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僕の妹は悪役令嬢  作者: 珠乃 響(ゆら)
第5章 修学旅行は
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第5章5話 たのしい修学旅行


「お兄様っ、真っ赤な色に染まった山々に、古都の風情がとても美しいですわ」


「ああ、ユスティーナ。綺麗だ。本当に綺麗だ」


 雲ひとつない青空の下、魔法学園の1年生は紅葉の綺麗な旧王都へと修学旅行に来ていた。

 長いこと公爵家公邸の窓から外を眺める風景しか知らない妹は、その大自然と歴史的建造物のパノラマにすっかり蒼い瞳をキラキラさせています。

 学園の制服である紅いチェックのミニスカートをひらひらさせながら、サラサラのプラチナブロンドの長髪を揺らして嬉しそうにはしゃぐその天使のような後ろ姿に、僕は眩しいものでも見るように目を細めて微笑んでしまうのでした。


「あ~、そんなに走って行かれては。姫様ぁ~、待ってくださいっス~」


「お嬢様~、この温泉まんじゅう美味しいですにゃ~」


 友達のクローエ達と一緒に先に行った妹の後を追って、護衛である見習い騎士のシュルヴィが石畳の小路を走って行くが、学生でないネコ耳メイドのミーアは湯気(ゆげ)を出す店先でなぜか買い食いをしています。

 Aランクハンターになっても相変わらずのぽんこつネコなので、やっぱり地下迷宮(ダンジョン)ブートキャンプで再教育が必要かも。


 初日の午後は旧王都での自由行動なのだけど、錬金術学の友達たちと楽しそうに散策している妹を見ていると、きっとこれが本当に普通の女子学生の青春というやつなのだろうと、感慨深い思いでいっぱいになるのでした。

 そこへフリルの付いた日傘(パラソル)が似合う、風雅なクリームヒルト第一王女が後ろから微笑みかけてきます。


「色鮮やかで錦絵のような峰々を背景にした街並みは、帝国の古都とはまた違った趣(おもむき)があって素敵ですわね」


「そうですか、お気に召したようでなによりです。元々は山脈を背にした古い王都で、手狭(てぜま)になって200年ほど前に遷都するまでの古(いにしえ)より長き歴史がありますので」


 公爵家嫡男として小さな頃から学んできた王国の歴史だったりしますが、実のところはこの北方にある隣国との大規模な戦争で都を移転せざるおえなかったのが事実だったりします。

 その隣国は現在、長期の軍事政権となっていて、ほとんど国交が無いのですが今は大きな戦争も無いといった感じです。


「そういえば、セラフィーもここは二度目なの?」


「はい、エルネスティ様。街中を黄色く彩(いろど)るイチョウ並木も、まるで黄金色(こがねいろ)の絨毯のようで風流ですね。

 でも、少しお疲れのようにお見受けしますが。どこかでお休みになられますか?」


 すぐ横をしずしずと歩くセラフィーも最近ではだいぶ笑顔を見せるようになってきていて、少しづつでも普通の女子学生のように感じられているのならいいのだけれど。

 しかし昨晩は野暮用でほとんど徹夜だったためシバシバする目を細めている僕に、すかさず気がついたらしく下から覗き込むように澄んだ黒い瞳でジッと見つめてくるのでした。


「ああ、いや心配をかけてすまない。昨晩はどうしても修学旅行前にかたずけておかなくてはならない仕事があって、ちょっとだけ夜更かしをしてしまったんだ。

 午前中の移動では馬車の車中で少し休めたから、もう大丈夫だよ」


「ならよろしいのですが。少しでもお疲れが残っているようなら、お休みくださいね?」


 そういえばなんだか最近、従者としての仕事にも慣れてきたからか、心配し過ぎだと言いたくなるほど、これでもかと世話を焼くセラフィーなのです。

 初めて会った時も孤児院の小さな子供達のめんどうを見ていたみたいだから、もともと世話焼きなのかもしれません。


 すると、おのぼりさんよろしくキョロキョロしながらついて来ていたアーサーくんが、頭の後ろに手を組みながら笑い出します。


「あはは~。あの魔神のような……いえ、地下迷宮(ダンジョン)を10階層以上も走って駆け抜けても、汗ひとつかかないエルネスティ様でも、疲れるなんてことあるんですねぇ」


