第6章5話 神聖教国
「ご、ご報告申し上げます! 教皇猊下ら戦争犯罪人の返還交渉のため、神聖市国へと向かった外交使節団から、緊急連絡がありました!
突如、大聖堂前の広場に出現した火刑台に当の教皇猊下と大聖女殿および神聖騎士達が磔にされており、我が国の【聖女】殿が集まった教会関係者と市民達を前に演説を開始っ。
どうやら不当に【聖女】を拉致しようとした、悪魔付きに堕ちた犯罪者として、異端審問にかける公開魔女裁判を開催するようです!」
「なっ、そ、そんな……こ、国王陛下っ。これは、いったいどういうことですか? 世界中の神聖教徒を、敵に回すおつもりか!」
神聖市国での転移門開通式典から数日、王城の謁見の間に急遽招集された王都の教会関係者達がいる前で、あわてて飛び込んで来た近衛兵が片膝を着いて報告を始めていた。
突然の凶報に顔を真っ青にした枢機卿が、神聖教会の王都代表として震える声で、王座でつまらなそうに肩肘をついて、しかし口元だけはニヤニヤしている国王に問いかけるのだが。
「ん? 準備を進めていた、戦争犯罪人の裁判でも始めたのであろう。そもそも隣接していない神聖市国と転移門をつないでほしいと言ってきたのは、そっちだぞ?」
「そ、それは……しかし。まさか、教皇猊下があのような軽挙妄動をなされるとは」
呆れたように冷ややかな目で言い放つ国王に、枢機卿は額から流れる汗を必死にハンカチでふき取るしかない。
すると再び謁見の間に駆け込んで来た近衛兵が、片膝を着くなり大声で速報を叫ぶ。
「取り急ぎご報告申し上げますっ。神聖教会の教えに背いた悪魔付きの異端者達に対し、涙ながらに【聖女】殿が慈悲を訴えると、教皇猊下が罷免されました!
続けて次期教皇を選出する教皇選挙を開催するとのことで! しかも、これに合わせて国名を神聖教国に変更すると宣言されました!」
「なあっ、何を勝手な! なんの権限があって、そのようなことをっ」
あっという間に祖国が崩壊していく様に、真っ白になってしまった枢機卿は、国王の御前であることも忘れて頭を抱えて喚き始めてしまう。
今回、特別に【聖女】マリアにかけた呪術刻印の一部を、一時的に解除して【魅了】スキルを使用できるようにしたのだ。
次期教皇の座を狙っていた枢機卿達をそそのかし、大聖堂前に集まった群衆を扇動することぐらい、朝飯前だろう。
「これではまるで、我が祖国が王国の属国になってしまったみたいではないか。おお、神よお助けください」
「なんだ。宣戦布告も無く戦争を仕掛けてきたくせに、いざ敗戦国となったら神に泣き言か? なるほど都合のいい、信仰心だな。
【聖女】の力を得て何を企んでいたのか知らんが、余がそのようなこと許すはずがなかろう」
ガックリと深紅の絨毯に手を着いてうなだれた枢機卿を、当然だと言わんばかりに国王は鼻で笑って見せる。
それぐらい【聖女】というのは、絶大な力を持つのだ。
でなければ、ただ【聖女】というだけで国賊の淫売を、呪術刻印を使用してまで生かしておく理由など無い。
ただ、神聖騎士達が【聖女】を連れ去ろうとしたのを、エルネスティが黙って見逃そうとしたのは、ある程度は予想されていたこととはいえ、実のところ国王としては意外だった。
まあ最終的には、どんな手を使っても救出させる算段はついていたのだが。
「だいたい本当に我が国の【聖女】が貴国に拉致されていたら、貴様たち王国にいる神聖教会は王国への反逆罪で武力制圧されていたのだぞ?
それぐらいの覚悟があって、当然の開戦だったのだろう?
