第4章7話 遅過ぎた出会い
「たまには気分転換に散歩がてら王都の街に出るのもいいものだね、ユスティーナ?」
「もう、お兄様ったら。また、王城から送られてきた事務書類から逃げて来たのですわね? 夏休みの宿題だってまだ終わってらっしゃらないのに……」
天空城での旅行から帰ってみると、溜まっていた山のような事務所類が当然のように僕を待ち構えていたのです。
夏休みで授業が無いからいいようなものの、気のせいか前よりも増えているような気がするのは国王のいやがらせか。
早いところ王太子の側近なんて役職は、やめにしたいものです。
だからちょっとだけ不満そうにガキ大将のようなドヤ顔をすると、残暑の日差しの下でツバの大きな麦わら帽子と真っ白なワンピース姿の妹に微笑みかけるのです。
「え~、だって宿題は夏休みの最後まで大事に取っておくのがお約束じゃないか。それに新学期の前に、ハンターカードも更新しておかなきゃならないし?」
「またそんなことをおっしゃって。夏休みの最終日になって泣いても知りませんわよ?」
そうクスクス笑いながら、僕の後についてハンター協会の扉を開けるのでした。
真昼間だからからか、閑散とした受付ロビーに残っていたハンター達からは、目礼と「【天使の姫】がいらしたぞ」とかいうざわつきが聞こえてきます。
「でもでも~、お嬢様。天空城の地下迷宮攻略なんてぇ、もしかして王国初では? にゃぁ~、英雄譚になって吟遊詩人にでも歌われたりしたら、ミーアどうしましょ~?」
「そうですよ、姫様。未だ誰も行ったことのない伝説の天空城なんっスから、栄誉勲章もらえたりするんっスかね?」
受付カウンターで4人分のハンターカードを出して、天空城の地下迷宮上層のドロップ品を換金していると、後ろでネコ耳メイドのミーアと見習い騎士のシュルヴィがミーハーな話題で盛り上がっています。
するとハンターカードの討伐履歴とランク更新記録を確認していた若い受付譲が、ガタンッと椅子を蹴り飛ばして立ち上がると。
「て、てて、天空城? え、S級モンスター死霊魔術師の討伐ぅ? Sランクへの飛び級昇格って?」
ぎゃあ~っとか叫びながら、奥のハンター職員のところへ走って行ったかと思うと、二階からドカドカと転げ落ちるようにして金髪イケメンのエルフがやって来ました。
あれ、でも確かAランク昇格って言ってたような気が。
せっかくイケメンなエルフが額に冷や汗を浮かべながら、ワタワタと手にした黒漆のハンターカードを震える手で掴んで見せる。
「ゆ、ユスティーナ様、このハンターカードに記録されている、て、てて、天空城地下迷宮踏破というのは、ほ、本当で? いや、もちろん本当なのでしょうが。
それにしても300年以上生きて来たエルフの私でも、生まれて初めて目にしましたよ!
しかもその伝説の天空城ハンター協会からの特別申請で、2階級特進のSランク昇格だなんて!」
「あら、Aランク昇格ではなかったのですわね? 2階級特進だなんて死んでしまったみたいですわ、ほほほ~」
さすがに公爵令嬢令の妹もビックリしたようで、いつものよそ行きの仮面が剥がれてかけて変なことを言っています。
見ると他の僕達3人はAランクの金色ハンターカードのようだから、まあ100年ぶりにS級地下迷宮を踏破した時点でBランクだった妹には天空城ハンター協会も無理を通したということでしょうか。
それを言ったら見習い騎士のシュルヴィなんか、まだEランクからの4階級特進でAランク昇進だから、成仏して転生までしちゃっていることになります。
「天空城って、昔話のあれか?」
「いや、伝説では実在していたらしいぞ?」
「ハンターカードの討伐記録だから間違じゃないってことだ」
「しかも最高難易度S級地下迷宮踏破って、マジかよ」
「じゃあ、俺たちの【天使の姫】がSランクハンターってことか!」
周囲で聞き耳を立てていた筋肉マッチョなハンター達が、さっきから目をギラつかせてザワザワと色めき立っています。
あと、お前達の【天使の姫】じゃないからな。
ふと視線を感じて二階の階段を見ると、前に妹に絡んで来た女エルフの……何とかいうAランクハンターが、視線をさまよわせています。
僕が派手に潰した顔も、今ではすっかり綺麗に元に戻ったようです。
その後は、王都ハンター協会マスターのイケメン長生きエルフや協会職員にゴツいハンター達に取り囲まれてしまった、元引きこもりの妹の救出が大変なことになったのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ~、ひどい目に遭いましたわ。こんなことなら、もっとコッソリ行けばよかったのです」
