第5章4話 暗殺ギルド襲来
「それで未成年の学生にやられっぱなしという訳か、そりゃいい。あははっ」
「そんなに笑ってはかわいそうですわ、うふふ~」
王城には円卓会議場と呼ばれている、大きな円形で階段状の席が並ぶ古いオペラ座のような会議室がある。
そこに国王と四大公爵家が顔をそろえて、今まさにトップ会談をしているのだが。
ガタイのいいマールブランシュ公爵家当主が大笑いをしているのを、ジェルヴェーズ公爵夫人が口元を扇で隠しながら諫めていた。
だが嘲笑された本人であるフォンブリューヌ公爵家次期当主は、顔を真っ赤にして国王に向かって怒鳴るように叫ぶ。
「ぐっ……恐れながら国王陛下! 宮廷魔術師団の引き渡し要求を無視した、キルヴェスニエミ公爵家嫡男エルネスティにはしかるべき処分をっ」
「ふむ。この難題山積みの王家・四大公爵家会議に何の話かと思えば、そんなことか。
そのセラフィーとか言う平民の従者だが、ああ、元はスイティアラ子爵家令嬢だったか、正式な従者申請があったので既に余が国王として認可しておいたが?」
何をくだらないとばかりに国王は王座の肘掛に肘を着くと、顎に手を当てて反対の手をヒラヒラと振って見せる。
悔しそうな顔をしたフォンブリューヌ公爵家次期当主はそれでは引き下がれないとばかりに、唾を飛ばして食い下がる。
「そ、それはっ、しかし元はといえば我がフォンブリューヌ公爵家で預かっていた娘です! それをっ」
「それ以上は言わん方が良いぞ? 余のところには違法なはずの借金奴隷に関する証拠が提出されて来ているからな。もしそれ以上、口にするなら公爵家の持つ免責特権を行使しないものと考えるぞ?」
うるさく喚き散らすのを片手を上げて遮ると、国王が目を細めて睨みつける。
まさか現公爵家当主で実の父でもある公爺の重大犯罪を表沙汰にする訳にもいかず、苦虫を嚙み潰したような顔をすると今度は。
「ぐっ、それでは私に対しての悪逆非道な暴行犯罪はいかがなさるのですか!」
「ん~? キルヴェスニエミ公爵は何か聞いているか?」
しかし国王は、冷めた視線を円卓会議場に座るキルヴェスニエミ公爵へと向けると。
「ええ、魔法学園を訪問中の宮廷魔術師団副師団長殿が、どうした訳か学園長室で鼻血を出して混沌されていたので、このまま放置すると対面にも関わると心を痛めた息子が、親切心から秘密裏に王城へと転移させたものですな」
「と、いう訳だ。何か問題でもあるのか? それよりも王国全土の国防を預かる最強のはずの宮廷魔術師団のしかも副師団長が、あろうことか出先で鼻血を出して前後不覚になるなど前代未聞ではないか?」
淡々とした口調で答えるキルヴェスニエミ公爵に、国王が大げさに肩をすくめて見せると、自分の立場が悪くなったフォンブリューヌ公爵家次期当主は俯いてしまう。
「うっ……それは、エルネスティが」
「がははっ、だから学生になんかやられちまう坊主、お前が情けねぇってんだよ。何なら副師団長も変わってもらったらどうだ?」
「うふふ、そうですわねぇ。だってそんなことでは、いざという時に副師団長としてお役に立てないのでは?」
再び観客に盛大に揶揄されてしまい、俯いた顔を真っ赤にして奥歯を噛みしめるしかない。
「くっ……何も知らんくせに」
「それに公爺の了解を得ずに勝手にやったことであれば、なおさらだな」
さらに追い打ちをかける国王に、図星をつかれてしまい視線をさまよわせることしかできなかった。
「そ、それは……決して独断という訳では」
四大公爵家会議といっても、必ずしも当主が首席しているわけではない。マールブランシュ公爵とキルヴェスニエミ公爵は当主本人が顔を見せているが、ジェルヴェーズ公爵家からは実権を握っている公爵夫人がいつも出ているし、問題のフォンブリューヌ公爵からは老齢な公爺に代わって次期当主が出席するのが常だった。
そしてその四大公爵家と王家を含めたパワーバランスは。非常に繊細な関係の上に成り立っているのだ。
