第1章6話 この世界の君のために
「まあ、あちらをご覧になって」
「あら、今年入学されたキルヴェスニエミ公爵家のエルネスティ様と妹のユスティーナ様では?」
魔法学園の正門を出て真直ぐ行った所に見えるのは、オベリスクが中央に鎮座した馬車が走るロータリー。
その周囲の円形に広がる商店街の中に、学園の女生徒達に人気のクレープ屋がある。
夕暮れが近づく放課後、店前の広めの歩道には多くの女生徒達がたむろっていて、その備え付けられた白い木製ベンチのひとつには、カップルにしか見えない二人の男女の生徒がクレープを手に座っていた。
そしてそのベンチの横には、ネコ耳のメイドが影のように静かに控えている。
「やっぱりユスティーナ様って素敵ですわよねぇ」
「社交も控えられていたので初めてお姿を拝見しましたが、あの天使のような微笑みが美しいこと」
「長いプラチナブロンドの御髪も蒼い瞳も綺麗ですわ」
「漆黒の髪と蒼い瞳のエルネスティ様も憂いがあって素敵ですわぁ」
「あぁ~、本当に優しそうなお兄様で羨ましいこと」
「でも、下級貴族や平民ばかりのこんな場所に、公爵家のお二人がどうして?」
「まあっ、ユスティーナ様がエルネスティ様がお持ちのクレープを一口……ま、マジで尊い」
「きゃーっ、今、エルネスティ様がユスティーナ様のほっぺについたクリームを人差し指でっ」
「ぎゃあ、エルネスティ様ったらその指をご自分の、お、お口に!」
「ぐはっ、頬を染めて恥ずかしがるユスティーナ様って……うっ、鼻血が」
いつの間にかクレープ屋の周囲に集まってヒソヒソ話をしいた女生徒達は、貴族や平民の別無く、鼻血を出す者や血の涙を流す者、果ては失神してしまう者達まで出始めていた。
こうして見知らぬ魔法学園の女生徒達のハートをガッチリと掴んだユスティーナには、本人の全く知らないところで非公認ファンクラブが即日設立されることになる。
ちなみに栄えある会員番号001番は当初から永久欠番とされていたが、後日、名誉会員カードとして兄のエルネスティの元へと届けられ、いたく感動した兄によって公爵家に公認された正式なファンクラブへと昇格することになるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お嬢様、今日の入学式はいかがでしたか?」
「ふふふ、聞いて聞いてミーア。お兄様ったら入学式を急に欠席されたのよ? あっ、これはお父様とお母様には内緒よ、いいわね?」
魔法学園からキルヴェスニエミ公爵家の王都公邸へとお兄様と共に帰宅したユスティーナは、お母様とお兄様の二人と夕食を取った後、今日は早めの湯浴みを済ませて、今は侍女のミーアにプラチナブロンドの長髪を乾かしてもらっていた。
実は家族で食事を取るのは、随分と久しぶりだった。
普段は雰囲気が暗く愛想の無い自分と一緒では気が滅入るのではと、部屋でひとりで取ることがほとんどだったのだ。
でも、今日はお兄様がわざわざ夕食の時間に部屋まで呼びに来てくださったので、みんなで一緒に夕食を取ることができた。
食事中もお兄様が今日、学園であった色々なことを話題にされていたので、ユースティアも楽しくお話することができていた……はずだ。
あ。後でお父様が残念がるだろうと言われていたので、お仕事から早くご帰宅された日には今度こそ全員で一緒に夕食を取ることができそうで、ちょっとだけ楽しみ。
「そうですか、今日はエルネスティ様とご一緒に随分と楽しそうに笑われていましたので、ミーアもとっても嬉しかったです」
「そ、そんなことは……い、いつも通りだったわよ。う……そんなことはないわね。
今日はずっとお兄様が一緒にいてくださったので、屋敷の外でもとっても心強かったわ。でも、やっぱりお兄様にはご迷惑ではなかったかしら」
昔の事件以来、家族以外と会うことや屋敷の外に出ることが怖くなって引きこもってしまったユスティーナは、ともすると今回の魔法学園への入学でも発作を起こして倒れてしまう可能性があった。
それを常に側にいて励まし守ってくれたのが、自分が部屋に閉じこもってしまったために疎遠になっていたお兄様だった。
あんなに優しく格好良くて素敵なお兄様なのだから、辛気臭い上に面白味の無い自分のことなど放っておけば、もっと楽しい学園生活が送れるはずなのに。
「今日だって魔法実技の授業では、今まで聞いたこともない【錬金術】を攻撃魔法のように運用する方法を考えだされて。
放課後は初期レベルしかないお荷物の私をわざわざ連れて、地下迷宮へと攻略されてたわ」
「でもでもでも、お嬢様。いろいろなレベルがあがったからでしょうか、お嬢様が前よりも随分とお元気になられたようで、ミーアはとっても嬉しいです」
