第6章1話 学園祭準備
「そういう訳で、エルネスティ……少尉は前代未聞の3階級特進で特殊作戦軍の少佐ということになった」
「それって、受けないという選択肢は――無いのですね」
修学旅行から王都に帰還してしばらくすると、国王から直々に王城へと呼びつけられた。
しかたなく純白に金縁刺繍された正装の軍服を着用して登城したのだが、今回は謁見の間に通されると大勢の貴族連中に囲まれて辞令と勲章を貰うと、そのまま国王執務室に拉致られたのです。
「お前が敵本隊から救出した生徒達の貴族家からはもちろん、軍事政権の本国から助け出した上級貴族達からも山のような上申があってな。
なんでも先の旧王都侵攻での救出作戦の英雄が、尉官クラスでは困るらしい。
まあ、腐るもんでもないから黙ってもらっておけ。だいたい、お前の妹のユスティーナ譲もたいそう喜んでいたと聞いているぞ?」
「うっ、どうしてそれを? いえ、それよりも不本意ながら小官は、王太子殿下が特殊作戦軍に入るときに側近だからということで一緒くたに任官させられましたが、これでは中尉である王太子殿下の上官となってしまうのですけど?
そもそも、いつになったら王太子付き側近のお役目を退任させていただけるのですか?」
ああ、それで今朝は妹がこの儀礼軍服をわざわざ持って来て、僕に着せると嬉しそうに天使の笑顔で褒めたたえていたのか。
どうやら僕が嫌がるのを知っていて、両親と妹でグルになって黙っていたようです。
それにしてもなぁ、ただ人を殺すと殺人犯で極刑だが、敵兵を5000人殺すと急に英雄にジョブチェンジですか。
その軍事政権だった北部連合という国家は、軍部首脳が軒並み病床に臥したことから、政権を維持することができなくなってきており、若手将校が蜂起して議会政治への移行が模索されているようです。
「あ~、それなぁ。戦争の英雄を王族の側近からクビにしたりしたら、まずいだろ? だから代わりと言ってはなんだが、ユスティーナ譲の婚約見直しを前向きに再検討して――おい、そんな怖い顔をするなよ。
だってこのままじゃ、お前の妹もかわいそうだろ?」
「うっ、虫除けが無くなると余計なゴミ屑が……いえ、今のは聞かなかったことにしてください。ところで帝国のクリームヒルト第一王女殿下の方も、そろそろお考えいただかないと」
確かに恋せよ乙女なお年頃の妹に、いつまでもアホ王太子の婚約者の役をやらせていては、初恋に心ときめかせることもできない……のだが。
分かっちゃいるのだけど、なぜか無性にムカムカしてきて。決して帝国のお姫様に八つ当たりしているわけではない、と思いたいのでした。
「あ~、それもなぁ。お前とは別に、第一王女はどうも不本意みたいだが、帝国の後継者争いに巻き込まれているらしくてな。目の前で死なせても夢見が悪いだろうから、もうしばらくは面倒を見てくれ、な?」
「……ぷいっ」
チッ、あの凛としたお姫様が政争で殺されるのを目の当たりにするのは、さすがに遠慮したいので、しかたなく臣下の礼で俯いたまま黙って頷くのです。
「お前、今、舌打ちしたろう! 何て奴だ、まったく。いったい誰に似たんだか。まあいい、これはお前に関係ない話かもしれんが。
例の北方連合国の軍事政権と内通していたフォンブリューヌ公爵家だが、貴族の子弟を人質にして軍事力を背景に王権を侵害するつもりだったようだ。
そのついでにお前達兄妹と聖霊召喚士のセラフィーを捕らえて、何かしようとしていたみたいだがな。
まあそれもこれも、あのバケモノ公爺が急な病で倒れてしまえば何もできはしまい。当面、取り潰すことだけはせんが、これで目の上のタンコブも消えて四大公爵家のパワーバランスの調整がやりやすくなった」
俺が誰に似たって、別に育ての親である心優しいキルヴェスニエミ公爵夫妻でも、もちろん産んだだけで捨てたあんた達国王夫妻ですらない。
この世界には無い、前世の現代日本人としての記憶があるからだよ。
ったく、ここんところ寝つきが悪くて寝不足で機嫌が悪いんだから、余計なことばっかいってんじゃねぇよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「エルネスティ様っ、本当にありがとうございました!」
