気づかぬ内に影は広がる
《異形》と云う存在は一体何なのか。
その答えを求めるように、俺はジッと真っ直ぐにデュランタを見つめた。
デュランタは俺の視線を暫く黙ったまま受け止めていたが、ハァッと溜め息をついて頭をボリボリ掻きむしる。
「まぁ、お前は当事者だし、巻き込まれた側なわけだし……。そう言われちゃその通りなんだけどよ。だからこそ教えていいものか判断に困るっていうか……。」
そうぼやいた後、目を瞑り考え込んだ。
「……さっき俺がお前を攻撃した時…、お前自分でどう躱したか分かってる?」
目を開き、視線だけをチラリとこちら向け、探るようにデュランタは問いかけてきた。
(……『覚えてるか』じゃなくて、『分かってる』?)
奇妙な言い回しに引っかかるが、とりあえず思い出す。
「………なんだか違和感を感じて、…気づいたら前に避けてた…って感じか?」
正直言えば何故避けれたか自分でも不思議ではあったが…。
記憶を辿りながら云うと、
「ブッブー、外れぇ〜!!」
両腕を大きく交差して答えを云うデュランタに、普段ならイラッとするところなのだが、今回はそれよりも疑問を覚えた。
(デュランタに話しかけてすぐに違和感を感じて…前に躱した。その筈だが……、何か記憶違いがあったか?)
詳細を思い出そうとするが、これ以上に何かがあったという記憶はない。
「何が違うんだ。」
巫山戯た答えならそこら辺のテーブルに広げた絵本を投げつけてやろう、そんな事を考えながら問いかけると、
「……お前の肩を攻撃した俺の手斧を、闇の障壁で防いでから、お前は躱したんだ。」
こちらの反応を伺ったのか、一瞬間を置いてデュランタは答えを口にし、俺はそのデュランタの言葉に目を見開いた。
(…莫迦な。俺は使った覚えがない…ッ!)
《異能》は普通呪を唱えて使用するものだが、あくまでも集中するための手段の一つだ。
使用者次第では意識を向けるだけで簡素な力なら行使出来るだろう。俺も咄嗟に使う時もある。
だが――、
「やっぱり、その反応だと使ったのはおまえじゃない。お前の中の《異形》が自身の都合でお前を守ったんだろうな。」
デュランタの表情は無感情だが、俺に向けられた…いや、俺の左肩に向けられた視線には嫌悪感が滲み出ている。
じわりと俺の心中にも不安のようなものが滲んでくる。
「《悪の結社》が作られた経緯…、覚えてるよな?」
唐突なデュランタの問いかけに、一瞬とまどった。
数年前に俺が閣下に連れられ、媛さんに引き合わされ少したった頃。悪の結社と云う名の防衛組織に入れられた。その時の説明を思い出し口を開く。
その存在意義は、
「《異形》に対しての認識を悪の結社と云う架空の組織へとズラす為…だろ?」
とある学説で、《異形》の存在に対する認識こそが奴らをより強大な存在に変容させてしまう要因だとか云う話だった。
実際それを裏付けするように、《異形》のヤツらが周知されるのと比例して、力がどんどんと強大化してきたとも聞かさせた。
≪異形≫の存在が脅威であると人々が認識するから、その力が強大になるのなら、その認識をズラせばいいと。
「……このところお前の出くわした《規格外な異形》の出現だったり、《悪の結社》の《異形》出没予想が外れたりと、予定外の事が起きてる事ばかりに気を取られて誰も気づけちゃいないが、公国内の《異形》は強くなっている。」
そう言われてもあまりピンと来ず、俺が軽く眉を顰める。
確か《結社》が創られてから《異形》の脅威は減ることこそ無かったが、増えることもなくなったと聞いてたが…、
「10日も経ってないこの短期間でか…?」
「2週間は過ぎてるわ。」
俺の言葉に呆れた顔してすぐさまデュランタが訂正する。…そんなに経ってたか?だが、短期間である事に変わりない。
「予想を立てた場所に他の団員が到着しても現れないってのが続いたからはじめは予想が外れたって話になったが…、」
「……あぁ、到着前にあのアヴィリナイトのペロに倒されてたかもしれないんだったか。」
媛さんに報告した時、そんな可能性もあり得るなんて話になったな。
昨日はラナンキュラスのフリをして待ち伏せしてたようだし、奴らの中にも探索能力に長けた奴がいるならあり得る話だ。
気の長い風にも見えなかったし、待ちきれずに《異形》を倒しちまったなんてこともあり得そうだ。
「えッ!?あの黒髪そんなワンコみたいな名前なのッ!?遠目でも2枚目顔ってわかるくらいの男前っぽかったのに……、」
デュランタはどうでもいい事に食い付いてきた。凄まじい同情心が表情に出ている。
まぁ、その気持ちも分からなくないが。
「いやいやいや、ソレはホントどうでもいい。とりあえず、予想が外れ始めた時期とアヴィリナイトがこの大陸に現れたと考えられる時期が大体一致してる事を考えても…何が目的かはよく分かんないけどアヴィリナイトが《異形》を倒しちゃってたって可能性が高いだろうな。《異形》がハッキリどの程度に強くなったかは不明だが、外れた筈の出没予想が実は合ってたとなると出没率は大幅に上がったってことになる。」
思わず食いついたものの自分でもそんな場合じゃないと気づいたのか、デュランタは手のひらをパタパタと扇ぐように振ったあと、また真面目な話に戻す。
「《結社》の行動自体に変化はなく、《奇蹟の人》たちも通常運転。本来ならば《異形》の存在が増す状況とは考え難い。考えつくイレギュラーと言えば……、お前と異常な《異形》の存在の接触だけだ。」
「………。」
まっすぐと俺を見るデュランタの視線に、俺は口を噤んだまま目を伏せた。
ただの可能性だけの話でしかないと思うが、否定できる材料があるわけでもない。
(……だとしてもだ…)
全てが全て俺の意思の外の話なのに、俺が原因だと言わんばかりの物言いを、その通りだと肯定的に受け入れられるものだろうか。
苦々しい思いが胸中に広がるのを感じながら、俺は唇をかみしめた。
26.8.27脱字修整




