悪役行動
「おっす。おはよう」
「敦さん!?」
アスハが学校の玄関をくぐると、敦が一年生の下駄箱の前に立っていた。
「お……おはよう。こんなところで何してるの?」
周りの視線(特に女子)を感じて非常に居心地が悪い。
「アスハを待ってたに決まってんだろ」
「え?」
みんなに注目される恥ずかしさよりも、朝から自分のことを待っていてくれた嬉しさのほうが何倍も大きく、それだけで少し胸が高鳴るアスハ。
「今日の放課後って空いてる?」
特に予定は入っていない。
帰りに少しだけユメリのところへ行こうと考えていたくらいだ。
「ヒマだったら帰りにデートしようぜ」
周りの女の子から「キャー」っと小さな声が上がった。
女子生徒の間で敦は有名人。
周囲にはアスハが彼女だと『思わせている』ものの、それでもこんな人前でデートに誘われたら驚く人だっている。
なによりアスハが一番驚いている。
「ちょっちょっちょっと敦さん! なにもみんなの前で誘わなくても!」
スマホに連絡を入れてくれればいいのにと思いつつ、それ以上に朝から会えて嬉しい気持ちの方が強いのは惚れた弱みだろう。
「お? ああ、そうな。じゃあちょっと場所変えるか」
言われて周りの視線に気づく敦。
「……はい」
しばらくこのことで皆にからかわれるかもしれないけど、甘んじて受け入れよう。
人通りはあるが、さっきよりは目立たない階段下に移動する。
「で、今日どうよ?」
「はい、もちろん――」
― もう二度とあの男となれあうな ー
呪いのようにあの言葉が甦る。
(気に入らないとか言っていたけど、どうしてそんなこと言われなきゃならないの?)
そんなこと言われなくとも、一ヵ月後には敦の記憶から自分と過ごした時間は消えるのに。
「アスハ?」
「……あ。ごめんなさい」
あの子供の威圧感を忘れたわけじゃない。
でも一方的に指図を受けるつもりもない。
どんなことがあっても自分が敦を守ってみせる。
「デート……したい」
アスハは敦の誘いを受けた。
会話は短めに終わり、放課後に会う約束をしてお互い教室に向かった。
「見てたよー」
「見ちゃったよぉ」
「…………」
アスハが教室に入ると、ニヤケ顔のアコとツバサにさっそく絡まれた。
昼休みのチャイムが鳴る。
アスハの頭の中はデートのことでいっぱいで、午前の授業は全然耳に入ってこなかった。
「あれ? 今日は彼氏にお弁当作ってこなかったんだ?」
アコとツバサがやってきた。
「あ、うん。毎日は迷惑かなって思って」
という理由が半分で、敦の教室には千種がいる。
何かを疑われているわけではないだろうが、昨日一緒に行動している際に探られるような視線を感じた。
今は自分が能力者だと感づかれるのはマズい。
「今日は食堂?」
「ううん。簡単なもので自分のだけは作ってきたから一緒に食べよ」
「ふふ~ん。やっぱり彼氏のお弁当となると簡単なものじゃ済ませたくないわけですな?」
「そりゃそうでしょうよ。でも保坂先輩なら、アスハの作ったものなら何でも美味しいって食べてくれそうだけどね」
アスハもそう思う。
敦は優しいからなんでも食べてくれると思うけど、だからといって手抜きはしたくない。
机をくっつけて、三人そろってお弁当を開けた。
「ねー、デートっていつもどこに行ってんの?」
「……え?」
アコの疑問に箸がとまる。
アスハにとってはこれが初デート。
けれど周りにはアスハと敦は『以前から付き合っている』ことになっていて、デートなんてしょっちゅうしてるものだと思われている。
能力を使ったときはそんなに深く考えていなかったが、あらためて訊かれると返答に困る。
(初デートなんだからどこに行くのかなんてわからないし)
むしろどうしたらいいのか教えてほしい。
「えっとぉ……敦さんの使ってるライブハウスとか、かな」
先日誘ってもらったところを言ってみる。
「えー、いいなー! 練習してるところとか見れるんだよね?」
「うん」
「へぇ、それじゃあ練習終わった後に二人っきりになったりするんだ?」
「…………う、うん」
敦に抱きしめてもらったことを思い出すと今でも顔が熱くなる。
