第17.5話:『ifの彼方で——それぞれの対話』真壁レンの空間:無法の街
静かに分岐空間へ導かれたタロットたちは、それぞれの“if”——選ばなかった選択肢と対面していた。その空間は一人ひとり異なり、まるで心の奥底を可視化したかのようだった。空も地面も、記憶と後悔と願いで構成された幻影。だが、そこに映っていたのは紛れもなく、彼ら自身の“もうひとつの可能性”だった。
街は荒れていた。ネオンが瞬き、看板が歪み、路地裏には怒号と笑い声が交差する。
誰も罰せられない。誰も止められない。誰も見ていない。
いや——誰も“見ようとしない”のだ。
その中心に、真壁レンはいた。ただ静かに、佇んでいた。
黒いコートを羽織った彼は、手帳も法典も持っていない。代わりに手にしているのは、一冊の空白の書だった。中身のない判決文。罪が記されていない裁きの帳。
「……静かだな。表面だけは、な」
車のクラクション。遠くで争う声。誰も止めない。誰も介入しない。
それが、この世界の“選ばなかった未来”だった。
「ここには……“罰”も“正義”もない。誰の選択も尊重される。誰の行いにも理由がある。だから、裁かない」
レンは歩きながら、ひとつひとつの光景に目を向ける。
傷ついた少年がいる。物陰で泣く少女がいる。物を奪う大人がいる。それを無視して通り過ぎる群衆がいる。
「……でも、それってさ」
彼は空白の書を見下ろし、静かに呟く。
「裁かないってことは……誰も守らないってことなんだな」
胸に小さく灯った違和感。それが徐々に熱を帯びていく。
「ルールがないから楽? 自由だから良い? そんなのは、強い奴の理屈だろ」
レンは書を閉じる。空白のままのその書は、もう彼の手にはなじまなかった。
代わりに、彼は懐からかつての“裁きの槌”を取り出す。歪んで、使い古され、錆びかけたそれを。
「誰かを守るためなら、俺はまたうるさくて面倒な“正義”を振りかざしてやるよ」
街の喧騒の中、彼の足音だけがはっきりと響いていった。
そして——
すべてのifが過ぎ去ったあと。
全員は一つの場所に集い、互いの選ばなかった未来を見送り、それでも“今”の自分を、もう一度見つめ直していた。
そこには、選ばなかったことの意味を携え、今を選んだ“彼ら”がいた。




