守るべきもの
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「このシチュー、ほんまに最高やな!」
「当たり前でしょ!
母の料理はハリスヴェンドで一番ですからね!」
エリセルが誇らしげに話す。
「まだまだあるわよ。遠慮なくいっぱい食べてね。」
エリセルの母が、料理をしながら嬉しそうに答えた。
「ほんまおおきに。
こんな美味しい料理、日本に持って帰りたいわ。」
彼が不思議そうな顔でババアに聞いた。
「日本?そこがサチコさんの故郷ですか?」
やば、ヴァリエスから止められてたんやった。
ややこしくなるから話すなって...。
うっかり出てもうたわ。
「せやねん、この大陸とは違うんやけどな!
ほら、はよ食わんと冷めてまうで。」
「日本。聞いたことなかった。
”カルディア“のどこかですか?」
「あなたの知る話が全てじゃないのよ。」
彼の母はそう言い放つと、
肉を盛り付けられたお皿を持ってきて、机に置いた。
「詮索するのは良しなさい。
特に、カルディアのことは。」
危なかった。
ほんま助かった...。
「この肉料理、なんの肉ですか?」
私は咄嗟に別の話題を振った。
「これは豚よ。ビールで煮込んであるの。」
肉の甘い匂いが、部屋いっぱいに広がっている。
「絶品ですよ!柔らかいし、これを食べたら内区の
レストランじゃ満足できなくなっちゃいます。」
彼が得意げに話した。
...本当に美味しい。絶品だ。
口の中で柔らかくとろける。
舌触りも良い。こんな美味しい豚肉は初めてだ。
「うっま!めちゃくちゃ美味しいわ!
お母さん、ほんま“おおきに”!」
彼女が嬉しそうに微笑む。
彼がなにやら不思議そうな顔でこちらを見た。
「”おおきに“ってなんですか?」
あっ、うっかりバリバリの関西弁出てたわ。
そら伝わらへんわな。
「ありがとうって意味やねん。
まあでも、最近の子はあんま使ってないけどな。
お店の人ぐらいちゃうかな。」
「じゃあ、おおきに。」
彼女が私の真似をして関西弁を使った。
思えばここに来てから、
こんな風に笑って過ごせたのは初めてだった。
--あの後、私はエイヴァルと共に拠点に戻った。
満足に馬にも乗れねえのか。と嫌味を言われたので、
降りるときに意地になって、足を少し挫いてしまった。
部屋に戻ろうとした時にエリセルと偶然出くわし、
彼の家に招かれた次第だ。
エリセルは母と二人で暮らしている。
父親は、数年前に異獣との戦闘で命を落としたらしい。
彼は、母にこれ以上苦労をかけまいと、
日々剣を握り努力しているそうだ。
エルフの男児は、生まれた時から騎士だ--。
「あの時は、私は一滴も飲んでないんですよ!」
ヴァリエスに叱られた日の話だ。
「いやでも、一緒になって騒いでたやろ?」
「でも“僕”は、一滴も飲んでないよ!」
そう言いながら、
エリセルは顔を真っ赤にして杯を傾ける。
「まあけど、偉かったわ。
ちゃんとすぐ受け答えしてたもんな!」
「当然!騎士として当たり前さ!」
胸を張るが、言葉の終わりは少し揺れていた。
「サチコさん。
今夜は遅いから、うちに泊まっていきなさい。」
エリセルの母が、私に声をかけた。
私も相当酔いが回っている。
きちんと礼を言ったつもりだが、
少し舌がもつれていたかもしれない。
「サチコさん。この布団でいい?」
彼女は声をかけながら私を手招いた。
「すみません、そろそろ帰ったほうがいいですよね。」
私がおそるおそる近寄り、尋ねると、
彼女が驚いた顔でこちらを見た。
「そんなことないわ。サチコさんなら大歓迎よ。」
そう言って彼女は声を落とした。
「エリセルがああやって笑ってるの、久々に見たのよ。最近はピリついてたから...。」
「何があったんです?」
「“守備兵”じゃなく、“騎兵”になるんだ。って。
...あの子、壁の外に出たいらしいのよ。」
彼女はエリセルの様子を伺いながら、小声で続けた。
「あの子、騎士長に憧れてるの。
騎兵になれば、彼と一緒に動けるから。」
そういうことか...。
そりゃ“憧れのヴァリエス”に頼まれたってなったら、
あんな喜んでまうんもわかるわ。
「今日も、めっちゃ嬉しそうでしたよ。」
ババアがそう伝えると、
彼女は複雑な顔をして視線を落とした。
「そりゃ、そうですよね、母親としては...。」
「旦那は壁の外で亡くなったから...。」
静かな声だった。
「遺品は、回収できなかったみたい。」
「異獣が、強すぎた...?」
彼女は私の目を見て頷いた。
「...彼が負けるなんて、今も思えないけど。
でも騎士長の話じゃ、討伐だけで手一杯だったそうよ。」
ババアは静かに息を吸った。
「だから、あの人はエリセルの事を気にかけてくれてるんだと思う。」
そんな強い異獣もおるんか...。
もしかして私って、運良かっただけなんかな。
「でも--。」
彼女が顔を上げた。
「エリセルが外に出たいなら、
親として応援するのが務めよね。」
迷いのない声だった。
「かっこいいですね、お母さん。」
私は正直、胸が詰まった。
子を持つ親であることは同じでも、
こんなふうに背中を押せるだろうか。
「そう思ったら私はいつまでも自分の子を、
子どもやと思い込みすぎてたかもしれませんわ。」
彼女がくすりと笑った。
「何してんのさー!」
エリセルの大きな声が部屋中に響く。
「ちょっと“お花摘んでくるわ“!
エリセル、トイレどこなん?」
私は居間に戻りながら、エリセルに尋ねた。
「外だけど...花なんてないよ。」
「レディは、トイレ行く時にお花摘んでくるって言うねん。覚えといたほうがええで!勉強なったなあ!」
彼は不思議そうに瞬きをしてから、
わけもわからず笑った。
私は急いで外に出た。
今にも漏れそうだ。限界だ。
夜風が少し肌寒いが、火照った身体にはちょうど良い。
「あー酔った酔った。」
ここに来てからずっと気張りっぱなしやったからな。
...やっぱ家族ってええもんやな。
みんな心配してるし、
私もはよドワーフに帰り方教えてもらわんと。
用を足し終えて、少し酔いが覚めた。
その時、
空に浮かぶ蒼晶の光が脈打つように点滅した。
一度、二度。三度--。
...なんやこれ、まさか。
ヴァリエスの言葉が頭をよぎる。
蒼晶のマナを使って魔法を放つと、
蒼晶そのものが一瞬、発光する--。
胸がざわついた。
--誰かが魔法を使った。
私は慌ててエリセルの家に駆け出した。
それとほぼ同時に、内門の警鐘が鳴り響いた。
低く、重く、何度も。
--敵だ。




