招かれざる来客
扉を開けた男は、人間だった。
黒に近い茶髪。おそらく30代ほどだ。
上質な紺の衣を身にまとい、
襟や袖口には金が惜しみなく施されている。
胸元には、
城に掲げられていた旗と同じ紋様が刺繍されていた。
その脇には“見慣れない鎧に身を包んだ男”--。
兜を被っており、顔こそ見えないものの、
腰に下げた剣がやけに馴染んで見えた。
--「殿下。」
ヴァリエスが即座に片膝をついた。
...ん?殿下って、まさか王子?
「ヴァリエス。そこの場違いな老人は?
貴様、何を突っ立っている。」
ヴァリエスがこちらに目で合図した。
仕方なく、私も急いで片膝をついた。
「なにもそこまでしろとは言ってない。」
彼が鼻で笑う。
「老体にはこたえるだろう。頭を下げろ。それで良い。」
なんやこいつ...くっそ腹立つ!
王家ってこんな偉そうなんかい。
私はゆっくりと立ち上がり、渋々頭を下げた。
彼の腰元には、鞘に収められた剣があった。
鞘には装飾が施されており、
柄頭には宝石が付けられていた。
「ヴァリエス、楽にしろ。この女は?」
「私の従者です。」
ヴァリエスは立ち上がった後、彼にはっきりと伝えた。
え?従者になっとったんや。いつの間に?
「エイヴァルではないのか?......人間。
それも老人を従者にするとは。どんな気の迷いだ。」
「彼女は、--異獣を討ちました。」
彼は眉一つ動かさなかった。
それよりも私を見た後、すぐに一笑した。
「お前らがよく言う、異獣というやつか。
それをこの老人が討ったと?」
「ええ、その通りです。」
「それならば、その異獣とやらは大したことないようだな。」
彼は私を見ながら微笑した。
「お言葉ですが殿下。彼女が倒した異獣は、
通常の騎士であれば命を落としかねない相手です。」
「お前ら“異獣騎士団”の騎士ならな。」
「どういった意味でしょうか?」
ヴァリエスの声が、わずかに強まった。
「変異体が異獣だと言うのなら、
エルフは人間の変異体--。違うか?」
彼は壁に立てかけられていた剣へ歩み寄る。
「お前らは、“蒼晶騎士団“。
“王国騎士団”ではない--。」
そのうちの一本を掴み、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
「剣も、鎧も、この部屋も。すべて王国の血税だ。」
刃先を床に向けたまま、彼は続ける。
「国家に忠誠を誓うでもなくただ蒼晶の下に巣食い、
魔晶石に祈りを捧げる集団が。
王国の守護者を名乗るとはな...。」
ヴァリエスはゆっくりと、彼に近づいた。
「アルマン--。」
彼の背後に控えていた見慣れない鎧の男が、
即座に剣を抜いた。
次の瞬間、
冷たい刃がヴァリエスの喉元に突きつけられる。
わずか指一本分。
それ以上でも、それ以下でもない距離で止まった。
「王子、剣を置いてくれませんか?」
ヴァリエスの視線は剣でも、アルマンでもなく、
彼に向けられていた。
「このような場所でお怪我をされては、王国の損失です。」
彼はヴァリエスを睨み、舌打ちした。
「アルマン、もう良い。」
アルマンは剣を鞘にしまうと、
ヴァリエスから目を離すことなく、ほんの一歩下がった。
「......そこの従者、どうだ?
この男は国家に対して、
忠誠を誓っているように見えるか?」
彼は剣を手の中で遊ばせながら、
私の方を見ずに話した。
最悪や、私に質問飛んできた...。
「...はい。王子のお怪我を心配されたことが、
何よりの証拠“や”と思います。」
...これでええやろ。
むかつくわこのクソガキ...。
彼は私を横目で見た。
「......さすがは従者といったところだ。まあ良い。
--俺はこれから大事な”話し合い“があるんでな。」
彼は剣を乱雑に立てかけると、
アルマンと共に扉へと向かった。
「殿下!」
ヴァリエスが強く言葉を発した。
「条件は、何ですか?」
--「鉄だ。」
彼はこちらへ一切振り向かず、そのまま部屋を後にした。
ヴァリエスは剣を丁寧に立てかけ、扉を閉めた。
その握りしめられた左手には、力がこもっていた。
「なんなん、あいつめちゃくちゃムカつくんやけど。」
ババアは空気を読まずに毒づいた。
「彼はセルヴィン。この国の、正統な後継者だ。」
「うそやん、あんなやつが次の王なん?
っていうか王家ってあんなやつばっかなん?」
ヴァリエスは首を横に振った。
「国王陛下は理のある方だ。だがもう長くはない。
じきに彼の時代がやってくる。」
「あんなんが王様なったら、ヴァリエスも大変やな。」
ヴァリエスは机まで歩き、
広げられた地図をじっと見つめた。
「あのさ、あいつ鉄がどうこう言ってたやんな。」
「そうだ。殿下が”個人的な取引“を行っている。」
「個人的な取引?」
彼は地図から目を離さず、私に説明する。
「殿下の脇にいたのは、
隣の大陸の”サルヴィオ王国“の騎士だ。
殿下は、兵を受け取る見返りに鉄と交換している。」
「は?それってどうなん?」
ババアが聞き返す。
「どうもこうもあるまい。
サルヴィオは同盟国だが、
他国の兵を自国に招き入れて良いはずがない。
それに鉄も、じきに底を突く。
弱みを握られるだけだ。」
彼は地図に印を付けた。
「前倒しだ。早急に鉄を採掘せねばならん。
エイヴァルに伝えてくれ。
今ならまだ王都にいるはずだ。」
「質問だけしていい?」
「手短に頼む。国王陛下と話さないといけない。」
ヴァリエスは、地図を片付けながら私に言葉を返す。
「王子がエルフを嫌いなんはわかってんけど、
それならなんで他の騎士に頼まんの?」
「他の騎士--。というのがわからんが。」
二人は部屋を出た。
「エルフじゃない騎士って意味やねんけど。」
廊下に足音が重なる。
「あなたも理解したと思っていたのだが。」
ヴァリエスは階段へ向かいながら、
振り返らずに答えた。
「この国には、--人間の騎士は存在しない。」
ヴァリエスの足音だけが、階段に響く。
「蒼晶騎士は--エルフだけだ。」
そう言い残すと、
そのまま階上の奥へと消えていった。




