第4章4話 兄上が望んだもの
「お兄様、前方に90のマーカー。後方には100ですわ」
「うん、さすがはユスティーナだ。すっかり【索敵】も精度が高くなっだようだね。
ミーア、シュルヴィ。聞いた通りだ。この廃墟階層で対人市街戦となる。二人は前方の90人を抑えろ。殺しても構わん。決してユスティーナには近づけるな。
ユスティーナは基本的に【錬金術】で魔法防壁を多重展開して陣地を確保、そこから前方への遠距離爆撃を頼むね。まあ、余裕はあると思うから後方へも弾幕を張れるようなら頼むよ」
天空城地下迷宮へ突入して約2日で到達した地下42階層は広大な廃墟のオープンフロアで、市街地の中心にある広場へと侵入したところで、前後の建物の陰に潜んだ敵に挟まれていた。
こうなることはある程度予想していたとはいえ、どうやら勧告すらなく完全にこちらを抹殺するつもりで戦闘態勢を取って来てます。
「はいっ、了解しました。お嬢様には指一本触れさせませんにゃ!」
「御意。姫様の御身には必ずや傷ひとつ付けないと誓うっス」
両手に片刃ダガーを手にしたネコ耳メイドのミーアと、細剣レイピアを抜いて自身の胸に当てながら騎士の礼をする見習い騎士のシュルヴィが、前方へ位置取りのためにトップスピードで駆け出す。
「え? 何、だと? どういうことだ、敵だなどと? あれはアンデッドではなく、人ということか?」
「ええ、前方は兄上様に敵対したと思われる帰還途中の残党が罠を張っていて、後方から来ているのは新たにお姫様のために送り込まれた部隊になりますね。
ああ、間違えても味方だなんて言わないでくださいね。地下迷宮でこちらを包囲している時点で、敵です」
それでも現状に理解がついてこないらしいお姫様は、自分の都合の良いように事実を捻じ曲げてしまうのでした。
「そ、それなら、お兄様が帰ってこられているんだろぅ? 後ろのはきっと救援部隊が来たのよっ」
「それならお姫様がこれだけ見晴らしの良い場所にいて、包囲する意味がない。
繰り返しますが、最初にこの依頼を受けた条件は指揮権はこちらにあって、お姫様と救出対象以外は殲滅することになっていますので口出し無用です。
お姫様はユスティーナの多重結界の中にいてください。絶対に結界から外に出ないでくださいね」
これだけ言っても、平和ボケしたお姫様には理解できないようで。
「な、何かの勘違いかもしれないじゃない! 私が前方の帰還部隊にお兄様がいるか確認に」
「万が一にも前方へ行こうとして結界から外へ出だ時点で、指揮権を侵害したとして契約は無効となります。その場合はお姫様をこの場に置いて、我々は即時撤退しますので」
時間も惜しいので能書きをバッサリと斬り捨てると、皇女様はとうとう口をパクパクさせ始めるのでした。
そうこうしている間に敵との距離が500mに迫っていた。そろそろ超長距離魔法であれば届く距離です。
だから、上位闇魔法【漆黒の堕天使】で後方市街地の上空へと急上昇すると同時に。
「【漆黒の門】」
用意していた上位闇魔法を後方から接近中の敵部隊100人に向かって、上空から巨大な魔法陣ごと叩き落とす。
これで飛行魔法が使用できる魔法使いがいたとしても、まとめて建物ごと逃がさず、今回は特別仕様の各種状態異常だらけの異界送りです。
「【影切】」
それでも回避して300mまで接近中の20人ほどに向けて、間髪を入れず下位闇魔法を大量に空中から雨霰と絨毯爆撃させる。
空中を飛行する僕に向かって長距離魔法の魔方陣を詠唱していたようだが、それも上位闇魔法【暗闇の呪解】で魔力ごと消し去っておく。
するとたまらず市街地の廃墟に逃げ込むので、そのまま瓦礫ごと面制圧して粉々に圧殺していきます。
