第5章3話 宮廷魔術師団副師団長
「ふふふ、それでは皆様よしなに」
週が明けると予定通り準備が整ったらしいクリームヒルト第一王女が、帝国からの留学生として転入して来たのだけど。
どうしたことか1-B組に編入されて来て、なぜか僕の隣の席に座っているのですが。
「それにしてもクリームヒルト第一王女殿下は、1-A組でなくてよろしかったのですか?」
「だってエルネスティ様にお守りいただくにしては、クラスが違うというのはいささか都合が悪いので変えてもらったのですわ。
もしかして私と同じクラスはお嫌でしたか? そのような悲しいことをおっしゃるなんて、私……よよよ」
転入して早々、なぜかウソ泣きを始めてしまうお姫様に、クラス全員の視線が突き刺さるだけでなく。
うぅ……妹の視線までがまるで氷の矢のようです。
「いえ、まさか。決してそのようなことはありませんが、帝国としての対面というものもあるのでは?」
「え~、朝のホームルームで何だか嫌な感じの男性教諭と一緒に1-A組の教室に行ったのですが、一見しただけでエルネスティ様がいらっしゃらないじゃないですか。だから、すぐに出てきちゃいましたわ」
テヘッと小さな赤い舌を出して笑うお姫様は、ちっとも悪気が無いように見えるのが、さらに始末に負えなません。
それで朝のホームルーム直後の一時限目の授業から、突然のようにこのクラスで出席することになったようです。
「と、とにかく、最初の授業は魔法実技なので、これから実技演習場に移動いたしますので、こちらに」
「あら、そういえば実技の授業もこの制服のままでよろしかったのですわね。ところで、エルネスティ様。この魔法学園の制服ですが、……いかがですか?」
戦略撤退を選択して逃げるように席を立つのだが、クリームヒルト第一王女が学園の制服である紅いチェックのミニスカートの裾をつまんでヒラヒラさせるので。
周囲の特に男子生徒の視線がグサグサと突き刺さるし、後ろにいる妹からは何やら魔力が放出されていて怖くて振り返ることができません。
「え、ええ。よくお似合いですよ。先日のドレス姿とは髪型も雰囲気を変えられていて見違えてしまいました。ははは~」
「うふふ~、ありがとうございます。ああ、それから私のことはクリームちゃんとお呼びくださいね。それでは参りましょうか?」
すると満足したようにウキウキした足取りで、スキップでもするように廊下へと出ていくお姫様。
残された僕は乾いた笑いを漏らすしかできないのでした。
「あはは~、お戯れを」
「お兄様ぁ~、大変仲がよろしいようで。ええ、わざわざクラスを変えてまでしてなんて。そこまで仲がよろしいとは、私ったらちっとも知りませんでしたわ」
そこへ大量の魔力をおびた天使の妹が、般若の背景を背負って後ろから声をかけて来ます。
それにしても、この凍えるような温度の低下は何なんだろうか。妹は氷魔法は使えないはずなので、もしかして重力魔法で周囲の原子の斥力をゼロにして絶対零度に近づけている、とか?
