12.告白
タイトルをまた戻しました。
「セイラ、一体何を言っているのだ?」
エドガー王子の目の前にいるのは、まごうことなき伯爵令嬢セイラ=マルメロその人である。突然その彼女が『自分はセイラではない』と言い出したのだ。これには恋の魔法に掛かり、盲目になっている彼も首を傾げるしかない。
「近頃―――特に皇太子殿下とのお話が社交界に出回って以来、姉に対する文や贈り物の中に嫌がらせ目的の物が混じるようになりました。私は姉に手渡す前に、それらを確認していたのです。もちろん、本日の呼び出しに関するお手紙についても、です」
そのたおやかな肢体、すっと伸びた背筋、冴えわたるような美しい顔は、社交界で常に注目を集めるマルメロ伯爵家の一の娘に違いない。どこからどう見ても、彼女は兄であるアルフォンス皇太子の婚約者候補である、セイラ=マルメロだった。
なのに彼女は、自らをセイラの妹だと言う。
セイラに腹違いの妹がいるという話は、聞いたことがある。だが、嫡男である弟はともかく、妹の話題はこれと言って聞いたことはなかった。マルメロ伯爵の後添えは亡くなったセイラの母よりずっと血筋の劣る存在であるらしい。だからおそらく、周囲の者が王族の前でとりたてて話題に上げるような存在ではないと判断していたのだろうと思われた。
セイラの妹は、そういう地味な存在であった筈だ。姉に似て美しいとか、成績が秀でているとか、特にそういう話は聞いた事がない。このため、エドガー王子はその妹を個別認識した事さえ無かった。
ひょっとするとその妹は、セイラと見間違うほど似ていた、という事だろうか。そしてこのセイラにしか見えない少女は、実はセイラの妹であるということなのだろうか……?
エドガー王子は自らをセイラの妹と主張する、セイラそっくりの女性を改めて観察した。だがこれまで夜会で見かけた彼女や、王族への挨拶の際に認識したセイラとの違いが一向に判らない。これが妹だというのなら、目の前の彼女は、セイラと双子ではないかと思うくらいにそっくりだった。
「先日届けられた皇太子殿下からのお手紙を、私は疑わしく感じました。姉に危害を加えられる危険があるのでは、と考えたのです。だから僭越ながら、今回姉の代わりにこちらに出向かせていただきました」
『セイラ』は緊張した面持ちで、改めてエドガー王子に向き直る。そして腕を上げ、そのまま顔の前でゆっくりと動かした。スライドするような腕の動きに合わせて、ミラの擬態がホロホロと剥がれて行き―――やがて、全てが明らかになった。
すっきりとした細面な輪郭が、ふっくらとした頬の丸顔に。
繊細に柔らかく広がる亜麻色の髪は、茶色の直毛に。
折れそうに細く華奢な腕や肩は、ややもっちりとした質感に―――変化する。
全体的な印象としてはそう、例えば管理された庭にしか咲かない薫り高く高価な白い薔薇が、野に咲くカスミソウにすり変わったような。
「セイ……ラ―――では、ないのか?」
驚愕に言葉を失うエドガー王子。その視線をまっすぐ受け止めるミラの顔は、緊張のためかやや蒼白い。
そしてそんな二人から一歩距離をとっているイシュタルは―――顔色一つ変えずに、二人のやり取りを眺めていた。
ミラが危険を冒してまで自らの擬態を明かしたのは、状況に追い詰められ自棄になったからばかりではない。
エドガー王子を縛っているイシュタルの時限魔法は『セイラ』に対して向けられている。つまり王子は美しく賢い、目の前の『セイラ』に夢中になるように魔法を掛けられているのだ。それならば、その存在自体が架空であると知らしめれば良いのではないだろうか?
イチかバチか。
王族をたばかった罪は大きい。だが、もともとエドガー王子が仕掛けた罠なのだ。その事実を果たしてエドガー王子は、公に……皇太子や国王陛下に明かせるだろうか?