「【漆黒の公帝】は私達の命の恩人ですっ」
「このご恩は、我が命もって必ずや」
「ああ、お礼に私の身体をご自由に……あ、鼻血が」
隣国による大規模拉致事件があった修学旅行から帰還しても、身体的な疲労だけでなく精神的なストレス障害などを考慮して1年生は学年休校となっていたのですが。
それもようやく解除されて久しぶりに登校してみると、僕の席の周りには他のクラスの知らない生徒達までが集まって来ていて騒然としています。
「うふふ、皆様の感謝のお気持ちは確かにお受け取りいたしました。でもそろそろ始業時間となりますので、ご自身の教室に戻られた方がよろしいかと」
「はっ、御意のままに」
「きゃ~。ユスティーナ様ったら、なんて凛然とされて」
「ああ、我らが【天使の姫】……いけない、鼻血が」
前世も含めてこうも大勢に取り囲まれた経験の無い僕が困っていると、天使の微笑みを浮かべた妹が毅然とした姿勢で集まった生徒達にその威光を示し始めるのです。
これも最近になって本格化した王太子妃教育のおかげなのかと関心すると同時に、なぜか素直に受け入れられない僕なのでした。
「うふふ、エルネスティ様が英雄となられたことを、ユスティーナ様も我がことのように喜んでおられるのですよ?」
「あ~っ、セラフィーったら。それは秘密って言ったじゃないの!」
年上らしい妖艶な仕草で掌を口元に添えて微笑むセラフィーに、よそ行きの仮面を放り捨てた妹がワタワタと手を振るのです。
「そうですよ、姫様なんて少佐になられたエルネスティ様の階級章が付いた正装を抱きしめて、お部屋でひとりダンスを踊られていたぐらイタっイタタタっ。姫様、痛いっスよ」
「わきゃあ~っ、シュルヴィっ! お黙りなさいって、あ……お兄様、将校用の新しい儀礼軍服は念入りにピカピカにお洗濯しておきましたので、おほほほ~」
やっぱりへっぽこな見習い騎士のシュルヴィは、ポカポカと丸くした拳で妹に叩かれることになるのですが。
しかし途中で我に返った天使な妹は手の甲で口元を隠すと、まるで悪役令嬢のように不自然に笑って誤魔化すのでした。
そんな酷い目に遭った修学旅行から帰って来たばかりだというのに、もう秋の学園祭の準備を始める時期になっていたようで。
いつの間にか、僕達の1-B組は舞台劇をすることになっていました。
それはどうやら王国では有名な戯曲らしく、よその国のお姫様が悪役令嬢の妨害を乗り越えて王子様と幸せになるという、いわゆる王道物語で。
お姫様役がリアルに帝国のお姫様であるクリームヒルト第一王女というのは分かるのだけど、どうしてか王子様役に僕が推薦で決まってしまい、よりにもよって。
「……どうしたら、ユスティーナが悪役令嬢役に自ら立候補することになるんだい?」
「うふふ、お兄様と一緒に学園祭というものを楽しみたいと思いまして。こう見えましても、悪役令嬢なる役にはちょっとした自信がございましてよ?」
いやいやいや、どうしてドヤ顔でそのようなこと言い出すのか。ホントやめてくださいよ。
大切な妹が悪役令嬢として断罪されるシーンなんか目にしたら、間違いなく僕の心臓が持ちません。
しかしそんな僕の心配に気づくことも無く、妹はクリームヒルト第一王女と騎士役となったシュルヴィに悪役令嬢の取り巻き役のセラフィー達と楽しそうに台本の読み合わせをしています。
「そんな、酷いっ。私はただ、王子殿下のことを心配しただけで」
「そうっス、王女様は悪くないっスよ!」
どうやら異国のお姫様がいじめられて、お付きの騎士がかばっているシーンのようです。
すると年上の妖艶さをたたえた微笑みのまま、見下すような視線で取り巻きであるセラフィーが一歩前に出ます。
「まあまあ、お嬢様。自分の立場もわきまえず、田舎臭い姫があのようなことを言ってますわよ?」
「おーっほほほ、それが余計なお世話と言うのですわ。この私の目の黒いうちは、あなたのようなどこ馬の骨とも分からぬ姫などに好き勝手はさせませんわ。…………ほら、お兄様のセリフの番ですよ?」
扇子をちょっとだけ開いて口元を隠した妹が腰に手をやり、豊かな胸をそらせて悪役令嬢らしく高笑いをしているのだが。
急に素に返って僕の袖口を引っ張ると、唇を尖らせながら下から覗き込むようにして、小さくささやきかけるのです。
