第6章3話 帝国の第二王子
「まあ、私にまでこのような物をいただいてしまって。クリームヒルト第一王女殿下のお兄様は何てお優しいのでしょう」
「ふふふっ。なぁに、これぐらいのこと。ユスティーナ譲、君の銀糸のようなプラチナブロンドの髪にも、そして白雪のような肌にも似合うブローチなんだよ」
天空城に転移門を設置してから帰った翌日には、魔法学園に在学中の帝国第一王女のクリームヒルトを訪ねて、その兄であるルトガーディン第二王子がゾロゾロと近衛兵達を連れてやって来た。
学園長室の隣にある貴賓用客室に呼び出されたのはお姫様だけではなく、ご学友一行というくくりでユスティーナにセラフィー、シュルヴィと侍女としてミーアまでが同行していた。
そのミーアが主の代理として受け取ったカメオのブローチを指さしながら、朗々と舞台俳優のような台詞を述べ始める帝国の王子だった。
「それに君は美しいだけでなく、魔法学園でも成績トップとなるほど聡明で、錬金術においても目覚ましい技術力を発揮しておられると聞き及んでいます。
そんな君に私の乗って来た帝国でも最新鋭の飛行船が大空を飛ぶところを、ぜひともお見せしようじゃないか、マイレイディ」
「え? いえ、あの、その」
王太子の婚約者という立場もあり、普段から同年代のしかもイケメンからグイグイと迫られた経験の無いユスティーナは、他国の王族で友達の兄を相手にタジタジとしてしまっていた。
「第二王子殿下、失礼でっスが姫様はお疲れの様子。本日のご挨拶はこのくらいにして下がらせていただきたいっス」
「おおっ、君は武闘大会の決勝戦で大将を務めて勝利の栄冠を手にした騎士殿ではないか。いやだなぁ、私がユスティーナ譲の嫌がることをするはずが無いじゃないか?」
「え、いや、あの、じゃない違うっス」
そんなシュルヴィやミーアを含めた従者達が、他国の王族の権威相手にまったく手出しできない状況を見かねて、クリームヒルト第一王女がわざとらしく咳払いをしてみせる。
「コホン。いつもの兄上様らしくありませんが、これはいったいどうしたことですか? まさか、また何かよからぬことでも考えておられるようなら」
「ははっ、バカだなぁ。お世話になっている可愛い妹の友達に、せっかく遠路はるばるやって来たんだから挨拶ぐらいはさせておくれよ。
私はこう見えても帝国の技術省で統括をしていてね。あの最新鋭の飛行船も私が作らせたんだよ。だからちょっとぐらいは自慢させてもらっても、いいだろう?」
しかし何も心にやましいことなど無いと爽やかなイケメンは、女性好きのする笑顔を見せながら紳士な態度で腰を折ると右手を差し出す。
だが、知らない人に付いて行くことをエルネスティにきつく禁じられている、ユスティーナはそれでも申し訳なさそうに眉を下げる。
「はぁ。でもお兄様がいらっしゃらないので、勝手なことは」
「ああ、それは問題ないさ。君の兄上のエルネスティくんなら今は隣の学園長室にいるはずだけど、後から合流することになっているから心配はいらないよ?」
それでも笑顔を絶やすこと無いルトガーディン第二王子は差し出した右手で、ついにはユスティーナの握り締められた手を取って、イケメンスマイルを投げかけるので。
とうとう押し切られる形となったユスティーナは、「まあ、それならば」と引きつる笑顔で答えるしかなかったのだった。
そんなわけで魔法学園の敷地の端に停泊している帝国の飛行船へと、紳士なエスコートと共に案内されて乗り込むことになってしまっていた。
途中、廊下ですれ違った【聖女】マリアが「何で2作目の攻略対象のルトガー王子がここにいるのよ!」とか叫んでいたようだが。
「わあ~、これが飛行船という物なのですか」
「ふふふ、帝国でもまだ数隻しか建造されていない最新技術のはずですわ」
初めて目にする中空に浮かぶ巨大な飛行船の内部は、少し前まで部屋に引きこもっていたユスティーナにとっては驚くことばかりで。
帝国の王族としても式典で目にする機会ぐらいしか無いクリームヒルト第一王女にとっても、実際に乗り込む機会など無かったのだ。
「じゃあ、ちょっとだけ近くを飛んでみせようか」
