第5章7話 修学旅行生救出作戦
軍事政権の北方連合国に魔法学園の修学旅行生が拉致された日の夜半、分厚い雲で夜闇に包まれた魔獣の森の北側。
約5000人の敵兵本隊が野営するその上空に、僕は漆黒の翼を広げて音も無く滑空していた。
「生徒達は……いた、あの大きな天幕か。あれ、でも数が足りないぞ? ん~、困ったなぁ。まあ、まとめて連れて帰ってから聞けばいいか?
それじゃ【漆黒の門】……お、さすがに気付くか」
生徒達が閉じ込められた天幕を真上から魔法陣で覆うように展開させると、その地面ごとズボッとくり抜くように天幕は異界に消え去っていた。
それだけ大きな魔力反応をさせれば、当然のように敵兵の野営地は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなってしまうのでした。
「敵襲ーっ!」
「どこだっ?」
「上空だと?」
「飛行魔法が使える魔術師はどうした!」
案の定、寝起きの敵兵がバラバラと出てきてしまいます。
まあ僕を視認できてはいないようですが、魔力反応で位置を特定した高練度の兵達が迎撃態勢を取り始めるのでした。
「う~ん、あの大柄な片腕兵士が出てきてユスティーナのとこまで追撃して来られても面倒だから、……やっぱり、まとめて消しておくしかないか。超位闇魔法【暗黒洞穴】!」
それなりの時間をかけて用意しておいた魔法陣が起動すると、次の瞬間、敵野営地のど真ん中に小さな黒球がポンッと発生して。
松明の光にすら照らすことができないその漆黒の球体は、周囲にある全てを飲み込みながら徐々に大きくなっていき。
逃げまどう敵兵も、天幕も馬車も何もかもを吸い込んで、最後には野営地全体を包み込むと、次の瞬間にボンッと消え去ってしまう。
後に残されたのは、数百mに渡って半球にえぐられた荒野だけだった。
「ん? 生命反応が……ああ、あの大柄な片腕兵士か。あれで生きていたとは、さすがにしぶといな。ああ、平面上には単距離転移できても飛ぶことはできないのか。不便な魔法だな、オリジナルか?
まあ殺してもいいけど、ケガ人ひとりじゃどうしようもないだろうからな。生徒が何人か足りないのも気になるし、せっかくだから敵国まで報告がてら帰ってもらうとするか」
念のために隻腕の兵士につけた【索敵】マーカーを、超長距離対応の強化版に再設定しておきます。
そうしてパンツ一丁でこっちを睨むように見上げている彼の視界から、暗闇に溶けるように転移して消え去るのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは、生徒10名が未だに拉致されたままということか」
「はい、大佐。やはり敵兵側も魔力切れを起こしていたようで、それでも魔力の高い生徒10人だけは先に魔法陣で転移させて本国へと連れ帰ったとのことでした」
救出部隊となった一個分隊からは飛行魔法が使用できる魔術師も同行していたのだけど、結局は僕ひとりでやってしまったのですが。
超位闇魔法【暗黒洞穴】で消え去った敵兵5000人はともかく、【漆黒の門】で異界から連れ帰った学生達76人については、疲労してはいるものの大きなケガはなかったようです。
「しかし参ったな。上級貴族の子女だけでも面倒なのに、【聖女】まで攫われたままとは」
「エルネスティっ、貴様なぜマリアを助けなかった!」
小さくため息をつきながら大佐が目頭を揉んでいて、その横からまた王太子が自分を棚に上げて何やら騒いでいます。
お前だって救出部隊に参加してたじゃないか。何もしなかったけど。
だいたい、『強くてニューゲーム』した転生【聖女】が何で捕まってるんだよ?