「え? 僕もやるの? いや、分かったから。ユスティーナ、お願いだからそんな目をして睨まないでくれないか。
あ~コホン、それでは。僕は君のその美しい蒼い瞳が大好きだよ」
「もう、お兄様ッ。まじめにやってください!」
咳払いをしてから妹の手を取って思いつくままにセリフを吐く僕に、頬をプクッと膨らませた妹が丸めた台本を突き付けます。
しまった。寝ぼけていたのか、見ている台本のページが違ったようです。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで今度は商業ギルド長が僕に何の用です?」
「うふふ、そのように警戒なさらなくても。私はただ、学園に寄付をお届けするついでに、史上最年少で特殊作戦軍少佐になられ、Aランク冒険者でもある、キルヴェスニエミ公爵家ご子息エルネスティ様にご挨拶を、と思い学園長にお時間をいただいただけですわ」
なぜか僕はまた学園祭準備のロングホームルーム中に、学園長室へと呼びつけられていた。
前回の宮廷魔術師団副師団長のこともあるので嫌々顔を出してみれば、今度は王都商業ギルトで女帝と呼ばれている妙齢の女性がうやうやしくカーテシーを見せているのでした。
「それはわざわざ女帝にまでお気遣いいただくなんて、よっぽどフォンブリューヌ公爵家がおさえていた国内外流通業界の利権にお困りのようですね」
「……なぜそのようなことを? 商業ギルドとしては長きに渡り、フォンブリューヌ公爵様とは良い関係を築かせていただいていると自負しておりますわ」
大切な妹との学園祭準備の時間を邪魔された僕の嫌みに、顔色を変えることなく商業ギルド長は余裕の表情で微笑み返してきます。
その鷹揚な態度がいつまでもつか、もう面倒なのでサッサと終わらせて教室に帰ることにします。
「僕は妹との時間を無駄にするのは、好きでは無いのでね。
現在、四大公爵家であるフォンブリューヌ公爵家の寄子である下級貴族達が自領での流通税で勝手なことを始めていて、全国の商業ギルドの財政を圧迫するばかりか、物流そのものが滞る始末で信用問題にまでなって困っている、と」
「そ、それは……公爵様の影響力が低下しているのか、全国に点在する流通の重要拠点であることをいいことに、自領の利益を優先させて保身に走るお貴族様がおられることは事実ですが」
すでに国王に報告が上がるまでに重大問題となっているのに、当の商業ギルドのトップであるはずの女帝が貴族に遠慮してか言葉を濁す。
大層な二つ名だからどれだけの切れ者なのかと思っていたが、正直期待外れだったかと肩をすくめて見せるのです。
「先の旧王都侵攻からフォンブリューヌ公爵家の公爺はなしの礫なうえに、王城は静観を決め込んでしまっていて取り付く島さえ無い。
一方で同じことがキルヴェスニエミ公爵領にだけ起きていないのが何故なのか、四大公爵家でもある父に面会を求めたが現状では会うことすらできていない。だから学園の僕のところへ来た、というところですかね」
「くっ……このままでは王国の経済が停滞してしまうのです。それはキルヴェスニエミ公爵様としても本意では無いはずです。何の罪も無い国民が、子供達の生活が危機に瀕しているのですよ?」
急に母性でも発揮したのか、あろうことか商売の話ではなく感情に訴え始める名前だけの商業ギルド長に、冷めた視線を向けます。
「そんな子供だましの泣き落としが通用すると本気で思っているのであれば、話はここまでだな」
「ま、待ってください。ずっと公けの場に姿をお見せにならなかったユスティーナ様がSランクハンターになられたそうですが、我ら商業ギルドを敵に回すようなことがあれば」
手にしたハンカチで吹くことも忘れて冷や汗をたらしながら、商業ギルドの女帝が最後のあがきとばかりに、口角を引きつらせながらそんなことを言い出すのでした。
だから素人相手だと思って控えていた【威圧】を、ちょっとだけ放出してやることにします。
「おい、妹の名前を出して脅せばどうにかなると思っているなら、そんなちっぽけなギルドなんか今すぐ潰すぞ?」
「ひっ……妹君は弱点のはずでは」
すると顔を真っ青にして膝をピッタリ付け合せると、とうとうプルプルと震え始めてしまいます。
