第7章2話 国境の小さな街
「お兄様、このアラビアータとってもおいしいですわ」
「うん、このペペロンチーノもうまいなぁ。ユスティーナ、こっちも一口食べてみるかい?」
「あ~ん、ぱくっ。んんっ、これもおいしいですね。ふふふ~」
国境の小さな街ルィジンに飛行魔法でやって来た僕達は、澄み渡った青空の下、さっそくオープンテラスの席でランチを取っています。
それにしてもこの店のパスタはおいしい。
クルクルと巻いたペペロンを妹の口にいれてやると、嬉しそうに顔をほころばせるのでした。
するとラザニアを食べていたセラフィーが、こちらも目を丸くして。
「なんと、今まで食べた中でも絶品ですね。しかも、お母さんの味がするのはなぜ?」
「おお、そこまで言うか。僕にも一口ちょうだい?」
「まあまあ、それでは……あ~ん」
「ぱくっ、んおっ。これは、うまいなぁ」
セラフィーは自分が食べていたフォークでラザニアを切り分けてくれると、嬉しそうに頬を桜色に染めるのでした。
最近ではみんなで仲良く食事をしても、男性だからと怖がることが無くなってきているようです。
「うにゃあ~、肉団子入りミートパスタの大盛りは最高だにゃ~」
「おおっ、このフィットチーネ。素でおいしいっス」
ミーアとシュルヴィも気に入ったようで、下手をするとおかわりしそうな勢いです。
そういえば、今日は情勢が不安定な南部王朝の勢力圏へ行くこともあって、クリームヒルト第一王女は王城でお留守番だったりします。
今頃は拗ねているだろうから、何かおみやげでも買って帰らないと。
すると石畳の通りを挟んだ反対側の教会から、ウエディングドレス姿の花嫁さんが新郎さんと出てきて、通りに集まっていた友人達に向かってブーケトスをしています。
そしてフラワーシャワーの中、二人は僕達がいるレストランのテラス席のすぐそばを通って、そのまま街を練り歩いていくようです。
「いいなぁ~、花嫁さん。純白のウエディングドレス、綺麗だったなぁ」
「ふふふ、ユスティーナ様もウェディングドレスがきっとお似合いですよ?」
「そうです、お嬢様。セラフィーの言う通りです。このミーアがピカピカに磨いて、ウェディングドレスを着ていただきますにゃ~」
「そうっス、姫様は絶対に最高に綺麗な花嫁さんになるっス」
花嫁を目にしたからか、恋する乙女のように蒼い瞳をキラキラさせた妹に、セラフィー達が急に女子会モードに突入していきます。
そうなると僕のような唐変木の出る幕は無く、ただテーブルの端で大人しく黙ってじっと座って、キャッキャウフフな女子学生限定パーティーが終わるのを待っているのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「へへへ~、私がこの国境の街ルィジンの領主をしておりますマネンテ子爵でございます。この度はわざわざ起こしいただき恐悦至極に存じまする」
いつものように予約しておいたホテルにチェックインしていたら、この小さな街の領主が挨拶をしたいからと執事がやって来て、大きな屋敷に呼びつけられています。
まあ南部王朝と開戦すれば、この屋敷は軍に接収されることになるのだからと来てみれば。
いやに豪奢な装飾品が並べられた品の無い客室で出迎えたのは、脂ぎった子豚のような中年おやじでした。
こんな片田舎のさびれた街の領主であれば、王都のしかも四大貴族家の者が来たら、へこへこするのも分からないではないけど。
それでも前に王城の事務処理で目にした、税務関連の資料からは信じられないほどの資産があるようです。
「ああ、今日は挨拶だけでね。明日は朝早くから、技術スタッフ達が移動を開始するから。さっきのホテルに戻って休むことにするので、これで失礼するよ」
「いえいえ、このままキルヴェスニエミ公爵家のご子息を帰したとあっては、マネンテ子爵の名折れとなりますゆえ。
実は本日は運がいいことに、このルィジンの街でもとびっきりの器量良しの娘が、初夜税を収めることになっておりましてな。げへへ。私の代わりにいかがですかな?」
そう言って、下品な笑いで手もみを始める子豚子爵なのだが。
まさか初夜税って、昼に街で見かけた花嫁さんの初めての夜を、この脂ぎった子豚領主が権力で奪うってことか?
