48.父と娘
セイラとミラが改めてお互いの絆を深めている間に、ウィルフレッド=マルメロ伯爵は急な呼び出しで溜まっていた案件を片付けた。ほどなくして、ミラは執務室に呼び出される。
「ミラ、陛下のお話をどう思う?」
父にそう問われて、ミラはキョトンと瞬きを返す。
カルロ国王の要求は、ミラの身柄を王宮に引き渡すことだった。その手段として、皇太子アルフォンスの婚約者となり、後には側妃として仕えるようにと言われたのだ。
その提案のあまりの性急さにマルメロ伯爵は留保を求め、認められた。
しかし当然のように、国王陛下の要請に彼女の意見を差し挟む余地などないと、ミラは考えていた。だから一瞬何を問われているか分からなかったのだ。
ただ彼があの時即答しなかったのは、きっと何か考えがあるに違いないとミラは考えていた。だからその考えが纏まったので、ミラは指示を受ける事になるのだと思っていたからだ。
「どう……とは、皇太子殿下との婚約のお話のことでしょうか?」
「そうだ。お前はどちらが良いのだ?」
「『どちら』……とは?」
「アルフォンス殿下の側妃、エドガー殿下の正妃どちらが良いのか、と聞いている」
「えっ……?」
思いがけない質問に、ミラは思わず視線を彷徨わせた。
どちらが良いと聞かれても―――正直に本音を言えば、どちらも嫌だ。
挙動不審なミラを目の前に、マルメロ伯爵は思案気に顎を撫でた。
「ふむ……まさか、それとも実は他に好いた相手があったのか?」
「え?! まさか! そんな人いません!!」
しいて言えば、ミラが一番大好きなのはセイラだ。次点で弟のクラウスと、接点が少なくて好きと断言しづらいが、父のマルメロ伯爵だ。それから幼い頃から仕えてくれている屋敷の使用人達、そして死んだ母達であるイーナとレイラ様も。女学院の友人達も大事に思っている。
そう、つまり身内以外親しい男性など皆無である。
ただキュイはミラと一心同体だから、別枠である。それは勿論ミラの『キュイ』で……『イシュタルの部分』は勘定に入っていない。
「やはりそうか。そうだな、その筈だ」
頷かれて、ん? と思う。もしかして、ミラの交友関係に付いて事前にマルメロ伯爵は確認していたのだろうか、と。それを、彼女は意外に感じた。
マルメロ伯爵の関心は愛娘のセイラと、嫡男であるクラウスに向いていて、ミラは『ついで』に気に掛けて貰っているくらいだと思っていた。
しかしエドガー王子との婚約に当たり、それなりに娘の周囲を調べるのは当たり前だろうと、考え直す。
「その、私の意志を確認されると思わなくて……エドガー殿下の時も、婚約はお父様と殿下でお決めになったのですし、私の意志を確認されると思っていなかったのです」
「エドガー殿下はお前の相手として、悪い男ではない。そう思ったから、決断できたのだ」
すると少し心外そうに、マルメロ伯爵は腕を組んだ。
「魔力もあり、力もある。それに存外、彼は人の良いところがある。魔術師にお前の身を引き渡したり、勝手な真似をさせたりはしないだろう。まだ若いからフラフラして危うい部分もあるが、人にも好かれるし、何より身分の貴賤にうるさくない。お前を公平に遇してくれるだろうと踏んだのだ」
ミラは父が自分の処遇をそこまで考えてくれているとは思わなかったので、これには正直驚いた。
いや、娘の一人として、ある程度考慮してくれるとは思っていた。だからおそらく、政略的な結婚になるとしても―――財産や地位があってもすごい年上の好色なおじいさんとか、身分ばかり高いが虐待癖のある評判の悪い相手とか、平民を毛嫌いして明らかにミラが不幸になりそうな家に嫁がせたりとかはされないだろう、とは思っていた。
それなりにちゃんと娘として扱ってもらっていると分かってはいたが……何よりマルメロ伯爵との接点が少な過ぎて、彼が自分に対して特に関心を寄せている実感が無い。非常に多忙な彼は、屋敷では執務室に籠っている事がほとんどだった。
「ただ、アルフォンス殿下は……読めない部分が多い。お前にとっては不幸なめぐりあわせかもしれない」
眉間に皺を寄せて父がそう言うのを、ミラは不思議に思う。ではなぜ、セイラが婚約者になりそうな時に異論を申し立てなかったのだろう?