なおも辛うじて切り抜けて来た5人については、100mの距離でこちらから【縮地】で接敵する。
「こいつ、どこからぎゃあ!」
「散開しろがあっ!」
「このバケモノごあっ!」
実は上位闇魔法【漆黒の堕天使】は飛行するだけの魔法ではなく、本来が身体能力を飛躍的に向上させる身体強化系魔法なのです。
ようは高機動型魔術装甲を装備しているようなもので、自由に空中を飛行しながら漆黒の刃を両手から顕現させて敵を斬り捨てていく。
「なめるなっ!」
「とったぞ!」
最後の二人が挟み込むように剣を振りかざすが、【縮地】で一人の懐に潜り込むと下位闇魔法【影防壁】で剣筋を斜めにそらして、インファイトで直接相手の心臓を掌底で打ち抜く。
同時に後方から来るもう一人の心臓を、上位闇魔法【闇黒衝撃】で正確に陥没させていた。
そうして100人の他に残党がいないことを【索敵】で確認してから、倒れ伏した者達を【漆黒の門】に放り込んでおく。
さっきから様子は見ていたが全く危なげない妹達をあらためて確認すると、やはり神話級・聖弓シェキナーが【錬金術】と共に猛威を振るっていた。
妹が魔矢を放てば、いくら廃墟に隠れていようが全てを貫通して必中なのだから始末に負えない。
剣術スキルの高い何人かは辛うじて魔矢を斬り捨てているようだが、次の瞬間に視界の外から接敵して来たネコ耳メイドのミーアか、見習い騎士のシュルヴィのいずれかに斬られて動けなくなっていた。
それにしても妹の初撃【錬金術】流星は前のクラーケンの時よりも威力がすごいことになっていて、前方500mから向こう側に大きなクレーターが市街地を飲み込んでいて、深い底が見えません。
あそこにいた帰還組は兄上とも一戦交えた後でさすがに無傷ではなかったはずだから、ひとたまりもなかっただろう。
「お兄様、お待たせしました。でも、そちらをお手伝いする暇がありませんでしたわ」
「いや、予想以上だよ。ミーアもシュルヴィもご苦労、殺さずに無力化できるとは思わなかったぞ」
構えていた聖弓シェキナーを【収納】にしまうと、わずかにホッとした表情で妹が振り返る。
前方で倒れ伏している者達を異界に転送させながら、目礼を返すミーアとシュルヴィに掌を見せてねぎらっておく。
するとさっきから碧の瞳を見開いて涙を流していたお姫様が、震える唇をようやく開く。
「え、エルネスティ。ぜ、全滅させたのか、我が国の兵達を?」
「いいえ、異空間に送った者達の何人かには話を聞かないといけないので、念のため生かして捕らえてあります。気分のいい話にはならないでしょうが、お聞きになりますか?」
今後の予定を決めなくてはならないので、前方と後方の部隊からそれぞれ指揮官クラスをひとりづつ、漆黒の異界から首だけ引っ張り出す。
前方の部隊指揮官は20才ぐらいの女騎士で、後方からは最後に掌底で意識を刈り取った筋肉マッチョ騎士だ。
「ひいっ、何なんだ貴様達はっ?」
「き、貴様っ、このようなことをしてただで済むと思うなよ!」
「ユスティーナ、二人に自供薬を頼むよ。ありがとう。それじゃあ、余計なことは言わなくていいから、聞かれたことだけ答えろ」
涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにして震える女騎士と一撃で倒したからかまだ元気な筋肉マッチョに、妹が【錬金術】で自供薬を振りかける。
しばらくして瞳孔が開いてぼんやり静かになるまでは二人共うるさかったが、後は素直に聞かれたことだけを答えてくれました。
「う、嘘だ……そんな。叔父上が、皇弟ヘルデブレヒト様が……兄上を亡き者に? それに私までも、どうしてそんな?」
「もしかしなくても兄上とお姫様が亡き後は、その皇弟が皇位継承権第一位になるんじゃ?