その瞬間、妹をはじめとした女性陣の周囲の温度が、一気に下がったことになぜ気がつかないのでしょう。
すると僕の横にいた妹が氷点下の笑顔を張り付けて、低い声けどよく通るで問いかけます。
「ほう、初夜税ですか。また、ずいぶんと古めかしい。確か国王陛下の命で、ずいぶん前に廃止されているはずですが?」
「はははっ、このような国境沿いの辺境の街では、まだまだ昔の因習が残っておってですな。私のような高貴な血筋が教えてやらんと、敵国を目の前にしてやっておれんのでしょうな。ぎゃははは。
お~っと、生娘のお嬢様方にはお耳汚しでしたかな? はーっ、はははっ」
田舎の下級貴族らしい男尊女卑の考えからか、妹をキルヴェスニエミ公爵家の令嬢と知っていてのこのセクハラ発言に、思わずミーアとシュルヴィが殺気を放ち始めます。
特に王太子妃教育でこの王国の歴史と税制についても勉強している妹は、昼に目にした幸せそうな花嫁さんの姿を思い出したのか、蒼い瞳の奥をゆらゆらとくゆらせてしまっているのでした。
当然、自身の辛い過去と重なったのか、セラフィーは眼光するどく射殺さんばかりの視線を向けています。
「……ふむ、そこまで言うなら厄介になるとしようか。そうだな、少し長旅で疲れたので、夕食まで客室で休ませてもらうぞ」
「おおっ、分かっていただけましたか? それではさっそく、最高の客室をご用意いたしますので。げへへ~」
僕の半分ため息のような台詞に、ブヒブヒと鼻息も荒く子豚子爵は喜び勇んで部屋を飛び出して行ってしまったのでした。
「お兄様……」
「わかっている。ユスティーナ達は少し客室で休んでいるといい。その間に僕は一度、王城へ戻るから」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……なぜ、税務官殿が? いや、それよりもいつの間に王城から?」
「そんなことは決まっておるだろう。貴殿の提出した税務書類関連で、不明な点があったから確認に来ただけのことだ」
約束通りに夕食前には、上位闇魔法【漆黒の門】でポイントマーカー間を転移させた王城官僚達を連れて、国境の街ルィジンの領主マネンテ子爵屋敷へと戻って来ていました。
その無駄に豪華な客室に、僕達を夕食へと呼びにわざわざ来た子豚子爵は、口をパクパクさせて固まってしまっています。
「まったく、この街を拠点に開戦準備をげふんげふん、とにかくこの大事な時期に余計な仕事を増やしおって。
時間も無いからさっさと聞くが、もろもろの細々とした脱税の証拠があるのはともかく、貴殿の言っている初夜税については一切の記載が漏れているようだが?」
「んなっ! そ、それぐらい、どこの領主もやっていることだっ。初夜税は領民が白金貨1枚を払えないというから、代わりに」
軍の展開を準備していた国王が激怒して、緊急招集させられた官僚達が八つ当たりをするように書類をテーブルに投げて見せると。
脂汗を流し始めた子豚領主は、逆切れしながらもブヒブヒと言い訳を始めますが。
結婚したての平民が、白金貨1枚なんて大金を払えるはずがないだろうに。
「そうか、白金貨1枚が年に100組として、この10年で白金貨1000枚の所得隠しによる脱税だな。ちょっとした大都市の年間予算レベルになるぞ。この屋敷も含めて、全財産の差し押さえで足りるか?」
「なあっ、そ、そんな金っある訳なかろう!」
