異様な街の跡と無愛想騎士
公国の首都、チェスコバローンより北へと道なり進んでいけば、整った街道から徐々に荒れた地へと姿を変えていく。
街の付近の道には街路樹などが生えていたのだが、少し離れてしまえば殺風景な荒野が広がるのみだ。
日は暮れ始め、辺りが黄昏に染まりいくのを眺めながら、リンドウは赤いバツ印の記されている地図を確認した。
「……ここが、カラクス…。」
愛馬のスレイニークから降り、地図上の赤いバツ印に当たる場所であるその場所を眺め、リンドウはポツリと呟いた。
つい半月ほど前に《悪の結社》の手によって半壊した街。世間ではそういう形になっているが、実際は突然現れた《異形》によって滅ぼされかけた街である。
滅ぼされかけたと表現されるのは、偶々そこに居合わせた新たな司教一行がその場にいた為、被害は最小限に防げたとの事らしい。
「王国と公国を繋ぐ唯一の街道で…、ここが潰されたのがキッカケで微妙だった両国の国民間の交流が更に希薄な形になった。…という事らしいわ。」
スレイニークの上から落ち着いた女性の声がこの街について説明を始めた。
「半月経った今でも誰も戻ってはいないそうだし…。」そう言葉を加える女性にリンドウは手を差し伸べると、彼女はその手に自身の手を重ねリンドウの隣に降り立つ。
上品な漆黒のドレスを纏う彼女は氷血の魔女、フリージア。
リンドウと共に調査任務を請け負った《悪の結社》の幹部である。
(確か…正体は舞台の看板女優のマドンナだったか。…俺が劇場で観た舞台ではアイシャ媛の役だったらしいが…、 )
漆黒の上品なドレス。黒いレースのリボンで亜麻色の髪を緩く結い、後ろに流している。
立ち居振る舞いもまた上品さを感じさせるのだが、暗いヴェールと黒い扇で顔を隠している為、ミステリアスで何処か近寄りがたい…、悪の結社の幹部に相応しい姿ともいえる。
それ故、よく見なければ気付くのが難しいが、髪色や背格好は確かにアイシャに瓜二つだとリンドウは感じた。
(舞台でのイメージとまるっきり別人だな。俺も教えられなければ分からなかったろう。しかし……本当に媛に似ている。)
「何か?」
リンドウがジッと観察していることに気づき、フリージアはヴェールの向こうからチラリとリンドウに視線を向ける。
リンドウは「いや…、」と軽く首を左右に振り、何でもないとだけ返し、フリージアに向けていた視線を周囲へと向けた。
(気のせいだろうか…、妙な雰囲気が漂っている様に感じる…)
誰もいない筈なのに、ナニかが近くに潜んでいる様な…そんな不安を煽る様な感覚をリンドウは覚えた。
獣でも棲み着いたのではないか…とは何故か思えない。
本能に忠実な獣こそ避けて近寄らないだろう、そんな不吉な空気を感じた。
それを証明するかのように、スレイニークがどことなくソワソワとした様子を見せ始める。
「……ここに長居はしない方がいい。」
根拠はないが言わずにはいられなかった。
「…荒野で夜を過ごすよりは安全ではなくて?」
フリージアの言葉は正しいが、リンドウは同意できない。
カラクスの街が《異形》に襲われて半月。この街に住んでいた者たちは誰も戻ってきていないのだから、当然街は放置されたままだと云うのに…。
(……綺麗すぎないか?)
荒野の中に放置された住人もいない街なのに、獣や野盗に荒らされた様子もない。
開け放たれたままの入り口から砂ぼこりなどが入り込んだり、雨風に晒されているから建物は傷んでいってはいるだろうが…それだけに見える。
――その光景こそが異様なのだ
隣に立つフリージアにもその異質な雰囲気を感じてないわけでもないだろうが、街の外にあるだろう分かりきった危険よりもマシだと考えたのかもしれない。
(……かと云って夜の闇の中の荒野を目的地まで無理に進むのは危険すぎるか)
確かに獣などに襲われるリスクは低いかもしれないとリンドウは考え直し、せめて異様なこの感覚が少しでも薄くなる場所を探し始めた。
「ここならば先刻よりはまだマシだろう。」
リンドウとフリージアは街の中央よりはだいぶ外れた小さな小屋の前に辿り着いた。
土壁で出来た窯の側に大量に薪が積まれている様子から炭焼き小屋のようだ。
小屋を支える柱にスレイニークの手綱を素早く結き、すぐに脇に佩いた剣に手を伸ばし辺りを警戒する。
(炭焼き小屋があったということは、林なり森なり樹木が多くあったという事だが……)
周辺には葉もない木々が僅かに残っている位で、その木々も今や枯れ果てる寸前だ。
人の手を介する事なく自生しているだろう樹木すらもこの有様なのか、リンドウの心中で更に違和感を感じさせた。
リンドウは周囲を見回し何者かいないかを確認しながら、脇に刺している剣を手にし小屋のドアを開く。
その間にフリージアを常に背に庇っていた。
「…異常は無いようだ。さぁ、中へ。」
警戒を緩めることなくリンドウは剣を握ったまま、フリージアに中に入るよう促した。
「……えぇ。」
静かにドアの中へフリージアが身体を滑り込ませたと同時にドアを閉め、リンドウは自身のマントを外しフリージアに差し出した。
「今はまだ日が暮れたばかりですが、夜が更けることで寒さが増すかもしれません。」
改まった口調で話しかけられ、フリージアは深々と溜め息をつく。
「全く、本当大した観察眼ねぇ。」
ヴェールの向こうから先程の落ち着いた女性の声は明るい少女の声に変化していた。
「まさかこんなに早くバレるなんて思ってなかったわ。」
フリージアは顔を覆い隠しているヴェールを持ち上げ、リンドウへ苦笑を向ける。
そんな彼女にリンドウは静かに問いかけた。
「…何故、貴女がここにいるのか聞かせてもらっても?―――アイシャ媛。」
26.11.2誤字訂正




