友の気遣い
つまらないテレビを見ながらあくびを一つ。
学校での気疲れからか、まだ二十時を回ったばかりなのに目蓋が重い。
今、うちの風呂でアスハとユメリが入浴中。
敦とデートした帰りに、ユメリの顔を見に来たアスハ。
顔を見に来ただけですぐ帰ろうとした彼女を服を掴んで、今日は泊まっていけと駄々をこね始めたユメリに負けて一緒に風呂に入っているわけだ。
俺も風呂入ったら今日は寝よう。
楼園が学校にいるとものすごく気疲れするが、現状では頼もしい奴なのであまりそうも言っていられない。
ピリリリリ……ピリリリリリ……
スマホから着信音。
「……はいはい、今でますよ」
言いつつ、電話に出るのは面倒な気分だった。
ディスプレイには敦の名前が表示されている。
《おう、家か?》
「おー、家にいるけど」
なんだろう?
心なしかあいつの声が緊張してるような気がする。
《ユメリは近くにいるか?》
「んにゃ、風呂入ってるよ」
さすがにアスハがいることは伏せておこう。
ユメリと血が繋がってることはまだ知らないはずだし、俺の家で風呂に入ってるなんて言ったら変な疑いを掛けられそうだ。
「ユメリがどうかしたのか?」
《……》
沈黙。
「おい? どうした?」
《……あ、悪い》
歯切れが悪い。
「マジでどうしたんだって? 何かあったのか?」
さっきまでアスハとデートしてたはずだけど、何か変なところがあったとは聞いていない。
《……んん、まあ、あったっていやーあったかな。それよりおまえ、明日学校来るよな?》
「行くけど、なんで?」
《ちょっと話したいことがあんだけどさ、できるだけ早く教室に来てくれよ》
「いま話せばいいじゃねーか」
《いや、できれば直接会って確かめたいんだ》
「……確かめるって何を?」
《だからそれを会って話したいって言ってんの》
直接会って話したい事ってなんだ?
何を話したいのか心当たりがない。
「わかったよ。じゃあ八時くらいには教室行くよ」
俺の返事を聞いて敦は通話を切った。
脱衣場からアスハの声が漏れてくる。
ちょうど上がったみたいだな。
敦の声色は普段聞きなれない真剣なものだった。
もしかしてアスハとこれからどう付き合っていけばいいのかとか、色恋沙汰の相談じゃないだろうな?
もしそうだとしたら俺にアドバイスなんてできねーぞ。
「先輩、お風呂お先にありがとうございました」
「うおっ! お、おう、おつかれさん」
思わず慌ててスマホを背中に隠してしまった。
「どうかしました?」
「いや、なんでもないんだ……その、今日は疲れたからさ、俺も風呂入ったらすぐ寝るよ」
「はい、ゆっくり入って疲れを癒してください」
笑顔が眩しい。
後ろめたい気もするけど、電話のことは黙っておこう。
あいつがどんな話をしたいのかわからないのに、ヘタにアスハを心配させるようなことはしたくない。
ユメリが体を拭き終わるのを待ち、俺も風呂に入った。
■ ■ ■ ■ ■
翌朝、約束通り八時に教室に入ると、すでに敦は自分の席に座って俺を待っていた。
ちなみに八時に登校するのは俺にとって早めな時間というだけで、すでに十人以上は教室にいる時間だ。
南雲や楼園もまだ来てないようだ。
俺の顔を見た敦はこっちにこいと手招きしている。
どうやら教室で話せる内容のようだ。
「なんだよ会って話したい事って?」
敦の隣の席に座ってすぐに話を促す。
俺を見る敦の顔は普段より硬く見える。
「今のハルに言ってもわからんだろうけどさ、おまえな……ユメリに憑かれてんだ」
「――っえ?」
こいつ、なんでそれを。
「驚くのは分かる。きっとオレが変なことを言ってるとでも思ってんだろ? けど事実なんだ。そんでこのままだと……ハルは死んじまう」
冗談で言っているとは思えないほど敦の目はマジだ。
もしかしてユメリの能力が解けたのか?
いや、違うな。
能力の効果を解くにはアスハともう一人の能力者の力が必要だって言ってたし、効果が解けたとしてもユメリが俺に憑いてるなんてわかるはずがない。
「敦、順に話してくれ。誰にそのことを聞いたんだ?」
「誰に聞いたとかじゃない。オレが『気づいた』んだよ」
まてまてまてまて!
そんなわけないだろ!?
「いいかハル、よく聞いてくれ。きっとおまえはオレが何を言ってるか理解できないと思う。逆にオレが何か企んでるじゃないかって疑うかもしれない。けど言わせてくれ。ユメリと一緒に居るのは危険なんだ。しばらくオレの家に泊まりに来ないか?」
「……おまえ、なに言ってんだよ?」
敦が俺を心配してくれてるのはよくわかる。
だけど『気づいた』だって?
何に?
「ユメリが俺にとり憑いてるって言ったな。じゃああいつが普通の人間じゃないって知ってるんだな?」
「ああ」
「ユメリが危険だという根拠は?」
「あいつは人間にとり憑いて命を奪う。それが根拠だ」
なんだそりゃ?
