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ユメツクリ《Remake》小説版  作者: 椎木一
ユメツクリ
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53/56

金色の瞳

「お、ただいま」

 玄関のドアを開けると、ユメリが出迎えてくれた。

 なんだかんだあっても、こういうところは素直に可愛いと思う。


「たいへん」

 しかしユメリの表情が若干険しい。

 どうやらただ待っていたわけじゃなさそうだ。


「大変って……なんだよ?」

 お前がそういうこと言うと、すごく不吉なんだが。


「リンゴジュースなくなった」

「リ、リンゴジュース?」

「リンゴジュースなくなった」


「……それだけ?」

「それだけ」

 そっか。

 それだけか。


「まあ、ユメリにとっちゃ大変なことだな」

「たいへん」

 一気に肩の力が抜ける。

 とはいえ、ジュースの在庫はまだあったはずだ。


 リビングに入ると、テーブルの上にきちんと並べられたリンゴジュースの瓶が三本。


「全部飲んだのか?」

 約束を守っていれば三日分のジュースだ。


「がまんできなかった」

「なんで?」

「のみたかったから」

「一日一瓶て約束してたのに」

「れいぞうこにはいってたから、のみたくなった」

 見えるところに置いておいたのがマズかったようだ。

 子供らしくはあるが、甘やかす理由にはならない。


「約束守れないなら、次から紙パックのジュースな」

「これがいい」

 ユメリはリンゴジュースの空瓶を指差す。


「これがいい」

 ユメリを無視して瓶を片付ける。


「これがいい」

 聞く耳持たず。


 キッチンに移動し横目でユメリを見ると、ふて腐れた顔で俺を見ている。

 まあそれも仕方のないことだ。

 約束を破ったこともさることながら、瓶入りのジュースは値段が高い。

 ほいほいと買ってやってたら、それだけで財布が空になっちまう。


 ユメリはブスっとしたまま廊下に出て行ってしまった。


「いじけたか?」

 でもここで甘やかすと調子に乗るからな。

 しばらく放っておこう。

 と思っていたら、意外な客を連れて戻ってきた。


「こんばんは」

「……お、おう」

 ユメリが出迎えに行ったのはクラリスだった。

 どうにもクラリスを見るとまだ緊張してしまう。


「ユメリの様子でも見に来たのか?」

「いいえ。ヴィオラの前に私たち以外の能力者が現れて、その人物がかなり厄介なの。それの報告と別のお願いがあって」

「昨日俺たちを襲ってきた奴も手に負えないとか言ってたけど、別の奴?」

 クラリスの知らない能力者がこの街には二人いると言っていた。


「まだ断定はできないけどね。そのことでこれからヴィオラと動かなければならなくて、あまり家にも居られないし、ユメリの側にいてくれる人がいないの。ある程度落ち着いたらユメリを連れて帰る予定だったのだけど、会社の事でカノンも忙しくて、できれば目処が立つまでユメリの面倒をお願いしたくて」