「あら、まだお兄様はこの飛行船に乗ってはおられないようですが?」
ガコンッという金属音がすると、地面が遠くに離れて行くのでユスティーナをはじめ誰もが驚きを隠せない。
しかし、この飛行船見学をエスコートしている帝国第二王子だけは、悪びれる様子も無くイケメンな笑顔を振りまき続ける。
「やあ、しまった。お美しいユスティーナ譲に少しでも早くお見せしたいと思い、つい焦ったようです。それじゃあグルッと回頭してから、君の兄上を拾いに戻って来るとしましょうか」
王都の中心ということもあってか、高度を取って旋回し始めた飛行船だが、いつの間にか予想とは違ってだんだんと魔法学園の尖塔から距離を離してしまっていた。
そうこうしているうちに、ユスティーナが不安そうにだんだんと眉を下げてしまう。
「あのぉ~、回旋半径が大きいのは理解できるのですが、もうすぐそこに国境が見えているのですけど?」
「やははっ、風に流された影響もあってねぇ。思ったよりも、時間がかかってすまないねぇ」
大型飛行船の操舵は難しいのだとばかりに快活に笑い飛ばすルトガーディン第二王子だが、そんなタイミングでユスティーナは耳に手をやって小声で話しを始める。
「あ、お兄様ですか? ええ、今、帝国のルトガーディン第二王子殿下の飛行船の中なのですが……ええ、マップで確認しても東の国境線が見えますわ」
「何を……誰と話しているんだい?」
それを怪訝な顔をした第二王子が問い詰めようと一歩踏み出すのだが、スッと見習い騎士のシュルヴィが翠の目を細めて無言で立ちふさがる。
そして耳の魔道具に細い指を添えたユスティーナは、帝国のお姫様に向かってにこやかに頷きかけるのだった。
「はい、わかりましたお兄様。では、空を飛べないクリームヒルト第一王女殿下はお願いしますね?」
「きゃっ。まあまあっ、この漆黒の魔法陣は――」
次の瞬間、クリームヒルト第一王女の足元に魔法陣が煌めくと、そこから姿を現した漆黒の人型をした何かは、近づいて来ていた第二王子の胸をトンッと指先で軽くつついてから、お姫様と一緒に霧のように消えてしまう。
「なあっ、……い、今のは?」
「ああ、ルトガーディン第二王子殿下。私達は国王陛下に無断で国境を超えることはできませんので、これで失礼させていただきますね」
茫然と床から消えていく魔法陣を見つめていた第二王子に向かって、ユスティーナが学園の制服である紅いチェックのミニスカートをつまんで見事なカーテシーを披露する。
と同時にその背後で、ガッコンと金属音がするなり、飛行船内に暴風が吹き荒れた。
「ば、バカなっ、それは非常用ハッチだぞ!」
「ではご機嫌よう」
そんな言葉を残してユスティーナは背中から倒れ込むように、非常用ハッチから船外へと身を躍らせてしまう。
その後を追うようにネコ耳メイドのミーアと見習い騎士のシュルヴィに聖霊召喚士セラフィーが、同じように次々とそのままスカイダイビングのように船外へと飛び出して行くのだった。
「な、なぜ自殺など……あれはっ、し、白い翼。まさか飛行魔法か! バカな、彼女達は個人スキルで飛行魔法が使えるとでも言うのか?」
非常用ハッチから船外を見下ろすルトガーディン第二王子が見たものは、天使のような真っ白な翼を背中に顕現させて空を飛ぶ4人の少女達の姿だった。
するとどこからともなく、拡声器のような声が風切り音に紛れて聞こえてくる。
「その飛行船は王国の許可なく国境を越えようとしている。今すぐ停船されたし。聞き入れられない場合は撃墜する」
「くっ、本当に撃ち落とせるはずなど無い!」
しかし転移門の開発者を連れ帰るという目的があっという間に頓挫して、既に正常な判断ができなくなってきていた第二王子は、並走して空を飛び続ける4人の少女達に向かって吐き捨てる。
そこへ大きな缶を持った武装兵士達が飛行魔法で滑空しながら合流すると、手にした缶を少女達に手渡し始める。
「また飛行魔法かっ、しかもそれを小隊規模で! この国境沿いへの小隊の展開速度は、早すぎる……わかったぞ、転移門を使ったなっ。くそおっ」
第二王子が悪態をついている間にも、缶を手にした少女達が飛行船の周囲を純白の翼をはためかせて飛び回る。