いずれにしろ気に食わないというなら、今からでも動乱罪で王国全土の神聖教会施設と教会関係者を管理統治してもよいのだ。たかが王都代表が、余計なことは言わんことだな」
「ぐうっ……ぎょ、御意にございます」
片肘をついた拳であごを支えながら国王が物憂げに吐き捨てると、枢機卿はとうとう唸るように額を絨毯に着けてしまう。
すると頃合いと読んだのか宰相が分厚いバインダーを片手に、これまで神聖教会が免除されていた納税義務の全面的な見直しによる、本国とは別となる実質的に大規模な損害賠償の補填について通達を始める。
それを教会派閥筆頭のジェルヴェーズ公爵夫人が貴族席の最前列から、まるで怨念だけで枢機卿をはじめとした教会関係者を射殺さんばかりに睨みつけているのだった。
こうして全国流通網の利権を失って転落したフォンブリューヌ公爵家に続き、四大公爵家の一角が結果的にその権威を失墜させ、王家への中央集権化が加速することとなる。
ちなみに戦争犯罪人となった教皇と大聖女をはじめとした神聖騎士達は、磔刑になった足元の薪に火をくべられることもなく。
最終的には背中に大きな呪術刻印を焼印されて、生まれ変わった神聖教国を守護する魔術結界に魔力補充のため、永劫の地下牢獄に収監されるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お兄様、ここはまた天空城とは違った古代の遺跡が今も残されていて、神話の時代から地上に残された神秘にあふれておりますわ」
「この市街は、神代から2000年以上の歴史があるからね。ああ、それよりもユスティーナ。ジェラートがほっぺに」
大聖堂前の広場に上位闇魔法【漆黒の門】から取り出した火刑台を設置し終えた僕達は、広場の地下墓地を抜けて市内に点在する遺跡群のひとつにやって来ています。
今頃は国王の書いた台本に従って、火刑台の上で【聖女】マリアが戦後処理を始めている頃でしょう。
僕達の目の前には前世の古代ローマ建築のような、神代から受け継がれてきたドーム神殿や凱旋門、円形闘技場、共同浴場の他にも列柱、水道橋などが、所狭しとどこまでも続いているのでした。
そんな歴史ある市街の石畳をてくてくと歩きながら、観光気分でご当地ジェラートを二段重ねでほおばっている妹の、ほほに付いたジェラートを指ですくうとパクッと口に入れます。
「あ……えへへ~。ありがとうございます。じゃあ、お兄様のジェラートも一口いただきですわ。ぱくっ」
「わわっ、そんなにするとまた口の周りにつけるぞ? ほら、一口と言わずにあげるから、ゆっくりと食べるんだぞ?」
にへら~っと笑うと、急に僕の手にしたモカジェラートにかぶりつく妹に、スプーンですくって食べさせてあげるのです。
するとほとんど口もつけずにジェラートを手にしたまま、なぜか微笑まし気にセラフィーが僕達を見ているので。
「クッキークリーム、おいしくなかったのかい? なら、一口くれないか?」
「え? あ……そんな、私ごときが口にしたものなど。いえ、……そ、それでは。あ~ん」
僕の両腕に妹がしがみついたままなので、しかたなくセラフィーが差し出すスプーンを、ぱくっとくわえるのです。
うん、おいしい。
他人と――特に成人男性とは触れることはもちろん、近づくことすら酷く忌避するようになっていたセラフィーだけど。
最近では少しづつ身内では同じテーブルで食事をしても、気分を悪くすることも無くなったのは、きっといいことなんだろう。
「おいしいぞ? いらないなら、僕がもらおうか?」
「だ、ダメです。もうエルネスティ様には、分けたげませんのですわ」
そう言うと、嬉しそうに桜色をした唇をVの字にして、さっき僕が食べさせてもらったスプーンをくわえるのでした。
そんな僕達の横から、少し元気を取り戻して今回は付いて来たクリームヒルト第一王女が、ジリジリとチョコバニラをスプーンにすくった手を突き出しながら迫って来ています。
「エルネスティ様、動かないでくださいね? 今、お口に突っ込みますから」
「い、いや……なんか、怖いんだけど?」
