第6章2話 転移門
「それでクローエはこの前の修学旅行で魔獣の森から逃げる時に、さっそうと白馬に乗った王子様に助けられて、ついコロッといったと?」
「お、王子様じゃないし。ただの商家の長男だし?」
今日の昼食は珍しいことにエルネスティが学園を休んでいるために、ユスティーナは錬金術学の友達二人と帝国のお姫様に、いつものシュルヴィとミーア、それからなぜかセラフィーと一緒にテラス席でランチを取っていた。
そこで錬金術学のクラスメートであるクローネが浮かれ気分でポロッと口を滑らせたものだから、すかさず蒼い瞳を細めたユスティーナが追及し始めたのだ。
すると少し前から気がついていたらしい同じ錬金術学の学友のデボラが、逆にニマニマしながら微笑むと。
「うふふ~。なんだかユスティーナ様の言葉に棘があるような気がするのは、自分が本物の王子様の婚約者だからとか? まさか王太子殿下って、本当に白馬に乗って来るの?」
「え? 確かにアウグスティーン王太子殿下は王家の習わしとして、シルバー52世という白馬をお持ちのはずですが。私は見たことありませんね。
そんなことよりも、別に棘などありません。私は大切な友達が、良くない男に引っかかったりしてはマズいと思っただけで」
そういえば王太子妃教育で聞いたことがあったと、あごに人差し指を当てたユスティーナが小首をかしげるが、すぐさまその指をピンと立ててフリフリと振って見せる。
それを微笑ましいとばかりに、帝国から来たクリームヒルト第一王女がヘーゼルカラーの瞳で流し目を向けるのだ。
「ふふふ~。ユスティーナ様は政略ではなく、お互いの気持ちが通じて恋人同士となったお二人が少しだけ羨ましいのでは?」
「ひょっ。う、うりゃやましくなんて、ありましぇんわ! わ、私は公爵家の令嬢としての責務を果たし、いずれは王太子妃となるべく日々の教育を……」
思わず図星をつかれたのか急にワタワタとし始めてしまうのだが、だんだんとその語尾は萎んでいってしまう。
だからだろう、年上のお姉さんらしい優艶で憐憫をも滲ませた声で、セラフィーが伏し目がちにささやく。
「それでも、一度の恋も知らずにその身を王国に捧げてしまうのは、乙女としては些か哀しいものがありますね?」
「しょ、しょんな、ことはありませんわ。わ、私は……私の心はいつでも変わらずに」
そう言ってユスティーナは、いつもは必ず隣に座っているお兄様の面影を追うように、さまよわせた視線を今日は誰もいない右の席に向けるのだった。
その儚くも哀しい少女の姿に、侍女のミーアと騎士のシュルヴィは見ていられないと辛そうに目を瞑ってしまう。
だから、蒼い瞳を伏し目がちに横を向いたまま動かなくなったユスティーナ以外の少女達が、同じように何かに気がついたように哀し気な顔をしていることに気がつくことは無かった。
ただただ今、お兄様はどうしているのだろうと、小さく吐息と共に桜色をした唇の端を上げるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは王国全土の主要都市への転移門の設置場所選定については、これでよいな?」
「「「御意」」」
「……はい」
秋も深まった日の昼下がり。王城の円卓会議場に国王と四大貴族、それから後方席には異例なことに商業ギルド長に王都ハンター協会マスターまでが集まっていた。
しかもこの二日間は休みなく会議が行われて徹夜続きだったこともあり、全員が死にそうな顔をしていたのだ。
「それではキルヴェスニエミ公爵には、さっそく転移門の量産と設置に取り掛かってほしい。優先順位は先程協議したとおりだ。
他の三公爵家には各領地と寄子達に転移門設置のための準備を進めさせるように、良いな」
「悔しいけどいいも悪いも無いってところが、何とも。それでもこれで商品の流通が復活するなら、正直なところ助かる」
「それだけではありませんわ。これで王国はこれまで以上に迅速な軍の派遣と兵站確保が可能となり、他国に対して圧倒的なアドバンテージを有することになるのですよ?」
元々が脳筋なため商流停滞による経済悪化に対処できていなかった筋肉マッチョなマールブランシュ公爵家当主がポリポリと頭をかくのだが、そんな軍務派閥代表に向かって教会派閥筆頭のジェルヴェーズ公爵夫人が口元を扇で隠して微笑む。
「確かに商業的にもこれは近年稀にみる大革命になるかと」
「ハンター達もタイムリーに派遣できるので、これまで以上に上級モンスターや特にスタンピード討伐に尽力できます」