まあそれは今はともかく、お姫様の兄上は最下層の地下50階層でボス部屋に閉じ込められて数十名の側近達と置き去りにされたらしいから、未だに討伐後に使用できる転移魔法陣で帰還していないということは……それでも行くか?」
二人の指揮官が素直に語る真実に、驚きを隠せず涙を流すことさえ忘れ去ったように茫然としているお姫様には酷なようだが、これからのことは聞いておかなくてはいけません。
するとようやく兄上の身に何が起こったか思い知ったらしいお姫様は、僕の襟首につかみかかると狂ったように叫び始めてしまうのです。
「エルネスティ! 今すぐ兄上の救援にっ、兄上を助けてくれ! 頼むっ、この通りだ兄上を、兄上をうっううう……」
「……お兄様」
とうとう僕の足元に縋りつくように泣き崩れてしまったお姫様に、わずかに眉を下げた妹がその澄んだ蒼い瞳で僕を見つめてくる。
正直、行っても死体すら既に地下迷宮に吸収されて残ってはいないかもしれない。
いやもっと最悪の場合は、行ったことを後悔するようなモノを見ることになるだろうが。
「わかった。わかったよ、ユスティーナ。
はぁ~、お姫様。ご要望にお応えして最下層の地下50階層にあるボス部屋へ連れて行ってもいいけど、ボスモンスターとその眷属は全て殲滅することが条件だ。いいですね?」
「もちろんだっ、だから早く兄上の元へ!」
こんな目にあっても何も学んでいないのか、さっきと同じようなやり取りを繰り返す夢見がちなお姫様。
だがさすがに勘のいい妹は僕の言葉の意味に気がついたようで、悲しそうに眉をさらに下げてしまうのでした。
「お兄様、もしや地下50階層のボスモンスターというのは……」
「ああ、そいつは」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、兄上っ! よかったご無事だったのですねっ?」
「うぅうあぁ……」
皇弟の放った刺客を殲滅した翌日には、速度重視で地下50階層のボス部屋まで到達していた。
曲がりなりにも天空城地下迷宮のラスボスになるのだから、今夜は一泊だけ野営して魔力を回復してからという僕の意見は、勝手にボス部屋の大きな金属扉を押し開けて単身で中に飛び込んだお姫様に綺麗にスルーされてしまうのでした。
そして仕方なく妹達と後を追ってボス部屋に入ると、前世のゲームの記憶の通りにラスボスの死霊魔術師が、アンデッドの眷属を十人ほど連れて待ち構えていました。
その最前列で魔法剣を持って白銀鎧の霊装防具を身に着けた金髪のイケメンが、光彩の消えた碧眼でこちらをぼんやりと見つめてうめいていたのです。
【鑑定】すると確かにジークフリート・ラルフ・ディ・アードラースなので、お姫様の兄上で間違いないようですが。
同時に表示された種族名は、やはり人族ではなくアンデッドになっていました。
しかも案の定死霊魔術師に従属していおり、ようは操り人形と化しています。
「兄上? どうなされたのですか、私です。妹のアンナリーナです。お迎えに上がりましたので、さあ一緒に天空城へ還りましょうね?」
「うぅうあああああ!」
必死なお姫様の言葉も今となっては届かないようで、地下迷宮コアのある祭壇の前で豪奢な肘掛椅子に座った死霊魔術師が片手を上げると、他の眷属達と共に襲い掛かって来るのだった。
だがよく見ると、座した死霊魔術師は骨で出来た身体がボロボロで、どうやら立ち上がることもできなほどダメージが蓄積しているようです。
「きゃっ」
「お姫様は下がって。ミーアとシュルヴィは左右の眷属を接近させるなっ。ユスティーナは奥のラスボスを仕留めるんだっ!」
実の兄上が切りかかって来たので驚いて腰を抜かしたお姫様の前に立ち塞がって、上位闇魔法【漆黒の堕天使】で剣製した漆黒の刀で魔法剣を弾き飛ばす。
だが死してなお重いその剣戟に、まだ14才の軽い僕の身体も仰け反ってしまう。
「おぉ、さすがは上級地下迷宮のラスボスである死霊魔術師をあと一歩で殲滅まで追い込んだだけのことはあるということか。
だが眷属のアンデッドになって本来の属性魔法が使えないのではな、残念だ」
「うぁがぁああああ!」
ただしアンデッドになったことで膂力が異常に上昇しているため、力技にまかせた連撃が爆撃のように襲い掛かる。
さすがにそまま正面から受けることは僕にもできないので、漆黒の刀でパリングしながら発動時間が短く連撃できる下位闇魔法【漆黒の弾丸】をマシンガンのように射撃する。
「がぁあああああ!」