「えっ……でも、セイラお姉さまとは婚約する予定でしたよね。実は反対なさっていたのですか?」
「王妃から是非にと頼まれていた事もあるが、セイラは『正妃』として望まれていた。正妃の立場は、非常に強い。……正妃の資質次第で、足元が揺らぐ側妃とは違う。それにセイラには、そもそも侮られる要素がない」
ミラは、うっ……とうめいた。
確かに身分、血統、美貌、美しさ、学力、魔力、社交……全てに秀で、滲み出る品位、確固たる芯の強さを兼ね備えるセイラは、万能だった。
比べてミラは容姿、学力、血筋……全て平凡である。他の令嬢と比べて誇れるのは、父の爵位と、比類なく素敵な姉がいる事くらいだ。擬態の特技はあるが、それが側妃として生きていくのに何の役に立つと言うわけでもない。すごい加護は付いているけれど、これは本人の実力じゃない―――いつまで自分にキュイ(『イシュタルとキュイ』とすべきだろうか?)が付いていてくれるかどうかも、分からないのだ。
「あの子なら自分で足場を固める事も、可能だろう。例えアルフォンス殿下の助けがなくとも……な」
その台詞でミラは、マルメロ伯爵がアルフォンス皇太子の二面性に気が付いているのかもしれない、と気が付いたのだった。彼が、ただの儚げで優し気な天使のようなキラキラ王子ではないのだと、きっと父は知っているのだ。美しい笑顔の下に、酷薄な側面を隠している人間なのだと、気付いている。ひょっとすると、皇太子とかなり親し気な従姉の存在についての情報を得ているのかもしれない。
ミラは認識を改めなくてはならない、と思った。
マルメロ伯爵は、ミラが思っていた以上に冷静だ。冷静に―――彼の子供、それぞれを見ている。彼女は、その事に遅ればせながら気付いたのだった。
愛妻が残した愛娘のセイラ、彼にとってそれが一番大事な存在なのだとミラは思っていた。大事なのは、確かであろう。だが―――彼は決して、セイラを甘やかしてはいないのだ。実際、彼女に家政をほとんど任せている。そうなのだ、マルメロ伯爵は、セイラを厳しく育てている。彼はセイラに期待を掛け課題を与え、そして彼女は長女として、それに見事応えている。
甘やかされているのは―――ミラの方だ。
それに気が付いた途端、ミラの頭は羞恥で一杯になってしまった。冷や汗が滲むのを感じる。とても、とても……恥ずかしい。
ミラは恥ずかしさのあまりパニックになり掛けるが、目の前のマルメロ伯爵は顔色一つ変えずにいるので、何とか自分を押さえて話の続きに耳を傾けた。
「だからお前を皇太子の側妃にするのは、正直賛成できない。彼の正妃が決まっていない、と言うのも大きな理由だ。その人物がセイラのような人間であれば、良いだろう。だが、どういう相手になるか分からない。少なくとも自分より先に王宮にいる側妃に良い印象を持つと思えない」
父の冷静な分析に、パンクしそうになったミラの頭は漸く冷えた。
「確かに……人によっては、不愉快に思う方もいると思います」
仮にミラを虐めていたカレンのような人物が正妃になったら、地獄だろうと思った。ただセイラが正妃なら―――相手が二重人格のアルフォンスでも、側妃になりたいかもしれない。そしたら一緒にお茶会をしたり、セイラが采配する夜会をミラは積極的に手伝ったりすると思う。姉妹で一人の皇太子に嫁ぐなんて体裁も悪いし、貴族のパワーバランスとして、まずあり得ない事だろうけど。
「やっぱり私に……皇太子様の……アルフォンス殿下の側妃は、無理です」
ミラは肩を落とした。
それにアルフォンスは怖いし、嫌だ。王子の妃なんて平凡なミラにはできっこないし、確実に不幸になる気がする。
けれども、陛下の意志に逆らうのも、ちっぽけなミラには無理なのだろう。
