第1章5話 隠しダンジョン
入学初日の午後は、朝からのゲームシナリオによる連続イベント発生から一転して、簡単なホームルームだけでお終いとなりました。
ただ、なぜか僕と妹がいつの間にか学級委員長と副委員長になっていたのですが。
「む……どうしてこうなった」
「お兄様共々、微力ながら精一杯務めさせていただきますわ」
知らない間に誰が推薦したのかと眉を寄せる不貞腐れ顔の僕とは違い、外行きの仮面をつけてクラスメイトに向かって優雅に微笑みかける妹に、男女問わずキャーっと黄色い声が上がります。
本来なら妹の婚約破棄から断罪ルート回避のために、こんな余計な仕事をしている暇はない。
が、よく考えるとこれからも連続して発生するであろう回避不能なゲームイベントを、それが学校行事であれば学級委員長の権限で可能な限り妹への被害を最小限度に抑制できるメリットは大きいのでした。
「めんどくさいことになったが、しばらくの辛抱だと思うのでこらえてくれるかい?」
「まぁ、私もデビュタントはまだですが、お兄様と一緒に週末の新入生歓迎舞踏会には出席するのですよ? ちょっと人前に立つくらい、公爵家の者として当然のことですわ」
元々体の弱かった妹はそれでなくても遅れていた貴族令嬢としてのデビュタントが、ある事件のせいで延期されたままになっていた。
そのため、家族以外との人付き合いや特に大勢の人前に出ることには、極端な苦手意識ができてしまっているのです。
舌打ちしたい気分になりながらも、妹が前向きに頑張ろうとしているのであればと、サラサラなプラチナブロンドの髪をそっと撫でる。
生徒会を含めた全学年全クラスの学級委員長の顔合わせは後日ということらしいので、幸運なことに今日は早いですがこれで下校となります。
「ユスティーナ。今日はこの後、何か予定はあるかい? 良ければ僕と一緒に、来てほしい所があるのだけど……」
「いいえ、部活見学も明日からなので、今日は特に何も。どこかに行かれるのですか? お兄様と二人だけでお出かけは久しぶりですね」
わずかに妹が小首を傾げながらも、いつもは無表情の仮面の下に隠している天使の微笑みをチラッと見せて、少しだけワクワクした様子で嬉しそうにするので、まるで二人でデートでもするようじゃないかと、思わず手の甲で口元を隠してしまうのでした。
「い、いや…実は」
「わぁ~、本当に地下迷宮なんですね? お兄様ったら、こんな所をご存じでしたなんてビックリです」
「ははは……ここは魔法学園の中でも知る人ぞ知る隠し地下迷宮でね。入るにはある程度の条件があって、一般の生徒はほとんどいない貸し切りのはずなんだ。
まぁ、ユスティーナの入学祝のプレゼントだと思ってもらえば」
そう、ここは魔法学園の中庭にある古い石碑の後方に立つ、精霊樹と呼ばれる大樹の根本にある洞の中に不可視の転移魔法陣があって、そこからラスボス攻略特典でのみ入ることができるゲームクリアボーナスの隠しダンジョンなのです。
しかもパーティーのひとりでも条件をクリアしていれば他の人でも連れて入れることから、ようは妹のパワーレベリングをしようという訳でした。
ついでにこの隠し地下迷宮の階層ボス討伐レア特典も、最終的には妹にも全て手に入れてほしいというのもありますが。
「ありがとうございます、お兄様。こんなに早く地下迷宮に入れるなんて思っていませんでしたわ。足手まといかもしれませんが、私もお兄様に教えていただいた【錬金術】コンボを使って頑張りますね?」
「ああ、勉強家のユスティーナが大量に覚えている【錬金術】であれば、攻撃だけでなく防御に補助や回復も可能のはずだよ。だから、一緒に頑張ろうね?」
妹の婚約解消から断罪ルートを回避するためには、僕が守ってあげるだけではなく、彼女自身のレベルアップは必須です。
幸い僕が『強くてニューゲーム』でスキルカンストできているのだから、レベルがまだ初期値の妹を連れて安全にパワーレベリングが可能となった以上は全力でやります。