「でもでも、お嬢様が全世界で5人目のSランクハンターだなんて。ミーアはとっても自慢ですぅ」
「うむ、ボクもSランクとなられたユスティーナ様の騎士として、今まで以上に護衛任務に励むっス、ふんす」
大騒ぎとなってしまったハンター協会で、大勢のガタイの大きなハンター達に窓際に追い詰められた妹は、最後には超レアスキルの飛行魔法で窓から外に逃げ出してしまったのでした。
ビックリしてその後を追ったミーアにシュルヴィと僕までもが、同じように今では伝説となっている飛行魔法で窓から飛び出したものだから、後に残されたハンター協会は大騒ぎとなっていました。
「もう、お兄様も面白がって助けてくださらないのですから。知りませんわっ」
「ははは、悪い悪い。みんな悪気があるようには見えなかったからさ」
プンプンと頬を膨らませて怒る妹に、僕はその明るい表情を眩しいものでも見るように、思わず目を細めてしまうのです。
するとさらに怒った妹は「いいです、もう子供達と遊んできますわっ」と言って、タタタ~ッと走って王都神聖教会の裏にある孤児院へと走って行ってしまうのでした。
「あ、おねえちゃん。きてくれたの~?」
「あそぼ~、あそぼ~」
「この、ごほんよんで~」
「こっちのほんがいいよ~」
孤児院の子供達を違法奴隷として売り飛ばしていた女枢機卿の姿は既に無く、地獄から解放された生き残りの子供達も今は帰って来ていて、一見すると元気に遊んでいるようです。
今日は【勇者】アーサーくんが一緒に来ていないので、ほとんどの子供が妹の周りを取り囲んでしまっています。
すると見慣れない女性が、少しだけ離れて子供達に混じっているのに気がつく。
それは僕らと同い年ぐらいの、綺麗な濡れ羽色をした黒髪を腰まで揺らした美少女で。
「おいおい、嘘だろう……なんでお前がこんなところにいるんだよ」
「……何か、ご無礼をいたしましたでしょうか?」
吸い寄せられるように近づいて思わず零してしまった僕のつぶやきに、その幸薄そうな切れ長の黒い瞳を伏せると優艶なしぐさでお辞儀をするのです。
そう、いつもの癖で【鑑定】した彼女こそが、前世のゲームで最強の後衛のひとりとして僕のパーティーメンバーに君臨していた、あの。
「あ、いや、すみません。これは失礼をしました。初めまして、僕はキルヴェスニエミ家のエルネスティといいます。あなたは……」
「これは申し遅れました。私、セラフィーと申します。平民ですので苗字はございません」
そんな訳があるかっ! だって、彼女はスイティアラ子爵家のご令嬢だったはずだ。それがなぜ。
何で職業が、奴隷娼婦なんてことになっているんだ……?
「そ、そうか。セラフィー……さんは、よくここへ来るのですか?」
「私ごとき、呼び捨てで結構でございます。はい、最近では仕事柄このように子供達が起きている時間帯に来れることは稀なのですが。昔の癖で、つい……」
あまりのことに動揺を隠せない僕に、セラフィーは薄幸の笑顔を浮かべるとそんなことを言うのでした。
ああ、これはダメだ。あんまり過ぎる。きっと偽善と笑われるのだろうが。
「失礼を承知で、つかぬ事をうかがいますが。スイティアラ子爵殿は、いかがしておられますか?」
「……ああ、ご存じでしたか。なら、隠し立てする必要もありませんね。半年ほど前にフォンブリューヌ公爵家からの債務の返済に滞りまして、子爵家を存続させる条件として私が借金奴隷として公爵家に。
しかしつい先月、今の娼」
「もういい。わかったから。辛いことを聞いてしまった」
途中からは聞いていられなくて、遮るように言葉をかぶせてしうのでした。
この王国では奴隷制度は表向きでは禁止されているが、この前の女枢機卿のように闇奴隷だったり、このセラフィーのように隠れて借金奴隷というものは存在した。
「いえ、お聞き苦しいことを失礼しました。それでは、私は子供達と」
「これはっ、僕の自己満足のためなのだが。家に来る気は無いですか? いや、できれば僕の従者として仕えてほしいのですけど、ダメでしょうか?」
話したくもないことを上位貴族の権威で無理やり聞き出した僕に、それでも幸の薄い哀しい微笑みで艶麗なカーテシーを見せるセラフィーは。
だからだろう、一気に結論まで言い切ると僕は左手を腰の後ろに回して、そっと右手を差し出すかありませんでした。
「え……なぜ、そのような。見ず知らずの私なんかに? それに」