「それに本当は、エドガー殿下の正妃も気が進みません。……今は魔法で誠実な感じですが、もともと多情な方だと聞いていますし。でも、エドガー殿下は確かに王宮でもいろんな身分の人にやさしかったし、好かれていました。元に戻っても、私に冷たくしたりはしないと思います」
「そうか」
その簡潔な返答は、今まで素っ気ないものだと思っていた。
だが今は、そのあっさりした台詞が少し違って彼女の耳に響く。ミラはこの人に、娘として愛されていると感じた。だからほんの少し、正直になろうと思う。
「本当は……私、結婚なんかしないで、この屋敷でずっと、お姉さまの傍に一緒にいたいのです。でもそれは無理だって、分かっています。だからキュイと一緒に、もう少し気楽な立場の家に嫁ぎたいと思っていました。キュイがいれば、心強いし寂しくないから」
今となっては、そんなささやかな望みも叶う事はない。今ではそれも、王子に嫁ぐよりも、ハードルの高い過分な望みになってしまった。そしてなんの不自由もない貴族令嬢に生まれたからには、それは甘えた我儘な戯言でしかないと、ミラは知っている。だからこれまで、口にはしなかった。伯爵である父の前で口にする事自体が、いけない事だと思っていたから。
「……」
マルメロ伯爵は、黙ってミラの望みを聞いていた。
無理なことだと一笑に付されても、現実を直視しろと叱られても仕方がない我儘だったのに。
今は彼の返答がないのは、怒っているからでも無視しているからではないと、彼女は分かっている。ミラの勝手な望みを否定しないでくれているのが、ただ有難かった。何より貴重な時間を自分に裂いてくれていることも、本当に嬉しく思う。
「―――でも、それすらも今は無理になってしまいました。陛下の意志に逆らうなんて、考えていません。仮にも貴族の娘として生まれたんですから、分かってます」
ミラは、そっと視線を下げた。
「ミラ、陛下の要求を曲げるのは難しい」
マルメロ伯爵は、淡々と事実を述べる。
「はい」
「だが、交渉の余地はあるかもしれない」
ミラは顔を上げた。
「交渉の余地……ですか?」
「例えば先ほど言ったように―――ミラを皇太子の側妃ではなく、第二王子の正妃候補として遇して貰える可能性はある」
「そうなのですか? 陛下はエドガー王子が『ディミトリオの再来』だからイシュタルを任せられないと言ってましたが……」
つまり、エドガー王子は女性にだらしがない、と言ったのだ。息子に対して随分辛辣だとミラは思ったものだ。親族以外の耳がないあの場所だからかもしれないけれど。
「それは、陛下の交渉術だ。エドガー王子がそこまで無分別だと、陛下も考えてはいまい。陛下が意図しているのは、イシュタルを手中に納めることだ。おそらくイシュタルが、王位を継ぐ者に縁付く事を第一に考えている。国家魔術師として、彼が国にもたらしたものは大きい。ミラが平民の豪商に嫁いで他国に滞在したり、他国の貴族に嫁ぐのを防ぎたいのだろう。王族派ではない貴族にイシュタルを与える事も危険視している筈だ」
マルメロ伯爵は一度言葉を切って、息を吐く。
「エドガー王子は『ディミトリオの再来』と言われているのは、女性関係が派手な事ばかりではない。彼は気さくで魅力的な人物だ。平民や軍人、古参の貴族の中ではアルフォンス殿下より人気があるくらいだ。……だが、彼は皇太子である兄に遠慮している。私が見るに、おそらく放蕩を繰り返すのも、本人が意図するにせよしないにせよ、そういう意図があると思う。自分の点を下げることで兄の点をあげている。だが、魔力も彼の方がずっと強い。その為に幼い頃は体調を崩しがちだったが、成長して落ち着いたようだ。軍人としてもそれなりに鍛えているし、体力もあるだろう」
なら何故、カルロ国王はエドガー王子の反論を封じたのだろう?
