華と炎の密かな話
サージェスの確信を得た様な笑みを向けられ、俺は焦りを覚えた。
創成の学舎という存在がその後どうなったのか、俺には知らされていない。
爆発が起きてあの施設は壊滅したし、そこにいた大人たち…研究員どもも死んだかもしれない。
しかし、そいつらの上にいるのが教会そのものだとすれば、ヤバいんじゃないのか?
(もし俺が捕まれば……、どうなる?始末されるのか?……いや……今の俺の状態を知れば、再びあのクソみたいな状況に戻るのか!?)
俺の今の飼い主の媛さんの立場とかもヤバいかもしれないし、劇団の連中にすら危険が及ぶのかもしれない。
《異能持ち》であるのがバレた以上にマズい。
(……どうする!?……)
追い詰められた俺の内心を知ってか、サージェスがふぅと軽くため息をつく。
「だから、誤解しないでくれないか?先ほども述べた通り俺は君に危害を加える気はない。……ただ協力をして欲しいだけだ。」
そう言ってサージェスは浮かべていた笑みを消す。
「…………何をだ。」
内心の焦りは筒抜けかもしれないが、懸命に平静さを装って俺はサージェスの顔を見る。
相手の一挙一動を注視し、警戒心を強めた。
「……、俺はシェークスリード王国の命を受け教会のとある人物を調べている。」
サージェスは軽く周囲を見回した後、声を落としそう告げた。
「相手の詳細は明かせないが……その人物は学舎の繋がりがあるとの疑惑がある。その人物の企みと関わってきた行動を俺は調べている。……君の存在があれば停滞している現状を打破出来るかもしれん。」
手を組み顎を乗せ、こちらの様子を観察するかのように静かに口に出す。
とんでもない発言に俺は驚いた。
創成の学舎の存在はどう取り繕ったところで闇組織や邪教じみたモノでしかない。
いくら邪悪なナニかと取引した《異能持ち》のみが実験材料だと嘯いたとしても殺すならまだしも、あんなイカれた人体実験を繰り返すような施設を世間サマが認めるとは流石に思えない。
そんな存在と教会の人間が関わってる事を疑っている等と知られれば、《奇蹟の人》とてただじゃ済まないだろう。
協力を仰ぐためだとしても、よくそんな話を俺に打ち明けられたものだ。さっきの態度でか、はたまた他の何かかは分からないが、よほど俺が学舎の実験体の一人だと確信を得ているのだろう。
「……仮にだ。もし仮に俺がその学舎とやらの犠牲者だと仮定して、だ。メリットも無いのにそんな厄介事に首を突っ込むとでも?」
我ながら諦めが悪いと思うが、この男が確信を持っているその材料が分からない内は認めるつもりはない。
このまましらばっくれて立ち去るのが一番かもしれない。…しかし、今後この男が俺をどうするつもりなのか気になった。
「君の身の安全、そして自由。この2つを保障しよう。報酬的なものもできうる限り用意する。」
真っ直ぐにこちらを見つめながら伝えてくるその言葉に偽りはないようだ。
まぁ確かにあんな場所で実験動物として飼われてた身の上にはありがたい申し出なんだろう。
――だが、
「…………そうか。」
そう呟き俺はサージェスから受け取った花束を取り席を立つ。訝しげな顔をするサージェスに視線をやった後、何とか空にした皿の並ぶテーブルを顎で指し、
「ま、量は多すぎたが美味かった。金の支払いはあんたでよかったんだよな?」
「待て、まだ…」
すぐにでも去ろうとする俺の反応が予想外だったのだろう。
店の出口へ向かおうとする俺を引き止めようとサージェスは俺の左腕へ手を伸ばし、
「触るなッ!!」
咄嗟に俺は乱暴にそれを払った。つい反射的にしてしまった行動に舌打ちをして、
「悪ぃな。そう気安く触られたくないもんでつい払っちまった。」
気まずい空気の漂う雰囲気にため息をつきながら俺は口を開く。
「さっきの話は興味本位で聞いただけだ。モノによっちゃ適当に話を合わせて協力してやってもよかったんだが…あんたの提示したモノは俺には必要ないものだ。」
学舎を調べてはいるものの直接的な関係者ではないと分かり、俺は落ち着きを取り戻す。
端から見ればアレだけの動揺を見せておいて、今更無関係なフリなど滑稽だろうが。
まぁそれはさておき、とにかくこの男は俺を害する気もないと分かったのでここで会話は終わらせる事にした。
金目当てのチンピラよろしく、そんなセリフを吐いて去ろうとする俺の背にサージェスが食い下がる。
「なら……君にとって必要なモノは一体何なんだ?何を求めている?」
俺の求めているモノ……、か。
そう問われると、はて何だろうなと軽く考える。
身の安全は今の時点でそれなりに確保されている。自由も同じくある程度は。金も最低限の生活ができればそれで構わない。
あんな学舎に比べりゃ今のままで十分だ。
「俺の望むものなんざ面倒なことに巻き込まれないでダラダラ死ぬまで過ごすくらいだ。」
―― それ以上なんて必要ない ――
そう思いながら手にしている紫色の花束を一瞥する。
俺が最も手にしてはいけない意味を持つ花だ。
『私や皆の幸せを守ってね。』
夢の中で…いや、かつて過去で実際に聞いた言葉が頭の中に響いた。
その言葉に胸の内に色々な感情が去来し、その心のまま花束を床に叩きつけようとする衝動を、強く握る事で堪える。
「――…じゃあ、俺はもう行くぜ。」
「……カナン。」
今度こそ立ち去ろうとした俺を静かにサージェスが呼びとめる。
先程の慌てたような雰囲気とは違い、どこが気遣うような声音に俺は振り返りはしなかったものの、その場で足を止めた。
「…この大陸に存在する結社の幹部…デルフィニウムだが、奴には気をつけろ。」
意味がよくわからず俺は首だけ振り向きサージェスを見た。
(……デュランタに?)
「……何の話だ。唐突に。」
言葉の意図が見えず、そう問い返せば、
「……君が意識を失っていた時、奴は君に攻撃を加えようとした。奴個人の行動か、それとも奴の組織の意思かは俺には分からんが。」
「……そうか。わざわざどうも」
そう言って、俺は今度こそその場を去った。
店から出て、俺はサージェスとの会話を振り返る。
……サージェスの言葉に嘘はないということは何故か理解出来た。
普通ならやすやすと信用すべきじゃないだろうが、それでも理屈ではない何かで分かったのだ。
(……とりあえずは、媛さんに直接伝えるか)
サージェスが教会のではなく王国の狗だった。そのひと言だけで事足りる内容では無い。学舎に関しての情報を持っている事も併せて報告を上げるとなると、連絡係を介してなど伝えられない。
元々は前の飼い主と閣下に学舎の事は他言してはならないと厳命されている。
その二人を除けば学舎は極わずか、媛さんとその腹心のフジ位しか知らないだろう。そんな極秘情報とやらをもらしたら閣下からのネチネチした説教が延々と垂れ流されるだろう。
それ以前にわざわざ誰かに不幸自慢なんざする趣味も持ち合わせてはいない。
それと最後のやつのあの言葉。
『…デルフィニウムだが、奴には気をつけろ。』
『……君が意識を失っていた時、奴は君に攻撃を加えようとした。奴個人の行動か、それとも奴の組織の意思かは俺には分からんが。』
(……本人に確認してみるか…)
ため息をつき、俺は再度劇場へと向かった。




