛び出して、走り去った。
「蒼晶のご加護がありますように。」
彼の母は扉を閉め、両手を胸の前で重ねた。
家の中は妙に静かだった。
辺りの物音は一切聞こえず、
蒼晶の小さな異音だけが私の耳の奥で響いた。
「サチコさん。」
彼女が私の手を強く握った。
「大丈夫よ。彼らがやってくれる。」
私を見つめながら、
気丈に振る舞う彼女の手は震えていた。
あまりに突然なことだった--。
ついさっきまで、三人で食卓を囲んでいた。
平和な時間が、あっという間に緊張に変わった。
「鐘の音...。あれはどういう意味なんです?」
私は彼女に尋ねた。
「魔獣が外壁を超えたの。外区に入った合図よ。」
--外区とは、外壁内の地区。農業地帯だ。
「魔獣か。...せやったら、私も出る。」
ババアは彼女の手を握りながら立ち上がった。
「サチコさん、何を言ってるの?」
彼女は驚いた表情で、こちらを見る。
「信じてもらえんかもしれんけど、
私は異獣を倒した事がある...。
足手まといかもわからんけど、戦える。」
私は彼女の手をゆっくりと離し、
部屋に置かれていた他の剣を掴み、握りしめた。
「信じてほしい。エリセルは無事に帰します。」
彼女が困惑した様子でこちらを見る。
私が視線を返すと、彼女は小さく頷いた。
「蒼晶のご加護がありますように。」
--私は外へ出た。
すぐそばの内壁の上には騎士が一人もいなかった。
遠くの方からは、音がうっすら聞こえる。
...内門のほうやな。
家々は固く閉ざされ、周囲に人影はない。
ババアの手は、震えていた。
あかんわ。めちゃくちゃ怖い...。
でも、エリセルも頑張ってる。
あの子は、“普通の男の子”や。
私は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
......私ならできる。
リザードマンも大したことなかった。
戦わなあかん...!
ババアは内門へと向かった。
雑区に入ると、
騎士たちが住民達を押しやるように避難させていた。
子どもが泣き叫ぶ声や、騎士たちの怒号が飛ぶ。
その中で一人の騎士が私に気付いた。
「あんた、昨日の客人!早く戻れ、何しにきた!」
やっぱりな。そう言われると思った。
足手まといにはならん。
「私がただの客人やったら、ヴァリエスがわざわざ目にかけるわけないやろ!」
考えよりも先に口が動き、
自分でも何を言ってるのかわからなかった。
頭をフル回転させ、出てきた言葉が。
「“ヴァリエスの命令”や!!!」
彼は少し困惑した後、
仲間の騎士に振り返って叫んだ。
「客人を通せ!騎士長のご命令だ!」
道がすぐに開いた。
よっしゃ、作戦成功!
めちゃくちゃ”便利な台詞”やわ。
ババアは内門へと急いだ。
内門付近へと近づき、内壁の上を見ると、
騎士たちが次々と魔法を放っていた。
私が内壁の階段を駆け上がろうとすると、
見覚えのあるエルフが降りてきた。
「お前!」
エイヴァルだ。
「エイヴァル!“ヴァリエスの命令”や、戦いにきた!」
「魔法も使えん人間風情が!」
怒鳴り声が響いた。
彼は私を強く睨む。
「内門に敵が押し寄せている!足手まといは帰れ!」
あかん、エイヴァルにはお見通しやった...。
「たしかに私は魔法は使えん。
でも、剣は振れる!外区に出してくれ!」
彼の目が鋭く細まった。
「“内門に押し寄せている”と言ったじゃねえか!」
一歩、踏み込まれる。
「外区は制圧された!--全滅だ!」
私を強く押しのけた。
「内門を開けるってのは、敗北を意味すんだ!」
その言葉を言い残し、
彼は部下の差し出した馬に飛び乗る。
そのまま雑区を駆け抜け、城の方へと走っていった。
「サチコさん!何を!」
階段の上からエリセルが駆け降りてきて、
私の腕を強く掴んだ。
「なぜ来た!家にいろと言っただろ!」
彼は私に対して強く叫んだ。
「私は異獣を倒した!
内門が破られても、絶対に倒したる!」
「異獣じゃない...。」
彼は困惑した表情で、
ほんの一瞬、言葉を探すように唇が開いた。
「敵は.........人間だ!」




