27.皇太子の醜聞
アルフォンス皇太子には、切ることの出来ない愛人がいる。
婚姻は王家としての体裁を整えるためのもので、そして相手にセイラを選んだのは事が露見しても文句を言われない相手だから―――
言葉自体は理解できるのに言われた内容を上手く飲み込めず、咀嚼するように頭の中で何度か言われた台詞を繰り返さなければならなかった。それほどまでに、ミラは衝撃的な現実を突きつけられたのだ。
「お前は随分と姉思いだ。そもそも私との出会いも……不審な手紙を見て、姉の代わりに王宮に出向いたのだったな?」
まるで睦言を囁くように、優しい声音でエドガー王子は微笑んだ。その瞳に浮かぶ情熱は、まぎれもない恋情だが、だからこそ強烈な違和感をミラに与える。
「兄上は、私とは違う。高潔と名高い皇太子である兄のイメージを崩すような噂は、例えそれが真実だとしても、王宮が公にすることを拒むだろう。お前の姉がその秘密を知った所で、自らの胸にしまい込むしかない。陰で随分……苦しむ事になるだろうな」
王子の口からは、サラサラと残酷な現実が流れ出た。
ミラの脳裏にまざまざと、その光景が浮かぶ。
輝かしいカップルとして称賛され、その虚像を崩す事は出来ず―――裏切られ、人知れず笑顔で苦しむセイラの姿が。
幸いにも今、彼女はアルフォンス皇太子に恋している訳ではない、と言い切っていた。けれども夫婦になったら―――たった一人の夫から裏切られて、平静でいられる筈がない。
その様を想像するだけで胸が苦しくなり、ミラは呻き声を噛み殺した。
「その分、私の評判は最悪だ」
自分の想像した光景に呆然とするミラに対し、エドガー王子は胸を張ってそう言った。
何故自分の恥部をさらすようなセリフを、腰に手を当てて言えるのか?
ただでさえ混乱している所に、自慢にもならない事を自慢げに言う意味が分からず、ミラは眩暈を覚えて瞬きを繰り返した。
「私が浮気したところで、世間は『またか』と思うだろう。お前は公の場で、それを詰ったり愚痴ったりすることも出来る。同情を買う事も出来るだろう―――俺は『黒王子』だからな」
混乱の最中であったが、ここでミラは違和感を覚える。
随分平坦な物言いをするものだ、と感じたのだ。世間が自分に付けた不名誉なあだ名を、彼は知っているのだ。
高貴な王族は、その辺の貴族よりずっとプライドが高いものと考えていた。その証拠に、彼は会うたびに上から目線で強引な行動や言動を繰り返している。
なのに『黒王子』などと言われる事に、眉一つ動かさない。だから違和感を覚えたのだ。
しかし、そんな違和感も直ぐに霧散した。
「姉を犠牲にするくらいなら……私にお前を差し出した方が、平和にカタが付くと思わないか?」
王子の提案が、鋭利な細身の刃のようにスッとミラの心に突き刺さる。
確かにミラは、愛の無い婚姻を結ぶのは嫌だ。
のっぴきならない状態に追い込まれてやっと、自分の本音を認識するに至ったのだ。
だが―――大事な姉が、愛の無い結婚で傷つくのはもっともっと嫌だった。
「それは……」
「きゅう」
怯んだ私の肩に、キュイが下りてくる。
そして頬を寄せるように寄り添った。
「ミラ、そのウサギを引っ込めろ」
ふと気が付くと、エドガー王子がキュイを睨んでいた。
その腹立たし気な様子に、漸くミラの頭が冷静さを取り戻す。
ミラに寄り添うキュイは、見た目は本当に可愛いうさぎのぬいぐるみだ。その愛らしい生き物に嫉妬するなんて、通常ではあり得ない。改めて、恋の魔法の強い拘束力を実感する。
この王子が囚われているのは、何てやっかいな魔法なのだろう……!
そしてこんな魔法に掛かっておかしくなっている人の言う事を、まともに信じるなんて。今、自分は本当にどうかしている、とミラは溜息を吐いた。