「うぉっ、霊装防具か! 聖魔法の魔法防壁が付与された装備のアンデットって反則だろ!」
僕の闇魔法は兄上の装備した白銀の鎧に付与された聖魔法で、全て反射されてしまっていた。
だったら物理攻撃でアンデッドの肉体を破壊するだけとばかりに、【縮地】で魔法剣をかいくぐるとインファイトで心臓めがけて掌底を打ち抜く。
「いやあっ、やめて! エルネスティ、それは兄上なのよっ!」
「ぎゃああああああ!」
重低音の爆発音が鳴り響いて、白銀の霊装鎧の下、兄上のアンデッドの強靭な肉体の胸部に大穴が穿たれていた。
後ろでへたり込んでいたお姫様が何か叫んでいたようだが、ボス部屋のモンスターは眷属を含めて殲滅が契約条件となっているので、何の問題もありません。
それにしてもこの白銀鎧の霊装防具、僕の全力でも傷ひとつ付いていないとは。
あらゆる防壁を貫通する【闇黒衝撃】を掌底で撃ち込んで利かなければ、さすがに首を切り落とすしかないところでした。
アンデッドの急所である心臓部にあった魔石を粉砕された兄上は、そのままバッタリと仰向けに倒れてしまう。
そこへお揃いの金髪を振り乱してお姫様が、地面を這うように駆け寄ると抱きしめる。
「兄上っ、いやです! お願いっ、兄上ぇーっ!」
「……うぅ、あ、アンナリーナ。ああ、よかった無事で」
魔石の破壊と共に死霊魔術師の眷属契約が切れたようで、兄上は生前の記憶を取り戻したようです。
しかし既に死人なので、モンスターに成り果てていた兄上の身体は足の先から徐々にキラキラと光の粉になって消えていきます。
「ああ、大好きなアンナリーナ。どうか、泣かないで。地下迷宮をクリアして重力魔法を手に入れて、そうすれば天空城の英雄として皇王となって君を娶ることができるから。だから、そんなに泣かないで……」
「兄上っ、お慕いしておりますっ。だから私をひとりにしないでください! いやあっ、兄上ぇーっ!」
お姫様が抱きしめていた兄上の身体は、とうとう光の粉になって消えてしまって、でも白銀鎧の霊装防具だけは消えずに残っています。
どこまでも哀しいお姫様の慟哭が、静かになったボス部屋に響くのでした。
心優しい妹はこの無残な結果にすっかり眉を下げてしまって、どうにも言葉をかけることもできないようです。
「お兄様……」
「ご苦労さん。ユスティーナの【錬金術】はもはや上位魔法と同じレベルになってきているね」
だから僕はその綺麗なプラチナブロンドの長髪をなでながら、なおさらのように明るく声をかけるのです。
さすがに錬成準備に時間がかかったようだが、聖弓シェキナーから発射された上位【錬成】死霊浄化は、弱っていたとはいえ上級クラスの天空城地下迷宮のラスボスである死霊魔術師の眉間を一撃で打ち抜いて消し去っていたのです。
「お嬢様、終わりましてございますにゃ」
「姫様、討伐完了っス」
「二人共、大儀でした。怪我はありませんでしたか?」
さっきまで死霊魔術師が眷属にしていた複数のアンデッドの相手をしていた、ネコ耳メイドのミーアと見習い騎士のシュルヴィが残りを殲滅して帰って来ました。
見ると全てのアンデッドが、騎士鎧の隙間である首を刎ねられてころがっています。
「お姫様は……しばらくそっとしておくか。それじゃあユスティーナ、祭壇の地下迷宮コアにさわってごらん。ミーアとシュルヴィもだ」
「はい、お兄様。あら、重力魔法を覚えましたわ」
「わわっ、お嬢様。ミーアもです!」
「ええっ? ボクもですよ、いいんっスかね?」
ラスボス攻略の直前になって初めて開放される天空城地下迷宮のクリア特典は、パーティー全員に超レアな重力魔法を与えるというもので。
まあ、実はラスボス討伐の立体三次元マップ攻略で非常に便利な飛行魔法が使えるようになることから、プレイヤーは必ずと言っていいほどこの上級地下迷宮を攻略させられるハメになるのでした。
「あとドロップは……げっ、誰だ魔剣アルタキエラなんか持ってた眷属アンデッドは? くくくっ、これは死蔵しておいた方が世のためだな」
「あら、お兄様。また悪い顔をされてますが、どうなされましたか?」
「うわっ、本当だ。エルネスティ様、すっごい悪い顔あいたっ。う~、バカになりますにゃあ」
「むむっ。不肖ボクは気づけませんでした。精進あるのみっス、ふんす」
こんな神話級・魔剣アルタキエラなんて戦略核兵器並みの危険物を、皇位簒奪を画策するような皇弟がいる天空城になんか渡せるもんか。
ああ、それにしてもここを出た後も間違い無くめんどくさそうです。このまま帰っちゃだめだろうか。