「おい、今、何て言いかけた? ふむ、どうやら【勇者】なアーサーくんは、力(ちから)が有り余っているようだね。

 それならば仕方がない。明日の魔獣の森でのモンスター討伐試験では、パーティーフォーメーションのアローヘッドで、一番しんどい切り込み隊長を任命しようではないか」


 いらんことを言う、鈍感系主人公くんには経験値稼ぎも兼ねてお仕置きしておきます。

 実は王家がここから遷都したことで周辺の人口が減ったため、近くの魔獣の森のモンスター討伐がおろそかになりがちとなっていて。

 その討伐のために毎年、王立の魔法学園から修学旅行の名目で定期的に間引きに来ているのでした。


「ええ~っ、エルネスティ様ぁ。俺……私、ひとりでですかぁ? うぅ~……がっくし」


「なに言ってるんだ。夏休みの間、鍛錬サボってたアーサーくん? ちなみに転入して来たばかりのセラフィーよりも既に弱いぞ、お前」


 そうなのだ。彼女自身の身を護るため、また将来的には最強の聖霊召喚士として妹を護衛してもらうために、毎日のように隠し地下迷宮(ダンジョン)に潜って最速パワーレベリングしていたのです。

 おかげで既に上層をクリアして中層へと到達する経験値を稼ぎ、途中のボス部屋では魔導書(スクロール)による基本スキル全般を残らず取得しているから、この短期間のうちにちょっとした中級ハンターぐらいのスキルレベルになっているのでした。


「えーっ、マジっすか! こんな華奢なのに大きな……げふんげふん、美人のお姉さんに負けてはいられませんっ」


「あら、私などまだまだ。全てはエルネスティ様にご恩返しするためですわ」


 おい、アーサーくん。今、どこ見ていたんだ?

 しかしセラフィーは制服の紅いジャケットの下の真っ白なブラウスを押し上げている豊満な双丘に手を当てると、胸を張って宣言するのです。

 あんな酷い経験をして、成人男性全般のいやらしい視線に極度な嫌悪感と恐怖を隠すことができなくなったセラフィーは。

 それでも僕の従者としての矜持を示すのでした。だから、代わりに僕が言い放ってやるのです。


「おい。いくら【勇者】アーサーくんと言えど、僕の従者のセラフィーをいやらしい目で見やがったらコロスぞ?」


「ひぃいいいいっ、ごめんなさいっ。見ません、もう見ませんっ」


 恐怖のあまりガッと両掌を両目に当てると、最強【勇者】アーサーくんは小路を闇雲に走って行ってしまいます。

 セラフィーはというと僕の隣で、桃色に染めた頬に両手を当てるとなぜかクネクネと悶(もだ)えているのでした。


「まあ、僕のセラフィーだなんて。そんなぁ、うふふ~」


「あのぉ、僕の従者……ね?」

 

 ああ、聞いてないな、これは。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふふふ、露天風呂なんて初めてですわ。これが天然の温泉なのですね~」