「王太子殿下、我々が救出に向かった時点で、既に10名は転移させられていたのですから、そんなことを言われましても?」
「うっ……そ、それは、そうなのだが?」
さしがに聞いてられなかったのか救出部隊となった一個分隊を率いていた隊長が、苦言を呈するのだが。
何が気に入らないのか、不満そうな顔をしたままの王太子です。
「まあ、今回はキルヴェスニエミ少尉のおかげで負傷者も無く救出できたのだ。貴様、勲章付きで昇進するぞ?」
「え~、褒美ということなら円満退役か、せめて予備役にして欲しいのですが?」
「チッ」
作戦指揮官としての大佐としては、今回の戦果にはそれほど不満があるようではないみたいですが。
あ~、王太子が不貞腐れているのは、自分の見せ場が無くて手柄を上げられなかったから拗ねているだけみたいです。
アホくさ。だったら、僕と一緒に敵陣に飛び込んでいけば良かったのに。
「何を言っているのだっ。敵兵5000人を大規模範囲攻撃魔法一発で殲滅したのだから、軍が少尉を放っておくはずがないだろう?」
「まあ、救出後は敵かく乱とは言ったが……まさか消し去るとは思わなかったぞ」
なぜか横から食い気味に情報官の将校が拳を目の前で握りしめているが、対照的に大佐は苦笑しながら首を振るのでした。
だから僕は、素直に首を傾げて見せるのです。
「やり過ぎましたか?」
「いや、これで少なくとも追撃は無くなったのだからな。軍事政権としても、しばらくは大人しくなるんじゃないか?
ただ、奴らが高魔力持ちを鹵獲した目的によっては、今頃は……」
だが肩をすくめた大佐は、その肩を落としてから眉間にしわを寄せると沈痛な面持ちで天を仰ぐのでした。
まあ、わざわざせっかく他の生徒達よりも先に本国へと連れ帰ったのだから、何かやりたいことがあったんだろうし。
軍事政権の兵士達の魔法は明らかに特殊改造された魔術式を使っていたから、戦力として魔法の研究開発には大量の軍事費を投入しているはずなので、ろくなことになっていない気がします。
「ま、まあ、そっちは軍の方で考えるから、キルヴェスニエミ少尉は下がって休め。魔力もかなり損耗しただろうからな」
「……はっ、それでは妹達と共に王都へ帰還する準備に入ります」
これ以上、ここにいて僕にできることは無いし、既に眼前の敵兵が殲滅されたことにより、夜が明けた早朝から魔法学園の生徒達の王都への移動が開始されているのでした。
まあ、それにいざとなれば、妹達だけでも王都の公爵家公邸に転移させることぐらい簡単なことです。
「き、貴様、まだ作戦行動中だというのに、帰るの言うのか?」
「王太子殿下、お言葉を返すようですが本来彼は修学旅行生のひとりで、しかも既にひとりであげた戦果はこれまでの戦局を覆すほどです」
何が気に食わないのかまた王太子が突っかかってくるが、情報官の将校が手にしたファイルをパンパンと叩きながら英雄冒険譚を語るように熱い熱弁をふるうのです。
しかも言外に、呼ばれてもいないのにやって来て邪魔しかせずに、何の戦果もあげていないと王太子批判をしているのですが気がついているのでしょうか。
そうこうしていると、強化版【索敵】マーカーからの超長距離信号が届きました。
「……あ、敵兵が軍事政権の本国に到着したようです。早かったな、徹夜で走ったのかあのバケモノ隻腕兵士。
上位闇魔法【影透視】……あ~、これはもう手遅れかもしれませんが早く行った方がいいようです」
ついでにマーカーターゲットの影から周囲を透視すると、そこには見るからに非人道的な光景が。
誰が助けに行くのか知らないけど、最初に目にする人は覚悟が必要そうです。
気持ち悪くなって吐き気を抑えていると、鋭い目をした大佐がゆっくりと口を開きます。
「……キルヴェスニエミ少尉、敵本国での学生達の位置が把握できるのか?」
「まさかっ、何千kmあると思っているんですか? いや、首都ではなく近くの軍事拠点なのか?」
「はい。いえ、どうも首都にある宮殿地下の研究施設のようです。あ~、あれは確か軍事政権の……元帥でしたか? 開いた脳みそ見てげふんげふん、バカ笑いしていますね」
「なっ!」
「うぅ、何やら聞きたくない台詞があったようだが……所在地が分かる少尉であれば、また転移させて逃げ切ることができるということか?」
渋い顔をした大佐が腕組みをして、目を細めると僕を睨みつけます。
「あ……」
「エルネスティっ、お前、今、嫌そうな顔しただろう!」
「え~、だってもう魔力残量ありませんよ? あ~、でもあのゴミ屑が妹に手を出した主犯か……ついでに掃除しておくか?