その不可思議な光景を睨むように見ていたが、そのイケメンな顔にピチャと何か水滴が付くに至ってようやく気がつく。
「なんだこれはっ、ペンキだと?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「我が帝国が誇る最新鋭の飛行船を余に無断で持ち出したかと思えば、ずいぶんと愉快な落書きをして来たものだな」
その日の夕刻、帝国の権威の象徴でもある大帝城に横づけされた飛行船には、色とりどりのペンキで子供の落書きがされており。
帝都の人々はその絵本の落書きのような光景に、口を開けあっけにとられて見上げるしかなかった。
そんな大帝城の謁見の間では、渋いイケメンな皇帝の呆れたと言わんばかりの台詞を前に、跪く第二王子が悔しそうにイケメン顔を歪ませ唾を飛ばしながら喚き散らしていた。
「くっ、あれは王国の飛行魔法部隊による悪戯で……。そんなことよりも、皇帝陛下っ。向こうの国王に直談判して、転移門の魔法陣をひとつ手に入れることができる手はずを整えて来ました。
やつらの王都にある転移門の魔法陣も密かに確認しましたが、我々技術省でも容易に模倣できる類の物では無いことが分かっておりますので。
今回、その開発者であるキルヴェスニエミ公爵家ユスティーナ譲と面識を持つことに成功し、いずれ最終的には帝国に拉致しぐぁっ……」
しかし急に破裂音と共に胸を大きく陥没させたかと思うと、そのまま第二王子は勢いよく仰向けに倒れ込んでしまう。
その光景に皇帝がギョッと目を見開くと、何事も無かったようにむっくりと起き上がった第二王子に向かって、すぐさま近衛兵達が取り囲んで剣を抜いて警戒する。
「……ふう、帝国に帰還するなりさっそくこれかぁ。ああ、こいつの心臓は停止しているから、後で心肺蘇生してやるんだな。
それよりも僕の妹に手出ししようとしたみたいだけどさぁ、そんなことをすれば今のこいつと外の飛行船を見ればどうなるか分かるはずだよねぇ。
まあ、こいつは聞いちゃいないだろうから目を覚ましたらよくよく言い聞かせておくんだな」
そうして別人のようにニヤリと口を耳まで三日月のように裂いて笑いながら、第二王子はトントンと自分のこめかみを人差し指でつついて見せる。
次の瞬間、糸が切れた人形のように顔面から突っ伏すように、再び大きな音を立てて床に倒れ込んだ第二王子に、恐る恐る近衛兵達が剣を突き付けながら近寄るのだった。
「ふむ。俺の妹に手を出すな、か……転移門の魔法陣を作ったキルヴェスニエミ公爵家のユスティーナ譲には兄がいたな。確かエルネスティとかいう」
「があっ。ぐぞっ、絶対にぶっ殺してやるぞ! そして奴の目の前で妹をひん剥いて犯しぎゃあああああ!」
肘を着いた皇帝が物憂げに考えにふけっていると、近衛兵達に心肺蘇生されて意識を取り戻した第二王子が、鼻を折ったため顔を真っ赤に血だらけにして起き上がると叫び始めるのだが。
今度はさっきよりも大きな爆発音をさせて胸に大きな穴を開けると、鮮血を飛び散らしながらとうとう死んだように倒れてしまった。
「バカめ。一度目は目零しても、二度目は容赦無いと誰でも分かるであろうに。そこな無様な戯け者には、回復薬でもかけてさっさと連れていけ。
転移門に関してはクリームヒルト第一王女の手柄として、帝都神殿へ設置させ厳重に管理させる。そして王女には以降も引き続き関係強化を図るよう指示しておけ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふんすっ、私ったら少しは絵心がありましてよ。大空を舞う真っ赤な金魚の雄姿は見応えがこざいましたわ。
お兄様……まだ怒っておられます?」
「……はぁ、ユスティーナ。知らない人についていっちゃダメって言ったろう?」
妹達の拉致誘拐事件から少しした学園のラウンジでは、何かを誤魔化すようにさっきから妹が豊かな胸を張ってしきりに帝国の飛行船の船体側面に書いた巨大な落書きの自慢話をしています。