「まあいずれにしろ、四大公爵家の中でも強くなり過ぎたフォンブリューヌ公爵家が言うセリフでは無いな。
それがキルヴェスニエミ公爵家の戦力低下を狙った従者強奪となれば、余も黙ってはおれんぞ。
まさか戦争をするつもりではあるまいな?」
「うっ……け、決してそのようなことは」
ついには止めを刺されてしまい、ぐうの音も出ずにフォンブリューヌ公爵家次期当主はとうとう黙り込んでしまうしかなった。
ただ、国王としてはせっかく四大公爵家のパワーバランスを苦労して調整していたというのに、結果的に余計なことをしてくれたエルネスティには盛大に悪態をつきたい気分だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日はぁ~、今度の修学旅行に向けた実技指導のためにぃ、ハンター協会から特別にAランクハンターに来てもらっていますぅ。
それではご紹介しますねぇ~」
「王都ハンター協会のAランクハンターで、ドミニクだ」
「同じくブラッドフォードです。【天使の姫】におかれましてはご機嫌麗しく」
魔法実技の授業で演習場に集められた生徒達に向かって、副担任の女教諭がいつものほわほわした口調で何やら物騒な説明を始めます。
紹介されたのは確かにハンター協会の顔見知りだが、よりにもよって前に顔面を潰した女エルフと。
金髪優男の方はどいう訳か真っ先に妹の前に片膝をつくと、いきなり騎士の礼を見せるのでした。
さすがにギョッとしたのか妹も笑顔を作るのが遅れたが、すぐさま取り繕うようによそ行きの笑顔で微笑みかけます。
「えっ? お、おほほ~。ブラッドフォード様もお忙しいのにわざわざ来ていただいて、ご苦労様ですわ」
「あ、あのぉ~、何でAランクハンターのブラッドフォードさんが、学生のユスティーナさんにそのようなことを~? それにぃ【天使の姫】って何ですぅ?」
だがその騎士の礼に理解がおよばない副担任女教諭は、不思議そうにほわほわと首を傾げるのです。
それにこたえるようにガバッと立ち上がったAランクの金髪イケメンハンターが、誇らしげなドヤ顔で演習場いっぱいに大声を響き渡らせます。
「おおっ、ご存じないのですか? こちらにおわすユスティーナ様こそ、王都ハンター協会が誇る世界にたった5人のSランクハンターのお一人で、その二つ名こそが【天使の姫】なのですっ!」
「「「きゃあ~~~~っ!」」」
「「「おおおおおお~っ!」」」
次の瞬間、実技演習場に集まった男女生徒達から怒号のような悲鳴が反響する。
当の本人である妹はわずかに困ったような顔をすると、無言で紅いチェックのミニスカートの裾をつまむと綺麗なカーテシーを見せて、集まった生徒達に挨拶をするのでした。
「まあまあ、エルネスティ様っ。今、Sランクハンターって言いました? ユスティーナ様ってあんなに可憐で見目麗しいのに、もしかして人類最強だったりするのですか?」
「ふふん、隠すほどのことでもないですが、実は妹はこの地に天から降臨した最強の天使だったりするのです。ふんす」
さすがにビックリしたのか目を丸くしたクリームヒルト第一王女がペシペシと僕の肩を叩くので、少しだけ図に乗って僕も胸を張ってみせます。
するとなぜか同じようにドヤ顔をした見習い騎士のシュルヴィが、ドドーンとこれでもかと胸を反らせると。
「その通りっス、オレの姫様はS級モンスターを単騎討伐するほどの最強錬金術師っス!」
「あらあら、エルネスティ様ったら。ユスティーナ様の名声が魔法学園中に轟くというのに、何をテレてらっしゃるのですか?」
なんでシュルヴィがそんなに自慢気なんだよと、ちょっとだけ悔しい思いをしていると、年上らしい優艶なしぐさでセラフィーが微笑みかけてくるのだけど。
別に僕はテレてなんかいません。いないったら、ないのです。
そんなことよりも実のところ、この修学旅行というのは魔法学園らしく、旅行先の日程にいつもの実技演習の時間があったりするのです。
今のこれはそのためのもので、フィールドでのモンスター討伐の実力者であるAランクハンターから、そのノウハウを学ぶという目的があったりします。