その急な展開にビックリしたセラフィーは、その薄い唇に握り拳を持っていくと、差し出された僕の右手を目を見開いてジッと凝視する。
すると、ゆらゆらと揺れていた綺麗な黒い瞳から、ツーッと涙がひとすじ零れ落ちるので。
「遅くなってすまない。これから僕を、セラフィーさんの後見にしてはもらえないだろうか。そしてあなたの、その類稀なる力を僕に貸してくれると嬉しい」
「……わ、私はもう。薄汚れた公爺や見も知らぬ粗野な男達に……どうして。どうしてもっと」
そして両手で顔を覆ってしまうと、ポタポタと地面に止めどなく染みを作ってしまい。
僕は差し出した右手をそのままに、深々と頭を下げ続けることしかできないのでした。
上級生で今は二年生のはずなのに魔法学園でちっともみかけないと思ったら、フォンブリューヌ公爵のエロ爺め。
ふざけやがって、可愛い妹を護る僕の大切なパーティーメンバーに何てことしやがるんだ。
絶対にゆるさん。
「……お兄様、いかがなされましたか?」
「ああ、ユスティーナか。すまないが、彼女に病気の治療を頼めるかい?」
この騒ぎに子供達と遠巻きに見ていた妹が、堪え切れずにやって来ると、事情が分からず泣き続ける女性を前に哀しい顔を見せるのだが。
僕の言葉でハッとして【鑑定】すると、すぐさま【錬成】した上級治療薬をセラフィーに渡して飲ませてくれるのでした。
そう、不特定多数の男達相手に路地裏の娼館で客を取っていたセラフィーには、初期の性病が発症していたのでした。
「さあ、もう大丈夫ですよ。このお薬を飲めばすっかり良くなりますからね?」
「……うぅ、私のような不浄な者に。申し訳ありません、お嬢様」
体調に違和感でもあったのか大人しく治療薬を飲むセラフィーに、優しく付き添う元ミニスカナースの妹だった。
しばらくして彼女の涙も乾いた頃に、僕はすっくと立ち上がって。
「さあ、セラフィーさんの雇い主に借金の返済にいくぞ」
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「なんだい、あんた達。客じゃなさそうだけど、何の用だい?」
「ああ、お前がこの娼館の主人か。俺か? キルヴェスニエミ公爵家のエルネスティと言えば分かるか? 分からんようなら闇カルテルの――今はマフィアになったのか、ボスを連れて来るが?」
セラフィーが働いているという王都のスラム街に近い路地裏の娼館に行くと、中年の娼婦が出て来ました。
最初は胡散臭そうな顔をしていたが、僕が誰か分かるとギョッとしたような顔をして唇を震わせ始めるのでした。
「そ、そのお貴族様のお坊ちゃんが何の用だ……って、まさかセラフィーかい?」
「ああ、話が早いな。セラフィーの借金奴隷としての代金を肩代わりして身請けする。いくらだ?」
僕の後ろにたたずむセラフィーにようやく気がついたのか、信じられないといった顔をするが、すぐに優しく目を細めるのでした。
だから、上位闇魔法【影収納】から次々と、地下迷宮のドロップを換金した白金貨の入った袋を取り出してテーブルに次から次へと放り投げるて見せるのです。
「ああ、それでもう十分だよ。、胸の奴隷紋の解呪は今、魔導書を持ってくるからね。
そうかい、セラフィーや。坊ちゃんに大切にしてもらうんだよ、いいね?」
「はい、これまでお世話になりました。女将さんもお元気で」
そっと掌を見せてゆっくりと横に振る、娼館の女主人が母親のような優しい声色で別れを告げると。
真っ白なブラウスで隠された胸元を服の上からギュッと握り締めてから、セラフィーは妖艶なカーテシーでこたえるのです。
彼女のその豊かな双丘の谷間には奴隷紋が刻印されているはずで、こんな白雪のような肌の美少女になんてことしやがるんだ。
「それから坊ちゃんは、フォンブリューヌ公爵家には気を付けた方がいいよ。まあ、老婆心だろうがね」
「誰にモノを言ってる? この王都の裏社会を牛耳っている僕の敵になるというのなら、こっちの世界で生きていけないようにしてやるまでだ」
そして耳まで裂けた口を三日月のようにして微笑む僕に、後ろから妹がコソッと声をかけてくるのでした。
「お兄様、その悪い顔ステキですわよ?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。ブクマと評価および誤字報告いただいた皆様ありがとうございます。
これで4章を完結することができました。次章はちょっと時間が空くかもしれませんが、今度はお兄ちゃんががんばりますので引き続きよろしくお願いします。