「わはは~、ミーアは五段重ねですにゃ~!」
「う~ん、ボクはやっぱりミルクジェラートが好きっスね」
なぜか一人だけコーンに特注で五段積みしてもらったネコ耳メイドのミーアが、今にも落としそうにフラフラさせながら仁王立ちしている横で、ちまちまと小さなピンクの舌を出して子供のようにジェラートを舐めている見習い騎士のシュルヴィでした。
市内に住むほとんどの市民が大聖堂前の広場に集まってしまって、この遺跡群は僕達以外に周囲に人影もなくて。
そんな陽だまりの中で、なんだか戦後処理のことが嘘みたいに平和そのものです。
まあ次代の教皇候補達は【聖女】はともかく、聖霊と魔滅の弓矢をどうこうしようという気は無いらしいので、それはよかったのですが。
こうなることを当然予想しながらも、神聖市国に言われるがまま【聖女】を派遣させた、賢王と巷で評判のあの国王の高笑いが聞こえるようでなんかムカつきます。
こうして既に転移門は外交上の戦略兵器としても、確実に運用され始めているのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あー、にいちゃんだ」
「あそぼー」
「ほんよんでー」
「ははは、ちょっとこれを修道女さんに渡してからな」
その頃、王都の神聖教会の裏手にある孤児院に【勇者】アーサーが、変わらず差し入れを持って来ていた。
孤児院の子供達を奴隷にして売り飛ばしていた女枢機卿が捕縛されて、自身が手足を切り飛ばされたあげく鉱山奴隷として奴隷紋を刻まれて姿を消してから、ずいぶんと雰囲気も落ち着きを取り戻してきていたのだった。
「アーサーさん、いつもすみませんねぇ」
「いえ、むしろすみません。俺の地下迷宮での収入ぐらいじゃ、これぐらいが精一杯だから」
最近は一人でも学園の試練の地下迷宮の下層を周回することができるようになっていたのだが、やはり死なない特殊仕様のため経験値と同様にドロップはしょぼいのが現実なのだった。
それでも休むことなくひたすら潜りつづけているため、気がつけば実力的には中級ハンターに手が届くぐらいまでにはレベルアップすることができていた。
「そんなことはありませんよ。それに年長の子達には、ユスティーナ様からご紹介いただいた化粧品工房でのお手伝いで、普通以上のお手当をいただけていますし。
それだけでなく手に職をつけることもできて、空いた時間には文字の読み書きや算術も教えていただけるのですから」
「おしごとたのし~」
「ごはんももらえる~」
「おべんきょうもできるし~」
「ちょっとしっぱいした、おけしょうひんももらえるの~」
「ははは、本当にユスティーナ様には助けられてばっかりで」
昼間の短い時間だが、錬金術学のデボラの実家の工房で簡単な手伝いをしている子供たちが、嬉しそうに手をあげる。
労働基準法も児童福祉法ですら無いこの世界で、それでも孤児達が自身の力で生きていけるよう支援しようと、エルネスティの話を聞いたユスティーナが取締役をしている商会で人材派遣を始めたものだった。
「それに近々、何でも教会関連の税制が改定される予定とかで、孤児院の運営が厳しくなるだろうからと、先に施設の補修や備品をたくさん寄付いただいて。本当に助かっています」
「へぇ~、税金のことまで。さすがは公爵家のお嬢様だなぁ。俺じゃあ、そっち方面はさっぱりだからな」
「でもあんまりきてくれないの~」
「おねーちゃん、こんどいつくるの~」
「いっしょにあそびたいな~」
「ごほんよんでほしいな~」
転移門の魔法陣を設置するために王国全土を飛び回ったり、海外へも飛んで行ったりしているために、最近はあまり孤児院に来れなくなっていたユスティーナ達だった。
しかし転移門を設置するほどの大都市には、訪問にあわせて商会の社会福祉活動の一環として、積極的に孤児院の設立を支援し始めていた。
そうしていつしか全国の各都市に増えていった孤児院では、聖母の姫というおかしな二つ名で呼ばれることになるのだが。
それをユスティーナ自身が知るのは、もう少し時間が経ってからになるのだった。