「……」
「……」
そんなアスハを見てアコとツバサは顔を見合わせた。
「……ねえ、アスハってさ」
「もしかして、あたしたちが思ってるより先に進んじゃってる?」
「っゴホ!」
明言はしていないものの、言わんとしてることは解る。
そのせいでアスハは食べていた物をのどに詰まらせそうになった。
「あ、その反応はいくとこまでいったね?」
「そうだね」
「なっなっなっなっなに言ってんの!?」
「ライブハウスで二人っきり。ムードは満点」
それを思い出したアスハの顔が真っ赤になった。
「「これは確定でしょう!」」
「そんなわけないじゃん!」
「「えっ! マジで!?」」
逆に驚く二人。
「保坂先輩って意外と奥手なのかな?」
「それともアスハがピュアすぎて、逆に手を出しづらいとか?」
二人で勝手に盛り上がり始めてしまった。
(他人事だと思って)
そういう話題を振れる仲なので不快感はない。
けれど、敦とこれ以上距離を縮めることはできない。
能力を使って付き合っているという罪悪感は常にある。
今はただ、彼の隣にいれるだけで充分だった。
■ ■ ■ ■ ■
休憩時間に入ると、俺の後ろが騒がしくなる。
楼園を中心に女子が集まってくるのだ。
ユメリに似た能力者が現れたことだし、俺なんかよりそっちを探しに行ったほうがいいんじゃないかと思うが、楼園にはまだ言うなと口止めされてるし、本当のことを話すわけにもいかなかった。
とは言え、この状況どうにかならないもんか。
休憩時間の度に後ろに女子が集まられちゃうるさくてたまらん。
最初は別のところへ避難した。
そしたら楼園の奴、俺が動くのと一緒について来やがる。
文句を言えば逆ギレされるし、気軽にトイレにも行けずたまったもんじゃない。
「ねえねえ、水衛」
頭の中で文句を並べていると、一人の女子が近寄ってきた。
北川という良くも悪くも普通の女の子だ。
「楼園さんと付き合ってるって本当?」
「……」
さて、こいつは今なんと言った?
「どうなのよ? 隠すこともないんだし教えてよ」
「いや待て。そんなこと誰が言った?」
「え? 理緒だけど」
南雲だと!?
慌てて南雲を探すと――
「え? なに?」
すぐ後ろにいた。
隣にいる楼園は相変わらず不審な視線を俺に向けている。
二人が俺を見ると、反射的に他の女子の視線も俺に向くわけで、なんと言うかこれはけっこう怖い。
「ちょっと、こっちに」
南雲を呼んで席を離れようとすると、楼園も一緒に動こうとする。
「おまえは来なくていいから」
「おまえって呼ぶな!」
「……楼園はここにいろ。南雲に用があんだよ」
「わたしに聞かれちゃマズイわけ?」
「非常に聞かれたくないけど、後から教えてやるから大人しく待ってろ」
なんでも首を突っ込んできやがって、面倒な奴だ。
「バカなの水衛。そんなこと言われて本当のこと教えてもらえるとは思えないけど」
バカにバカ呼ばわりされても悔しくもなんともないが、みんなの注目を浴びてるわけだしさっさと場所を移動したい。
「いいからついてくんな。教室から出ないから」
ふん、と鼻を鳴らしてひとまず楼園は身を引いた。
……まったく。
昨日は何人かの男子に声を掛けられていたけど、こいつに声を掛けてる奴らの気が知れないぜ。
「どうしたの?」
少し場所を移して南雲と小声で話す。
「なんか、俺と楼園が付き合ってるって北川に言ったみたいだけど……」
「え? だってそうでしょ?」
「ちがうよ! どう見たって俺たち付き合ってる感じじゃないだろ!?」
「ずっと一緒にいるじゃない。すごく仲良さそうに見えるし」
嘘だろ!?
そう見えちゃってんだ!?
「そりゃそうだけど、そうしようとしてるのは楼園だけで、俺はそんなつもりはないんだよ」
「同じクラスに彼女がいると恥ずかしいから隠したいの?」
南雲にそう見られてるってことは、他にもそう思ってる奴がいるかもしれない。
「だから誤解だって! そもそもあいつから俺と付き合ってるって聞いたのか?」
「聞いてはいないけど、そうとしか思えないし」
思わないでお願い!