今回オブザーバーとして強制招集されていた、商業ギルド長とハンター協会マスターも満足げに頷く。
だが最前列に座りながらも場違いな雰囲気なのは、フォンブリューヌ公爵家当主代行に担ぎ上げられて、連れて来られてからずっと死んだように俯いたままの公爺の孫娘だった。
なぜならこれで、これまでフォンブリューヌ公爵家と寄子の貴族達が長年に渡っておさえていた、基幹都市を経由した流通利権が泡と消えてしまうことになるのだが、ただの女子学生には見ているしか成す術がなかったのだ。
そんな中でただひとりだけ、なぜかキルヴェスニエミ公爵家当主は、腕組みをして目をつむったまま一言も発しようとはしない。
それを横目で睨むようにして国王は低い声で静かに、だが円卓会議場によく響くようにつぶやく。
「これで転移門の設置だけに留まらず以降の改変や将来のメンテナンスに欠かすことのできない、唯一無二魔術師となったキルヴェスニエミ公爵家ユスティーナ譲は、この国に必要不可欠で絶対不可侵の存在となった。
ここにいる誰もがそれをよく理解しているはずだが、万が一にも彼女の身に何かあれば、それは王国への反逆と同義だと心得よ」
「「「「ははっ」」」」
「……はい」
オペラ座のような円卓会議場に承服の声が反響しても、キルヴェスニエミ公爵家当主だけはピクリともせず身動ぎひとつ見せないのだった。
なぜなら既にキルヴェスニエミ公爵領で実験運用に入っている、この錬金術と重力魔法とのハイブリッドで実現された転移門の魔法陣を、高度な多重符号技術により圧縮暗号化して共同開発した息子エルネスティにどのような思惑があるにせよ、これは愛娘ユスティーナにとっては諸刃の剣となることは間違いがないのだから。
そして普段とは違い先に出席者達を円卓会議場から退出させた国王が、静かに王族のみが使用を許されている扉を振り返ると。
「ち、父上っ、い、今のはっ!」
「誰が父と呼ぶことをこの場で許した?」
誰もいなくなったことを確認するなり、王族控室から飛び出して来たアウグスティーン王太子が唾を飛ばしながら叫び出す。
しかし、それすら冷たい視線で射殺すように見つめる国王に。
「う……国王陛下におかれましては、ただいまの王命ですが」
「ああ、みなまで言うな、そなたが聞いたとおりだ。今日ただいまをもってキルヴェスニエミ公爵家ユスティーナ譲は王国民でありながら国賓扱いとなる。なお、貴様との婚約は据え置きだ。この意味が分かるな?」
さらに驚くべき方針を伝えられた王太子は、あまり良くない頭をフル回転させるが。
「え? そ、それは……」
「あなたがキルヴェスニエミ公爵家を怒らせるのがいけないのよ? というよりはあなたの側近?」
「母上、それはどういう……はっ!」
後から出て来た王妃の言葉に、さっきまで一緒に円卓会議場の王族控室にいて眠そうな顔をしていたはずのエルネスティがいなことに、今さらのように気がつくのだ。
「ま、まさか……これは、すべてエルネスティの?」
「はぁ~、まあよいではないか。もとより、貴様はユスティーナ譲とは婚約破棄を希望していたのだろう?
ユスティーナ譲が学園を卒業するまで辛抱すれば、いや早ければ貴様の卒業か? いずれにしろ、分不相応な婚約者を持った貴様に文句はあるまい。
だか言っておくが、王族を抜けて平民となろうがあの国賊の【聖女】と添い遂げられるとは思わぬことだ。すべてをめちゃくちゃにしてくれた、あの女の呪術刻印の主が誰か今一度思いだすのだな」
バカにでも分かるようにと国王がため息交じりに低い声で吐き捨てると、さすがにこの事態を理解した王太子が真っ青な顔で唇をチアノーゼのように紫色にしながら。
「そ、そんな……わ、私は、この王国の、王太子で」
「貴様の代わりはいるが、彼女の代わりはおらんのだ。そのぐらいのことは分かれ」
どこまでも救いようのない自分の血を分けた息子に、肩を落として首を横に振りながら国王がつぶやく。
だがバカはバカなりに悪知恵だけは働く王太子は、それが逆鱗に触れるとは知らずに言ってはならない言葉を口にする。
「で、であれば転移門の魔法陣の製造方法をあの根暗女から聞き出して」
「それ以上は言うな、まだお前を殺したくは無い。魔法陣がなぜあそこまで高度に多重複合技術で圧縮暗号化されているのかまだ分からんのか?」
「え?」
「キルヴェスニエミ公爵家は――いや、エルネスティは王家を、貴様を含めてまったく信用していないということだ。おそらくはユスティーナ譲ですら、根幹となる多重複合技術の部分については詳細を理解してはおらんだろう。
