第4章5話 皇女アンナリーナ
「なんだっ、天空から敵襲だと!」
「白い翼で飛んでいるぞっ」
「て、天使が舞い降りたのか?」
「いや、あれはアンナリーナ姫殿下では?」
「まさか、地下迷宮をクリアされたのかっ」
「それじゃあ、あれが飛行魔法っ!」
「ああ、重力魔法に違いない」
あれから涙も枯れ果てた頃、お姫様が碧の瞳を鈍く光らせて立ち上がりダンジョンコアに触れてから、兄上の遺品となった白銀鎧の霊装防具を僕に収納させると、ボス部屋の奥にあった転移魔法陣を起動していた。
そのまま天空城地下迷宮から脱出すると、取得したばかりの重力魔法で飛行魔法を発動させて、一気に天空城の上空へと飛び上がって行ったのです。
そして天空城の最上階テラスの前で滞空すると辺りを睥睨し始めたお姫様を見つけた、近衛兵達が大騒ぎを始めています。
そう、この飛行魔法は薄く輝く純白の翼を顕現させる類のエフェクト演出があって、まあ一見すると天使や有翼人か女神に見えないこともなかったのです。
「アンナリーナ姫殿下っ、天空城へ戻られたのですか?」
「む、近衛騎士団長か。叔父上……いや皇弟ヘルデブレヒトはどこだ?」
天空城の最上階テラスへと飛び出して来た白銀鎧を着た壮年の騎士に、お姫様が鈍く煌めく碧の瞳を細めて見下ろしていました。
その神々しい威圧感に、さすがの近衛騎士団長もたじろぐように一歩下がってしまうのです。
「こ、国王陛下と謁見の間に……」
「そうか。兄上の仇……国賊を捕らえるぞっ、ついて来い」
そう吐き捨てるようにつぶやくと、お姫様はそのまま純白の翼を広げたまま天空城へと飛び込んで行ってしまうのでした。
う~ん、これはついて行かないとダメってことなんだろうか。だって僕達には関係ないよね。指名依頼に含まれてないし。うん、帰ろう。そうしよう。
「……お兄様。今、何か悪いことをお考えになってませんか?」
「あ~、ミーアにも分かりましたにゃ。エルネスティ様、逃げようとされてますよね?」
「むむっ、それでは騎士道精神に反してるっス」
しかし【漆黒の堕天使】の真っ黒な翼の僕の横で、輝く純白の翼をはためかせている天使な妹が、ジ~ッと蒼い瞳を細めてこちらを睨んでいるので、逃げることはできそうにありません。
それからミーアにシュルヴィ、うるさい。
「わかった。わかったから、行くよ。行きますよ、はぁ~」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「なにごとだっ。おぉ、アンナリーナ! 無事、戻ったのか?」
「父上……いえ皇王陛下、至急ご報告したき儀があり、まかりこしましたご無礼お許しください」
最上階テラスから廊下を行ってすぐの謁見の間には、王座に座る皇王と隣には皇妃だろう、左右には大勢の貴族達がそろっています。
その手前で今まで謁見していたらしい、30才ぐらいの金髪碧眼の貴族がギョッとしたように振り返っているのですが。
「……ひ、姫殿下。どうして……死んだはずでは?」
「叔父上……いや国賊、皇弟ヘルデブレヒトは黙っていろ。
兄上は地下迷宮最下層のボス部屋まで到達されましたが、一部の同行した近衛騎士団の裏切にあって置き去りにされ……亡くなりました。
兄上を謀殺し、この私に暗殺部隊を派遣したのは。そこにいる国賊ヘルデブレヒトっ、貴様だっ!」
顔を真っ青にして口をパクパクさせる皇弟をひと睨みすると、お姫様は片膝をついて謁見の間に響く声で断罪し始めたのでした。
その驚愕の告発に、皇王も皇妃も貴族達も驚きを隠せないようです。
「ば、バカなっ。そのような戯言、証拠でもあるのかっがっああああああ!」
「これがその証拠だ。貴様の手先となった騎士達も捕らえてある、見苦しいぞっ!」
脂汗と唾を飛ばしながら皇弟が喚くのを、お姫様が重力魔法で一気に謁見の間の天井へとぶつけて磔にしてしまった。
しかたがないので僕は皇王の前に、【影繋縛】で拘束した女指揮官と筋肉マッチョを【漆黒の門】から引きずり出して見せるのです。
「おおっ、それは間違い無く重力魔法! それでは、アンナリーナが地下迷宮をクリアしたということは。やはり本当に、ジークフリートはもう……」
「兄上は閉じ込められたボス部屋で、置き去りにされたわずかの手勢と共にラスボス死霊魔術師に挑み、後一歩のところまで追いつめましたが。武運つたなく……うぅ」
謁見の間の天井にヒビを入れるほどめり込んだ皇弟を見て、皇王がその真実を悟ったように唇を噛みしめます。
そんな心から慕っていた兄上の勇敢な最後を、碧の瞳に涙を浮かべてお姫様が嗚咽を堪えて、その英雄譚を語り伝えるのでした。
ついには碧の瞳を真っ赤に充血させた皇王が、天井に磔られている実の弟に向かって怒声を上げます。
「お、おのれっ、ヘルデブレヒト! 貴様っ、皇弟という身でありながら、実の甥を暗殺したと言うのか!」