「でしたら陛下は、エドガー王子と私の婚約をそのまま進めても良いと考える筈ではないでしょうか?」
彼は首を振った。
「密かにエドガー王子を皇太子に、と考えている人間がいる。だがその流れは内政の混乱を招くと、陛下はお考えに違いない。だからこそ強力な加護の力を発揮し、優秀な国家魔術師として君臨するイシュタルは王位を継ぐ者に継がせたい、と考えている筈だ。そこで、ミラ―――時間を稼ぐにはどうすれば良い?」
唐突に話を振られて、ミラはゴクリと唾を飲み込んだ。
恐る恐る、頭に浮かんだ考えを口にする。
「ええと……その、イシュタルが私から離れて、アルフォンス殿下に付けば……色々丸く収まるのではないでしょうか……?」
「そうだ。つまり、イシュタルを説得すれば良い。イシュタルがアルフォンス殿下に付けば、そもそもお前を王宮にとられる理由はない」
娘の回答に、マルメロ伯爵は目を細めた。
家では滅多に笑顔を見せない父の、ほんのりと満足気な表情にミラはドキリとする。嬉しいと言うより、少し怖いと思った。
「イシュタルを説得し、彼を王家に返すのだ」
「イシュタルを……説得する?」
「そうだ、お前がやるんだ」
イシュタルは勝手にミラに付いて来た。
ミラが望みもしないのに。
出会った時から、従者の割に王子に対する態度が不遜と言うか、人間の身分に頓着しないような、自分の意志にしか従わない雰囲気があった。常識がかみ合わない、そんな違和感をミラは彼に感じていた。祖母のそのまた母親である、側妃ミュリエルに付いて来たと言う精霊は人間の何倍も長生きらしい。そんな彼には、そもそも人間の常識や理屈は理解できないものなのかもしれない。
そんな精霊に、人間の中でも特に頭が良いわけでも無い、口が上手くもないミラの説得がはたして効くのだろうか……?
「多分、無理です……」
「しかしイシュタルが耳を傾けるとすれば、お前の言葉だけだ。おそらく陛下の指示にも、もう耳を貸しはしないのだろう。だからこういう事になっている」
ミラは今度は羞恥からではなく、冷や汗をかいた。
背中を冷たいモノが伝う。
「ミラ、自分の人生を諦めるな。陛下のおっしゃる以外の未来を、自分で掴み取るのだ」
マルメロ伯爵の言葉は、容赦が無い。
ミラを見下ろすその静かな視線は、仮初めに甘い言葉を口にしたとしても何の慰めにもならないだろう? と、雄弁に語っている。
ミラは尻込みしていた。自分にそんな力はない、そう思っているからだ。それにミラはずっと、自分の人生を諦めて来た。今更、陛下の意向に背き、マルメロ伯爵を巻き込んで自分の為に頑張るなんて―――我儘以外の何ものでも無い、と思ったのだ。
「お前は……アンバランスだな」
マルメロ伯爵はそう呟いて、ミラの元に歩み寄った。
そしてフッとミラの視界が塞がれる。彼女が広い胸に抱き締められているのだと、理解したのは一拍置いた後だった。
「セイラの為になら、不可能と思える事にも首を突っ込む。命を投げ出すような無茶な真似もするくせに、自分の為には何もやってみもせず諦めるのか?……そんな所も、お前はイーナにそっくりだ……」
最後の方は小さすぎて、ミラは彼が何と言っているのか分からなかった。
だけど確かに父の言う通りかもしれない、とミラは気付く。
例えばこんな立場になったのがセイラだったら、ミラは彼女のために出来る事は何でもしただろうし、きっとイシュタルを説得するよう励ましただろう。諦めないで! と泣いて縋ったかもしれない。