そうと決まれば早い方がいいな。大佐、ご命令に従いちょっと威力偵察に行ってきます。でわっ」
うるさい王太子は無視して、カッと踵を合わせてを鳴らすと、心臓に手をやって敬礼してから漆黒の闇に姿を消すのでした。
「あっ、おいっ、少尉っ……って、もういないし。しかたない。少佐、飛行魔法が使える士官クラスを国境沿いまで偵察に出せ。ただし、こっちからは撃つなよ?」
「はっ、了解しました」
「え、エルネスティ? どこへ行った!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「う~ん、超高高度からだと狙いが難しいな。しょうがない、自由落下しながら適当なところでターゲッティングするしかないか? ユスティーナの超多重バフが残っている間に、やっつけてしまうとしますか」
転移してそのままの勢いで上位闇魔法【漆黒の堕天使】の漆黒の翼をひるがえして、強化版【索敵】マーカーの直上、成層圏に近い超高高度まで飛び上がると。
まるで宇宙から惑星にダイブするように摩擦熱を蹴散らしながら、うろこ雲を突き抜けて落ちていく。
「ゴミ屑元帥は……あ~、宮殿の反対側に移動したのか。まあ、ちょうどいいか。【漆黒の門】!」
上位闇魔法【影透視】でロックオンしておいた、豚のようにでっぷりと太った元帥のいる部屋に、軍事政権国家の宮殿に設置された魔術結界をぶち破って飛び込む。
すると今回の戦果でも祝っていたのか、真昼間から祝賀会会場の上座でシャンパングラスを片手にポカンと口を開けた元帥を見つけると。
背中に広げた漆黒の翼を広げて、三日月のように口を耳まで裂いてからニヤァ~っと笑いかける。
「よお、よくも僕の妹に手を出してくれたな。これは礼だ、とっておけ。【深淵の呪毒】!」
「なぁっ、誰だ貴様!」
周囲にいるのは胸に沢山の勲章をぶら下げたこの軍事政権の高官達のようなので、全く加減することなく最大級の魔法陣を祝賀会会場いっぱいに展開する。
この超位魔法は触れたもの全てを猛毒に感染させる最凶魔法なので、いつもは異界の中でのみ限定的に展開させるのだけど、今回は敵国だし気にせず大盤振る舞いです。
次の瞬間には再び上空に転移すると、学生達が捕まっている地下ごと宮殿の反対側半分をゴッソリ上位闇魔法【漆黒の門】で異界へと落とす。
残されたのは元帥達が祝賀会をしていた宮殿半分と、残り半分部分があった地面の底までえぐり取られた巨大なクレーターだけでした。
「ふぅ~、さすがに疲れたなぁ。あのバケモノ隻腕兵士が出て来るまでに、帰るとするか」
さっさと超長距離転移して旧王都まで帰還すると、大佐が指定する魔獣の森の北にぽっかりと空いた大穴に、生徒達が捕らえられている宮殿半分を地下ごと異界から引っ張り出しておきました。
ようやくこれで妹達と王都へ還ることができます。まあ、もう魔力もさすがにスッカラカンなので、来た時のように馬車で半日かけることになるのですが。
「もう、お兄様ったら。おひとりで北方連合国の首都まで行ってらしたんですって?」
「え~、だってまたゴミ屑がげふんげふん……ユスティーナに手出しして来たら困るじゃないか?」
後で聞いた話によると、鹵獲された男子生徒達はみんな頭蓋骨を開かれて、脳に直接、薬やら電極やらをぶさっされていて。
まだ生きてはいるのですが意識が戻らないため、いつ無理やり強化された魔力が大暴走するか分からない危険な状態のようです。