「だろ? 実際俺たちは付き合っちゃいないし、こんなやって一緒にいるのも今だけだ……たぶん」
俺の監視が目的なら、ユメリの誤解が解けた時点であいつは学校に来なくなるはずだ。
「そう、なんだ……なんか残念。二人ともお似合いだと思ってたのになー」
言いながら楼園に視線を移す南雲
「ハハハ、かんべんしてくれよ」
好きな子に言われるほど辛いことはない。
楼園に誤解されていることを話したら、そんな事で騒ぐなと一蹴された。
自分が他人にどう思われようが気にしないタイプらしい。
その後、一応誤解は解けたものの、心に大きなダメージを受けたまま授業を聞き流していた。
■ ■ ■ ■ ■
ただ立っているだけなのに、アスハの鼓動は早かった。
放課後、校門前で待ち合わせ。
先に来たのはアスハのほうだった。
好きな男との初デート。緊張しないわけがない。
「おー、悪い。待たせた?」
数分遅れて敦が姿を表した。
「おっお待たせしました!」
「ん? 待ってたのはアスハのほうだろうよ?」
「……そうでしたね」
全然待ってないと言おうとしたのに、さすがの緊張ぶりだ。
「よし、じゃあどこか行きたい所あるか?」
「どこでもいいですよ」
敦と一緒なら、どこに行っても楽しいに決まってる。
「なら適当にぶらつくか」
「はい」
すると敦はアスハの右側に移動して左手を差し出してきた。
「え?」
「手、繋ごうぜ」
「え……ええ!?」
「あ、手じゃなくて腕組んだほうがいいかな?」
(腕組みなんてしたら、ものすごく体がくっついちゃいますけど!?)
アスハが脳内でパニックを起こす。
「あ、あう……あの、あの」
突然のことに思考が回らない。
もちろん嬉しいことには変わりはないのだが、照れすぎて恥ずかしすぎる。
「あの、みんなに見られちゃいますよ?」
「付き合ってんだからそのくらいいいじゃねーか。それともそういうのは嫌いか?」
「嫌なわけないです!」
力いっぱい否定する。
「お、おう。それじゃ手つなぐか」
「……あ、あの、どっちかっていうと、腕組のほうが」
アスハは恐る恐る彼の腕をとって自分の胸に抱きしめる。
(あ、なんかこれいいかも)
敦の体温で、アスハの緊張していた心が溶けていく。
「よし、行こう」
「うん」
行く場所はどこだっていい。
二人は二人の時間を過ごすために、寄り添って歩き始めた。
■ ■ ■ ■ ■
夏の夜空には無数の星が輝いている。
アスハと別れ、一人住宅街の夜道を歩いていた敦は、前方に小さな影を見つけ足を止めた。
「あれ? ユメリじゃんか。こんなところでどうしたよ? 一人なのか?」
薄暗い街灯に照らされた小さな姿。
「ユメリとはなんだ? 何故あんな『もの』が存在する?」
少女は独白めいたように呟いた。
「えっと……なに? なんかいつもと雰囲気ちがくね?」
同じ姿をしているだけに、敦にはソレがユメリではないと気づけない。
ただなんとなく、瞳の色が違うような違和感を抱くのみ。
「ふん。おまえには判らんか。まあいい。これからおまえには道化になってもらうよ。なに、怖がることはない。おまえは悪魔に操られている親友を助けてやればいいだけだ。誇らしいぞ」
「……こりゃ、ハル呼をんだほうが早ぇかな」
スマホを取り出そうとしたとき、敦の体がビクンと震えて静止した。
「なっ! なんだこれ!?」
周りの空気が固まって体が固定されたような感覚に恐怖を覚える。
「あの男を呼ぶ必要はない。まあアタシの話を聞きなよ。いいことを教えてやるからさ。と、その前におまえに掛けられてる力を解いてやらないとね」
敦に近寄ろうとした少女は何かに気づき歩を止めた。
「おまえ、アスハとユメリ以外にも能力を使われているな」
金色の眼光が敦を探る。
「……これは。キャハハハハハハハ! そういうことかよ! どうりでこうも都合良く惹かれあうわけだ。セレンの奴、本当に現代で永眠するつもりなんだね」
ユメリとアスハ以外の第三者の能力者の正体に少女は気づいた。
「………………なに言ってんの?」
体を硬直させられたままの敦の背中に悪寒が走る。
少女が何の事を言ってるのかまったく分からないが、良くない事が起きているということだけは理解できた。
「おまえには関係ない話だよ、気にするな。だけどまあアイツに気づかれると厄介だ。消すのはアスハとユメリの力だけにしておこうか」
「え?」
少女の小さな口が半円を作り、瞬間、敦の視界は暗転した。