だが、その皇弟は天井にめり込んで内臓が破損したのか、耳まで裂けた口から血を垂らしながらも、狂気を浮かべたままその妄想を爆発させるのでした。
「ぐっ、て、天空城は古より天空にあり、地上の人類を支配してきたのだっ! それを無能な歴代皇王達が、不干渉などと腑抜けたことをっ。
ジークフリートとアンナリーナを亡き者にして皇位継承権第一となった私が、次の皇王になれば再びこの天空城から地上の愚民どもを支配できたのだぞ! ぎゃあっ」
そんな絵空事に囚われた皇弟を、天井から今度は床に叩きつけたお姫様が立ち上がると大声で宣言します。
「くっ、貴様のような愚か者に好きにさせるかっ。お慕いしていた兄上に成り代わって、重力魔法を得たこの私、アードラース皇国第一皇女アンナリーナが次期皇王となって、天空城を安寧の世へと導いてみせる!」
「アンナリーナ……そなたは、それほどまでにジークフリートのことを。この閉じられた天空城では、魔力継承のためにも近親婚もかつてはやむおえなかったというのに。皇王の私が浅慮なばかりに……酷なことをした」
とうとう堪え切れなくなったのか、何かを飲み込むように顔をしかめた皇王は手で目元を覆ってしまいます。
ひび割れた床にへばりついて潰れたカエルのようになった皇弟が、全身から血を絞り出して気絶するのを横目で見ていたお姫様が、皇王に向かって仁王立ちしたままで自分の心臓を鷲掴みするように胸元で拳を握り締めてみせるのです。
「最期に兄上は、この百年で一度も攻略されなかった地下迷宮に挑戦してでも重力魔法を得て英雄となり、実の妹であるこの私を娶ってくださるとおっしゃってくださいました。
その兄上の遺志を継いだこの私が、重力魔法を得て英雄として凱旋し……兄上の、兄上の思いをうっぅぅぅ」
その今となっては叶えられることの無い哀しい遺言に、それでも前を睨むように見つめるお姫様の碧の瞳から止めどなく無く溢れる涙が、いつまでも床に染みを作るのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「アン様って、お姫様だったんですねぇ。ミーアちっとも知りませんでしたよぉ」
「ボクも気がつかなかったっス。高貴な方だとは思っていたっスけど、無念」
夜も更けた天空城の豪華客室のベッドでネコ耳メイドのミーアがベッドで足をパタパタさせていて、その隣では見習い騎士のシュルヴィが腕組みをしてうんうん唸っています。
あの後、謁見の間からこの貴族向け客室へと案内された僕達は、3部屋に分けられていたのだけど、今はこうして側近達の部屋に集まっているのでした。
「……アン様は兄上との思いが叶って幸せだったのでしょうか?」
「……ユスティーナ?」
客室のベランダに出て満天の夜空を見上げていた妹が、ポツリと小さな声でつぶやく。
スキルカンストした僕の聴力には当然聞こえていたけど、ともすると物騒なその言葉に、つい聞こえなかったふりをしてしまうのでした。
「たとえどんな理由があろうとも、自分の気持ちを伝えることができない私には、叶うことのない幸せなのでしょうね」
するとその時、あふれる星空を光輝くひとすじの流れ星が横切っていく。
そのわずかな時間に、夜風にプラチナブロンドの長髪をなびかせた妹の唇が小さく震える。
「それともあらゆる天罰がくだされようとも、私に自分の気持ちを伝える勇気があれば、果たして叶う幸せなのでしょうか……」
「ん? ユスティーナ、何か言ったかい?」
それでも雲ひとつ無い星降る月夜に、何かを祈るようにたたずむ妹のささやきは。
やはり僕に届くはずのないもので。
だから何も聞こえないふりをすると、僕は心の底から優しく問いかけるのでした。
「あ、いえ。兄上の最期を看取ることができて、それだけは思い残すことは無かったのではないかと。お兄様はそうは思われませんか?」
「……そうか。いや、僕は」
思いが叶っても死んでしまっては意味がない。
思い人である妹を残して逝って良いはずがないのだ。
だって、ひとり残された妹が幸せであるはずがないからだ。
「そうだな、僕なら先に死ぬようなまねだけは嫌だな」
「うふふ。お兄様ったら、またそのようなことを。じゃあ、お兄様は、必ず私よりも長生きしてくださいましね?」
泣き笑いのような哀しい顔をして妹が、プラチナブロンドの長髪をしゃらりと胸元に落としてわずかに首を傾げます。
だから僕は死ねない。
たとえ来年春には悪魔王が襲来しようが、死ぬわけにはいかない。
「ああ、ユスティーナ。約束するよ、決して君をひとりにはしない」
「ふふふ、ありがとうございます。お兄様がずっと一緒にいてくださるなら、私は安心ですわね?」
ミーアもシュルヴィも、そして妹もこの短期間に上級地下迷宮をクリアできるまでレベルアップを果たしています。
だが、まだ戦力が足りない。たった4人に、たとえ最強となるはずの【勇者】を加えても、悪魔王には勝てはしないだろう。
まだ、妹を護る力が足りないのだった。