だからソファから乗り出すように顔を近づけてから、低い声で言い放ってやるのです。
「お前ら商業ギルドなんか無くたって、世界中と商売できるんだぞ。それが例え、天空城であってもな」
「や、やはりあの噂は、天空城へ行って来たというのは本当だった、というのか……申し訳ありませんでした。この通りです、助けてください」
さすがに観念したのか、商業ギルド長は女帝と呼ばれたその威厳のままに、深くテーブルに額が付くほどに頭を下げるて見せるのでした。
最後には自分のメンツを捨ててでも商売人として決断するその姿に、口を耳まで裂けるように笑いながらサービスで情報リークしてやることにします。
「傲慢な貴様に教えておいてやる。妹の【錬金術】で作り出した転移門には、いくらでも条件付けができる。例えば気に入らない奴らだけをはじき出すなんて、何の造作も無いことだと思い知れ」
「……て、転移門。あの、宮廷魔術師が何人もかかってやっと起動できるという、それがたったお一人の魔法で」
ガバッと頭を上げるとポカンと口を開けるが、次の瞬間に言葉の意味を理解したのか目を見開いて固まってしまうのでした。
「勘違いしているようだが、【錬成】された魔法陣は魔術師がいなくても魔石さえあれば誰でも使用できるものだからな」
「なぁっ! そ、それでは、貴族の特権は……無きに等しい。まさか真に自由な流通が実現できることに、なると言うのか?」
そしてとうとう我を忘れて、見開いた目をキラキラと輝かせ始めてしまう商業ギルド長なのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夜の帳も下りた頃、キルヴェスニエミ公爵家公邸の大浴場には珍しく、ユスティーナだけでなくセラフィーの姿もあった。
普段はセラフィーが遠慮しているのだが、今日だけはユスティーナが固辞することを許さなかったのだ。
「やはりお兄様のご様子が……あれ以来、ご無理をされているようで」
「ユスティーナ様もお気づきになられていたのですね。実は私も気になって、側付きの部屋はお隣ですので、夜起きて様子をうかがっていたのですが……どうも、悪い夢でも見られているのかうなされている気配が」
天空城で手に入れた天幕の風呂場に自動で補充されるシャンプーやトリートメントに保湿乳液などと合わせて入浴剤もお気に入りを取り分けているので、今では公邸の大浴場でも白濁した濁り湯などを日替わりで楽しむことができていた。
だが、豊かな胸元まで湯船に浸かった二人の表情は、決して明るく楽し気なものではなかった。
「以前、モンスターを討伐したときも、お兄様は眉をしかめておられました。どんな生き物でも、それが例え敵であっても殺生は精神的に堪えるものです」
「先の旧王都戦役では学生救出後に敵兵の転移魔法による追撃を阻止するために、敵野営地を敵兵5000人ごと消し去ったともお聞きしております。
心根のお優しいエルネスティ様のご心痛は、安全な後方にいた私達には計り知ることはできないでしょう」
戦争においては戦闘ストレス反応など、戦時下特有の精神的障害を受ける場合があることは、貴族家に生まれた二人も良く知っていた。
それも隠そうとしている本人に自覚が無いままに、症状が進行していく場合も報告されているで到底楽観視できなかった。
だから既に上級錬金術師に並ぶほどになったユスティーナは、お風呂で温まった指先で目頭を揉みながら小さなため息と共に吐き出すようにつぶやく。
「まずは軽い睡眠導入薬を【錬成】しておきますので、夜半にうなされているようであれば使用してください」
「はい、承知しました。ただ、薬物投与はあまり多用すると良くないとも聞きおよんでいますので、使用は最低限にするよう心がけます。
もしもの場合は、聖霊さんの神聖魔法で神の癒しを与えることもできますので」
そう言ってかつて奴隷紋のあった豊満な胸の谷間に手をやると、セラフィーが伏し目がちに申し出るのだった。
「お願いしますね、セラフィー」
「心得ました、ユスティーナ様」
どうした訳か二人の前では強がって見せようとするエルネスティの横顔を思い出すと、何故だか切ないような哀しいような気分になるのだった。