「帝国では屋外で入浴する習慣がないので、これはこれで新鮮な気分ですわ。うふふ」


 星降る夜空の下、ライトに照らされた紅葉に囲まれるように白濁した温泉が湯煙をあげている。

 天使のような美しいプロポーションをタオルで隠したユスティーナが、嬉しそうにペタペタと素足で屋内温泉から出て来ていた。

 そしてこれまた均整の取れた素晴らしい肢体をタオルで覆い隠しながらも、クリームヒルト第一王女が優雅にその指先を白濁した湯船に浸けている。


 二泊三日の修学旅行は旧王都を見下ろす山の中腹にある、高級温泉旅館に宿泊していた。

 古(いにしえ)より湧き出る白濁した温泉は、遷都した後も湯治場として観光客が絶えない名湯だった。

 特にこの旅館の目玉は、4階建ての巨大な旅館屋上に設置された大露天風呂で、ライトアップされた紅葉が白濁した湯船に落ちて、それはそれは風流なのでした。


「私などが、ユスティーナ様とご一緒してよろしいのでしょうか」


「いつもお兄様を守ってもらっているのだから、これぐらい当り前ですわ。そんなことよりも、お兄様と一緒に入ろうとされるほうがダメダメったらダメです」


 豊かな胸元まで真っ白な湯船に浸(つ)けたユスティーナは、そんなことは全く気にした様子もなく、恐ろしいほど澄ました笑顔で微笑む。

 しかし自分の人には言えない過去を思ってか、ためらうようなセラフィーはその年齢にあるまじきこぼれるような爆乳をタオルで隠し切れていなかった。

 ただ、かつて胸の谷間に刻まれていた忌(いま)まわしき奴隷紋は、今はすでに綺麗さっぱりと跡形も無く消し去られていた。


「はぁ。まあ本来であれば、従者としてお背中を流すお務めもあるのですが。

 ありがとうございます。それでは失礼しますね?」


「う……1才年上なだけなのに、どうしてそんなに艶(つや)やかで色っぽいのかしら。わ、私だって頑張ればもっと、こう上げて寄せて。次は二人っきりの家族風呂でお兄様と……ぶくぶく」


 それでも少し離れて湯船に浸かったセラフィーのうなじを流れる雫(しずく)や、白濁した温泉に浮かぶ二つのそれに、どうしても視線が釘付けになるユスティーナだった。

 そして同じように後ろ髪を手で持ち上げたり、温泉に浸かる自分の胸を持ち上げてみたりするのだが、そのうち顔の下半分を湯船に沈めてしまうのだ。


「おぉ~、お嬢さまもおっきいですが、セラフィーも負けずにデッカイにゃぁ~」


「姫様、ボクだってパンプアップすれば少しは、ふんすっ……あ、ダメっスか?」


 湯気の中からネコかきでパシャパシャと泳いで現れたミーアが、白く濁った温泉からしっぽの先を出しながら、二人の胸元を凝視していた。

 しかし何の対抗意識を燃やしたのか、ザバァッと温泉の湯船から立ち上がったシュルヴィが、どうしてかマッスルなポーズを取り始める。


「どうして悪役令嬢のくせに、メインヒロインの私より大きいのよ……あれって、反則じゃないの?

 それとも私ってキャラメイクしっぱいした? うそ」


 露天風呂の湯煙と岩陰に隠れたマリアが、何やら鬼気迫った顔をしてブツブツ言いながら、普通サイズの自分の胸を両手で揉んでた。

 純真無垢な心に慈愛の【聖女】がそれでいいのか?




 そして僕はというと、そんな妹達のパラダイスを護るためだけに、上位闇魔法【漆黒の堕天使(ダークエンジェル)】の漆黒の翼で夜空に腕組みをして立つと。

 暗闇に紛れて旅館屋上の露天風呂に近づこうとする不埒(ふらち)な輩(やから)を、かたっぱしから情け容赦なく【漆黒の弾丸(ブラックバレット)】で撃ち落としていくのでした。


 神々しいまでに神聖な妹の柔肌(やわはだ)を覗(のぞ)こうなどと考えるアホ共など、ひとことで言って地獄に落ちればいいのです。

 まあ急所は外してあるから、それでも死にはしないだろう。


 え? 僕? 僕は……見てませんよ?

 上位闇魔法【迷彩幻影(ステルスシャドー)】で姿を隠しているのも、妹に余計な心配をかけないためで。

 ホントったら、ホントですよ? 