「お前が不幸になるれば、セイラは悲しむに違いない。私もクラウスも、この屋敷の皆もそうだ」
ミラは、さきほどセイラに怒られた事を思い出す。
そうだ、ミラが自分を大事にしないと―――セイラを悲しませる事になるのだ。そして父も弟も、屋敷の皆だって、たぶんミラが不幸であるよりは、幸せでいる方が良いと思ってくれている。
今までミラは、自分なんかいてもいなくてもどうでも良い存在なんだと思っていた。そう、思いこんでいた。
何故ならミラは由緒ある伯爵家に生まれる筈がない半分平民の人間だ。母のイーナは、常々ミラに言い聞かせていた。『自分はレイラの為に、身分違いを重々承知で伯爵家に嫁いだのだ。ミラは姉であるセイラのお陰で生を受けたのだから、何を置いてもお守りするように』……と。
そしてミラは、ミラに優しいセイラが大好きだから、母の言葉に完全に同意した。
加えてミラは、魔力も学力も美貌も大して持っていない。『お買い得』と揶揄される、取るに足らない存在だった。
生まれながらに高貴で、美しく気高く優しく、努力家の姉とは全然違うのだ。貴族令嬢の価値なんて、ほとんどない。
いや、『お買い得令嬢』だから、きっと下位貴族の男性や、商家の人々にとっては、伯爵家との繋がりを求めて娶る価値は十分にあるのだと思うけれど。
だけど、そんなミラの事をセイラは大事だと言った。粗末にするなんて、黙って犠牲になろうとするなんて、許さないとまで激高したのだ。
思い起こせば、間違った行動をして注意されたり、窘めるように叱られた事はあっても、セイラは今までミラに対して怒りを露わにした事なんて無かった。
だからさっきは本当に―――怖かった。
怖かったし、嬉しかった。
それに、こんな風に小さな子供のように父に抱き締められるのは久しぶりの事だった。
思い起こせば、淑女となるべく女学院に通うようになってから無かったと思う。例え父親でも、人前で抱き着くなんて、はしたない事だと教わっていた。貴族として当たり前の振る舞いだろう。
だけど温かく、大きな胸に包まれるのは、こんなにも……心地良い。
とても懐かしく、泣きたくなるような感覚が湧き上がる。
ミラは、思い出したのだ。
自分が、こんなにも家族に愛されているのだと。
胸に、ポウッと温かい光が灯る。
ミラは顔を上げ、見下ろす父の瞳を真っすぐ見返した。
「イシュタルを、説得します。私も自分を諦めません―――幸せになりたいから。」
それがきっとミラだけでなく、ミラの家族の幸せでもある。
マルメロ伯爵は、凛々しい顔で自分を見上げる娘に頷くと、体を離した。
「あっ……でも」
しかし体を離した後、ミラは表情を崩して視線を下げる。そして、気まずげに小さな声でこう付け足したのだった
「ダメだったら……その……やっぱり皇太子様は怖いので。その……できれば、女たらしでも、エドガー王子の方に嫁げるようにしていただけると有難いです……」
どちらも嫌だけど、怖くないぶん、ミラには弟王子の方がマシだった。
カルロ国王の考えを推測する父の言葉を聞く限りエドガー王子の方に嫁ぐのはやはり難しそうに思えたが、そのマルメロ伯爵が『交渉の余地がある』と言ったのだ。何の考えも無く、彼がそんな事を口にする筈がない、とミラは思う。
それでも、不安には変わりない。
再び恐る恐る見上げると―――マルメロ伯爵は『任せなさい』とでも言うように深く頷いてくれた。
なのでミラは、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。