「ぎくっ。い、いやぁ~、気のせいじゃないかなぁ?」
「うふふ、ユスティーナ様ったら。なんて可愛らしいヤキモチでございますか?」
一方で年上の余裕か、艶麗な微笑みを浮かべたセラフィーは、コロコロと楽し気に笑っています。
思い出したくもない辛く哀しい過去は無かったことにはできないけど、今は少しでも明るく笑えるようになったのなら――それに越したことはない、が。
「なっ、何を言っているのでしゅ、セラフィーは! や、ヤキモチなんて、そんなの知りましぇんわっ」
「おぉ~、姫様ってば。赤くなっちゃって、可愛いっス」
なぜか急に頬を染めた妹は、ワタワタと手を振りながら足早に教室を出ていってしまいます。
その後を護衛のはずの見習い騎士シュルヴィが、したり顔をして嬉しそうに追いかけていくのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
午後になってユスティーナは、クラスメイトの聖霊召喚士セラフィーと見習い騎士のシュルヴィに加えてクリームヒルト王女と机をくっつけたまま、不貞腐れたように顔を自分の机に突っ伏していた。
「はぁ、お兄様。大丈夫でしょうか」
「ふふふ、エルネスティ様なら大丈夫ですよ。私の聖霊さんに姿を消してついて行ってもらってますし」
その様子を優しいお姉さんの表情で見つめるセラフィーナが、年上の威風で妖艶に微笑みかける。
この時間、教室ではロングホームルームで来週の修学旅行のための準備が始められてるのだが、エルネスティはなぜか急に学園長室に呼び出されていた。
その時、不意にセラフィーの表情が苦痛を堪えるように曇る。
「あ、そんな……申し訳ありません、ユスティーナ様。たった今、聖霊さんが教えてくれたのですが、エルネスティ様が学園長に呼ばれたのはどうやら私が原因のようです」
「え? お兄様がどうかされたのですか?」
深々と頭を下げてしまい綺麗な黒髪で顔が隠れたセラフィーに、キョトンとしたユスティーナが覗き込むようにして問いかける。
事情が分からないクリームヒルト王女は、訝し気にわずかに眉を寄せる。
すると俯いたセラフィーは、震える唇でユスティーナにだけ聞こえる小さな声でつぶやく。
「……それが、フォンブリューヌ公爵家が私を探し出して引き渡すよう言って来たようです。やはり、私のような女がこのような場所にいるのは、エルネスティ様にご迷惑をおかけし」
「そんなことはありません。お兄様がセラフィーをお側に置いたのには必ず理由があるはずです」
まだひとつ年上の少女でしかないセラフィーが、フォンブリューヌ公爵に乙女としての尊厳を踏みにじられて、あげく誰とも知らぬ男達に春をひさぐことを強要されていたことは密かに聞かされていた。
だからだろう、彼女は絶対に自分からはお兄様に触れようとはせず、むしろ必ず一歩下がって距離を取っていることは見ていれば分かった。
「ですが、このままでは私はエルネスティ様に何もお返しできないばかりか……」
「私には地獄のような経験をなされたあなたのお気持ちを推し量ることさえできないでしょう。
ですがそれでもなお、お兄様はセラフィー、あなたを欲したのです。だからこそ胸を張りなさい。
そうしてもう、そのように泣くのではありませわ」
そう言うとユスティーナは包み込むように、背中を丸めて肩を震わすセラフィーの身体をそっと抱きしめる。
その瞬間ビクッと逃げるようにして、セラフィーが身を引いてしまうが。
「ユスティーナ様、私のような女に触れられては、御身が……け、けが、れ」
「大丈夫です。大丈夫ですよ。あなたはこの世界で唯一の聖霊召喚士ではありませんか。神の代行たる聖霊の友は、清き心根の持ち主なのですから」
「うっ……うぅぅ」
とうとう低く嗚咽をもらすセラフィーに、ユスティーナは視線を見習い騎士のシュルヴィに向けると頷いてみせる。
すると、スックと胸を張って立ち上がった騎士は、担任の女性教諭のところへ行くと低い声でささやきかける。
「セラフィーさんが疲労からか体調が優れないようなので、保健室に連れて行こうと思うのっスけど」
「え? あら~、それはいけませんねぇ。やっぱり転入早々で、疲れが溜まったのでしょうかぁ。それでは付き添われているユスティーさんとシュルヴィさんのお二人で、保健室に連れて行って休ませてあげてくれますかぁ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、その宮廷魔術師団が僕に何の用です?」
