第2章1話 聖女の浸蝕
入学式から数日も経つと、ドタバタと浮ついていた教室の空気もさすがに落ち着き始めたようです。
魔法学園ならではの貴族を中心とした上流社会の縮図のような、学園カーストも既に出来上がっているようで、休み時間や昼食時などになると自然と仲良しグループが構成されているのが見られます。
「ユスティーナ様、ご機嫌麗しく。今日こそは昼食をご一緒させていただけますでしょうか?」
「ぜひとも私どもも、ユスティーナ様とお話をさせていただきたいのですが?」
休み時間になると、ゲームでも悪役令嬢の取り巻き連中だった公爵家令嬢のナタリー・ファビウスと伯爵家令嬢ポーラ・ネルヴァルなどが、音も無く妹の机へと蟻が群がるようにやって来ます。
しかし、必修科目だけでなく選択科目も既に授業が開始されている中で、これまで唯一の得意魔法であった錬金術学の選択授業を取った妹は、そのクラスで仲良くなった平民だが大商家の娘であるクローエや高級裁縫職人の娘デボラ達と既に約束していたのです。
ちなみに僕の選択科目はもちろん家庭科以外の全教科が、妹と全く一緒となっているのは当然のことです。はい。え? ストーカー? 違います。
「お誘いは嬉しいのですが、本日はお兄様達と錬金術関連で準備がありますので失礼させていただきますわ。
その代わりと言っては何ですが、後で週末の新入生歓迎舞踏会について、クラスからの出席者などご相談させてくださいね?」
「あぁ、せっかく妹に声をかけてもらったのに、ご令嬢方には申し訳ないことをした。この埋め合わせはいずれまた」
妹は気品のある微笑みと共に残念そうに貴族令嬢からの申し出にお断りを入れると、ついでに副委員長の仕事を優雅にふってから、嬉しそうに僕の手を取ってそそくさと廊下に逃げてしまう。
しかたがないので半身のままの僕が出来るだけ申し訳なさそうに、取りつくろった笑顔を浮かべてフォローを入れておくのですが。
残された1-B組の教室からは、廊下にまで黄色い声が響くように聞こえてくるのでした。
「きゃー、ユスティーナ様ったら何て可憐なの?」
「あの天使のような微笑みとプラチナブロンドの御髪が眩しいわ~」
「それにお兄様のエルネスティ様も、漆黒の長髪の間から見え隠れするお揃いの蒼い瞳が憂いを帯びておいでで……うっ、鼻血が」
何だが聞きなれない声も、一部から漏れ聞こえて来たみたいですけれけど。
ところで今の状況は、連日の隠し地下迷宮攻略でガンガンと新スキル取得とパワーレベリングをしている妹が、可愛く僕の二の腕に抱き着いているように見えるけど、実はなぜか引きずられながら大食堂ラウンジへと向かっているのでした。
今日も先に食堂へと来て待っていたネコ耳侍女のミーアにメニューを頼むと、一緒に昼食を取ることになっている錬金術学クラスメイトのクローエとデボラの案内を任せて、一足先に二階テラス席へと妹をエスコートします。
そこでふと窓際の席に視線をやると、アウグスティーン王太子がいつものように片足を組んでふんぞり返っていました。
しかし今日は声をかけてくることは無く、チラッとこちらに視線を向けはしましたが、すぐに隣に座る【聖女】マリアに体ごと向き直ります。
「……ああ、すまないマリア。よそ見をした訳ではないのだ。ただ、何となく気になって」
う~ん。王族が装備している状態異常耐性の魔法具があまり効いていないのか、王太子が不自然に視線を揺らすのだけれど。
その二の腕にすがりつく【聖女】マリアの腕には、前回は身につけていなかった魔法具の腕輪が見られます。
遠くからなので詳細は分かりませんがサッと【鑑定】すると、【魅了】スキルの効果を強化する魔法具のようですので、どうやら王太子が落とされるのは時間の問題みたいです。
まあ、それでも前回ゲームクリア時点で【状態異常耐性】スキルをカンストさせてある、僕にはちっとも効果はありませんが。
「お兄様、どうされたのですか?」
「ん? いや、今日は窓から入って来る春風が気持ちいいので、向こうの屋外の日陰にあるテラス席はどうだろうか?」
「まあっ、素敵ですわ。お兄様、ぜひそうしましょう」
仮にも婚約者である王太子のあんな姿を可愛い妹に見せるのは忍びないので、できるだけ視界に入らないよう屋外に連れ出すことにします。