自分の軽率な一言を逆手に取られて顔を真っ青にした子豚が立ち上がって叫び始めるが、税務官と一緒に同行して来ていた宰相補佐官が吐き捨てるように突き放します。
「おまけに王妃様肝いりの、初夜税根絶の王命を無視しおって。貴様、最前線領地が気に食わないらしいから、その働きに免じて国境沿いの無人の領地開拓を命じてやる。いい見せしめになるから、命だけは取らんでやるので感謝しろ?」
「え? そ、そんな一方的なっ。我ら辺境の領主がいなければ。我ら辺境の戦力を甘く見るなよ!」
「恫喝か、反逆罪は見なかったことにしてやるが。おい、今すぐこの街から叩き出せ」
「ぎ、ぎざまぁ~っ、離せっ離せぇ~!」
顔を真っ赤にした子豚子爵は、王城から護衛でついて来ていた騎士団員達に引きずられてドナドナされて行ってしまいました。
それからは事務方の官僚達は、資産の差し押さえのために忙しそうにバタバタと屋敷内を行ったり来たりするのでした。
「はあ~、じゃあ行くか。ユスティーナ?」
「はいっ、お兄様!」
嬉しそうに元気な返事をする妹達と一緒に、別に用意された豪奢な客室へと向かいます。
かなり離れた位置にあるその客室の扉を、軽くノックしてから開けると。
「も、申し訳ありませんっ、ご領主さまっ。や、やっぱり、主人に操を立てたいのですっ。なにとぞ、お許しください!」
天蓋付きの無駄に大きなベッドの前で、ウエディングドレスを着たままの花嫁さんが、紅い絨毯に額を擦り付けて土下座をしていました。
それを見てギョッとした妹が、すぐさまタタッと走り寄ります。
「もう、大丈夫ですよ? 悪い領主は退治されましたわ。安心して旦那様のところへお戻りくださいね?」
「……え? う、うわぁ~ん。あ、ありがとうございます。ありがとうございます」
自分の前に膝を着いて肩に手を添えた妹を見上げた花嫁さんは、一瞬だけポカンとしてからわんわんと泣き出してしまうのでした。
だからセラフィーが落ち着いた声で優しく語り掛けます。
「ほらほら、そんなに花嫁さんが泣くもんではないわ。せっかくの綺麗なウェディングドレスがもったいないですよ?」
「そうっス。今からお家まで送って行くっス」
「お家に帰ったら、旦那様に思いっきり優しくしてもらうにゃ~」
シュルヴィとミーアも花嫁さんが立ち上がるのを支えると、にっこりと笑いかけるのでした。
「セリア!」
「ジャンっ!」
それから月明かりの中、ルィジンの街を歩いて花嫁さんの家まで送ると、ドアの前で旦那さんがウロウロと待ち続けていました。
だから心配しないようにと、天使な妹が優しい声で花嫁さんを抱きしめる旦那さんに告げるのです。
「悪い領主が捕まったので、花嫁さんは何もされずに無事救出できましたよ? だから今晩は思いっきり優しくかわいがってあげてくださいね?」
「あ、ありがとうございますっ。このご恩は一生忘れません。セリアを、妻を大切にします!」
「天使様、ありがとうございました。主人と幸せになります」
抱き合ったまま深々と頭を下げる二人に、自分の台詞を思い出して赤くなってしまった妹が、おほほ~と微笑むのですが。
ミーアとシュルヴィのデバガメ二人がニヒヒ~と怪しく笑います。
「花嫁さん、今夜は旦那さんにいっぱい甘えるにゃ~」
「花嫁さんは、今夜はお楽しみっス」
「ほらほら、後はお二人だけにして差し上げないと」
だからか優艶な微笑むを浮かべたセラフィーの一言で、僕達はゾロゾロとホテルに帰ることにするのです。
その後ろでは、いつまでも花嫁さんと旦那さんの二人が深く頭を下げいるのでした。




