第4章6話 夏の旅行の終わりに
「そなた達の尽力には感謝の言葉も無い。国賊ヘルデブレヒトの企みに気づき、それを退けたばかりでなく、アンナリーナ皇女を守護しての地下迷宮踏破は称賛に値する」
「兄上の最期を看取ることができ遺品を持ち帰れたこと、私からも万謝します」
再び天空城の白亜の壁に金の縁取りが眩しい謁見の間で、深紅のカーペットに片膝をついている僕達4人。
今回は王座に皇王と側には皇妃だけでなく、碧の瞳を赤く腫らしたお姫様がそこにいた。
「ついては此度の働きに褒美を与えたいのだが。何か望みはあるか?」
「ハンター協会からはS級地下迷宮を踏破したそなた達4人には、Aランクへの昇格が約束されておる。
この際、爵位でも金銀財宝でも望みのままだが」
どこの馬の骨とも知らぬハンター風情に、褒美の希望を聞いてくる皇王とお姫様か。
それにしてもこの世界共通仕様のハンター協会にしては、ずいぶんと思い切ったことをする。
まあこの天空城でも、ここ100年踏破者のいなかった最難関S級地下迷宮だから無理もないが。
「では恐れながら。アンナリーナ皇女殿下のおっしゃる通り、我らは職業ハンターに過ぎませぬので、できれば天空城の宝物庫にて武器や武具など下賜たまわりたく」
「ふむ、なるほど道理だ。よかろう、天空城地下迷宮踏破者として恥じぬ武器武具を宝物庫より天賜するものとする」
おお、言ってみるもんだ。これで少しでも戦力増強できれば、今回苦労した甲斐があったというものです。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ははは、そなた達がハンター風情とは。その高貴な振舞い、ただのハンターではなかろう?」
「ふふっ、アン様。ハンターに秘密を問うのはご法度ですわよ?」
天空城最奥にある重厚な扉を開けた宝物庫で、ようやく柔らかい表情でお姫様が苦笑する。
それを蒼い瞳を片方つむって可愛く人差し指を振りながら、誤魔化してみせる妹です。
「まあな、報酬は出来高払いということだったし。爵位や領地をもらっても、いずれ天空城から地上へ降りてしまえば意味はないか」
「あら、私達が天空人でないと、お気づきでしたの?」
本気で残念そうにお姫様が肩をすくめて見せると、びっくりしたように妹が蒼い瞳を丸くします。
そりゃ、バレない訳が無いのです。
「ふはは、私も心の余裕が無かったのか、気がついたのは天空城へ戻ってからだがな。まあよい、いずれにしろ宝物庫の品々程度では、この恩は返し切れるはずもない。
だからな、借りがひとつだ。いつの日か、そなた達が困った時は助けになると、兄の名にかけて約束しよう」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
自身の腰にさげた魔法剣――兄上の形見に優しく触れると、お姫様は赤くした碧の瞳を細めて微笑むのだった。
まあそれ以上の業物があれば、それこそ持って出たはずだろうから。
だから心優しい妹も哀しいそぶりを見せることもなく、柔らかい表情で微笑み返すのです。
「お嬢様っ、これって魔法付与された双剣ですよ!」
「おおっ、こ、これは魔法細剣ではないっスか! 姫様ぁ、ボクはこれが……いいっスぅ」
その奥ではお気に入りの武器が見つかったのか、嬉しそうにネコ耳メイドのミーアと見習い騎士のシュルヴィがそれぞれ武器を抱えて飛んで来た。
いや文字通り、飛行魔法で飛んで帰って来たのですが。室内で使うのやめようね。
「ん? これは、【身代わり】のバングルか。ユスティーナ、ちょっとこれを付けてみてくれないか? 腕時計とは反対の手首でいいから。
ああ、よく似合っている。サイズも自動調整されているから、ずっと身に着けているんだよ。いいね?」
「ふふふ、お兄様ったら。あら、このイヤーカフス……【以心伝心】が付与されていますわ。左右で一組なので、ひとつづつ。これでお揃いですわ。よくお似合いですわよ」
棚の奥で埃をかぶっていたレア魔道具を見つけたので妹に装備させると、妹は遠距離通話ができるペア装備を片方だけ僕につけると、嬉しそうに自分の耳にも同じように片割れを装着するのだった。
そんな僕達二人を少し離れた場所から、眩しそうに碧の瞳を細めて優しく見つめるお姫様がいました。
「そ、それでは夕方には祝賀舞踏会があるので、部屋に迎えを寄こすからな」
しかし、すぐにお姫様は目を伏せてキラキラする水滴を零しながら踵を返すと、足早に宝物庫を出て行ってしまう。
するとやはり哀しそうな顔をして妹は、お姫様の後ろ姿を見送るのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
今夜の地下迷宮踏破を記念した祝賀舞踏会は、天空城の豪華な大舞踏場が使用されていた。
昨日の今日という急な開催なのに、結構な数の貴族家の人々が集まっています。
「うふふ、またお兄様とファーストダンスですわね?」
「おや、ユスティーナは僕ではご不満だったかな?」
今回はパールホワイトのマーメイドラインが艶やかなドレスで、妹の抜群のプロポーションをこれでもかと強調した、奥ゆかしくも妖艶な大人の装いです。
実はこんなことがあるとは思っていなかったのだけど、次の舞踏会用にと密かに用意して、上位闇魔法【影収納】に入れていたものだった。