あの日、彼女達が帝国の第二王子に連れ去られたと知った学園長は、真っ青になって泡を吹いて倒れてしまっていた。まったく、これで貸しがいくつになったのか。
それにしてもこんな強制イベントは前世のゲームでは記憶に無いので、完全に隙をつかれてしまい、結構マジでビビったのは秘密です。
あれ以来、僕が怒っているのがわかっている妹は、細い人差し指を豊満な双丘の前でツンツンと合わせながら、眉をハの字にしてしょんぼりと蒼い瞳で見上げてくるのです。
「ほ、ほら、お兄様の小隊の方達が王城の大規模魔法陣で飛行魔法を付与されて、転移ですぐに駆けつけてくださったので。ちっとも危険は無かったですし?」
「まあ、新設された特殊作戦軍飛行小隊にとっては、出撃から転移して敵殲滅までの実戦訓練にはなったから、無駄じゃなかったけど。
元々、飛行船はその構造からそれほど高度が取れないので、飛行魔法で高高度から上空を取ってしまえば成す術も無く制空権を奪取できるからなぁ」
うん、天使のような妹があざといぐらいに可愛い。ので、あっさりと許すことにします。
それに王国でVIP待遇となった妹の護衛が大国相手にもキチンと務まることが、今回の騒動で分かったのも収穫でした。
「ほら、ミーア、シュルヴィにセラフィーもそんな顔をするな。あっさりと危険には飛び込んだのは減点だが、退路をきちんと確保して確実に脱出できたことは評価に値するから。よくやってくれたね」
「ゔ~、飛行船に転移して来た漆黒のエルネスティ様が、すっごい怖かったですにゃあ~」
「ボクも思わず魔王でも降臨したのかと、チビりそうだったっス」
「うふふ、聖霊ホーリーちゃんが姿を消して常にお側に付いておりましたので、いざとなれば船ごと沈めてでも脱出できましたが」
こっちも元気がなかったネコ耳メイドのミーア、見習い騎士のシュルヴィと聖霊召喚士のセラフィーも少しは落ち着きを取り戻してきたようです。
それから、セラフィーは聖霊召喚士としてのレベルも天空城地下迷宮でガン上げできたので、今では単騎で中級ハンター以上の戦闘力があるのでした。
するとさすがに今回のことは堪えたのかクリームヒルト第一王女が、大きなため息をつくと静かにヘーゼルカラーの瞳を伏し目がちに俯いてしまいます。
「はぁ~、皆様にはご迷惑をおかけしたことですし、お話しておいた方が良いでしょうね。
帰国した兄上様はお疲れになったのか、体調を崩されたようで。あれ以来、公けの場には姿を見せていません。
どうやらあの飛行船も技術省統括のお役目をいいことに、皇帝陛下に無断で持ち出したものだったらしく。いずれにしても継承権をはく奪されて謹慎、というか幽閉されているようです。
まあ異母兄妹でしたし、私とも元々特段に仲が良かったという訳でも無いのですが。
それなのになぜか私の帝位継承権が第二位に繰り上げられたとの連絡が来まして……どうしてこのような。確かに過去の永き帝国の歴史において女帝陛下もおられましたが、まだ他にも兄上様や弟達がいるというのに」
とはいえ意図せぬ王子の事件のせいで、また帝位継承権争いに巻き込まれたお姫様は、すっかり肩を落としてしまうのでした。
だから僕は気軽な口調で、これでもまだマシな結果だったんだと、肩をすくめて見せるのです。
「まあ、あのまま妹が連れ去られていたら、帝国とは戦争になっていたからなぁ。それこそ、北部連合の軍事政権と同じことになっていたかも。いや最悪、大帝城まで僕が迎えに行っていたら帝都は、間違い無く魔獣の森の北側の敵兵野営地のように跡形も無く更地になっていただろうな」
「もう、お兄様ったら。またそのようなことを、おっしゃって。そんなことをされたら、クリームヒルト第一王女殿下が帰るお家が無くなってしまいますわ」
そんな僕のありえなかったはずの軽口に、眉間にしわを寄せた妹がプクッと頬を膨らませると、人差し指をフリフリと振るのです。
しかしそこへ、その帝国から来ているクリームヒルト第一王女が特大の爆弾を落とすのでした。
「ふふふ~、別に私は帝都には帰らなくても。責任を取っていただいて、キルヴェスニエミ公爵家にご厄介になってもよろしくってよ?」
「「「「「え?」」」」」
なにそれ怖い。




