雷の危ない誘惑
グラナトさんとサージェスさんの会話はサージェスさんがこの場から立ち去った事で終わりを迎えた。
留まったままのグラナトさんに声をかける事も出来ずに、私は未だ柱の影に身を――
「出てきたらどうだい?アレイシア。」
「うきゃうッ!??」
隠していたけどアッサリとバレた。
恐る恐る顔を柱の影から覗かせると、いつの間にか至近距離に移動してきたグラナトさんがこちらを覗き込んでいる。
「――ひゅッ!!」
「君、ホントよく変な声あげるよね?場の空気を和ませようとかそういう心遣い?」
首を傾げながら悪意なく問いかけてるのかもだけど…結構気にしてるんだから止めて欲しい。
「……ただの驚いた時に出る悲鳴デス。」
憮然と返すと「へぇ。」とあまり興味なさげな相槌を返された。
「…で、君ここで何してたの?」
何気ない問いかけ……の様に聞こえたけど、さっきサージェスさんに向けてたみたいに、笑顔ではあるのに…何かを探るような瞳が私にも向けられた。
なんだかゾクリと感じて慌てて首を左右に振る。
「ち、違うのッ!!私…そんな、で、出歯亀するつもりなんてッ!!そんな全然!!!」
「……………あぁ…うん、だろうね。」
慌ててつっかえながら伝える私の思いがキチンと通じたのか、グラナトさんの目からゾクリとする何かが消えてホッとする。
……少し冷めた目をされた気もするが、私を冷静に見極めようとしてるのだろうか。
「一応誰かしらに言われてると思うけど、今日は司教様の有難い演説があったんだよ?聖堂内の人間は基本拝聴しなきゃならなかった筈なんだけどな。」
「うぅ、その…ちょっと…寝過ごしちゃって…。」
ゴニョゴニョと最後の方は口籠ってしまうのは仕方ないことだと思う。
「あぁ、昨日は規格外の《魔のモノ》と相対したんだったね。」
何気ない呟きに「そうなの!だから仕方ないよね!?」などと返しかけて、あれ?と疑問を覚える。
「…そう言えば、グラナトさんってあの《魔のモノ》の戦いで途中から来てくれたんだよね?…どうしてあそこに《魔のモノ》がいるって分かったの?」
私たち《奇蹟の人》は、いつも教会から指示があって動く。それは《魔のモノ》が出現すると思われる大まかな場所の予言、或いはラナンキュラスの様な悪の組織の存在の目撃情報などの連絡があって向かうのが大半で。
サージェスさんは街道を歩いていた時に豪咆の獅子の姿を見かけ、追いかけてきたら私が《魔のモノ》に倒されかけてるのを見つけたらしい。
戦いの途中で私が気を失った後にグラナトさんも来てくれたということだが、どうしてあの荒野にいたんだろうか。
サージェスさんはいつもの病気としか言ってなかったけど…。
「あぁ、偶々君の実家の食堂にお邪魔しようとした時に見てしまったのさ。君と若い男が馬に乗って旅立とうとしている、その瞬間を!!」
……なるほど。いつもの病気だ。
カナンさんに馬で連れて行って貰った状況を見てたんだろうけど…。
「いやぁー、なかなか劇的なシーンだったよ!人が往来する中を気にもとめず颯爽と走る馬の姿!!舞う砂ぼこり、顔を顰める周りの人々!!そんな光景が目に入らない位に2人だけの世界に入り込んでいる君たち!!!」
(………普通に周りに迷惑かけてたよって言ってくれればいいのに…。)
嫌味なのか本気なのか分からなくて放っておくと身振り手振りをしながら更に自分の妄想を語るグラナトさん。
なんだか面倒くさいなと冷めた目で眺めていたら、ふと話が食い違っている事に気づく。
(確かサージェスさんの話じゃ、グラナトさんはカナンさんが劇場で用心棒してるって話を食堂で聞いたって言ってたらしいのに…。)
今の話だとグラナトさんが食堂に入る前に、私たちは荒野に向かうトコだったって事になる。
つまり――
「グラナトさんは前からカナンさんの事知ってたの?」
一瞬、グラナトさんが止まった。
ペラペラと語っていた言葉は中途半端な所で途切れたまま、グラナトさんは私を見つめる。
「……何故?」
綺麗な、まるで作り物のような笑顔を私に向けて、グラナトさんは優しく問いかける。
ただし、目は無感情に思える程に冷徹だ。
「………い……や…、その…カナンさんが…、劇場で用心棒してるって…知ってたから…。」
なんだかグラナトさんが、得体のしれない怖い人みたいに思えて、私もどもりながら何とか答えを返す。
そんな私を変わらない表情で観察する様にグラナトさんは眺めている。
暫くしてグラナトさんは口を開いた。
「……そうだな。彼の事は一方的に知っている感じ…かな。」
「え?」
一方的…どういう意味なのか問おうと口を開く前にグラナトさんは続ける。
「私はよく演劇を観るため劇場に足を運ぶからね。その時につまらなそうな仏頂面で突っ立ってる彼を何度か見てね。武器を堂々とぶら下げてたから劇場警備をしている用心棒だってわかったのさ。」
「…そ、そうなんだ。」
そう言われれば納得できる気はするんだけど、さっきのサージェスさんとの意味ありげな会話や、今のやり取りで素直にその言葉を受け入れるのは難しかった。
(そう言えばグラナトさんってよく姿を晦ましてる気がする)
サージェスさんがよく怒りながら探し回ってたり、気がつくといなくなってるってヘレンが愚痴を言ってたりしたけど…。
今までだったらよくサボるなこの人…って思ってただけなんだけど、本当は違うんじゃないかな…。そんな考えが頭の中をよぎる。
「…私のことが気になってしょうがないみたいだね?アレイシア。」
私の方に顔を寄せて、囁くような声でグラナトさんが言う。
中性的な綺麗な人に流し目を向けられて、普通ならドキドキするのかもしれないけど…、いや、確かにある意味ドキドキしている。
「い、いやぁ…別に……そんな、気にだなんて…、」
「なら、サージェスのほうかな?確かに今の彼はとてもミステリアスで、私も気になって仕方がないんだよ。」
ホゥっと溜め息をつくそのグラナトさんは、まるで恋煩いでもしてるんじゃないかと思える様な姿だ。
…今は逆に怖く感じるけれど。
「――君も気になっているんだろう?ならば、ついてくるかい?」
綺麗な笑顔を浮かべ、そう言いながらグラナトさんは私に手を差し伸べて来た――