それにしても王族になんか精神攻撃をしかけてもすぐにバレてしまうだろうにと、振り返りながら王太子を【鑑定】すると驚いたことに【魅了】の状態異常がステータスに表示されてないではありませんか。
ビックリして目を凝らして見ると、王太子の左腕に見慣れない腕輪が。
【聖女】と色違いのデザインがお揃いのそれは、どうやら【偽装】が付与されている魔道具だったようです。
他にも騎士団長子息のゲルハルトをはじめ、一緒のテーブルについている何人かが同じ腕輪をしているので、もう確定ですね。
「はぁ~、めんどくさいことになった。高価な魔道具をあれだけの数、この短期間に用意できるということは、【聖女】のバックに誰かいるということになるんだろうなぁ」
「……お兄様? お兄様ったらっ、もう。私の話を聞いておられるのですか?」
春風の気持ちいい屋外のテラス席で、隣に座る妹の肩越しに王太子達を【鑑定】してガックリしていると、何やらさっきから話しかけていたらしい妹に怒られてしまいました。
「うおっ! わ、悪い。いや、すまなかった。あまりに春の風が気持ちよくて、ついウトウトしてしまったよ」
「もう、お兄様ったら。ふふふ、この心地よい春のそよ風ではしかたないですね。
そ、それではミーナがランチを持って来るまで、私の肩にもたれてお休みになってはいかがですか?」
え? それって、でも……いいんでしょうか?
いやいや、しかしその誘惑には抗い難いものが……ぐぅ。
はっ! いかんいかん。マジで妹にもたれて寝てしまうところでした。
「……お、お待たせしして申し訳ありませんでした」
「……た、ただいま参りました」
ネコ耳侍女のミーアに連れられて、錬金術学のクラスメイトのクローエとデボラがランチトレイを持ってやって来たようです。
ん? それにしても二人共、なぜか顔を真っ赤にして俯いたままで。一体、どうしたのでしょうか?
ふと視線を横に移してみると、可愛い妹までもがなぜか頬を桜色に染めています。
んん~? 春先の風邪でも流行っていましたかね?
「こほん、エルネスティ様。このような公共の場でお嬢様の肩にもたれてお休みになったりいらしますと、いらぬ誤解を招きますのでご自重くださいね?」
「え?」
頬を染めて俯く妹のすぐ後ろに控えていたミーアが、ゴミ屑でも見るような蔑視の視線を僕に投げて寄こすので、ギョッとして周囲を見回すと。
いつの間にか屋外にある周囲のテラス席は女子生徒達で満席となっており、どうしたことかみんなが熱い視線をこちらに向けて来ています。
「ほら、エルネスティ様ったらユスティーナ様にもたれてお休みだったのよ」
「きゃあ~、お二人は長年連れ添ったカップルのようですわね」
「でも赤くなられたユスティーナ様の初々しいこと……あぁ、尊い」
「うん、これで今日はご飯が三杯いけますわ」
ぎゃあ~っ、僕か!
この前、入学式のあった夜中に月夜の天空で妹を抱きしめてからというもの、最近では妹の方から僕に触れてくる機会も増えていたので、ついついその柔らかな感触に負けて自制心を失ってしまっていたようです。
いかんいかん。こんなことでは、大切な妹の心休まる楽しい学園生活ができなくなってしまいます。
「い、いや、すまない。これは、実は」
「コホン、クローエ様、デボラ様もお座りになってくださいな。少々お見苦いしところをお見せしたかもしれませんが、お気になさりませんよう。
ところで先日の錬金術学の講義で出された課題なのですが、私達四人で力を合わせて取り組むことで、より一層の効果的な効果が得られると思いますので一緒に頑張りましょうね?」
「は、はいっ、ぜひとも!」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
慌てた僕の言い訳を、デキる妹は優雅にスルーすると無かったことにしたようです。
でも引っ込み思案だった妹に入学早々、気の合った友達ができたようで本当にホッとしています。
元々、社交にも参加していない妹には、貴族のしがらみに縛られることのない人間関係を、この学園では築くことができると良いのですが。
それがきっと婚約解消や断罪の未来から、妹を守ってくれるだろうと僕は思うのです。
今更ですが僕なんかが暗躍しなくても、天使のような妹がそもそも悪役令嬢なんかになるわけないのです。




