獅子の名は
「…え?い、いやねぇ、カナンくん。いきなり何言ってるの?」
ジト目で突っ込んだ俺に、マドンナは慌てて誤魔化そうとする。
あくまでも媛さんの振る舞いを続けるマドンナに俺はつい顔をしかめる。
「やめろ。お前にそんな呼び方されるとなんだか殴りたくなる。」
「ちょっ…酷すぎくない!?こんな可憐な乙女にそんな呼ばれ方されて殴りたいなんてどんだけドSよぉッ!!」
思わずといった感じで立ち上がり、いつも通り知性が欠け落ちた喋り方をするマドンナ。本当にアドリブ弱いな、こいつ。
俺はため息をついて周囲の三人を眺めれば、デュランタは目を丸くし、フジは戸惑い、閣下ですら少し驚いているようだ。
その反応こそ驚きだ。
確かに今のマドンナの着ている服は平民の着るような簡素な服ではなく、舞台で着ているやたらと目を引くドレスでもなく、普段媛さんが着てるような落ち着いてはいるが一目で高価だと分かるような服だ。
よく見れば化粧もいつもの派手なのじゃなく、薄い…なんて言ったか…ナチュラルメイク?とか云うのにしてるみたいだが…。
「…どういう事です!?貴女は本当にマドンナ!?…なんの悪ふざけですか!」
フジが滅多に見せない怒りの表情をマドンナに向けると先程の堂々とした姿が嘘のように消え、「ひぇえ~!」などと情けない顔で肩を震わす。
閣下の方からも静かな怒りが滲んでいるように感じて、思わず俺も軽く身震いをした。
「ごめんなさ~い!媛様からお願いされてちょっとの間媛様のふりして誤魔化してって~言われたから〜!!」
頭を隠しながら自白するマドンナに俺は呆れた目で見下ろしていると、ふとデュランタからの視線に気づいた。
「………、お前…何でアイシャ媛じゃないって分かったんだ?」
そちらを向くと珍しく普段のおちゃらけた顔ではなく、やたらと真剣な顔で俺に問いかけてくるデュランタ。怪訝に思いつつも当たり前な事を答える。
「見ればわかるだろうが。媛さんと別人なんだからよ。」
むしろこの三人がわからなかった事のほうが意外だ。
「見た目だけならほぼアイシャ媛の姿だ。支配人やフジ殿すら気づかなかったぞ。」
その言葉に俺は軽く目を瞬かせ、もう一度マドンナを見る。
確かに顔は化粧のせいか、元々がそっくりなのかは分からないが媛さんそのものだといわれれば…まぁその通りだ。声も話し方は同じような気もするから、知らずに聞けば本人だと思うだろう。
………だが、見れば明らかに違うのだが…、何が違うのかと聞かれれば説明できない。
考える俺をデュランタは険しい顔で見る。
強い警戒するような視線に俺はサージェスの言葉を思い出した。
『…デルフィニウムだが、奴には気をつけろ。』
「デュランタ…お前…、」
「フジ!待ちなさい!」
俺の言葉を遮り響く閣下の叱責。
反射的に俺は口を閉ざしそちらへ視線を向ければ、閣下がフジの手首を掴んでいた。
どうやら貴賓室から媛さんを探すために飛び出そうとしたところを閣下に止められたようだ。
「お離し下さい!アルバート卿!」
「落ち着きなさい。今アイシャ様がどちらにおられるのか分かっているのですか。」
冷静な閣下の声にフジの動きが止まる。
「……。」
「アイシャ様はご自身の立場を理解されています。無謀な事をされるはずが無い。」
唇を噛んだ後に項垂れるフジの姿に、
(納得してるようには見えねぇな。妙に焦ってるようにも見えるが…)
媛さんが絡んでいるから冷静ではいられないのだろう。
少し前ならフジが常に媛さんにくっついてたが、リンドウが媛さんにつくようになってからフジも離れることが多くなった。
そのリンドウが遠出するタイミングを見計らっての行動だろうから計画的なもんだろうが、フジに黙って行動するのは珍しい。ひょっとしてリンドウは知ってたとか?そんな風に思っていると「カナン。」と声がかかる。
「ちょ~っとお話があるんだけど、いいか?」
おちゃらけた口調にヘラヘラと笑っているのだが、奇妙な事に緊張感を感じた。
劇場の敷地内の広場に誘われ、二人で…というよりデュランタの一方的なおしゃべりに適当な相槌を返しながら向かう。
先程感じた緊張感は気の所為だったのか、今は感じない。
デュランタの話は大概九割程どうでもいい話なのでほぼほぼ全てを聞き流しながら、サージェスの言ってた話を確認するにはちょうどいいと思い至る。
「なぁ、デュランタ――」
どうせどうでもいいおしゃべりだからと無理矢理遮ろうとした瞬間違和感が生まれ、俺は前へと跳びながら、デュランタの方へ視線を走らせる。
視界にはデュランタの驚いたような顔、そして手斧――!?
俺の背面にはデュランタが小さな手斧を振り下ろした体勢で、顔を前方へと逃れた俺に向けている。
殺気も何も感じなかった、完全の不意打ちだった。よく俺も避けられたと自分の動きに驚く。
「……どういうつもりだ?………媛さんの指示か?」
混乱、疑惑、そういった感情が俺の中を巡る。
そんな俺にデュランタは仕留められなかったという現状に焦りも慌てもせず、ただ「はぁあー。」と深いため息をついた。
「まぁ…、やっぱりというか…予想以上というか。」
そう言いながら手斧を握っていない方の手でガシガシと頭を掻きむしる。
そんなデュランタの反応に俺は苛立ちながら、
「どういうつもりだ。」
と再度問いかける。
「まぁ、とりあえずは落ち着いてくれ。お前の左肩を狙った時点で殺す気はなかったって分かるだろ?」
「―――!?」
目を見開きデュランタを見つめる。
(………こいつ、何で…)
「……何者だ。お前は。」
俺の中で警戒心が高まる。
媛さんにだって教えてない事を何故知っている。
「まぁ、改めて自己紹介でもしておくか。」
デュランタは握っていた手斧を腰の後ろの方に回すとカチリと音が鳴る。俺からは見えないが、斧をしまったようだ。
「デュランタってのは芸名だって知ってるよな?」
知らん。
もしかしたら最初にそんな事を言われてたかもしれないが覚えていない。
だが今はどうでもいい事だ。正直に申告する必要もないだろう。
「まぁいいや。俺の名前はダイモン。ダイモン・ギルバーナ。」
舞台の上で謳うように、どこか誇らしげに云
う
「世界を調整するギルバーナ一族の一人さ。」




