第4章3話 逃走少女の指名依頼
「それで、どうなされたのですか?」
「……え、あ、れ、礼を言う。助かった。今は無理だが、この礼はいずれ必ず」
天空城の城下町を出た田園地帯にある、小高い丘の上まで転移して来ていた。
一息ついたところで、茫然としたままの金髪碧眼の少女に、心配そうに優しい声で妹が問いかけるのですが。
この見るからに高級な布を使った仕立ての良い、そらいろのワンピースを着た少女はどうやら高貴な生まれのようで。
全くもって面倒事の予感しかしません。
「せっかく一度はお助けしたのですから、もし訳をお話いただければ何かお力になれることがあるかもしれませんよ?」
「い、いや、しかし。はぁ……そなた、強いのだな」
爽やかな夏風に揺れるプラチナブロンドの長髪をおさえながら、天使のような妹が微笑みかけるのだけど、やはり込み入った事情でもあるのだろう。
視線をさまよわせていた少女は僕と目を合わせると、小さなため息と共に何かを決意したように睨みつけてくるのでした。
「そなた達を雇いたい。もちろん礼はきちんとすると約束しよう。私に力を貸してはもらえぬだろうか?」
「……」
「……どのようなご依頼なのでしょうか? 内容によってはお手伝いできるかもしれませんが」
見た目には同い年ぐらいのその少女は左手を胸に当てると、訴えかけるように高貴な仕草で右手を差し出して見せる。
僕が眉間にしわを寄せて黙ったままでいると、コテンと首を傾げた妹が可愛いながらも優美に微笑むのでした。
どうやら交渉相手が妹だと判断したらしく、流れる金髪をそのままに少女は姿勢を正して向き直ると。
「私はアンナ……アンと呼んでほしい。実は私の兄上が地下迷宮に入ったっきりお戻りにならないので、探しに行くのを手伝ってもらいたいのだ」
「あなたのお兄様を? それは……お兄様」
カンストした【鑑定】によると、その金髪少女はアンナリーナ・レナータ・ディ・アードラース。
つまりは、この天空城と呼ばれているアードラース皇国のお姫様ということになるわけで。
その兄がよりにもよって地下迷宮で行方不明だなんて、国家を揺るがす大事件に違いないはずなのです、けど。
憂いをおびた蒼い瞳で見つめてくる妹に、しかたなく僕が簡単な質問をすることにします。
「それで、その兄上様はどのくらいの戦力で攻略に?」
「確か、皇太子直属のげふんげふん、近衛騎士団から精鋭の一個中隊規模だったはずだが」
あっという間にボロを出すお姫様なんだが、まさかその兄上は次の皇王だったとは。
それなのに後詰が派遣されずに、しびれを切らしたお姫様が自らご出陣する事態は異常としか言いようが無い。
「最後にひとつ、アン……様に兄上様が連絡を絶って未帰還だということを教えたのは誰です?」
「……皇弟のヘルデブレヒト様だが? ずっと心配していた私を気づかってくださってね。なぜそのようなことを聞くのだ?」
最悪のケースを想定しての質問だったが、このお姫様は頭の中がお花畑なのか、妙にあっさりしたものです。
どうやら外敵がいないと魑魅魍魎が跋扈する城内も、権謀術数からはかけ離れたのもになるのだろうか。
これは背中に注意しないと、いよいよいけなくなったようです。
「お兄様、それでは……」
「ああ、ユスティーナ。ハンターとしての護衛任務の指名依頼ということでいいのかい?」
神妙な面持ちでコクンと頷く妹の綺麗なプラチナブロンドの髪をなでると、なぜか頬を染めているお姫様に向かって無言の威圧を込めながら微笑みかける。
「そっ、それでは、引き受けてくれるのか!」
「ええ、ただし。地下迷宮内では僕達パーティーが指揮権を持って、依頼主と救出対象以外は全て殲滅して良いことが引き受ける条件となりますが?」
こんなことに巻き込みやがってという僕の怒りを知ってか知らずか、嬉しそうに両掌を握り締めてお姫様が無邪気に笑う。
だからハンター協会での契約と同様に、受注条件を明確に提示することを忘れないのです。
「も、もちろんだっ。いやっ、本当に助かったぞ!」
「それじゃあ、契約成立ってことで。今日のところは高級ホテルにでも泊まってゆっくり休んで、明日から準備をし」
「お兄様? さすがにご冗談が過ぎますよ?」
今日はせっかく妹のための旅行だったのに、すっかり疲れたので投げやりに街に向かって歩き出すと、眉を寄せて唇を尖らせた妹に睨まれてしまいます。
結構いい高級ホテルを確保してあったから、妹には旅先ならではの異国情緒にあふれた逗留を満喫してもらおうと思っていたのに。
「はぁ~、わかったよ。まだ黒服がうろついていると思うので、ユスティーナには【錬金術】で認識阻害薬をみんなにかけてもらってから、気を付けて食料の買い出しに行くとしますか?