「……そういうことなら構わないけどよ」

 俺はこうして報告を聞くだけで何もできないけど、ややこしい事になってきてるな。


「ただ、俺はいいんだけどユメリはそれでいいのか?」

 まだ小さいんだし、二人が親子だと知ったから尚更そう思う。


「ユメリはどうしたい?」

「ハルといっしょにいる」

 母親の問いに、俺といる方を選んだユメリ。


「……お前がそう言うなら、いいけど」

 大きな瞳が俺を見ている。

 いつもの無表情だが、そこにもちょっとだけ愛嬌があるようにも思えてきた。


「ありがとう」

 微笑んだクラリスはユメリの頭を撫でて踵を返した。


「もう行くのか?」

「ええ。あまり長居もしていられなくて」

「このくらいなら電話でもよかったのに」

「少しだけ、この子の顔が見たくて」

 ユメリを見るクラリスに、なるほどと頷く。


「今度、ゆっくりお茶でもしましょう」

「……ああ」

 クラリスとゆっくりお茶ね。

 色んな意味で緊張しそうだ。

 ユメリと一緒に玄関までクラリスを見送る。


「見送りなんてしてくれなくてもいいのに」

「一つ気になったんだけど、ヴィオラが会ったっていう能力者もユメリの能力で呼ばれたのか?」

 ヒールを履きながらクラリスは首を振った。


「いいえ、違うと思うわ。相手は私たちのことを以前から知っていたようなの。ヴィオラの話では、私が考えを改めたことが気に入らなかったらしいわね」

「……なんだよそれ。じゃあクラリスが狂ってれば良かったって言ってんのかよ?」

「そうよ。それにね、その人物の外見はユメリにそっくりだったそうよ」

「ユメリに?」

 隣のユメリは無反応。


「千種ちゃんのご両親が亡くなった時のことは知ってるかしら?」

「聞いてるけど……それじゃあそいつが?」

「可能性はあるわね」


 楼園がユメリを狙う理由。

 楼園の両親が死んだ時にその場にユメリがいて、ユメリが両親を殺したからというもの。

 それはユメリじゃないと信じていても立証することができなかった。

 しかしユメリに似た能力者がいるなら、そいつが人の不幸を嘲笑うような奴なら、一気にユメリの疑いが晴れるんじゃないのか?


「この事はまだ誰にも話さないでね。ヴィオラも確証がとれるまで千種ちゃんには教えないつもりのようだから」

「……わかったよ」

 何かの拍子で言ってしまいそうで怖いな。


「それじゃあ行くわ。ユメリのことよろしくお願いね。アスハとも仲良くしてあげてちょうだい」

 俺が頷くのを見届けてクラリスは出て行った。


 はぁ、とため息が漏れてしまう。

 俺の出番は無さそうだし、能力が消える日までユメリの世話くらい任されよう。

 そうだな、どのくらい時間が掛かるのかわかならいけど、その間くらいあいつの飲みたいジュースくらい買ってやってもいいかもしれない。

 母親と離れてるんだ、そのくらいの我がままは聞いてやるか。


「しょうがないから、またあのジュース買ってきてやるよ」

 全部飲んじまったせいで明日からの分がない。


「ユメリもいく」

「すぐ帰ってくるから待ってろって」

「ユメリもいく」

 うーん。

 毎日家の中にいるし、たまには連れて行ってやってもいいか。


「わかった、一緒に行こう。勝手にどこかいくなよ」

「うん」


 外はすでに暗くなり始めていた。

 ユメリのお気に入りのジュースはコンビニじゃ買えない。

 駅前のデパートに向かうため、俺たちはバス停へと移動した。




「これがいい」

「高ぇよ!」

 デパートの食品売り場に入り、不意にユメリが指したのは、一本千二百円の瓶入りのリンゴジュース。

 しかもそれが六本入った箱を見てやがる。


「これがいい」

「だめ、高すぎ」

 普段買ってるやつも一本七百円とお高いのに、更にいい物をねだってきやがった。


「これがいい」

 こりゃ完全に意見を変えそうにない。


「それだとあんまり買ってやれないぞ? またすぐに飲んじまうんだろうし、たくさん買ったほうがいいだろ?」

「やだ」

「だめだ。行くぞ」

 引きずってでも連れて行こうとすると――


 ガシ!


「えええええ!?」

 あろうことかユメリの奴、リンゴジュースの箱にしがみ付きやがった!


「おまっ! 離れろって!」

 引き剥がそうとしてもしっかり抱えて離さない。

 無理やり引っぱると箱も一緒に動いてどうしようもない。


 他の買い物客からクスクス笑い声が漏れ、店員さんからは白い目で見られている。


「ユメリさんかんべんしてください。これじゃなくていつものでもいいだろ?」

「やだ」

 このヤロウ。

 周りの視線が痛い。


「わかった、わかったよチクショウ! これ買ってやるからさっさと離れろ!」

 俺が折れると、最初からそうすればよかったのに、みたいな顔であっさり身を引いた。


「このバカタレ!」

 ゴチン!