「まあ、またそんな意地悪なことをおっしゃって。お兄様に踊っていただいて、不満なんてあるはずないですわ」
「そうか、ならよかった」
「あら、もしかして次の曲はお誘いいただけないのでしょうか?」
「もちろん次の曲もユスティーナが疲れていないようなら、お誘いさせていただくつもだよ?」
少し前の妹からは考えられないほどコロコロと変わる明るい表情で、それはそれは楽しそうに微笑むもんだから、僕は何だかホッとしてしまって。
だから少し悪戯っぽく拗ねて見せる妹のくびれた腰を抱き寄せると、耳元にささやくようにつぶやくのです。
「にゃ~ぁ、ミーアはそんなにおどれましぇん~」
「ははは、ボクにまかせておきなさいっス。ほ~ら、くるくるくる~」
今日だけは客人として招かれているネコ耳メイドのミーアと見習い騎士のシュルヴィも、天空城で借りたライトピンクのドレスと純白の騎士服に身を包んでいます。
そう、ボクっ娘のシュルヴィはなぜかドレスではなく、騎士服を選んだようで。ただし、いつもの寝癖はバッチリと部屋付き侍女さんにセットされていましたが。
その騎士様は驚いたことに、後で妹をダンスにエスコートするほどの勇者っぷりを見せるのでした。
実は男装の麗人が相手だとはいっても、僕以外の他人と妹が踊るところを初めて見たのですが。
これが意外と様になっていてうれしくなるやら、チョット妬けるやらで不思議な気持ちでした。
まあその間に僕も、なぜかお姫様――アンナリーナ皇女殿下と一曲踊る羽目になっていましたが。
しばらくして皇王と皇妃に挨拶をしてから、早々に客室へと下がろうとしたのだけど。
周囲に聞こえないぐらいの小さな声で、目の下の隈を化粧で隠した皇王がつぶやくのです。
「亡者と化したジークフリートを倒してくれたのは……」
「ええ。ジークフリート様は死してなお、尋常な強さではございませんでした。死霊魔術師の眷属となって得意の属性魔法が封印されていなければ、私も危うかったと存じます」
「そう、であったか……うん、強かったか。そうか、それは大儀であった」
「ありがとう。さまよえる息子ジークの魂を救ってくださって本当に感謝します」
皇王も皇妃も眉を下げてしまって、今にも泣きそうな顔を王家の威厳だけでどうにか隠していたのです。
そこにいるのは王族の権威などとは関係ない、愛する息子を亡くした父親と母親の姿なのでした。
するとその横に控えていたお姫様が、ふと思い出したようにボソッと爆弾を投下します。
「そなた、婚約者はいるのか?」
「……いえ、私にはそのような」
ただのハンター風情に何を言い出すのか、このお姫様は。そんなもん、いる訳がないだろうに。
思わず吹き出しそうになるのを必死にこらえていると、さらに何を思いついたのか超特大の爆弾を投げつけてくるのでした。
「なんだ、その年でおらんのか。甲斐性が無いのう。じゃあ私の王配にならんか?」
「だ、だめでしゅ! あ、いえ……お兄様にはまだそのような」
「え? ……ユスティーナ」
僕の隣にいた妹が小さな子供のように、一歩前に出て通せんぼをしながら、そんなことを言い出すものだから。
その淑女らしからぬ言動に、思わずビックリして妹の顔を二度見してしまう。
すると自分でも皇王と皇妃を前にして、皇女に無礼をはたらいたのは分かったようで、顔を真っ赤にすると俯いてしまったのでした。
「ふふふ。ああ、すまない。今のは忘れてくれ」
「い、いえ。私の方こそご無礼いたしました」
どうやらお姫様は何か意図があって、ワザとこんなことを言ったみたいだが。
一方で妹の方は、いつもの冷静な彼女らしからぬ赤面っぷりで視線を落とすと、冷静さを欠いたまま小さな少女のように僕の後ろに隠れてしまうのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
朝焼けが白亜の天空城を茜色に照らす頃、僕達は泊まっていた豪華な客室のテラスから雲ひとつ無い瑠璃色の空を見上げていた。
「それじゃあ、これで失礼いたします」
「ああ、世話になったな。またいつでも来るがよい」
朝一番で天空城を去ることは伝えていたのだが、わざわざお姫様が見送りに来るとは思わなかった。
それでもずいぶんと吹っ切れたのか、朝の涼風に金髪を揺らしながら優しい笑顔を見せるのでした。
妹も昨日の動揺もようやく克服したのか、いつもの外行きの笑顔で微笑むのだが。
「アン様もお元気で」
「うむ、……昨晩は意地悪を言って悪かったな」
お姫様は少し困ったように苦笑すると、何を思ったのか昨日のことを蒸し返すのです。
するとさっきまでの仮面はどこへやら、妹は綺麗な蒼い瞳をうろうろさせると、また年端もいかない乙女のように睫毛を伏せてしまうのでした。
「え? い、いえ、そのような」
「じゃから、そなたも……ユスティーナも、お兄様と息災で……決して後悔することないようにな?」
そんな妹に、お姫様はどこまでも澄んだ優しい笑顔を見せると、ゆっくりと朝風に揺れるプラチナブロンドの長髪をなでるのです。
「……え? ええ、わかりました。ありがとうございます」
「うむ、がんばるのだぞ?」
そうして最後の別れを終えた僕達は、天空城の上空へと飛行魔法で飛び上がると、そのまま上空を一周してから、眼下に広がる雲海に向けて飛び込むように姿を消すのだった。
後には白亜の天空城と、空には4本の飛行機雲がくっきりと残っているのでした。