ああ、お姫様は【迷彩幻影】……見えない方向で」
「え? ええ? どうして私が皇女だと……あれ、聞いてるのか? おいっ!」
外国人の僕達はともかく、さすがにお姫様は目立つはずなので姿を消しておいてもらう。
だというのに何も見えないところから、うるさい。
先に街へと歩いて行った妹とネコ耳メイドのミーアに見習い騎士シュルヴィが、姦しくおしゃべりしています。
「うふふ~、ねえミーア。せっかくだから何か野営っぽいお料理ができる食材を買っていきましょうね?」
「はいっ、このミーアにお任せください! お嬢様、忘れずにお昼に食べたでっかいチーズ買って行きますにゃ~」
「はいは~い、姫様。食後のデザートにケーキとかも買っていいっスか? バナナはおやつっスか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わぁ~、お兄様。本当に誰でも地下迷宮に入れるのですわね?」
「ああ、ユスティーナ。この決して大きくない国土では、地下迷宮からの無尽蔵な収集品があってこそ成立するんだろうな」
街のマーケットで食材を大量に買い漁って上位闇魔法【影収納】に突っ込んでから、見えないお姫様の案内で天空城にたったひとつだけある地下迷宮へとやって来ていた。
そう、ゲームにおいてラスボス直前に出現するこの天空城地下迷宮は、なんと最下層までの途中階層に帰還用の転移魔方陣が存在しない鬼畜仕様となっていた。
そう、地下迷宮内から脱出しようとすると、歩いて地下1階層の出口まで戻るか、最下層のボスを討伐して転移魔法陣を使用するしか方法が無いのだった。
そして驚くべきことに地下1階層は、いきなり広大な草原からのスタートだったのです。
というか、この地下迷宮には一般的な迷路や回廊が無く、全ての階層が広大な森や湿地帯、砂漠、火山帯、海岸、鉱山などからなるオープンマップばかりなのです。
「お嬢様ぁ~、やっつけましたにゃ!」
「これがドロップになります、姫様っ」
先行していたネコ耳メイドのミーアと見習い騎士のシュルヴィが、モンスターを倒して嬉しそうに走って帰って来る。
エンカウントしてすぐに後衛にいる妹からの【錬金術】による長距離爆撃1発の後、前衛のミーアとシュルヴィの高速コンビによりあっという間に残党掃討が完了していました。
「エルネスティ殿もかなりの手練れだとお見受けしたが、彼女達も並大抵では無いな。これなら最下層にも……」
「ふふっ、お兄様に比べれば私達などまだまだですわ。ああ、それからアン様。私達はハンター稼業なのですから、気軽に呼び捨てで結構ですわ」
ゲームのラスボス前にようやく攻略できるようになる天空城は、さすがに上級地下迷宮の中でも難易度は最高位のS級となるが、それでも地下1階層であればこんなもんだ。
しかし閉じられた世界に生きる天空城生まれのお姫様には、少し刺激が強かったのかもしれません。
それにしてもつい先日までは虫も殺さない箱入りの深層令嬢だった妹が、どうしたわけか血生臭いハンター稼業を大層お気に入りのご様子なのでした。
もしかして、大好きな英雄の冒険譚の影響でしょうか。
「よし、予想通り迷路型の階層構造じゃなかったから、僕の【索敵】で最短最速ルートを全力で直進するからね。2時の方向300m先までクリアっ、ゴーッ!」
「にゃにゃ~ん!」
「あっ、ずるいっス」
「ふふっ、あの二人は本当に速いですわね。お兄様、私も負けてられませんわ」
ゴーサインと同時にピューッと草原を駆けて行ってしまったネコ耳メイドと見習い騎士を追いかけるように、綺麗なパールホワイトのハンター装備を身に着けた妹が疾走する。