だから、これから王都城壁を出て近くの森林で下級モンスター討伐の練習をすることになるのだけど、こんなんで大丈夫なのだろうか。
あ~、女エルフなんか未だに根に持っているのか、不貞腐れてこっちを睨んでいます。だったら来なきゃいいのに。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなこんなで修学旅行の準備も整い、ようやく明日から王国の北にある旧王都へ向けて出発するだけとなったのですが。
日も短くなってきた魔法学園からの帰宅途中に、やって来ました【索敵】スキルに映る敵影が多数。
最近はクリームヒルト第一王女の要望もあって、王城までの送り迎えを兼ねた護送をしているとはいえ。 キルヴェスニエミ公爵家の家紋がついた馬車を、貴族街のど真ん中で堂々と武装して包囲しながら迫って来ているのだから冗談というわけではありませんね。
さっきから長いプラチナブロンドの睫毛を伏せていた妹が、真っ先につぶやくように敵の接近を告げるのでした。
「お兄様、敵影マーカー20。囲まれてますわ。これは……プロですか?」
「ああ、よくできたねユスティーナ。中級クラスの【隠蔽】スキルで隠れているようだが、完全に認識阻害できていないな。
ただし、転移して来る奴もいる可能性があるから慢心はダメだよ? それじゃあ、近くの公園にでも行ってかたずけるとするか」
上級貴族ともなると文字通りに常在戦場は当たり前なので、上級までレベルアップした妹の【探索】スキルも十分に問題無く実運用に耐えるようです。
御者が言われた通りに馬車を貴族街の大きな公園に入れると、僕は静かに指示を出し始めます。
「ミーアとシュルヴィは御者台で周囲の敵を視認、10m地点まで引きつけろ。セラフィーはこのまま馬車の中から聖霊を召喚してこの拠点で護衛を。ユスティーナは馬車に多重結界を展開、その後は超長距離ピンポイント狙撃を。殺して構わん。
クリームヒルト第一王女殿下は申し訳ありませんが、ここでしばらくお待ちください」
「了解ですにゃ~」
「お任せくださいっス」
「承知いたしました。聖霊ホーリーちゃん、いらっしゃ~い」
「はい、お兄様」
「え? ええ? エルネスティ様、本当にこの街中で敵の強襲なのですか?」
いつものパーティーメンバー達はすぐに行動に移るが、さすがの帝国のお姫様も初めてのことにビックリしたようで、ヘーゼルカラーの瞳を丸くしています。
と、左の窓から視認した敵影を、ユスティーナが片っ端から神話級・聖弓シェキナーで打ち抜き始めるのでした。
だから僕は右の窓に取り付くと、建物の影を抜けて接近して来る敵から順に、上位闇魔法【漆黒の門】の魔方陣を出現させる。
すると薄暗くなった公園に入ったところで、次々と落とし穴に落ちるように敵は特別製の異界へと消えて行くのでした。
「おお、さすがに何人かは魔方陣を躱して突破してくるのか。【漆黒の弾丸】」
20mほどまで接近された敵に向かって、速度優先の下位闇魔法をマシンガンのように連射するが。
自分の姿が丸見えだとは思いつかなかったのか、襲撃者達は弾幕に阻まれている間に徐々に被弾していくのでした。
「やはりいたか! 【闇黒衝撃】」
「ぐがっ……」
ふと意識の間隙を突くように馬車の室内に転移してきた、黒服を着た襲撃者の男の心臓を斜め下からゼロ距離で打ち抜く。
勢いがついていたからか、そのまま進行方向に座っていたクリームヒルト第一王女に頭から激突しそうになるので、心停止した黒服を引っ張って車内に出現させた【漆黒の門】に放り込んでおきます。
外を確認すると、黒服の何人かが妹の多重結界に阻まれて身動き取れないところを、中空に浮遊した聖霊に撃墜されていた。
気がつくと20人いた敵影も、撃ち漏らしを含めてミーアとシュルヴィにかたずけられていて、地面にころがっているのでした。
「お嬢様、終わったですにゃ」
「姫様、完了っス」
「ご苦労様、二人共ケガは無い?」