例えばアルフォンス皇太子が敢えてエドガー王子にセイラを誘惑させようとしたなら、ミラは一貫の終わりである。けれどもおそらく、今までの話の経緯を考えればそうではないだろう、とミラは判断したのだ。
そう、これは賭けだ。
どっちみち『セイラ』のままでいたら、今この場を逃げ出おおせたとしてもエドガー王子が本物のセイラを二月の間、びっちり追い回す事になる。そうすればセイラ自身に全く罪がなくとも、やがて不名誉な噂が出回るかもしれない。
それでなくとも正式に皇太子の婚約者になった後は、鵜の目鷹の目で粗さがしをする輩がいくらでも湧いてくるだろう。セイラの為に、その目はここで潰しておかねばならないのだ。
万が一王族をたばかった罪を責められたとしても……そこは、父のマルメロ伯爵になんとかして貰うしかない。自分は修道院に送られるかもしれないが、セイラさえ無事なら、半分平民の妹が処分されるくらい安いものだろう。
ミラは両腕を広げて、一歩前へ出た。
「ほら! これが本当の私です。お姉さまと―――全然違うでしょう?! だからエドガー王子、目を覚ましてください……!」
「……ああ……何と……何と言う事だ……」
エドガー王子が大きな骨ばった手の平で、自らの口を覆って言葉を途切らせた。彼は大きな衝撃を受けているらしく、言葉を失ったままミラの顔をまじまじとただ眺めるだけだ。
王子のその反応は、ミラにはおおよそ予想がついていた。
姉と自分の容姿の差はよくよく自覚しているし、それに不満を持った事はない。
しかしエドガー王子の落胆具合の激しさを見ていると、若干だが心の端で『そこまでがっかりしなくても……』と突っ込みを入れたくなる自分がいる事に気づく。今はそんな場合ではないのに。先ほど向けられた激しい好意とギャップが有りすぎるからだろうか。
確かに姉のセイラは美しい!
その美しさにミラも毎朝、ああ何て私の姉という人は美しいのかしらと……ミラは、感動とともに幸せを噛み締める日々を送っていた。彼女が嫁いでしまったら、毎朝のそのささやかな幸福を、ミラは手放さねばならない。姉には彼女にふさわしい素晴らしく幸せな結婚をして欲しい、そう願っているのは真実なのに、毎日会えなくなる日の事を想像すると切なくなる。
だから世の中の男性がセイラの至上の美に目を奪われるのは、当たり前の事なのである。それを妹として、いつも誇らしく思っているミラだった。
だけどミラだって、そんなに素材は悪くはない筈なのだ。現に姉のセイラも、毎日『ミラはなんて可愛いのかしら』と言ってくれる。お世辞ではなく本気で言っているのだ。……多分に身内贔屓である感は、否めないが。
いや、だから何が言いたいのかというと。それほど―――そんなに落胆するほどひどい見た目ではない筈なのだ、ミラだって。そう、がっかりするほど悪くない。普通の容姿だ……!
ただ、セイラの美貌とミラの見た目の格差が大きいと言うだけで。
落差が大きいから、素材が悪く見えるだけで―――
「おお……セイラ……」
「あの、だから違いますって。私は、セイラお姉さまではありませんので」
「では、お前は何というのだ?」
名を問われ、ミラはゴクリと唾を飲み込んだ。
もう後戻りは出来ない。それが決定的になる瞬間だからだ。
「ミラ、です。ミラ=マルメロと申します。殿下」
ミラはドレスの裾をつまんで、改めて頭を下げた。
「……ミラ……」
深く衝撃を受けたように、ミラの名を呼ぶエドガー王子は微かにかすれている。
ミラは覚悟を決めて、顔を上げた。
叱責されるかもしれない。断罪されるかもしれない。しかし自分で姉を守る為に、こうするしかないと考えた末の行動だ。どんな結末になっても後悔はしない……!
すると彼は、口元を覆っていた手を下ろして、こう言ったのだった。
「ミラ……ああ、何と愛らしい名だ……!」
「へ……?」