そうなのだ。危ないからダメと両親から反対されていた、公爵家なら買い与えることだってできたはずの魔導書によるスキル取得も、モンスターを討伐しての経験値獲得によるレベルアップでさえも。
いつの間にかあれだけ高レベルになっていたお兄様自身には必要なかっただろうに、ただユスティーナのためだけに地下迷宮へと連れていってくださった。
こんな机にかじりついて勉強したり本を読んだりしかできない、王太子妃教育だって中途半端で他になにもできない自分に、貴重な魔導書を惜しみなく与えてくださってご自身ではひとつもお使いにならなかった。
こんなにも役立たずで取りえの無い自分にも優しくしてくださるお兄様に、ユスティーナはいつの日かご恩返しができるようになりたいと願うのだ。
実は数年ぶりに再会した婚約者の王太子と昼食を取ったことなど、すっかりどこかに忘れ去っているユスティーナだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
今日は前世の記憶がよみがえったり『強くてニューゲーム』したりして無駄に疲れたからか、僕は寝付けなくて綺麗な月夜に照らされたベランダに出てみる。
すると隣の部屋の同じくベランダには、薄い寝間着に白いカーディガンを肩にかけた妹の姿が。
それはまるで夜空から降りそそぐ月光に浮かび上がる、美しい天使のように見えたのです。
「何を祈っているんだい?」
「……お兄様?」
両の掌を口元に握り締めて闇夜の神に祈りをささげる可憐で儚げな妹に、その神々しさに魅入られるように思わず声をかけていました。
すると振り向いた妹のその蒼く輝く瞳には涙が浮かんでいて、それを目にした瞬間、僕は迷わず隣のベランダへとスキルカンストした【身体強化】で飛び移っていたのです。
悲しげに眉を下げて頬に涙を伝わせる妹の肩をそっと支えると、できるだけ優しい声色でささやきかけます。
「ユスティーナ、どうした? 何があった? 学園の誰かが何かしたのか? まさか、あのクソ王太子か?」
「あ……お兄様。わ、私……ごめんなさい。お兄様、ごめんなさい」
途端にポロポロと涙をあふれさせ、僕の胸にすがりつくように嗚咽を漏らす妹は、その華奢で柔らかな身体を震わせるのでした。
ぼ、僕かっ!
どうやら理由もなく僕に謝るぐらいなので、僕が何か重大な勘違いをさせて傷つけてしまったみたいです。
せっかく昨日までとは違い、ようやく明るく微笑んでくれるようになったというのに。
こんな場所にたったひとりぼっちで、また泣かせてしまって。
ああ、本当に何をやっているのだろうか。
「僕の大切なユスティーナ、どうか泣かないで。大丈夫だから。何も心配しなくていいから。だから泣かないで?」
「う……お兄様。私はお兄様にご迷惑ばかりかけて。私は……ごめんなさい」
あぁ、そんなこと。
迷惑だなんて、そんなこと。
そんなことで謝らなくていいのに、泣かなくていいのに。
だから、少しだけ僕より背が低い妹をそっと両腕に抱きかかえると、上位闇魔法【漆黒の堕天使】で背中から漆黒の翼をはばたかせて、満天の夜空へと重力を無視して飛び上がります。
「きゃ…」
急に苦手な成人男性に抱きつかれたからか驚かせてしまった妹が小さく声をあげるが、僕は構わずグングンと高度を上げていく。
途中から寒くないようにと、二人の周りにシールドを張って温度調節をかけながら、星に手が届くほどの高高度まで一気に駆け上がった。
すると眼下に広がる蒼い惑星の向こう側に、かすかに太陽の光が宇宙に滲むように漏れてくるのが目に映ります。
「ほら、これがこの世界だよ。そして僕はこの世界でユスティーナ、君が一番大好きだ。
この世界の君のために、僕は何にだってなろう。
この世界の君のためになら、僕は何でも成し遂げよう。
だから、ね。どうか泣かないで」
「……にーさま。ありがとう。ありがとうございます。
嫌われてしまったのかと。にーさまに嫌われたらどうしようと。
大好きです、にーさま」
心を閉ざす前の小さい頃のようにそう僕を呼ぶと、その細い腕を僕の背中に回してしがみつくように抱きしめる。
小さな子供がはぐれないように、二度とひとりぼっちにならないようにと抱きしめる。
わかっている。
小さなユスティーナは、僕が血のつながらない兄であることを知りはしない。
わかっているんだ。
だから僕は、この世界の君のために、ただ一人の兄でいよう。
評価とブックマークいただきありがとうございます。
これで物語初日の第1章が完了となります。
引き続き第2章でも兄と妹が頑張りますので、お時間のある時にでもご一読いただけると幸いです。