タターッと帰って来たミーアとシュルヴィに、妹が労いの言葉をかけています。
だから僕も従者として十分な働きをした、セラフィーの烏の濡れ羽色のような黒髪をなでながら。
「よくやった、セラフィー。結界にかかった奴らを潰してくれて助かったよ」
「あっ、私に触れては……いえ、その、ありがとうございます。うふふ~」
彼女に酷いことをした奴らと同じ男性である僕に触られて、ビックリしたのか一瞬ビクッと肩を震わせたが、すぐに柔らかく黒い瞳を細めると艶やかに微笑む。
よかった、まだ早いかとも思ったけど。少しづつでも、限られた男性でもいいので、他人との付き合いに慣れていってくれるよう祈るのでした。
すると妹のなんだか複雑な視線が突き刺さってくるのに気がつく。
だからためらうことなく、妹の綺麗なプラチナブロンドの長髪をもう片方の手で優しくなでるのです。
「さすがだな、ユスティーナ。周囲に被害を出さずに敵だけを仕留める射撃精度は、すでに達人級と言っていいほどになってきたね」
「ふふふ。ありがとうございます、お兄様。でもでも、距離があると認識阻害が邪魔をして少しだけ苦労しましたわ」
ちょっとだけホッとしたように蒼い瞳を細めた妹は、わずかに頬を染めて微笑むのです。
それを見ていたクリームヒルト第一王女が、ポカンと口を開けていたのですが、我に返ったのか急に食い気味にのり出してきます。
「え、エルネスティ様、20人いた暗殺部隊を全滅させたのですか? たった5人で、しかも無傷でものの10分もかからずに?
さ、さすがはSランクハンターのいるAランクパーティーですわね。心底、敵でなくてよかったと思いますわ」
「いや、別に全員は殺していないぞ。ユスティーナ、自供薬を頼む」
いつものように全20人を放り込んだ【漆黒の門】から、馬車に転移して来た黒服の男を顔だけ引っ張り出すと、妹が【錬成】した自供薬を気絶した口へと流し込みます。
するとしばらくして目を覚ました襲撃者がだんだん静かになったあたりで、大人しく全てを話してくれるのでした。
「はぁ~、狙いは帝国かとも思いましたけど、今回はセラフィーの拉致が目的だったようです。それにしても、暗殺ギルドにフォンブリューヌ公爵家次期当主とは……まあ、今回はクソ公爺が絡んでいないのは実に残念ですが」
「……エルネスティ様、この度はご迷惑をおかけしまして。こうなった以上は、この身いかようにも処分いただいて結構でございます」
正直どちらかと思っていたので、まあ想定範囲内ではあるが。
しかし実際に狙われたセラフィーにしてみれば、そうではなかったみたいで。
自分のせいで、雇い主である僕達を危険にさらしたことを許せないようです。
「バカだなぁ、セラフィーは。君をどうにかする訳が無いだろう? だから、そんな哀しい顔をするんじゃない。
そうだ。そんなことよりも、ゴミ掃除にはついて来るかい? 無理はしなくていいけど、それで気が済むなら」
「うっ……え、エルネスティ様。ありがとうございます。本当にありがとうございました。このご恩、必ずやこの身にかえましても。
それからゴミ掃除はお気持ちだけいただいておきます。過去は忘れることはできませんが、エルネスティ様がおっしゃられたように、今は未来だけを見て生きていきたいと思いますので」
そう言って綺麗な泣き笑いで、ポロポロと零す涙で地面に染みを作るセラフィーの小さな頭を片手で抱き寄せると、吐息を吹きかけるようにささやくのだった。
「わかった、過去の汚いゴミ屑は僕にまかせておけ。君のこれからの未来は必ずや明るく幸せなものとなることを、この僕が約束しよう」
「うっく……エルネスティ様。う、うぅぅ……」
嫌がるかもしれなかったが。
怖がるかもしれなかったけど。
真摯な決意を込めてセラフィーに触れると、僕だけの契約の言霊を口にのせるのです。
そうして僕の胸にすがりついて泣き続けるセラフィーの震える背中を、いつまでもそっと撫でるのでした。
ちくしょう、よくもセラフィーを泣かせやがったな。