もう分かったな、すでにエルネスティに完膚なきまでにやられて手遅れなのだ。貴様は王族として、ただ黙って唯一無二魔術師の婚約者の役目を全うしろ。間違っても余計なことは考えるなよ」
そこまで言われて初めて王太子は、ニヤァ~ッと耳まで三日月のように裂けた口をした自分の側近を思いだし、ブルッと鳥肌が立つのを抑えることができないのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふむ、ユスティーナ。これでそなた達、地上人の住まう王国に、転移できるようになったのだな?」
「はい、アン様――いえ、アンナリーナ皇女殿下。セキュリティは天上人側のご要望のとおり、何重にも重ね掛けした最も強固な仕様になっていますので、当面は数人単位で試験運用いただくことになるかと」
あれからあっという間に、文字通り空を飛んで王国全土の主要都市に転移門の魔法陣を設置した妹は、最後の仕上げに天空城へとやって来ていた。
そう、長年伝説とされてきた天空城と王国が正式に国交を結ぶことになったので、まずは通商条約の一環として手始めに転移門を設置しているのです。
この条約締結のために現在、天空城では王国の外務大臣や官僚達による協議が進められているのだけど。
僕や妹達技術スタッフのおまけとして観光気分で付いて来た、というよりは僕が護衛をするためだけにわざわざ連れて来た、帝国のお姫様であるクリームヒルト第一王女がずっとヘーゼルカラーの瞳をキラッキラさせっぱなしです。
「こ、これが、古より伝承されし幻の天空城。私は帝国の王族として、初めてこの地を訪れるという栄誉を……あぁ、私としたことがまたクラッときましたわ」
「うふふ、エルネスティ様達が世紀の大発見をされたとはお聞きしてましたが、実際に自分の目で見てみても信じられない思いでいっぱいですわ。
でも、ついでで2日で最高難易度の天空城地下迷宮をクリアすることになるとは思いませんでしたけど」
僕の従者として同行している聖霊召喚士のセラフィーも、なぜか若干疲れた様子で妖艶に微笑むのですけど。
だってせっかく来たんだから、S級地下迷宮踏破特典の飛行魔法を覚えておいて損は無いじゃないですか。
それに今回は眷属がひとりもいなくなった死霊魔術師だったので、アンデッドに特攻持ちの聖霊ホーリーちゃんの一撃で瞬殺だったみたいですし。
「ミーアは2回目だから楽勝だったにゃ~。それよりも、またでっかいチーズ買って帰るんだにゃあ~」
「ふふっ、ボクも魔法細剣の切れ味を披露できたので満足っス。あ、でもでも天空城特製ホールケーキを買ってほしいかもっス」
ネコ耳メイドのミーアも見習い騎士シュルヴィも危なげない戦闘だったようで、魔法陣を設置していた妹とクリームヒルト第一王女の護衛をしていた僕がいなくても、初見のセラフィーを連れて前回を上回る速度で突破して来のたのでした。
ところで前回は意気消沈していた天空城のお姫様も、今ではずいぶんと快活に笑うまでに精神状態が戻っているようで。
フワッと妹の肩に手を回すと耳元に真っ赤な唇を近づけて、何やらコソコソとつぶやきはじめます。
「ははっ、今まで通り私のことはアンと呼ぶが良いぞユスティーナ。それにしても、いつのまにかエルネスティの周りには美女が2人も増えているではないか。
その方もうかうかしておると、鳶に油揚げをかっさらわれることになるぞよ?」
「ひぇっ、わ、私はきつねも素うどんも好きなのでしゅ。本当は力うどんが大好きでなの――いえ、そうではなくって。
た、確かにお母様からクリームヒルト第一王女殿下は、お兄様の婚約者候補と内緒でお聞きしてはいますが。
だってお兄様ったら、肝心なその帝国のお姫様にはいつも通りの淡白な態度を取られているのに、なぜか従者のセラフィーにはお優しくて……いつかの時など、だ、だき、抱きしめておられたこともあったですし……」
遠くに引っ張っていかれた妹のつぶやきは本当なら僕には聞こえないぐらい小さなものだけれど、スキルカンストした聴力にかかれば他と話していても自然と聞こえてきてしまうのです。
そんな妹は両手の人差し指を自分の鼻の前でツンツンと突き合わせながら、頬を桜色に染めてだんだんとしょんぼりしていくのでした。
「はははっ、何だ。お前の大好きなお兄様が政略結婚なんぞに惑わされるはずは無いと最初から分かってはいるが、いつも身近に侍る従者の女には取られそうで怖いときたか!