◆◇◆◇◆◇◆◇



 昨日夕刻に発生したキルヴェスニエミ公爵家の馬車への襲撃暗殺誘拐未遂事件に関連した第二次報告がようやくまとまったので、深夜にも関わらず国王執務室には国王と被害を受けた公爵家当主が極秘裏に膝を突き合わせていた。


「それでどうなった?」


「それが、宮廷魔術師団副師団長のフォンブリューヌ公爵家次期当主なのですが、昨夜未明に公爵家屋敷内の執務室で全身を猛毒に侵(おか)された状態で発見されたようです。フォンブリューヌ公爵家は必死になって隠していますがね。

 恐らくは公爵家屋敷の庭に投げ捨てられていた暗殺ギルド構成員20人と同じ症状で、感染力は無いものの全身をだんだん腐食して溶けていくほどの猛毒で、現状では上級解毒薬でも回復させることができておりません。

 こいつの最悪なところは被害者の意識がまだ残っているところで、しかも激痛を伴(ともな)って徐々に末端から溶け落ちていくのですが、すぐには死ぬこともできないみたいですな。

 まあ、伝説の神薬(エリクサー)でもあれば何とかなるかもしれませんが、そんなものは王城にもそれこそ宮廷魔術師団にも無いでしょうから。

 ああ、それから暗殺ギルド本部は元闇カルテルだった王都マフィアによって包囲された後に、何者かによって制圧されたようです」


 その凄惨な報告内容に、すっかり顔色を悪くした国王がうめくようにつぶやく。


「うっ……そ、それでその猛毒とやらの解析はできたのか?」


「それなんですが、どうやら超位闇魔法【深淵の呪毒(アビスポイズン)】ではないかと、当たりは付けてはいるのですが。

 元々が闇魔法使いの魔術師は数が少なく、それでいて過去の文献にわずかに残っているだけの、今の世では使い手も現存していない幻の魔法ときたもので。さっぱりですな」


 自分の息子と愛娘が襲われた大事件だという割には飄々(ひょうひょう)とした表情で、公爵が肩をすくめて見せるので。

 それを睨むようにして、口をへの字に歪めた国王が低い声で小さくささやく。


「……お前のところの自慢の息子が得意な魔法は、確か」


「エルネスティが最も得意としているのは、偶然にも闇魔法ですな」


 それでもすっとぼけた表情のまま、イケメンの公爵は軽い口調で答える。

 だがそれとは対照的に必死な形相の国王は、さらに小さな声で他の誰にも聞こえないようにつぶやく。


「あいつなら解毒できると思うか?」


「現代では失われた、伝説の超位闇魔法ですからな。しかも古文書によると純粋な闇魔法ではなく、呪術とのハイブリッド術式だったみたいで。

 果たして解毒解呪する方法が、そのそも存在していたのかすら不明ですから」


 さすがにそれでは余りにかわいそうだと思ったのか、小さなため息と共に公爵が残念そうに首を横に振ってみせる。

 そうして盛大なため息をつくと、疲労困憊の国王はソファの背もたれにドッカともたれると。


「だぁ~、それでフォンブリューヌの公爺は?」


「これで、いつでも殺せると言っているようなものですから。しばらくは、枕を高くして寝ることもできんでしょうな」


 そのまま口元をニヤケさせた公爵は、悪い顔をして笑いを堪(こら)えるのだった。

 それでもソファに沈み込むように座ったままの国王が、手で両眼を覆って天井に向かって吐き出す。


「何ならそのまま目を覚まさんでも構わんが、こっちの準備ができておらん今の時点で、例の軍事政権との不審な動きに影響が出んとよいのだが」


「エルネスティも今朝から修学旅行に出かけてますので、そこまでは何(なん)とも」


 公爵も同じように、ちょっとだけ視線を斜めにやって天井を見上げたのだが。

 両目を覆った掌の下から国王が目を細めて、何かに気がついたとでも言うように静かに口を開く。


「……修学旅行先は確か毎年同じで旧王都だったよな? あそこって、隣国の軍事政権からすぐのとこじゃ……」


「……あ」


 思わず公爵も口を半開きにすると、そのまま国王の執務室にはしばらく重い沈黙が続くのだった。


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