女生徒達はというと、お腹を切開されて片方の卵巣を摘出された後に、直接子宮に魔術刻印を刻まれると強制的に排卵誘発剤を投与されて敵兵の高魔力持ち魔術師達に種付けされていました。
取り出された卵巣は培養槽に入れられているのが発見されたそうですが、薬物と魔法陣を併用して細胞分裂を加速させた卵子を量産させられていたみたいです。
そういえば【聖女】マリアですが、彼女だけは世界でも超レア職業であることからも、人工魔術師量産実験には素体として使用されず、唯ひとりだけ平和的に洗脳する方法が取られてました。
ただ、救出されたときに吐き捨てた「何で王国は――共和国議長は助けに来てくれなかったのよ!」のという台詞は報告書からは削除され、密かに王国上層部のみ注進されたとのことでした。
ああ、後は崩れかけの宮殿半分と一緒に連れてこられた敵兵と研究員達への取り調べで分かったのですが、人工魔術師なんてゲームでも聞いたことの無い兵器開発の主任技術者はどうやら渡り人と呼ばれる異世界人の可能性があるようです。
そしてもうひとつ分かったことは、王国側のとある公爵家とずいぶん前からつながっており情報が筒抜けだったようで。
おまけに他の公爵家の嫡子と令嬢を、従者ごと拉致した後は引き渡す計画だったことが明らかとなりました。
どうも平和ボケした王国に、とある公爵家の息のかかった分かりやすい仮想敵国を出現させてから、人質交渉を一手に引き受けて国内を一本化することで貴族派閥のトップに躍り出るという、ガバガバの計画だったようですが。
まあ、敵国と内通しているのだから、軍事政権との交渉もスムーズにいくはずだったのでしょうけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「き、貴様ら、この儂が誰か分かっているのか!」
「あ~、そういうのはいいから。セラフィーどうする?」
「……エルネスティ様。此度は本当にありがとうございます。聖霊ホーリーちゃん、お願い」
まだ昼下がりの四大公爵家の筆頭たるフォンブリューヌ公爵家の宮殿に、上位闇魔法【迷彩幻影】で姿を影のように消して来ていた。
まあ僕は二度目になるのだけど、前回は顔も見なかった公爺にセラフィーと一緒に会っています。
床で胸を陥没させた家令の後ろに立つ、ガマガエルのようなでっぷりと太ったエロ公爺は、汚い唾を飛ばしながら喚き散らして見苦しい限りです。
僕の一歩前に踏み出したセラフィーの横顔は見ることができないけど、その決意と共にスーッと透明な聖霊の美少女が中空に顕現すると、辺り一帯に優しい光が降りそそぎ始めるのでした。
「あっぁああああああ!」
神の代行たる聖霊による神聖魔法により、全身の水分だけでなく脂肪までもが枯れ果ててしまい、まるでミイラのようになった公爺は、全身に激痛が走るようで叫ぶことを止めません。
さすがは神の代行者である聖霊さんは命までは取らないようですが、それが果たして免罪符となっているのか。
「……その死ねない体で、自戒し続けなさい」
そんなセラフィーの哀しきつぶやきは、こうして自らの手で復讐を果たしてなお救われることなど無いのだろう。
だから僕はギュッと握り締めた彼女の拳を包み込むようにそっと掴むと、できるだけ優しい声色になるよう気を付けてささやきかけるのでした。
「それじゃ、公邸に帰ろうか?」
「はい、エルネスティ様。私達の家へ」