どこで何を聞かされたのか知る由もないが、まったくのデタラメだ。
「いいか、敦こそよく聞けよ。話しても無駄だってわかっていたから何も教えなかったけど、確かにユメリは普通の子供じゃない。だけど俺と一緒にいるのは元々ユメリの意思じゃないんだ。ユメリの姉ちゃん……いや、母親に俺と居るようにさせられただけで、ユメリは人の命を取ったりしないし、俺に害を与えようともしていない」
敦はため息を吐いて顔を振った。
「ハルがユメリの肩を持つことはわかってる。そう思わせられてんだし責めたりしねーよ。おまえにとっちゃオレの言うことなんかデタラメに聞えるだろうけどそれでもいい、騙されたと思ってとりあえずオレの家に来てくれ。頼む!」
なんだか知らねーが騙されてるのは敦のほうだっての!
誰がこいつにこんなこと吹き込みやがった!
そもそもユメリの暗示はどうなってんだよ!?
「なあ、一体誰からそんなこと聞いたんだよ?」
ここでふと思い当たる節があった。
以前から敦に能力を使ってるというもう一人の能力者。
ユメリがババアと呼ぶ俺たちを襲ってきた能力者。
両者のうちどっちかがこいつに何かしたんじゃないのか?
「だから誰かに聞いたわけじゃない。『気づいた』だけなんだ」
まさにその言葉こそ、誰かに操られていると物語ってる。
ユメリが俺に憑いていて、しかも命を奪おうとしてるなんて、たとえ本当だったとしても分かるはずない。
敦も至って普通の人間だ。
俺のように目の当たりにして巻き込まれでもしない限り、ユメリたちの存在をそう易々と認めるわけないんだ。
しかも突然気づくなんて不自然もいいところ。
それこそ誰かに操られているとしか思えない。
「頼む! ここは黙ってしばらくオレの家で過ごしてユメリと離れろ」
俺を心配していることがひしひしと伝わる。
どうする?
ひとまずクラリスたちに相談すべきか。
敦の気持ちはすごく有難い。
だからこそこいつに間違ったことを吹き込んだ奴をすぐに見つけ出したい。
そのためにはクラリスたちの協力が不可欠だ。
「ユメリといると俺が死ぬかもいれないって思ってんだな」
「ああそうだ。だからオレん家に来い」
「敦のところに行ってどうにかなるのかよ?」
「……いや、それは。とにかくユメリと離れてからこれからのことを考えればいいじゃないか!」
「そうだな、おまえが言ってることが本当だったらそれがいいかもな」
「だろ! だからオレの家に――」
俺は敦の言葉を遮る。
「おまえの言ってることが本当だったらって話だ。
いいかよく聞けよ。敦の言ってることはデタラメだ! けどいくら俺が説明したって本気でそう思ってるおまえを説得することはできないし、逆におまえが俺を説得することもできない。なぜなら敦こそ誰かに操られてるって断言できるからな。そう言っても、これは全部ユメリに言わさせられてるって思ってんだろ? 別にそれでも構わない。だっておまえが『そう考えさせられてる』んだからな」
一呼吸置いて、強く敦を見る。
「ハッキリ言わせてもらうぜ。完全におまえは間違ってる。ユメリは俺の命を奪ったりしない。むしろあいつは俺を助けてくれてる。考えられる結論はこうだ。俺たちを狙ってる誰かがおまえを操ってるんだよ」
「…………ハル」
敦の瞳に影が落ちる。
「ま、そう言ってもだ、今は何も証明することができないんだ。だから少し時間をくれ」
「……それでどうするつもりだよ?」
「なんとかするさ。敦に本当のことをわかってもらえるようにな」
「今すぐユメリと離れるつもりはないんだな?」
敦の後ろにいる奴はそれが狙いなのかもしれない。
俺とユメリを離せば一人ずつ狙うのなんて簡単だろうしな。
わけもわからず命を狙われるってのはほんと嫌な気分だ。
「悪い。おまえの気持ちがわからないわけじゃないんだ」
普段ふざけあってる仲なだけに、こんなに真剣に心配されたら慣れなすぎて落ち着かない。
「わかった。今日のところは諦める」
「今日は、ね」
「当たり前だろ! ハルが死ぬかもしれないんだぞ、放っておけるかよ!」
「うん。サンキュ」
物騒な話とはいえ、こいつに言われるとマジで気恥ずかしいな。
意外とあっさり引いてくれたのでそれ以上なにも言わなかった。
「とりあえず何かあったらすぐに話せよ」
どこに行くのか、未練顔のまま敦は教室から出て行った。
ひとまず俺は自分の席に座る。
マジで頭にくる。
誰だか知らねーけど、俺たちに用があるならあいつを使わず自分で来いってんだ。
長引けば他の人も巻き込むかもしれない。
とにかくクラリスに連絡をとろう。
親友が操られてるとわかっていて、自分の力で助けてやれないことがすごく悔しかった。
ホームルームが始まる前には敦は自分の席に戻ってきていた。




