第2章2話 クラブ活動
「皆中ぅ~」
「「「おぉ~」」」
パチパチパチと弓道場に拍手が響く中、残心の姿勢でゆっくりとプラチナブロンドの長い睫毛を伏せて目を閉じる妹は、紅い袴の弓道衣に身を包み、まるで風雅な絵画を見ているようです。
弓道部の男子部員も女子部員も上級生も関係なく、全員が唯一人の新入部員に見とれています。
「やっぱりユスティーナ様に入部いただけて、私は幸せですっ!」
「はぁあ~、ユスティーナ様の紅い弓道衣が……尊い」
「年下なのにお姉さまとお呼びしたくなるのは、なぜ?」
そうです、この世界の魔法学園には部活動があって、スポーツとして刀も使った剣術だけでなく、弓道、薙刀、柔術、空手、合気道など和風のクラブも盛んなのでした。
剣と魔法で殺し合う殺伐としたこの世界で、純粋なスポーツはどうしても違和感がありますが、妹のたっての希望で放課後の部活動となれば僕に否はありません。
え? 当然、僕も弓道部員ですよ。あたりまえです。妹をひとりで入部させたりするものですか。
「あ、ありがとうございました。つ、次はお兄様が見せてくださいね?」
「ユスティーナ、お疲れ様。ほら、タオルとドリンクだよ。
ふむ、可愛い妹の頼みとあってはしかたがない、それじゃちょっと行ってくるよ」
基礎レベルがアップして身体能力が爆発的に向上した妹は、先日の仮入部であっという間に【弓術】スキルを獲得すると、いつの間にか中級レベルにまでなっていたのでビックリしました。
もしかして、これが才能のなせる業だったりするのでしょうか?
確かにゲームでもユスティーナは僕のパーティーで最強キャラとして、後衛から高威力の魔弓をバンバン打っていましたが。
黒い袴の弓道衣を着た僕も、兄として恥ずかしいところは見せられません。
死蔵した【弓術】スキル頼りでなんとか的に当てると礼をして妹の元へと帰ろうとするのですが、周囲の女子部員達がタオルやらドリンクやらを持って立ちふさがります。
「エルネスティ様、このタオルをどうぞ」
「お飲み物はこちらを」
「私のドリンクがお好みなのよっ」
「ちょっ、私が先よ、どきなさいよ!」
どうゆう訳か困ったことに言い争いまで始まってしまって、顔には出しませんが妹のところへ帰れないので邪魔です。どいてください。
すると、かつてを彷彿とさせる凍り付いたような微笑みを浮かべた妹が、女子部員達を割るようにしてやって来て流麗なしぐさでタオルを差し出して来る。
いや、わずかにサクランボのような唇を尖らせて、拗ねるようにねめつけてくるので以前よりなおのこと一層怖いです。
「もうっ、お兄様ったら。何を嬉しそうにデレデレされているのですか?」
「え? いや、いやぁ~? そんなことは無いと思うよ? うん、マジで」
わずかに怒ったようなその仕草も可愛い妹の姿に、これはもしかして嫉妬だったりするのだろうかなどと余計なことを考えてしまいます。
まあ、兄を部活の仲間に取られそうになって、邪魔をするついでに救出に来てくれたのでしょうから、間違っても勘違いしないようにしなくては。
それでもこれまでの引っ込み思案な妹からすると、女子部員達だけとはいえこれだけ沢山の群衆に臆することなく立ち向かうのだから、過去をよく知る僕としては嬉しくないはずがないのでした。
「それじゃあユスティーナは週に一回だけになるけど、部活はこの弓道部に決めていいのかい?」
「はい。お兄様もご一緒していただけるので……さびしくは無いかと」
これだけの部員達が周りにいるというのに、妹はそんなことを小さな溜息と共に零す。
やはりさっきのは僕の勘違いのようで、他人と気兼ねなく関わるのはもう少し時間がかかるのかもしれません。
だから僕は余計に明るい笑顔を作ると、紅い袴の弓道衣がよく似合う妹が、今だけ首の後ろで縛ったプラチナブロンドの髪をそっとなでるのです。
「錬金術学のクラスメイトのように、弓道部でもそのうち友達ができるだろうから。だから、そんなことは言うな」
「ふふふ、そうですね。友達100人作るのですからね?」
前に婚約解消と断罪の未来については黙ったまま、それを回避するためにも協力者や支援者をできるだけ多くそろえておくよう、そんなことを言ったのです。
本人は弓道部以外にも興味はあったようですが、さすがに複数の部活を掛け持ちすることは、王太子妃教育にレベリングなどを考慮すると無理な相談でした。
本来であれば護身術もかねて、合気道や空手などがよかったのでしょうが。
基本的に男女で部活は別々になっていても、万が一にも妹に男子生徒が近づいたり、あまつさえ触れるようなことがあれば、過去のトラウマからまた体調を崩してしまう可能性が高かった。
と言うより、可愛い妹に他の男子生徒が触れることを、この僕が許すはずがありません。
だから地下迷宮でのレベリング時のパーティー後衛として必要となる護身術は、僕がスキルカンストした【総合格闘技】を公爵屋敷にある武道場を使ってマンツーマンで伝授するつもりです。
「……っ、あら? 何だか少し寒気が。んん~、お兄様。もしかして、何か良からぬことを企んではいませんか?」
「え……あ、汗をかいたからじゃないかな? あはは~、【洗浄】。これで綺麗になったから、もう風邪は引かないと思うよ。
で、でも今日は疲れたようだから、少し早いけれどこれで帰ることにしようか? あはは~」
隠し地下迷宮でパワーレベリングを進める中で、妹が自然と取得した【直感】スキルが発動したようです。
どうもこの女の【直感】というものは、僕が持っている全てのカンストスキルを駆使しても防御できない、最強チートみたいで実は困っているのでした。
今もジィ~ッとその蒼い瞳を細めて僕を下から見上げてくるので、僕の方が冷や汗が止まりません。
するとスタイルの良い腰に片手を当てて、もう片方の指をまた1本だけ立ててフリフリと振りながら、お腹を空かせた妹がわずかに頬を染めてソッポを向きます。
「んんっ、まあいいです。でもさっきデレデレしていたお兄様には罰として、帰りにクレープ1枚で許してあげることにします」
「ははは、わかったよ。それじゃぁ、帰りにこの前に行ったクレープ屋に行っ」
「きゃーっ、私も行きます!」
「私も私もっ、ご一緒いたします」
「もちろん、私もご一緒させていただきますわ」
「あぁ、ユスティーナ様とエルネスティ様のお二人とクレープデート……うっ、想像しただけで鼻血が」
困ったように苦笑しながら僕が答える前に、周囲に集まっていた女子部員達も一緒にクレープを食べて帰ることになっていました。
しかも、平民も貴族も一緒くたになってほとんど全女子部員で行くようです。
あ、遠目にチラチラ様子をうかがっていた男子部員の一部も、どうやら付いて来るみたいです。
僕が言うのも変ですが、部活の方はいいのでしょうか。
でもこの分だと妹に弓道部の友達ができるのは、意外と早いかもしれません。