 ユメリの頭にゲンコツを一発。

 その痛みが俺にも伝わってるくのが癪だがやらずにはいられなかった。


「いじめるな」

「どっちが苛められてんのかわからんぜ」


 ジュースの箱を渋々レジまで運び、予定外の出費で危うく帰りのバス代まで無くなりそうだった。



「……重い」

 ガチャガチャ音を立てながらジュースの箱を持ち歩く。

 これがかなり重い。

 バス停までの我慢だ、我慢。

 ユメリはというと、重労働を強いられている俺の後ろで満足そうにしてついてきている。

 この際、俺の夕食も豪華なものにしたかったが、財布の中身が乏しくなりすぎて食材なんか買えやしなかった。


「大変そうね」

「……うわっ」

 目の前に突然少女が現れ、危うく足をもつれて転びそうになった。

 その容姿に言葉を失う。


 テレビや雑誌でも見たことのない、人形の様に整った顔立ちの美少女。

 深紅のドレスに身を包み、流れるブロンドの長髪は砂金の輝きを帯びている。

 雪の様に白い肌は、穢れを知らない赤子のように潔白。

 絶世の美女と称しても過言ではない容姿を持つ少女が目の前にいる。

 あまりにも場違いな彼女に当然周囲の視線も釘付けで、俺まで一緒に注目の的になっていた。


「どうしたの、そんなに固まってしまって?」

 周囲の光に照らされた瞳は金色に光っている。

 丁重な言葉使いとは逆に、他を圧倒するほどの眼光を彼女の瞳は持っていた。

 彼女の言葉は全て正しい。

 そんな脅迫概念を無意識に抱いてしまいそうな圧力。


「ふふ、そんなに緊張しないで。ただ貴方とお話がしたいだけなんだから」

「……俺なんかと?」

 日本人でもなく、まるで共通点が見当たらない相手からの話題とはなんだ?


「なんか、なんて謙遜しないで。貴方がいいの。よければ相手をしてくれないかしら?」

 彼女の声が脳に甘く響く。

 金色の瞳に意識が吸い込まれ、拒否するという選択肢が消えていく。


「さあ、美味しい紅茶を用意してあるわ。楽しい一時を過ごしましょう?」

 彼女の細い指が俺の頬に伸びる。


「安心なさい。悪いようにはしないわ」

 俺はただただその言葉を受け入れる。


「さわるな」

 白い指が俺に触れそうになった瞬間、ユメリが間に割って入り、彼女はすっと手を引いた。


「あら、可愛いお嬢さん」

「あっちいけ」

「一緒に遊んではくれないのかしら?」

「あそばない、あっちいけ」

 美少女が探るようにユメリをジッと見る。


「お嬢さん、アナタは誰?」

「……」

 質問にユメリはムスッとしたまま答えない。


「アタシの偽物が居るようなのだけど、知らないかしら?」

「とぼけるな」

「とぼける? 何のことを言っているの?」

「……」

 ユメリの口がへの字に曲がって更に不快感を表している。


「クスクス、嫌われてしまったようね」

 彼女の瞳が俺を映す。


「貴方がいたから声を掛けてみたのだけど、下手に遊んじゃったらあの人に怒られるわね」

 この子は何を言ってんだ?

 まるで俺を知ってるみたいじゃないか。


「それでは、またどこかで」

 優雅に膝を折って挨拶の代わりとし、少女は去っていった。

 何かの物語から出てきたような彼女の姿は、見えなくなるまで周囲の視線の的となっていた。


 突然の出来事にしばらく俺は呆然としていた。

 いや、正直なところ、途中から意識がぼーっとして思考が止まっているような感覚だった。

 ジュースの箱を持っている腕が痺れてきて、ようやく我に返る。

 俺が動くまで、ユメリは少女の消えた方をずっと睨んでいた。



「さっきの女の子はなんだったんだろうな?」

「……」

 帰りのバスの車内、俺が訊いてもユメリは応えない。

 あの子と会ってからずっとユメリは無言だった。


 まあいいか。

 本当に夢のような実感の薄い出来事だったし、あまり気にしてもしかたないだろう。

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