もちろん可愛い妹には傷ひとつ付けるはずもありませんが。
それにしても妹と二人でデートがよりにもよって地下迷宮だなんて、……今度の休みにはショッピングにでも連れて行ってあげなくては。
「……来た。あれはホフゴブリンが2匹だ。よっと、僕が下位闇魔法【影繋縛】で動けなくしたから、ゆっくりで良いので午前中やったみたいにやってみて」
「はい、お兄様。【錬成】爆裂!」
隠し地下迷宮の剥き出しの岩の通路の向こう側からやって来て僕の【索敵】スキルに引っかかったホフゴブリン達は、足元の影に沈み込むように足を取られている間に、妹の遠隔錬金術の爆風で薙ぎ倒されていた。
まだ入ってすぐの地下1階ですけれど、それでもクリア特典の隠し地下迷宮なので敵レベルもそれなりに高いはずです。
でもそれを妹は一撃で仕留めてしまって、気が付くとホフゴブリン達は光の粉になって消えていきます。
おお、【鑑定】で見ても妹のレベルがビックリするほどジャンプアップしていくのでした。
「わわっ、お兄様。何だか体がとっても軽くなりましたわ。ほら見てください、こんなに!」
「ああっ、そんなに飛び上がったら、スカートの中が見えてしまうっ」
これまでは無表情がデフォだった妹が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねるのは見ていて微笑ましいのですが、魔法学園制服の紅いチェックのミニスカートがヒラヒラ舞って、フリルの付いた白い何かがチラチラするのは。
「きゃー、お兄様のエッチ!」
「わぁっ、見てないっ、見てませんよ? ほんとですよ?」
バッとスカートの裾を両手で押さえると顔を真っ赤にして妹が睨みつけるので、必死に見ないように両手をバタバタさせて僕は顔を背けるのでした。
いかん、ここは強制的にでも話を変えなくては。
「と、ところでモンスターの血とか死体とかで、気分悪くなったりはしないかい?」
「む、誤魔化しましたね? ま、まあ今のは忘れることにしましょう。
はい、大丈夫ですよ。こう見えても魔物の血や内臓の素材を使った【錬金術】だって、ちゃんと魔法の家庭教師の先生に一通り教わっているんですからね?」
強固で頑丈な箱入り貴族令嬢であるユスティーナにとって、初の実戦はグロ過ぎるかとも心配しましたけれど、そこは心構えを含めてキチンと準備ができていたみたいです。
まあ、魔法学園入学までは一度も狩りに連れて行ってもらえなかったのは、妹のことが大好き過ぎる両親があまりに過保護だったためなので。
困ったものですが、おかげで僕も実はこの世界では初実戦だったりするのです。
しかし『強くてニューゲーム』のおかげで精神耐性なんかもカンストしているからか、思っていたよりも意外と大丈夫なようです。
嘘です。飛び散る血糊と肉片が、ちょっとかなりマジで気持ち悪いです。
でもお兄ちゃんは妹にカッコの悪いところは見せられないので、ホフゴブリンが消えて残されたドロップアイテムと魔石を上位闇魔法【影収納】に放り込むと、そんな元日本人としての中途半端でヘタレた気分を切り替えるのでした。
「それじゃ、この調子で階層ボスを討伐してしまおうか?」
「はいっ、お兄様。ようやくこれまで学んできたことが役に立つので頑張りますね!」
魔法学園の生徒とはいえ、貴族家の女生徒達はマナーを含めた花嫁修業と同等レベルの机上学習までが一般的です。
実際の実技は初級地下迷宮ぐらいまでが普通で、既に婚約者がいる上級貴族を除いて基本的には卒業後の結婚相手を探すのが最大の目的のひとつだったりします。
しかし、王太子の婚約者である妹は王太子妃教育の一環として、美麗で聡明なだけでなくその強さも要求されるのは悲しいことに当然と言えた。
「【錬成】氷結! 【錬成】爆炎!」
一瞬で下半身から氷漬けにされたミノタウロスの頭部が、次の瞬間には灼熱の炎と共に吹き飛ぶ。