「ふむ、さすがは四大公爵家の一角、キルヴェスニエミの息子ということか。いやなに、世界でただひとりの聖霊召喚士が現れたというのでな、宮廷魔術師団へ迎えに来のだ。
聞けば貴様の従者なんぞをして、その才能を無駄にしているというではないか。だから王宮魔術師団で有効に活用してやろうと言っているのだ」
2学期が始まって秋の気配が感じられる頃に、授業中だというのに学園長室に呼び出されたかと思えば、宮廷魔術師団の副師団長でフォンブリューヌ公爵家の次期当主の中年オヤジが、ソファにふんぞり返って待ち構えていた。
確かあのエロ公爺の嫡子で、この前の授業中にしょんべんを垂らした令嬢の父親だったはずです。
「ふ~ん。前に彼女がフォンブリューヌ公爵家にいたことを知っていて、言っているのですか?」
「ふんっ、趣味の悪い父上のことなど知らんし、貴様が抑えているという借金奴隷の証拠に関しても、この四大公爵家であるフォンブリューヌ公爵家をどうこうできるものではない。
そんなことも分からんとは、所詮は学生ということか。いいから、さっさと娘をよこせ」
何を勘違いしたのかドヤ顔でアゴをしゃくって見せる中年オヤジに、話が長くなりそうなのでキッパリと言い切ることにします。
「お断ります」
「なっ、貴様っ、何を言っているのか分かっているのか! 宮廷魔術師団の副師団長のこの私、自らが交配させてやってその超レアスキル遺伝を公爵家に取り込んでやろうと言っているのだぞ、ありがたいと思えっ。
だいたい私に逆らうとどうなるか、分からない訳ではないだろう? もうよいっ、貴様の意見など聞いておらん。黙って娘を連れてくれば良いのだ!」
醜く顔を歪ませた中年オヤジが、実験動物のモルモットでもよこせと言っているように、いやらしく薄笑いを浮かべています。
しかも言うに事欠いてこいつ、神の代行たる聖霊を呼び出すセラフィーナに何するって言った?
念のために、こいつも敵なのか確認しようと思って、下手に聞いていればつけ上がりやがって。
「そんなことを言っているのではないのですが……はぁ~。
いえね、宮廷魔術師団の副師団長なんて大層な肩書を持っている割には、目の前に世界で唯一のユニークスキル使いがいても、ちっとも気がつかないボンクラでしかないなんて、ねぇ?」
「き、貴様っ何をう……んぐっ……や、やめろ……わ、私を……だ、誰だと……」
そのあまりのバカさ加減に大きなためいきをつくと、耳まで裂けた口を三日月のようにさせながら、漆黒の魔力を放出させてそのまま最大スキル【威圧】を試しにぶつけてやると。
そっくり返っていたソファの上で固まったまま全身から脂汗を流して、ついにはツーッと鼻血を垂らし始めてしまうのでした。
「この程度の【威圧】にも対抗できない、クズ魔術師が。しかも、エロ公爺のゴミ息子ときたもんだし?
今さらバカ面下げて何を言い出すかと思えば、お前みたいなアホにセラフィーを渡すわけがないだろうが。
二度とその汚い顔を見せるんじゃねぇぞ、分かったな?」
「……ぎ、ぎざま……こ、このままで、は……すま、さんぞ……ぐぅうう」
「この件は四大公爵家の一角であるフォンブリューヌ公爵家が、我がキルヴェスニエミ公爵家の従者を横取りして戦力低下を狙い、安全保障を侵害しようと画策した事案として国王陛下には報告しておく。って聞いてないか」
へちょい副師団長はとうとう負け犬の遠吠えと共に、ダラダラと鼻血を垂らしたまま気絶してしまっていたのでした。
なんだ、この弱っちいのは? こんなのが副師団長なんかやっていて、来春に悪魔王が来た時に大丈夫なんだろうか。
すると、ずっと窓際の豪華な机に隠れていたらしい学園長が、半分だけ顔を出してソファを指差します。
「あ、あの~、エルネスティくん。こ、これは……」
「ああ、学園長。まだいたのですか? はぁ~。これも貸しひとつですよ、いいですね?」
そう言うなり、中年オヤジを上位闇魔法【漆黒の門】に沈み込ませて消し去ると、ガクガクと首を縦に振り続ける学園長を残して、学園長室を後にするのでした。
このゴミ屑は……王城にでも捨てて来るとしますか。