そろそろ行くか、と依頼主であるお姫様をヒョイッと文字通りお姫様抱っこすると、遠くで閃光が煌めくので遅れないように一気に加速するのでした。
「どうやら妹が走りながら聖弓シェキナーで先制爆撃したようなので、早々に片付いてしまう前に追いつきます。舌を噛まないように、静かにしていてくださいね」
「え? 何をっ、皇女であるげふんげふん、私に触れるなどわきゃぁ~っ!」
お姫様であることは情報開示されていないし、メイドや騎士のように小脇に抱えないだけまだマシだろうと、依頼主の悲鳴などまったく気にすることなく草原を刈る勢いで爆走します。
ちょっとチビッたみたいですが、そこは気がつかないふりができる紳士な公爵家育ちなのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ~、いいお湯ですわぁ。これなら泊まりでの地下迷宮攻略も楽々ですわね~?」
「お嬢様、いくら地下迷宮内でも安全地帯とはいえ、こんな天幕はどうかしておりますにゃ」
天空城地下迷宮をかつてないスピードで、全ての進路上のモンスターを薙ぎ倒しながら大爆走して、わずか半日で地下21階層に降りてすぐのセーフティーエリアで野営していた。
まだ上層ということもあり周囲には同じように野営する人々も多いのだが、みな一様に目を見開いていた。
「姫様、本当っスよ。エルネスティ様のおっしゃる通りの手順で、地下20階層ボスのランプの魔人を部位破壊してから討伐したら、本当に魔道具天幕がレアドロップするのですから驚きっス」
「ははは~。私も我が皇国の長い歴史で初めて見たぞ、こんなの。確かにこの地下迷宮では稀に貴重な魔道具がレアドロップするのは事実だが、そのために地下20階層まで来てピンポイントで狙うとは」
超レア魔道具である天幕は、遊牧民が使用するゲルのような円形の移動式住居に近かった。
しかもその内部は空間魔法で実際の内部構造以上に大幅に拡張されており、天幕の外観はわずか直径4mほどなのだが、実際の内部は4LDKバストイレ付きでこの世界では高級住宅並みでなのである。
極めつけは、今も女性4人が入って余りある大型浴槽だ。
もちろん水だけでなく温水すらも、そしてキッチンでは火も無尽蔵に使える優れものである。
そしてなぜかエルネスティが今日は夕食に”ナベ”とかいう料理を用意するといって、先に女性陣を風呂に入らせると自分はキッチンに籠っているのだった。
「しかも、初めから備え付けられていたボトル石鹸にリンスやトリートメントとかいうものは、今まで見たことないが秀逸の一言だ。これまで無いほどに肌も髪も艶々になるのだから、天空城でもげふんげふん、私も欲しいぐらいだ」
「ほんとぉに~、湯船のお湯もぉ白濁していてミルクのいい香りがしますわぁ。お兄様のおすすめ入浴剤なのですけど、明日はサクラの湯とか柚子湯もよいかもですねぇ」
アンナリーナ皇女も公爵令嬢ユスティーナですらも骨抜きにする、恐るべき現代日本仕様なのである。
そして身分違いで辞退を申し出たネコ耳メイドと見習い騎士のシュルヴィも、ユスティーナの「ハンターのパーティーメンバーだから」の一言で強制的に一緒に入浴させられていた。
「うにゃぁ~、ミーアの自慢のしっぽとネコ耳の毛並みが艶々でたまらないにゃ~。
でもでも、お嬢様の白雪のようなもちもちお肌がじゅるり……」
「先程まであった小さな傷痕があっという間に無くなっているのは、回復魔法の効果があるからっスか? 後でエルネスティ様に聞いてみないと。あ、ボクって剣の素振りのし過ぎっスかね、ちょっと二の腕の筋肉が……」
結局、異世界仕様のスキヤキ鍋パーティーが始まるのは1時間後のことだった。