前線で下位闇魔法【影防壁】を使って盾役をやっていた僕の10m後方から、既に中級レベルの魔法と同等以上の威力で並列連撃できる妹がいました。
地下1階での初戦以降もグングンと経験値を稼いでレベルアップしながら、気が付けば地下5階の階層ボスをほぼ妹ひとりの火力だけで倒し切っていたのです。
「ユスティーナの殲滅力は、もう新入生ではトップクラスにまでなったかもしれないねぇ」
「あら、お兄様ったら。まだ初めての地下迷宮をたった5階降りただけですわよ? それにまだちっとも疲れていませんし」
それでも少しはレベルアップで地力がついた実感があって嬉しかったのか、妹がちょっとだけドヤッと豊かな胸を張って見せます。
実はここまでの各階層ボスの討伐報酬として残された宝箱から入手した魔導書を使って、妹は【身体強化】や【魔力強化】に【魔力制御】、【魔法防御】などの各種基本スキルを取得していたのです。
「ははは、ここは地下迷宮としては、実は初級じゃなくて上級クラスになるんだよ。
だから体が疲れていないのもレベルアップ補正のためで、魔力だけじゃなく筋力や持久力も大幅にアップしているからだと思うよ」
「まあ、それじゃ私、ムキムキマッチョになって腹筋が割れちゃったりするんですの?」
ビックリしたように綺麗な蒼い瞳を見開いて、妹が小さな両掌で口元を隠してしまいます。
今朝までの数年間に比べると、随分と表情が豊かになってきているようです。
「ははっ、心配しないでもユスティーナはスマートで柔らかいままだから安心していいよ。ほら、二の腕だってこんなにプニプニしてるし」
「あーっ、お兄様ったら! 私の二の腕はちーっともプニプニなんかしていませんことよ?
う~……半袖ブラウスの夏服になる前にダイエットしようかしら」
僕がつまんだ二の腕をかばうように飛び退くと、妹が後ろを向いて自分の腕やおなかをさすり始めてしまう。
しまった、これはセクハラだったかも? いかんいかん、ここはちゃんとフォローしておかなくては。
お兄様なんか大嫌いなんて言われたら、マジで死ねます。
「あ、あ~。ユスティーナ? 今日の午後は初めての地下迷宮にしては随分と長い時間ずっと実戦を繰り返していたから、かなり大量のカロリーを消費していると思うんだけど。
そろそろ帰って何か甘いものでも食べないかい?」
「え? う~……本当ですか? お兄様、また私を騙そうとしてませんか?」
わずかに蒼い瞳を細めながらこちらを伺うように半分だけ振り返ると、妹はサクランボのような唇を少しだけとがらせます。
うっ、反則的なほどに可愛いのですが、この天使をどうしたらよいのでしょうか。
「僕が、ユスティーナが悲しむような嘘を言ったりする訳ないだろ? 実はさ、僕も今日はだいぶ魔力と体力を消耗したから、お腹がすいたんだよね~」
「まあっ、そうですわよね! じゃあ、今日は頑張ったご褒美に魔法学園の近くのクレープを食べたいですわ。と~っても美味しいって評判なんですよ?」
ようやく妹が気分と取り直してくれたようでその両手を豊満な胸の前で握り締めると、つま先立ちになって僕を下からキラキラした蒼い瞳で見上げて来るのでした。
う、ちょっと顔が近くないですか?
「あはは~、じゃあ僕がその頑張ったご褒美にユスティーナの分も奢ってあげるから、機嫌を直してくれるかい?」
「うふふ、お兄様ったらしかたないですわね。それじゃあ美味しいクレープ1枚で許して差し上げますわ」
そう言いながらスタイルの良い腰に片手を当てると、もう一方の手で人差し指を立ててお澄まし顔でフリフリさせて見せてくれます。
そんなまるで小悪魔な天使の妹にホッとしながら、僕は左手を胸に当てて腰を折ると右手を彼女に差し出すのです。
「よかった。それじゃユスティーナ――お姫様、僕とクレープをご一緒いただけますか?」
「ええ、お兄様。喜んで、ふふふ」
いたずらっぽくクスクスと微笑む妹を紳士の礼でエスコートしながら、この地下迷宮の各階層毎にボス部屋の奥にある、出口への転移魔法陣を起動させるのでした。