相変わらずユスティーナは可愛いなぁ。やっぱり私の妹にならんか? いや、冗談だ。そんな目をして睨むな。お前の威圧はしゃれになっとらんぞ。
そうだなぁ、お前も貴族の令嬢なら分かっていると思うが、必ずしもエルネスティの妻はひとりとは限らんのだぞ? 家を存続させるためには、側姫が必要となる日もあろう。その時になって、見ず知らずのどこの馬の骨ともわからぬ女よりは、見知ったお兄様の好いた女の方がお手付きとなる方がよっぽど良かろう?」
「お、おて、お手付きなんてっ、ダメでしゅ!」
離れた場所で両手をバッテンにして顔を真っ赤にしている妹に、年上の余裕なのか目を細めたアンナリーナ皇女があきれた顔を見せるのです。
「えー……お前のお兄様だって、もう14才なんだから娼館ぐらい行ってるだろうに?」
「ひえぇぇぇぇ~っ、しょんなっ、娼館なんて、はっ! そういえばセラフィーは前に……いえいえ、彼女に限ってそんなことは。そもそも、今は平民であのようなことがあって側室になど……うぅっ、私ってばだんだん最低の嫌な女になっていくような気がしますわ」
とうとうテンぱったのか、妹は小さな頭を抱えて唸り始めてしまいます。
そんな妹の肩に手を回していたお姫様は、そのまま抱きしめるようにして。
「あまり時間が残されているようには思えんので、よく聞くのだぞ。前にも言ったと思うが、決して後悔だけはせぬようにな?
そして私は……後悔ばかりの私だが、そなたのことを応援しているからな? がんばるのだぞ」
そうつぶやくと天空城のお姫様は妹を抱きしめたまま、転移門の魔法陣が設置された神殿の窓から、何かを零さぬようにとそっと空を見上げるのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで帝国の第二王子が、こんな時期に何用か?」
「いえね、妹のクリームヒルト第一王女がお世話になっているお礼と……そうですね、最近王国全土に配備されたという転移門を見せていただけたら、なあんて」
その頃、王城の謁見の間では最新鋭の飛行船で突然のように乗り付けて来た、帝国ルトガーディン第二王子が近衛兵達と共に王座の前に片膝を着いていた。
その人を小ばかにしたような態度は、国力差というよりは見せつけるようにして持ち込んだ、新型飛行船に裏打ちされたものでしかなく。
しかもその飛行船と比較すると、製造期間も移動速度においても圧倒的なアドバンテージを持っている転移門を有する王国に対する態度では決して無かった。
「ふむ、それで? 帝国はあんな玩具を見せびらかしに来ただけ、という訳でもあるまい?」
そんな格下相手に時間の無駄とばかりに、国王が【王家の威光】を発しながら睨みつけると。
「うっ……これは失礼しました。今のは最近帝国で流行っている軽口を真似てみたもので、王国では少しご無礼に過ぎたようです。心からお詫び申し上げます。
ところでご存じだとは思いますが、帝国では立太子に向けた準備が行われておりまして、技術省統括のこの私も候補のひとりとして、貴国との技術交流を」
「もうよい、もともと帝国にもひとつは転移門を設置するつもりだった。それを持ち帰り功績とするがよかろう。
ああ、あの玩具な。今度無断で王国領土内を出入りするようなことあらば、警告なしで撃ち落とすからそのつもりでな」
急にあたふたと余裕の無くなった第二王子は、制限された時間の中で正解を引き当てようと、ペラペラと立て板に水のように口を開くが。
それすら国王は許すことなくバッサリと切り捨ててから、最後通牒を突き付ける。
「そ、それは……恐悦至極にございます。それでは我が妹に挨拶をしてから、早々に帰還することにしたく」
とうとう顔を真っ青にした第二王子はそそくさと、自分の近衛兵を従えて謁見の間を後にする。
それを冷めて目で見ていた国王は、心底嫌そうな顔をしながらも側でバインダーを持って控えている宰相につぶやく。
「ふぅ~、あんなのが帝国の次期皇帝にでもなったら……そうならないことを祈るしかないか。
それにしてもさすがは帝国ということか。情報を掴むのが思っていたよりも早いな。まさか留学に来ている第一王女から漏れたとも思えんが。
そういえば、魔法学園のクリームヒルト第一王女に会いに行くようなことを言っていたが、今は天空城に行ってるんじゃなかったか?」
「はっ、明日にはエルネスティ殿と共に帰還するはずですが……会わせてしまっても、よろしいので?」
基本的に四大公爵家の力が強大なこの王国で、事務方取りまとめの宰相はそれでも不安そうな表情を隠そうともしない。
「んん? あ~、誰が転移門の魔法陣を錬成した錬金術師かなんてすぐにバレるだろうし、この国で彼女に手出しをしようもんならどうなるか、それすら分からんような頭ならあの玩具と一緒に空のゴミ屑になってもらうしか無いだろう」
「うぅ……いらんことをして帝国との国交に何かあったりすれば。あ~、胃が痛い」




